第14話 旅立ち

「もういいの?」


「ええ、すっかり傷も癒えました」


 王都で目覚めた私は怪我の回復の為三ヶ月余り療養していたのだが、身体はすっかり元通りになり、外を歩けるようになっていた。

 その間の生活費用は全て王宮側が賄ってくれた。聖地防衛、功績者の一人として……

 騎士団長のランスが進言してくれたらしい。

 そんな王宮の敷地内、私とエステル、イブキはその庭園に居た。


「それに動かないと身体が鈍ってしまいそうで、今は動いていたいんです」


「そう」


「エステル、いや、今は"エステル様"と言った方がいいですか?」


 彼女は先の戦闘において聖剣を抜き、一人で魔族の軍団を撃退した功績から、勇者として王宮に迎え入れられていた。


「様はやめてよ! いつも通り呼び捨てでいいわよ、気持ち悪い」


「はは、冗談ですよエステル。しかし、今回の件であなたは冒険者ではなくなってしまいました」


「……ええ」


 彼女の腰には"聖剣"が携えてある。

 それはこの世の理でない、絶大な力を持つ、折れず、歪まない力の象徴だ。


「寂しくなるわね」


「また会えますよ」


 彼女は自由を失った、人類の希望の象徴として、これから北の地へと赴き魔族の拠点を掃討するという使命があるのだ。

 もちろん私もその旅に誘われたが、悩んだ末辞退した。


「もう行くの?」


「ええ、私も自分の目的を果たさなければなりません」


 私の力は制御が効かない。効かないが故、その身を危険に晒してしまう。

 それはいつしか仲間すらも危険に巻き込んでしまうだろう。

 私には新たな力が必用だ、仲間を守れるだけの力が。


「西の大陸へ行こうと思います。私の力を制御する術を見つける為に……」


 これは私が決めた事だ、自分の意思でそうしようと思ったのだ。

 場に流されるばかりの私が、決意した事なのだ。


「あなた、本当に神様だったのね……」


「今更ですか? 何度もそう言ったでしょう」


「また、会えるわよね?」


「きっと会えます。どうやら私は事件に巻き込まれやすい体質のようですので」


 おどけて言ってみる。

 エステルは微笑みながらこちらを見つめながら、口を開いた。


「そうね、あなた、そういう素質あると思うわよ」


「迷惑な話です」


「じゃあ、ヤマダ……」


「え──」


 突然エステルが駆け寄ると、その唇を重ねてくる。

 一瞬何が起きたのか分からず硬直してしまう。

 その唇が離れると彼女は微かに頬を染めながら、今度は笑顔でこう言った。


「私のこと、忘れちゃダメよ?」


 口元に残るその感覚を確認するように指でなぞりながら、その表情に心拍数が上がる気がした。


「主様に対してな、ななな何て破廉恥な事をしてやがるですかこの雌豚!」


「なによ、やろうってのこのロリ忍者!」


「忍びと呼ぶです! 今度という今度はもう容赦しないですよ! 成敗!」


 目の前から消え去る二人、剣戟の音だけが響き渡る空間には私一人だけが取り残された。


「なんであんた風の加護も無しに私についてこれるのよ……! ありえないわ!」


「忍びをナメんなです! テメェの加護なんざそよ風みたいなもんですよ!」


 姿は見えないが、確かに近くにいる二人の会話につい笑いそうになるのをこらえる。


「まあ、まあ、二人とも落ち着いてください。イブキ、そろそろ行きますよ」


「あ、はいです主様! ……命拾いしたですね雌豚! ペッ!」


「覚えてなさいこのチビ! ……じゃあヤマダ、また会いましょう!」


「はい、行ってきます。またどこかで」


 別れの挨拶を交わし、私とイブキは王宮を後にする。


「主様、西の大陸に着いたら先ずは何するですか?」


 この世界は広い──


「そうですねえ」


 この小さな島国ですら、私の知らない事でいっぱいだったのだ──


「先ずは、現地の美味しい料理を食べましょう。お金は沢山あるんですから」


 これから先、どのような出会いが待っているのか皆目見当が着かないが──


「賛成です! 沢山食べるです!」


 きっと、驚きに満ちているに違いない。


「では、参りましょう」

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