第21話 魔法師試験
まだ寝るには早い時間、宿の一室でテーブルを囲みながら私とリタの二人は明日の魔法師試験に向けた前準備として話し合いをすることにした。
イブキは夕飯をたらふく食べた満足感からか部屋に入るや即座にベッドに潜り込みあっという間に寝入ってしまった。
まあ、これから話し合うのは魔法についてだ、起きていても彼女は退屈するだけだろう。
「ではリタ、早速ですが……基礎理論について教えて頂けますか?」
「はい……といっても師匠は魔法を使えますし、私が話せるのも基礎中の基礎くらいですが……」
そう一言置いて、リタは言葉を続ける。
「師匠もご存じの通り、私達の住むこの世界とは別に目には見えない精霊の住む世界が存在します」
「……」
「細かい部分は省きますが、私達は呪文という言の葉を用いて彼らに接触し契約を交わし、術者の生命力を代価に彼ら精霊の力を貸して貰う……」
やはり──
「精霊の住む世界は深層と呼ばれる十の層で構成されているそうです。私達の魔法と呼ぶそれは、発現させる力の規模が大きければ大きい程深い層の精霊と契約する必用があるんです。そのため呪文は規模が大きくなる程紡ぐ言葉は多く……そして複雑になる……」
彼らの魔法は──
「──と、魔法の基礎理論についての重要部分を抜き出すとこんな感じです」
そう、彼らの魔法は不純物が多すぎる。
この世に精霊などという存在は居ない。
在るのは地殻エネルギーをマナに変換する目に見えないシステムだけなのだ。
人はマナという地上に溢れたエネルギーに対して呪文を用いて魔法を組み立てる……魔法とはただそれだけなのだ。
恐らく人が文明を持ちそれなりの年月を経る内に魔法に関する概念が徐々に形を変えていったのだろう。
言うなれば伝言ゲームで最初に発した言葉が最後には全く別の言葉になっているというあの現象に似ている。
リタの放ったあの魔法、発現こそしたものの規模としては私の放った魔法の一割程度の効力しか発揮していなかった。
彼女、いや……恐らくリタ以外の魔法師も同様だろう。
不純物はマナへ干渉する際ノイズとなって本来の半分以下のマナしか活用することが出来ない……そんなところだろう。
「成る程……リタが居てくれて助かりました。ですが私の知っている理論とは少々違うようです」
「え……そうなんですか? それは一体どういう事でしょう」
「そうですね……ざっくりと言ってしまうと、私の理論には精霊という存在は居ないと言うことです」
「え?」
これまでの考えを覆したのだ、驚くのは仕方ない。
彼女も今まで信じてきた事実を否定されるのは気持ちの良いことではないだろう。
「ですが、リタの考えがこの世界では正しいのでしょう。魔法師試験についても理論について問われた場合私の理論は"異端"となり得る……ですので私の考えを今この場で開示してしまうのはリタの魔法師としての未来に少なからず悪い影響を与えてしまうと思います。ですので──」
「ぜ、是非師匠の理論をご教授ください!」
「え……?」
そう考えていたのだが、反して彼女は目を輝かせながらテーブルに身を乗り出していた。
「リタ、ですからこの理論は──」
「でも、師匠の魔法をこの目で見ました。あれが異端だと言うなら、私は異端で構いません。魔法師協会に異端だと呼ばれても良いです。私は師匠の理論が知りたい……!」
初めて会った時の印象とは真逆の……必死さすら感じる思い詰めた表情で懇願する彼女を見て、深入りしてはいけない事情があるように思えた。
しかしここまで頼られているのだ、それに応えなければならないという使命感に駆られる。
「……わかりました。ですがあくまで私の理論です。このような可能性もある……程度に聞いてもらえれば助かります」
彼女は無言で頷く。
そして私は言葉を続ける──
この世の魔法という理論、その真理を……
◇◆◇
「ヤマダ様にリタ様ですね、はい……確かに」
魔法師協会本部は想像していたよりも広かった。
千人収容しても余裕がある程広いホールの中央に位置する受付、そのカウンター越しに私とリタはそれぞれ試験の受付をしていた。
「では、それぞれ金貨一枚を頂きます」
「これでお願いします」
私は革袋から二枚の金貨を取り出して受付に差し出す。
「あ、あの……師匠、本当に良いんですか? 私の分まで支払って頂いて……金貨一枚って相当な額ですよ……」
遠慮気味に聞いてきたのはリタだ。
「気にしないでください。もうリタは仲間なんです。それに弟子が師匠に遠慮してどうするんですか」
先の防衛戦において貰った報酬の半分はイブキの孤児院に寄付したものの、それでも金貨五十枚が手元に残った。
それに先日のハイオーク討伐の報酬もかなりのもので、今や金貨の一枚や二枚の支払いは特に悩む額では無いのだ。
「それよりも今は試験に合格する事に集中しましょう。落ちてしまっては無駄に終わります」
「は、はい! 頑張ります……!」
「ヤマダ様にリタ様、実技試験が間もなく始まりますので奥の扉へお進みください」
◇◆◇
「──ファイアボール!」
リタが掲げた手の先に明滅する魔方陣、その中から火球が姿を現した。
それはすぐさま主の元を離れ、前方へと勢いよく飛び出す。
火球が向かう先には木の板でできた標的、間もなくして火球が着弾し広場に爆音と砂埃が巻き上がった。
「はい、そこまで」
試験官の男が試験終了を告げる。
彼は手に持った紙に何かを書き込みながら言葉を続けた。
「次、ヤマダタロウ……うん? 君は特に師が居る訳ではないみたいだが……大丈夫かね?」
受付の際書いた紙に師の名前について記載する欄があったのだが、もちろんそんな人は居ないので正直に空欄としていたのだ。
恐らくそれを見ているのだろう、試験官は私を見ながら「何しに来たんだこいつ」とも言いたげな表情でこちらを見ていた。
「はい、魔法は使えますので」
「ほう……お手並み拝見としよう」
静かにリタの立つ場所へと進み彼女と入れ替わる。
「師匠、頑張ってください!」
「ええ、任せてください」
「では、はじめ!」
試験官の声に応えるように手のひらを標的へと向ける。
そして──
「燃えさかる煉獄の炎よ──」
かざした手の前に魔方陣が出現する。
そして同時に何か違和感のようなものを感じていた。
これはハイオークに放った時もそうだった。
あの時は自分の内で歯車がかみ合うような……そんな曖昧な感覚でしかなかったが、二度目となる魔法の行使ではその感覚がより鮮明なものへと変化していた。
「その姿火球となりて──」
言葉を紡ぐ度二重三重に更に大きさを増していく。
同時に、目に見えぬマナというエネルギーが徐々に魔法と呼ばれる事象へと変化するその過程を今度はハッキリと認識することができた。
呪文とは発現させたい魔法を構築する為のプロセス──
呪文とはただの言葉──
重要なのはイメージの具現化──
イメージさえ出来ていれば言葉にする必要は──
──言葉にする必要はない?
これまで無理矢理事象改変を起こして魔法を行使してきたのだ。
そのことは自分がよく理解しているはずだった。
今まで気付かなかった事に笑いそうになる。
今なら理解できる……呪文という言の葉の内側に隠された魔法構築のプロセスを。
これならば──
「目の前の敵を──」
言葉を止める。
「ん? どうした?」
試験官は怪訝そうな声を投げかけてくる。
実技試験の内容は単純だ、用意された標的に対して魔法をぶつける……ただそれだけなのだ。
つまり必用なのは正しく魔法が発現することと、その命中精度。
特に不安になる要素は存在しなかった、だが──
「確かにこのまま魔法を放てば試験は終了……」
「それがどうした?」
「それだけじゃ……面白くないですね」
「何?」
「師匠……?」
魔方陣が消滅し、力なくだらりと腕を垂らす。
「うん? どうした、もう終わりか? ならば君は試験失格となるが……」
「いえ、魔法はこれからです」
「どういうことだ?」
再度右手を前に出し、手のひらを標的へ向ける。
そして私は呪文を──
「……? 何をしている? 呪文はどうした?」
詠唱しなかった。
「し、師匠……?」
私の推測が正しいなら──
次の瞬間、差し出した手の先に巨大な魔方陣が現れる。
「な……っ!」
現れたそれは大きさにして先日ハイオークに放ったモノと同等……つまり、呪文を詠唱することなく"魔法が発現する直前の状態"を再現したのだ。
そう、ならば最後の一言も要らない。必用なのは──
魔方陣から巨大な火球が出現し、そのまま標的に向けて放たれる。
地面を抉るように進むそれが標的に触れた瞬間、激しい爆音を響かせ広場一帯を砂煙と衝撃が襲った。
「ゴホッ……ゴホッ! こ、これは……!」
砂煙が収まり状況が確認できるようになった頃、試験官は標的のあった"クレーター"に駆け寄る。
「なんだ……君は一体何をした!?」
「何って……ファイアボールですよ」
何やら周りが騒がしい事に気付き辺りを見回してみる。
先ほどの轟音を聞いたのだろう、いつの間にか大勢の人が広場外周を囲うように遠巻きにこちらを見ていた
「呪文はどうした!? 詠唱していなかったじゃないか! それに今のはファイアボールだろう? このような破壊力のある魔法では無い筈だ!」
試験官に振り向く。彼が驚くのも当然だ。
さて、ギャラリーも集まった事だしここは魔法に関する講習会といこうじゃないか。
正直に言おう、私は内心ワクワクしていた。
思えば人に何かを教える事は嫌いじゃなかったし、どちらかと言えば好きな方だった。
今この場が試験中であるということをついつい忘れてしまいそうになるが、実技そのものは証明したのだ。
では、ここからは自分の満足の為だけに仕切ろうと思う。
「試験官殿、呪文とは何の為に存在するかご存じですか?」
「何……?」
当然答えなんて待ってはいない。
私は言葉を続ける。
「精霊との契約……人間が魔法を発現する際彼らと契約を果たし、その力を授かる手段……こんな所でしょうか」
「当たり前だろう……何を今更」
「しかしその存在は誰も目にしたことが無い……目に見えない彼らにはたして我々の言葉が届くでしょうか?」
「それは……」
「師匠……何を言って──」
リタの言葉を遮るように口調を強めながら言葉を続ける。
「答えは否です。呪文といえど口から出る以上所詮は言葉、呪文の本来の目的は魔法に対するイメージの具現化に過ぎません」
誰もが沈黙し、私の言葉に耳を傾けている。
「ならば、呪文に隠されたその真意を正しくイメージできれば言葉など不要……それは先ほどの魔法で証明しました」
「ぐ……ぬぅ……」
そう、呪文はただの手段……魔法さえ発現するなら方法は他にもあるのだ。
彼はしかとそれを見た。反論の余地は無いだろう。
「では魔法の威力に関してですが、試験官殿は魔法の威力を制御する術を知っていますか?」
「そ、そんなこと出来るわけないだろう……!」
「そうですか、そう言うと思いました……」
彼がそう答えるのは予想できていた。
私の言葉に怒りを覚えたのか、彼の表情はいっそう険しくなる。
「しかし答えは否です。では魔法の制御についてお見せしましょう。下がっていてください」
標的に向けて手をかざす。
「これからお見せするのは今この場で至った結論から実験的に行う魔法です。同じファイアボールですがその規模を抑えたいと思います」
「まさか本当に!?」
そして呪文をイメージする。ファイアボールという魔法を構築する為の呪文、その言の葉に隠された構築手順を。
マナというエネルギーを魔法へ変換すること自体は簡単だ。
ただ願えば良い、イメージすれば良い、しかしそれではただ力を暴走させるだけ……不完全である。
しかしマナを効率よく、かつ自由に制御する術がある。それが呪文だ。
呪文で力を制御できない筈が無い。
それに初めての試みだったが不思議と不安は無い。自分の中で確信していたからだ。
変化はすぐに現れた。
かざした手の平の先に握り拳分の小さな魔方陣が出現する。
「お、おい、あいつ……」
周りがザワつくのが分かる。
「また呪文を詠唱せずに……!」
試験官もこればかりは慣れないのだろう、驚きの表情は言葉を聞くだけでわかった。
「威力を可能な限り抑えました。では放ちます」
魔方陣から先ほどに比べると小さな火球が姿を現し、目標目がけて放たれる。
火球は標的に触れるとボスンッと可愛らしい音を立てて焦げ跡を残し、煙りと化した。
「これが魔法の威力制御です」
「そんな馬鹿な……」
「では逆に威力を出来るだけ上げてみます。流石に標的に当ててしまっては施設に被害が出ますので……」
今度は手のひらを天にかざす。
そして魔法構築のプロセスを改ざんし、その出力を可能な限り上げる。
「な……ッ!」
巨大な魔方陣……しかし巨大の一言ではきっと伝わらないだろう。
その大きさはこの広場一帯を覆ってしまう程に巨大なのだ。
悲鳴にも似た声がそこかしこから聞こえてくる。
そして魔方陣から出てくるのは──
「はは……これは火球というより……隕石?」
真っ赤に燃え上がる巨大なそれは轟音と共に天高く飛び去る。
そして標的ないまま飛び上がる火球は燃え尽きる事無く天に昇り続け、ついにはその姿を視認できなくなった。
「っと、まあ、こんな感じです」
試験官に振り向くも、彼は口をだらしなく開きながら火球の去った空を見つめていた。
彼だけじゃない。この場に居合わせた誰もが言葉を忘れたかのように口を開きながら天を見上げている。
「先ほども言った通り、呪文とは魔法を発現させる為に必要不可欠ですが大事なのはそのイメージの具現化です。ならば言の葉に込められた真意を理解さえすれば発現する事象をある程度抑える事も、逆に威力を上げる事も可能というわけです……って試験官殿? 何をされて……?」
「……あ……あ……」
これが夢なのかもしれない、いや夢であって欲しいと思ったのだろう……彼はしきりに自らの頬をつねった。
そしてそれはリタも例外ではなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます