第20話 弟子

 荷馬車が停止すると、降りた私達は真っ先に近くに居た衛兵に賊を引き渡した。

 イブキがしっかりと気絶させていたおかげで道中騒ぐこともなく、まだ意識は途絶えたままだったので特に苦労は無かった。


「あれ、本当に気絶ですよね? 死んでないですよね?」


 終始あまりにも静かな五人が運ばれていく様子を眺めながら、不安がつい口に出てしまう。


「手加減したので大丈夫だと思うですよ」


 気絶させた当の本人が言うのだからその通りなのだろう、信じていないわけではないがあまりの手際の良さに心底関心した。


「主様、次はどうするです?」


 手持ち無沙汰になった所でイブキから声が掛かる。


「依頼の報告もありますし、ギルドへ向かいましょう」


「あ、それなら場所知ってます! 案内しますよ」


 広い王都で目的の建物を探すのは大変だろうと思っていたが、幸いにもリタの案内があったおかげでギルドはすぐ見つかった。

 建物に入ったるとすぐさま窓口に向かい、そこに佇む女性に声を掛ける。


「すみません、依頼の達成を報告しに参りました」


「はい、拝見します」


 それぞれ緩く三つ編みにした麦色のお下げ髪の性は丁寧な口調でそう言った。

 その言葉に従い、彼女へ依頼書を渡す。


「護衛の達成ですね、お疲れ様でした。あら……追加の報告もあるようですね?」


 荷馬車の主人に追加事項として賊の捕縛と賞金首のハイオーク討伐についても活動報告として追加してもらっていた。

 その項目に気付いた彼女は目の色を変えた。


「丁度クエストとして張り出している他二件についても解決されたのですね、素晴らしい活躍です」


「はい、賊の捕縛はこのイブキが……ハイオークは我々三人で討伐しました。活動の詳細ですが──」


 その時の状況を簡単に説明する。


「成る程……では、実績を付けますのでギルド証をお見せください」


 彼女の言葉に従い、各ギルド証をカウンターに置くと、彼女はそれをまじまじと見つめ「そんな……」と小さく一言漏らす。


「どうかされましたか?」


「い、いえ、賊の捕縛はいいのですが……ハイオーク討伐に関してはいくつかお聞きしたい事があります」


 彼女はそう言うと私を見据えながら静かに言葉を続ける。


「今回対象となるハイオークは通称人狩りとも呼ばれていて、これまで何度も討伐に挑戦した冒険者が居ましたが何れも失敗に終わっています。Bランクの冒険者一人では歯が立たないとさえ言われているものを、あなた方で討伐されたというのがにわかに信じる事ができなくて……あ、すみません……気を悪くしないでください」


 彼女の言う通り、実際Bランクであるイブキですら苦戦した相手なのだ、疑うのも仕方が無いだろう。


「ですが、第三者の証言もありますし、他に何か証拠になるような物はありますでしょうか? 例えばハイオークの容姿をご説明できるとか、戦利品等あれば……」


「そうですね、そのハイオークは何本も剣や鈍器といった武器を携えていました。恐らくこれまで被害にあった冒険者の持っていた物でしょう、一応拾っておいたのですが既に形を変えてしまっているのでこれで証拠になるかどうか……」


 そう言って私は背嚢から鉄の塊を取り出し、カウンターに乗せる。


「これは?」


「ハイオークの所持していた"武器だった物"です。残念ながら魔法で焼き尽くしてしまい、このように溶けて固まってしまったのでこのような物しかお出しすることができませんが……」


「……少々お待ちください……」


 そう言って彼女は奥へ行ってしまった。

 取り残された私達はお互いに首を傾げながら待つこと数分、今度は慌てた様子で彼女はやってきた。


「大変お待たせしました! あの、ヤマダさんはサルラスの聖地防衛戦に参戦されたヤマダタロウさんで間違いないですよね?」


「は、はい……そうですが……」


「やっぱり!」


 彼女は私の言葉に何故が合点がいったと言わんばかりの反応を示す。

 一体どういうことだろうと不思議に思う私の思考を中断させるように言葉を続ける。


「丁度今朝方、東の国の冒険者の実績が届いたところでして……ヤマダさんの実績ならハイオーク討伐は十分可能と判断しました」


「ほう、もう届いたんですか」


 冒険者は謂わばギルドの所有物だ、各個人の実績は常にどこでも最新の情報を保たねばならず、ギルドは国を跨ぎ、あらゆる手段を用いて情報を共有しているという話を聞いたことがあったのを思い出した。


「はい、サイクロプスをお一人で何体も倒したという実績はしっかりと伝わっております」


 しかし、ギルドという組織の情報網は思ったよりも伝達速度が早いようで、もうその話がここまで伝わっているのかと関心する。


「申し遅れました。私、ギルド王都エルシャナ本部の受付を担当していますアリサと申します。早速実績を付けさせてもらいますね」


 先ほどの冷静な口調とは違って、少し焦ったような早口でそう言う彼女は、私の実績を付けると、新たに銀色のプレートを差し出す。


「おめでとうございます。ヤマダさんは先の防衛戦の実績と今回のハイオークの討伐実績を加味してDランクへの昇格となります」


 ギルドの実績とはポイント制ではなく、対外的な活動の質に依存する。

 このように熟した依頼の質が高ければ高い程昇格は早くなる。

 しかし、防衛戦において飛び級的にAランクへ昇格したエステルような例外はあるものの、通常は一ランクずつの昇格となるのだ。

 真新しく輝くプレートを受けとる私は、Eランクのあっけない終了に戸惑いを隠せなかった。


「いいんですか? もう昇格してしまって」


「いいんです、本来であればヤマダさんはBランクでもおかしくない実績を積んでいます。ですが、ギルドの規定により昇格は一段階ずつとなりますので、申し訳ありませんがこれで我慢して頂くしか……」


「いえ、ありがとうございます。十分です」


「あの、サイクロプスというのは……」


 話に割って入ってきたのはリタだ。


「巨人族の一種ですよ、大きさは……そうですね、この建物くらいでしょうか」


 一般の住宅より一回りも大きいこの建物ギルドを大きさの基準に例えてみる。


「ええ!? そんな巨人をヤマダさん一人で倒しちゃったんですか!?」


 思わず素が出たのだろう、崩し気味の言葉で驚くリタに今度はイブキが口を開く。


「ふふん、主様の実力をもってすれば巨人の一体や二体なんて朝飯前ですよ」


 まるで自分のことのように誇らしげなイブキの言葉を聞いているのか聞いていないのか、リタは私を真っ直ぐに見つめ目を輝かせていた。


「ヤマダさん、いえ……師匠と呼ばせてください」


「し、師匠ですか?」


 突然の申し出に困惑する。

 しかし、彼女の眼差しは真剣そのもので冗談を言っている様には見えなかった。


「ちょっと待ってください、突然師匠だなんて、私は魔法もやっと一つ覚えた程度ですよ? そこまで尊敬される程ではないと思いますが……」


「はい、ハイオークの時に放ったファイアボールもそうでしたが、師匠の魔法師としての力は恐らくこの大陸でも並ぶ者が居ないと確信しました」


「それで……どうしたら弟子になるという理由に繋がるのでしょう……」


 魔法の力は生まれ持った特性だ、精神力の高さは個人に依存し継承することはできない。

 仮に弟子にしたとしても、呪文の知識の無い私から彼女に与えられるものはあまりにも少ないのだ。


「ハイオークだけじゃありません、野党を取り押さえる際に彼らが戦意喪失したのも師匠の力じゃないですか?」


「それは……」


「やはりそうでしたか」


「どうして分かったんですか?」


 素直な疑問を彼女に投げかける。


「師匠の放った言葉に、微かにですが魔法とは違った力のようなものを感じました」


 そんなことがあり得るのか?


 どうしても彼女が嘘を言っているようには見えず、いつしか私の中ではリタに対する興味が膨らみ始めていた。


「実は私、幼い頃から人には見えない何かが見えたり感じたりできるんです」


「何か……ですか」


 何かとは恐らく神の力のことだろう。人間がこの力を感知することは出来ない筈だがどうやら彼女にはそれが可能らしい。

 イブキの特異な身体能力もそうだが、この世界には想定外の力を持った人間が生まれることがあるようだ。


「成る程……隠す理由も無いですね、確かにあれは私の力です。限定的ではありますが、私は人の意思に介入して意のままに操る事ができるんです」


「そ、そうなんですか……それが魔法でないとしたら一体何なのでしょうか?」


「そうですね、"超能力"って事にしておきましょう」


「超能力……?」


「これも一種の魔法みたいなものです。それで、私の弟子になりたいという理由ですが、続きがあるんですよね?」


 話が脱線しそうになった為軌道修正をかける。

 私の問いにリタは強く頷き口を開く。


「はい、師匠は私と同じく魔法師試験を受けるんですよね? 恐らく師匠はこれから魔法師として名を上げるに違いありません。これからも新たな魔法の発見もするでしょう。私は師匠のお側に居て、第一の弟子としてサポートします。そして私も魔法師として力を付けたいんです」


 将来を見据えたキャリアプランといえばいいのか、まるで入社面接でもしてるかのようなその会話に昔を思い出し少し笑いそうなってしまったが、彼女の強い思いは十分伝わった。

 それに私もまんざらでもなかった。人に慕われるというのは悪い気はしない。

 なにより、魔法の知識を得る為に彼女のサポートは大いに役立つと判断した。


「分かりました。では、これから宜しくお願いしますね? リタさん」


「いいんですか!? やったー! あ、改めて自己紹介を……リタ・ハーベストと言います。私の事はどうかリタと呼び捨てにしてください。弟子にさん付けされては師匠の威厳が落ちてしまいます」


「そういうものですか?」


「そういうものです! ですからこれからはリタと呼んでください」


「わかりました。イブキも良いですよね?」


「うぅ……主様がそう言うなら我慢するです……」


 イブキは乗り気ではないようだったが、渋々了承してくれた。


「あの雌豚と違って胸も無いですし、主様をたぶらかす事も無いと思うです」


「む、胸ありますよ! イブキさんより大きいですよきっと!」


「むむ……喧嘩売ってんのかですこの貧乳! イブキはまだ育ち盛りなんです。お前なんかすぐ追い越してやるですよ!」


「ひ、ひひ貧乳じゃないし!」


 イブキの口の悪さは相変わらずだったが、彼女なりに受け入れているのだろうと勝手に解釈する。


「二人とも落ち着いて……では、これからは旅の仲間として宜しくお願いしますね、リタ」


「は、はい! 宜しくお願いします!」


 こうして、新たな仲間を迎え入れまた賑やかな旅になりそうだと、そう感じていた。

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