第24話 可能性

「よく集まってくれました。今日の講義を担当することになりましたヤマダと申します」


 ここは魔法師協会本部の講堂、数百人を動員できる室内はとても静かだった。

 それもそのはずである、参加者はたったの五名……その中にはリタとマキナも含まれる。

 つまり、新たな理論に食いついたのは三名というわけだ。


「これから説明するのはこれまで皆さんが常識としていた魔法の基礎理論を覆すものです。納得いかないと思われる方も居られる事でしょうが、どうか最後までご静聴お願いします」


 講義の切り出しはこれまで常識とされていた精霊界の存在否定から始まった。


「もう一度言います、この世界に精霊は存在しません。では魔法という力の根源は何か? それはこの世界に満ちるマナというエネルギー帯です」


 誰もが静かに聞き入っていた。

 しかし、やはり納得いかないのだろう、新たな参加者の三名の内一名……金髪のツインテールに縦ロールという見るからにお嬢様という雰囲気を醸し出している彼女は明らかな不満の感情を表に出していた。

 そのまま講義を続ける。


「マナはこの世界中、どの場所にも溢れています。ですが知覚はできません。これは皆さんがこれまで常識としていた精霊界と似たようなものと考えてもらって結構です」


 認識は違えど力の源は存在する。ただ間違った常識ではその根源へ干渉する際無駄なノイズとなってしまうのだ。


「マナは無限ではありません。ですが、恐らく全人類が魔法を使ったとしても枯渇する事はありません。その理由は我々の住むこの大地、更に言えばこの星にあります」


 正直ここから先は上手く説明できる自信が無い。

 私も博識ではないのだ、だが乗り切るしかない。


「我々のこの星は生きています。生命……という表現には合致しませんが、この大地は絶えず動き、少しずつですがその形を変えています。皆さんは山から火が昇るのを見た事がありますか? それこそこの星が生きている事を証明しています」


 これにはリタもマキナも困り顔だ。


「大地が動く現象、便宜的にこれを地殻変動と呼びましょう……マナは地殻変動の際生じるエネルギーが変化し地表に滞留したものとお考えください」


 マナの説明についてはこんなものだろう。


「では魔法とマナの関係ですが、これまで提唱されてきた精霊の力を借りる……という事と似ています。我々はマナをこの目で捉える事はできませんが、意識という世界でマナに干渉する事ができます」


 この部分の認識齟齬がこれまで彼らのノイズとなっている訳だ、この認識を改善することによって彼らの魔法は飛躍的に進歩するだろう。


「意識をマナのある世界と同調させる……これが魔法の第一段階です。マナにはこれまでの精霊界のような深度はありませんが、発現される魔法の規模に応じてマナへの同調度合いが重要になってきます」


 そう、意識を変えるだけでいいのだ。魔法とは"その程度"のものでしかない。


「皆さんが使っている魔法はこの点の認識齟齬によって干渉度合いが薄く、これでは本来の力を発揮できません。これまでの常識に捕らわれてはいけません。ですから──」


「知ったような口を……!」


 もう我慢ならないとばかりに、先ほどから険しい顔で聞いていた一名が講義を遮るように立ち上がる。


「……何か問題でもありましたか?」


「何か? ではありませんわ! わたくし達の事を何も知らない協会に入ったばかりのあなたが知ったような口で偉そうに講義しているのが我慢なりませんの」


 見た目と印象通りの口調で怒りを露わにする彼女は、腕組みしながらこちらを睨みつけている。


「何も知らない……確かにそうですね、私はあなたと対面するのは初めてです」


「それで本来の力を発揮出来ていないと言い切るだけの自信があるというのですか?」


「その通りです」


「な……っ」


 これは紛れもない事実だ。

 才能や努力では超えられない壁だ。

 断言するだけの自信はあった。


「これまでの理論では不純物が多すぎると言ってるんです。これではいかに努力しようと、いかに才能があろうとすぐ限界がきてしまいます」


「し……しし」


「し?」


「勝負ですわヤマダ!」


 人差し指を向けながら大声を張り上げる金髪お嬢様。


「勝負?」


「そうです、私と魔法の勝負をしなさい! あなたの理論が正しいというなら実力を示すのが筋というものです!」


 まあ、言いたい事は理解できる。


「どうしました? 怖じ気づいたのですか?」


「……座学はこれまでにしましょう。マキナさん、実技試験の広場は今使えますか?」


「うん? ああ、使えるぞ」


 マキナは愉快そうな笑みを浮かべて応える。

 どうやらこの状況を楽しんでいるようだ。


「では、次は実技の講習としましょう」



◇◆◇



 どこで聞きつけたのだろうか、講堂では見なかった大勢の人が駆けつけ実技試験会場は予想外の賑わいを見せていた。


「勝負と言いましたが、実際何をすれば良いでしょうか」


「あなた、魔法師同士の勝負をご存じなくて?」


「ええ、まあ……よければ教えて貰えませんか?」


「良いでしょう、それにルールを知らなければ始まらないわけですし……」


 溜め息をつき、彼女はルールについて説明を始めた。


「よくお聞きなさい、魔法師の勝負とは呪文詠唱の素早さ、正確さ、威力、そして戦略の要素を競うものです。勝負には立会人を一人用意し、お互い背を向けたまま立会人の合図と同時に開始、相手の戦闘不能または戦意喪失をもって終了となります」


「なるほど、大体理解できました。一つ質問があるのですが」


「何かしら」


「今仰った事以外に制限事項はありますか?」


「そうですね……強いて言うなら打撃や刃物による直接攻撃は禁止、あくまで攻撃手段は魔法に限定される……といったところでしょうか」 


「ありがとうございます。もう大丈夫です。ああそうだ、名前を伺ってもよろしいですか?」


「……エミーリア・クロスフォードですわ」


「では……エミーリアさん、よろしくお願いします」


「ふん……」


「話は終わったかな? では私が立会人を勤めよう」


 マキナが名乗りを上げる。


「ヤマダ……一応言っておくが、クロスフォードはこの協会でも類い希なる才能を持つ魔法師だ。くれぐれも"お手柔らか"にな」


「マキナ様! これは真剣勝負です、本気のわたくしがこの男に負けると仰るのですか!?」


「いやあ、そういう意味で言ったのではないのだが……だが君は昨日の件、知らないのだろう」


「昨日?」


「まあいい……さあ二人とも位置につけ」


 お互い広場の中央に進み、見つめ合う形で対峙する。


「ヤマダ、わたくし手加減が苦手ですの、もし死んでしまっても恨まないでくださいな」


「ははは……死なない事を祈っていますよ」


 後ろに振り返り、数歩進み停止する。

 そして合図を待つ。


「……はじめ!」


 マキナから発せられた開始の合図と同時に私はゆっくりと振り向く。

 既にエミーリアは魔法の詠唱に入っているようだ。

 何の魔法だろう、そう考える間もなく彼女から発せられる一言に驚くことになる。


「ライトニングボルト!」


 呪文の詠唱を聞き取ることができなかった? いや、何か呟いていた事は確かだ。

 それほど彼女の詠唱は──早すぎた。

 身構えるのも忘れ、ただ呆然と立ち尽くす私へ向けて雷撃が迫る。

 避ける間もなく雷撃は直撃、他者から魔法を受けるのは初めての事だったが、やはり魔法無効化の力は正しく効果を発揮し衝撃すら感じる事は無かった。

 その光景を目の当たりにし、エミーリアは驚きを隠せない表情を見せる。

 だがそれも一瞬の事で、すぐ冷静で冷ややかな目を向けてきた。


「あなた……今何をしました?」


 構えたまま問いかけるエミーリア。


「何を……と言われましても……」


「私から説明してやる」


 マキナが口を開いた。


「いいかクロスフォード、信じられないかもしれないがヤマダは如何なる魔法も無効化する事ができるんだ」


「魔法の無効化ですって……?」


「マキナさん……」


「まあこれくらいの情報開示はいいだろう? ただでさえ魔法の無効化なんて魔法師同士の勝負じゃフェアじゃない事なんだ」


 しかし、分かったところで結果は変わらない。


「エミーリアさん、まだ勝負を続けますか?」


 勝ち目の無い勝負を彼女に強いるのは酷というものだ。

 私は勝負の継続を彼女に問う。


「もちろんですわ」


 しかし返答は意外なものだった。


「ですが──」


 魔法は全て無効……そんな無茶苦茶な能力を前に彼女からの返答に戸惑う。

 これは私にとって敗北はあり得ない勝負だ。


「ヤマダ……あなたどうやらわたくしの事を侮っているようですわね……上から目線の態度、心底腹が立ちますわ……良いでしょう、ここからは本気です……その伸びきった鼻をへし折ってさしあげましょう」


 エミーリアの表情はただただ冷たく、冷ややかに見つめながら発するその言葉に威圧感のようなものを感じた。


「ヤマダ、君にも一つ忠告しておこう。先ほども言った通りクロスフォードは類い希なる才能を持つ魔法師だ……舐めて掛かると痛い目を見るぞ」


 マキナは愉快そうにそう告げながら遠ざかった。

 どういう意味だ?

 理由は分からないが、エミーリアから発せられるプレッシャーのようなものに私の身体は自然と身構えていた。

 構えたままの彼女はすぐさま詠唱に入る。


「煉獄……火球──」


 今度は詠唱を聞き取ることができた。

 詠唱の早さの理由、それは──


「……呪文の短縮……か」


 彼女は呪文の各文節における言葉を必要最低限に止めて魔法を発動している。

 早さの理由は分かった……だが"ただ早い"だけでは何も変わらない。

 今エミーリアが唱えているのは単語から察するにファイアボールだ。

 しかしこの後の彼女の行動は私を驚かせる事になった。


「──舞い散り……大地を……爆ぜろ──」


「これは……」


 呪文が違う……? いや、それよりもこれは──


「ファイアボール・エクスプロージョン!」


 彼女は確かにファイアボールを放った。

 しかしその形状は私の知るそれではなかった。

 巨大な火球は直進の後突如爆散し、六つの火球に分裂する。

 私を覆うように展開したそれは、個々が別の意思を持っているかのように独自の軌道を描き私へ向かってきた。

 しかし火球の標的は私ではなかった。

 私の足下へと着弾し、轟音と共に爆発を起こしたのだ。


「な……!」


 舞い上がる砂埃が衝撃となって襲いかかる。

 次々と地面へ直撃する火球がもたらす衝撃に私の身体は宙を舞い、地面へと叩きつけられる。

 着地の衝撃で意識が遠のきそうになるのを必死に堪える。


「これ……は……!」


「やはり間接的なダメージは受けるようですわね」


 まだはっきりとしない意識の中、頭の中にエミーリアの声が響いてくる。


「く……!」


 油断していた──

 私は彼女を侮っていた──


 四文節以上の大魔法は閲覧に制限が掛かっているものが多い。

 理由は二つ……一つ目は制御が難しく、使い手が術を誤れば暴発してしまうこと。

 そして二つ目は殺傷力があまりにも高すぎることだ。

 大魔法は殺傷力という枠組みだけで二つの等級に分類される。

 一つは制圧級──特定のエリアに影響力をもつ魔法の事を指す。

 そして二つ目は戦略級──一つの魔法で戦況を覆してしまう魔法の事を指す。

 エミーリアの放った魔法は広範囲における爆発と衝撃をもって対象エリアを無力化するもので、恐らく制圧級に属する魔法だ。


「しかし驚きました、あれだけの爆発に巻き込まれてまだ意識があるとは大したものですわ」

 

 そう言い放ちながら射貫くように見つめてくる彼女の目は氷のように冷たい。

 そこには感情と呼べるものは存在せず、私に戦慄を覚えさせるのに十分なものだった。


「……まさかあなたが大魔法を扱えるとは思っていませんでした……成る程、私の能力も欠点だらけ……ということですね。勉強になりました」


「まだそんなことを言う元気が残っているようですね。しかし安心なさい、次で終わらせます……」


「いえ、もう結構です」


「……もう話す事はありません……煉獄……火球──」


 彼女は再び同じ呪文を唱え出す。

 確かにあれを再び食らえば無事では済まされないだろう。

 しかし唱えている呪文は大魔法だ。そこに勝機はあった。


「──ファイアボール・エクスプロージョン!」


 エミーリアは躊躇なく、冷淡に魔法発動のトリガーを引く。

 しかし──


「え……?」


 彼女の魔方陣はその言葉と共に砕け散った。

 まるでガラスが砕けるようなその光景に誰もが言葉を失う。


「な、何故……!?」


「ですから、もう結構だと言ったんです」


「ヤマダ……まさか……! あなた何を──」


 今度ははっきりと、彼女の感情を感じる事ができた。


「ディスペルマジック……とでも名付けましょうか。あなたの魔法は私が発動前に取り消しました」


「取り消しですって……!? 一体どうやって──」


 ダメージを受けた体は重く、何度か躓きそうになったが私はなんとか立ち上がる。


「正直言って成功する確率は五分でした。ここまで追い詰められなければ試そうとも思わなかったでしょう。エミーリア……あなたには感謝します」」


 未だに身体は揺れ、気を抜けばまた倒れてしまいそうになるのを必死に堪えながら私は彼女に言い放つ。


「あなたの魔法における才能、そしてこれまで積み重ねた努力……しかと見ました。あなたは確かに強い……それはよく分かりました」


「減らず口を!」


 エミーリアは再び呪文の詠唱を始める。

 しかし結果は同じで、彼女の呪文は発動の直前で魔方陣の崩壊という結果に収束するのみ。


「何で……なんでよ!」


 感情むき出しにする彼女に、私は静かに語りかける。


「何度やっても無駄です。あなたの魔法は発動することはありません。魔法は魔方陣の中で構築されます。それは誰もが知っている事ですが、発現させる魔法が上位になればそれだけ繊細になり、制御も困難なものとなる……」


「だから何だと言うのです……」


「なら、展開された魔方陣に別の魔方陣を重ねた場合、魔法は正しく発動するのでしょうか?」


「何を言って──」


「私はあなたの魔方陣に別の魔方陣を重ねました」


「な……!」


 これにはエミーリアを含め、マキナも驚きを隠せない様子だ。

 マキナだけではない、この場を取り囲む全員が動揺する、そんな空気を感じた。


「ありえませんわ! そもそもあなたは呪文の詠唱をしていなかったではありませんか!」


「そうですね、私の魔法は呪文を詠唱する必要は無い」


「そんな事が──」


「あり得るんですよ。現にエミーリアさん……あなただって呪文を短縮して詠唱してるでしょう」


「それは……!」


「では座学の続きです。魔法発動における呪文とはあくまで意識下における魔法構築の手段でしかない。その理由は言葉にすることでより鮮明に魔法を構築することができるからです」


「……」


 彼女は身構えたままだが、私の言葉に耳を傾けている様子だった。

 ならこの勝負は終わったも同然だ。

 私は言葉を続ける。


「つまり、呪文と呼ばれる手段、それによりもたらされる魔法構築の手順をイメージする事ができるなら言葉など不要という事です。私の魔法はあなたの呪文短縮の延長線上にあります」


「成る程……ですが、その事と私の呪文を取り消したという事には何の関連性もありませんよ? そもそもこれだけ距離が離れていて魔方陣を重ねるなんて不可能ですわ」


 魔法とは術者を介してかざした手の先に発動する。

 彼女もそうだ、私だってそうだった。

 皆誤解している事なのだ。


「では、種明かしとしましょう。その前に一つ問題です。魔法発動における最も最初にとる手順とは何ですか?」


「……呪文詠唱ですわ」


「違います。術者は呪文よりも先ず魔法を構築する場所……つまり"魔方陣の位置"を決定しなければなりません」


「魔方陣の位置……」


「では、何故呪文を唱える際手をかざすのでしょう」


「そ、それは……」


 彼女だけではない、魔法師は皆それが当たり前だと思っている。

 私は回答を待たずして言葉を続ける。


「それは魔方陣を展開する位置を意識にすり込ませやすくする為です」


 手のひらの先から魔方陣が形成される事は誰もが知っている。

 しかしその理由については誰も知らないのだ。


「魔法とは意識下で行われるマナの再構築です。そして術者は呪文による魔法構築と魔方陣の維持を同時に処理しなければならない……手をかざす行為は魔方陣の維持をもっとも効率よく進める為の手段なんですよ」


 エミーリアは身構えたまま私の言葉に耳を傾けている。


「では、しっかり見ていてください」


 私は目の前に一つの魔方陣を展開する。

 勿論手をかざすことなく、それは私では無く彼女の目前に展開される。


「これが……本当に詠唱していないなんて……」


「手をかざす事の意味について理解して貰えたでしょうか……このように魔方陣は手をかざす事なく任意の場所に展開できます。では次のステップです」


「まだ何かあると言うのですか!?」


「ええ、この話をしておかないと見せる意味が薄れてしまいますからね。これはただの前提です」


「これが……前提……」


 理解が追いついていないとばかりに頭を抱えるエミーリア。


「そしてこれが──」


 しかし見て貰う必要がある。

 彼女だけではない、この場に集う全員に。


「え……」


 変化に気付いたエミーリアは驚愕に目を開き小さく一言呟く。

 そしてその視線は私にではなく、私の背後に向けられていた。

 背後にもう一つの魔方陣が現われたのだ。


「二つ目の魔方陣……ですって……?」


 目の前に展開されたものとは別の魔方陣、その二つは交互に明滅を繰り返している。

 だが変化はそれだけではなかった。


「なに……これ……嘘……こんなことが……」


 新たな魔方陣の出現を皮切りに、今度は背後、側面、上方と様々な場所に魔方陣が展開されていく。

 次々と展開される魔方陣にエミーリアは言葉を失い、いつのまにか構えも解けていた。

 およそ二十の魔方陣が展開されるその光景は彼らの常識を破壊するのに十分なものだった。

 その光景に誰もが目を奪われていた。

 そして私は呆然と立ち尽くす彼女、いや、彼女だけではない、この場の全員に向けて言い放つ。


「これが魔法師の未来──」


 そして笑顔でこう締めくくった。


「──その"可能性"です」

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