第18話 魔法

 港町を出て北西へ伸びる街道、その道中──


「少々お尻が痛いですね」


 新鮮な魚と東の国から取り寄せた荷物でごった返す馬車の中、私達はその後方のスペースに足をぶらぶらと垂らしながら座っていた。

 車輪が小石で跳ね上がる度、着地の衝撃がダイレクトに伝わってくる。


「ふかふかの椅子に座りたいです……」


「我慢ですよイブキ、これは依頼なんですから……私達は客じゃありません」


「はいです」


 イブキの不満も理解できるが、本来なら徒歩で追従する事だってあり得たのだ。こうして空いたスペースに乗せてもらっているだけでも感謝しなければいけない。


「アイタタ……腰に響きますね」


 リタもこのような体験は初めてのようで、馬車が跳ねる度同じ事を呟いていた。

 日が沈むまでには王都に到着の予定だと聞いていたが、今どのあたりなのだろう?

 しきりに太陽の位置を確認しながら、私は流れる風景を眺めていた。

 街道の周りに森は無く、広い草原が広がっていて、地平線の更に向こうには薄らと巨大な山脈であろう影が顔を覗かせているのが分かる。

 広い大陸というだけあってその土地の広大さを感じるには十分な光景だった。

 感動に浸っているその時だった──


「うわ……!」


「え?」


 突然馬車が停止し、崩し掛けた体勢を支えながら周囲を見渡す。


「野党だ! 冒険者のお三方出番だ、頼む!」


 荷馬車の主が大声を張り上げてこちらに話しかけてくる。

 その言葉を合図に私達は荷馬車を飛び降り、馬車の前へと駆けだした。


「どこですか?」


 私の言葉に馬車の主は前を指さす。

 まだ距離はあるが、その先には五つの人影が確認できた。

 何やら大きな旗を掲げており、こちらに向かってくるのが分かる。


「あれが野党ですか?」


「そうだ、ここら一帯に出るって噂の連中だ、最近になって被害に遭う数が増えているって話だったが、まさかこんな時に出くわすとは……あいつらを何とかしてくれ!」


 人類全てが善良というわけではないのだ、中にはこういった人を襲い金品を奪っていく輩も居るのは知っていた。

 このアンバランスさも私が望んだ事だったのだが、今となっては人へ危害を及ぼす存在を放って置くほど寛大な心は持ち合わせていなかった。


「分かりました。私達に任せてください」


 私は一歩前に出ると、そのまま目の前の人影に向かって歩み出す。

 次第に影は人の形を鮮明にし、彼らの手には剣や弓といった武器も視認出来るまで距離は縮んでいた。

 彼らは尚も歩みを止めず、薄ら笑いを浮かべながらこちらを見ている。


「止まりなさい!」


 私は声を張り上げ、彼らに聞こえるように言った。

 しかし彼らは止まることなく尚も歩き続け、ついには十メートル程の距離にまで接近していた。

 そこで彼らは停止し、その中の一人が口を開く。


「なぁにが止まりなさいだ、お前何様だ? 俺達を誰だか知ってて言ってるのか?」


 集団の一人、中央に位置する大柄な男が笑いを含んだ声でこちらに返してくる。


「ええ、野党ですよね? 姑息にも人から金品を奪う事でしか生きていけない人達ですよね? 知ってます」


「あぁん?」


 その男は眉間にしわを寄せながら不満を露わにする。


「ここは一つ交渉としませんか? あなた方がこの馬車を襲うというのを止めるというなら、私もあなた方に危害は加えません。どうでしょう?」


「ガハハ! おいお前ら聞いたかよ、襲うの止めてくださいだとよ!」


 一斉に残りの四人も笑い出す。

 おかしな事を言ったのは十分承知のうえだ、特になんとも思わない。


「では、止めて頂けないと?」


「話にならねぇな、おい、やっちまえ!」


 こちらの言葉は聞く耳持たないとばかりに指示を出す男は、恐らくこの野党のリーダー格なのだと認識する。 男の言葉に応えるように一人は弓を構え、残り二人は剣を、そして最後の一人は何やらブツブツと言ってる様子だ。


 リーダー含め剣士三人、弓一人、魔法一人──


 この距離だと恐らく矢が先に届き、次いで魔法、最後に剣士による畳みかけという順番か、そう判断するも、特に意味は無かったかなと少し笑ってしまう。

 戦況を狂わせる事は容易だ。


「"止まりなさい"──」


 そう、意識の乗っ取りである。


「あ……ああ……」


 五人は皆構えを解き、だらりと腕を垂らしながら棒立ちになる。


「イブキ、今です。彼らを簀巻すまきにしてください」


「合点承知です!」


 事前に野党が出るという噂は聞いていた。

 そこで考えたのが、彼らを縛り上げ、王都の衛兵につき出すという考えだ。

 事前に準備していた長い荒縄を手に持ったイブキが、彼らから武器を取り上げるとすぐさま縛り上げてしまう。


「え? え!? ……どうなってるの?」


「これで、この街道もしばらく平和になりますかね」


 あまりの一瞬の出来事に状況が理解出来ていない様子のリタの言葉を聞き流しながら、私はそう呟いた。


「すみません、馬車に荷物を"五人"程追加しても大丈夫ですか?」


 開いた口が塞がらない馬車の主は私に視線を向け「あ、ああ」と一言だけ返してくる。


「主様、しっかりと縛り上げたです!」


「ありがとうございますイブキ、では、王都についたら彼らを衛兵に引き渡す事にしましょう。ああそうだ、道中騒がれると面倒ですから気絶させておいてくださいね」


「合点承知です」


「え? あれ?」


 何もなかったかのように淡々と事を進める私達を目の前にし、リタはまだ状況が把握できていないようで身構えたまま一歩も動けずに居た。

 野党五人を荷馬車に乗せている時だった、馬車の主が突然叫び出す。


「あ、ありゃなんだ!?」


「え?」


 私は作業を中断し、馬車の前に駆け寄る。


「どうかされましたか?」


「前、前だ、何かでかいのが居るぞ……!」


 その言葉に視線を前に移動させる。

 草原の中心に確かに存在する何かがこちらへ向かって走ってくるのが見える。

 距離が遠かったが、それでも人型だと認識できる程にそれは大きく、そして見覚えがあった。


「あれは……オーク?」


 肌の色は緑のそれとは違い灰色で、大きさも恐らく以前見たものより一回り大きいようだ。

 そのオークはこちらに真っ直ぐ走ってくる。


 あれは確か──


「は、ハイオークだ! ヤバいぞ、ありゃ賞金首の"人狩り"だ!」


 記憶から引き出すよりも早く回答を導き出したのは馬車の主だった。


 ハイオーク──オークの上位種であり、その大きさと凶暴さは下位のオーク数匹分にもなる。

 オークより知能が高く、そして何より食以外の目的で"狩り"を好む厄介な存在だ。

 "人狩り"と呼ばれる所以はその特性にあるのだろう、彼らは戦利品をコレクションとして集める傾向にあり、近づいてくるそれの背中には数多の武器が携えられているのが見えた。

 その数からして、相当な数"狩っている"に違いない。


「イブキ、お願いできますか?」


「はいです、主様には指一本触れさせないです!」


 颯爽と駆け出すイブキはあっという間にハイオークに接触し、そして戦闘の火蓋が切られた。

 オークの手に持った鉈状の武器とイブキの小刀が接触し、剣戟の音が鳴り響く。


「私達も向かいましょう、リタさん、行きますよ」


「え? あ、はい!」


 近づくにつれ剣戟の音は次第に大きさを増し、戦闘の激しさが伝わってくる。


「はあっ!」


 イブキはハイオークの懐に飛び込み、小刀を振り上げるようにして飛び上がる。

 しかし、ハイオークはその斬撃を紙一重で躱すとすぐさま体勢を立て直し、未だ宙を舞うイブキ目がけて鉈を横薙ぎに振るった。


「ふっ!」


 小刀と鉈がぶつかり合い激しい音を響かせ、イブキは身体を衝撃に任せて回転させながらハイオークの一撃を受け流す。

 着地と同時に振り下ろされる鉈の振り下ろしを横に飛び出す事で回避し、飛び出した先で反対方向へ地面を強く踏み込むとすぐさま彼女はハイオーク目がけて飛びかかる。


「とった!」


 イブキの小刀がハイオークの首を捉える──

 しかし、一瞬の隙を突いた一撃もすんでの所で回避されハイオークの首筋の表面を軽く切りつけるに止まる。

 傷付けられた事に怒りを露わにしたハイオークの動きは更に激しさを増し、戦闘は目で追えない次元にまで達していた。

 ハイオークの中でも更に強い個体となれば彼女も苦戦するのだろう、お互い決定打を与えれないまま戦闘は激しさを増す一方だった。

 イブキ程の手練れが苦戦するというのは想定外だ。

 次なる手を考えていた矢先、リタが突然口を開いた。


「燃えさかる煉獄の炎よ、その姿火球となりて、目の前の敵を打ち砕かん──」


 リタの言葉に呼応するように伸ばした手の先に赤く明滅するサークルが現れる。

 言葉を紡ぐ度それは二重三重に大きさを増し、紡ぎ終わると同時にそれは眩く光り輝いた。


 これは、呪文か?


「いきます……イブキさん避けて! ファイアボール!」


 "魔方陣"から火の玉が出現し、ハイオーク目がけて飛び立つ。


「ふっ!」


 イブキはハイオークに蹴りを入れるとその反動で距離を開ける。

 その瞬間、火球は轟音と共にハイオークへ直撃した。


「おお」


 私はその光景に魅入った。

 人の手によって作り出された呪文、そしてその効果を確認するように、直撃したハイオークを見つめる。

 しかし──


「オオォォォォ!」


 直撃した瞬間体勢を崩したものの軽く皮膚に焦げ跡を残した程度で、煙の中からハイオークの雄叫びが聞こえてきた。

 そして再びイブキは煙の中に飛び込み、剣戟の音だけが鳴り響く。


「や、やっぱり無理ですよぅ! ハイオークに私の魔法なんて効くはずないです……」


 つい弱音を吐いてしまうリタの言葉を聞き流し、私は必死に一つの事を反芻していた。


「……よし、覚えた……」


「え?」


 私は手のひらをハイオークへ向け、静かに口を開く。


「燃えさかる煉獄の炎よ──」


 かざした手の前に"巨大な魔方陣"が出現する。


「その姿火球となりて──」


 その大きさはリタの魔法発現時の大きさの二倍以上で、言葉を紡ぐ度二重三重に更に大きさを増していく。


「目の前の敵を打ち砕かん──」


 激しく明滅する魔方陣は、その形状を安定させると眩く光輝いた。


「イブキ、離れていてください」


「はいです!」


 私の言葉に反応し後退するイブキ。

 そして私は最後の発現となるキーを叫ぶ。


「いきます……ファイアボール!」


 巨大な魔方陣から出てきたのはリタのそれとは似ても似つかないものだった。

 リタの繰り出した火球は人の頭程のサイズだったが、私の魔方陣から出現したのはそのおよそ十倍だろうか、人をすっぽりと覆ってしまう程の巨大な火球が魔方陣の中から現れると、凄まじい勢いで飛び出す。

 進路上の地面を抉るように飛ぶそれはハイオークを直撃し、先ほどとは比べものにならない轟音を鳴り響かせた。


 思わず耳を塞いでしまう程の轟音、そして大爆発の衝撃で周囲に土埃が舞い上がる。

 大地は揺れ、抉れた土と石が飛び散り爆音で空気が震える。

 本人を含め、誰もがその光景に目を奪われていた。


「……やったか?」


 この状況で使う言葉のチョイスとしては相応しくないものだったが、つい口から出てしまう。

 土煙は徐々に薄れ、爆心地がその姿を露わにする。

 大きなクレーターの中心……そこにハイオークの姿は無く、奴が所持していたと思われる武器が溶けたのだろう、大きな鉄の塊が中央にポツンとあるだけだった。


「す、すごい……」


 続いて言葉を発したのはリタだった。


「いえ、見よう見まねでやってみたのですが、存外上手くいったみたいで安心しました」


「見よう見まねって……もしかしてファイアボールは初めてですか?」


「ええ、まあ……」


「こんな大きなファイアボール……見た事ありませんよ……」


 ハイオークだったモノをまじまじと見つめるリタは、小さくそう呟いた。

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