第13話 聖地防衛戦(2)
巨人の足下に群がる緑の軍団がその速度を増す。
私達が何度も対峙したゴブリンである。
更に続くように大の男を二回りも大きい、巨人程ではないにしろ巨大な威圧感を持つオークがこちらへ目がけて走ってくるのが見えた。
街道の入り口で人間とモンスターの大群が衝突する。
激しい剣戟の音が戦場に鳴り響き、怒声と奇声がそこらかしこから聞こえてくる。
最初の衝突は人間優位だった。
魔法が掛かっているその剣は、モンスターの持つ武器を易々と切り裂き、次々と屍の山を築いていく。
「引くな! 押せぇぇぇ!」
最前線に響くのはランスの怒声、それに呼応するように続く者達が雄叫びを上げる。
「「オオオオオオオ!」」
あっという間に最初の一団を始末すると、奥に控えていた巨人族がその速度を上げる。
「次は巨人だ、くるぞ! 皆構えろ!」
サイクロプスは怒り狂うように走り出すと、手に持った鉄の塊を横に薙ぎ払う。
数名の兵士がその圧倒的な力に吹き飛ばされるのが見えた。
それでも奴の皮膚には無数の切り傷がついており、魔法の効果を証明していた。
しかし、あまりにも巨大なそれは、中々倒れる事はない。
戦士が何人死んだのだろう、それと引き替えに巨人の一体は沈黙した。
「こんなのメチャクチャだ……!」
冒険者の一人が前線を離れてこちらへ走ってくる。
そしてそのまま王都へ続く街道へと走りさってしまった。
「臆病者が……」
エステルはそれを見ながら吐き捨てるように言う。
仕方の無いことだ、魔法という力を得ても尚、巨人と人間は対等ではないのだから。
前線は徐々に押され、ついにはサイクロプスの聖地への侵入を許してしまう。
「引くな! 押せぇぇぇぇ!」
ランスの怒号は止むことなく響き、騎士団はその士気を維持する為再度雄叫びを上げる。
彼らは知っているのだろう、この戦の意味するところを。
だが冒険者は別だ、彼らは報酬という欲に参加したものも少なからず居たはずだ、何人かの脱落者、つまりは逃走した者達を私達は目撃していた。
「エステル、前線が危ない、私達も行きましょう」
「ええ……!」
そして前線へと走り出し、私はエステルに魔法を付与する。
イメージするのは障壁。何人たりとも犯すことのできない物理障壁。
「ヤマダ、これは?」
「お守りです。安心して突撃してください」
少し頭痛がした。
やはりこれは……
「私にできるのは、これくらいですから」
「……ありがと、じゃあ行ってくる!」
エステルの速度が上がる。
とうとう私を置き去りに前線へ紛れてしまう彼女の怯まず、歪まず、揺るぎないその姿はまるで。
「まるで、英雄ですね」
誰も聞いてくれることのないその言葉を残し、私は立ち止まってしまう。
「っ……」
頭を抱える。
身体に力が入らない。
予想していなかった訳ではない、しかし、やはり私も冒険者なのだと自覚せざるを得ないその事象に焦りが生じた。
あれだけ大勢の人間に、それも暴走気味の効果を付与したのだ。
私の魔法は制御が効かない。故にその効果は絶大。
しかし、欠点があった。
それは精神力を著しく消耗してしまうのだ。
魔法の発源、その規模に対する精神力の消耗は等価である。
「分かってはいたんですが……」
今まではあくまで数回、それと個人に対しての魔法の付与に限定されていた為今まで気付く事ができなかった。
魔法は精神力を著しく消耗する。それを"仕様"と決めたのは誰でもない私だ。
それが仇となった。
私は神ではなく、ただの冒険者、精神力は人並み外れたものだと勝手に解釈していた。
思い込んでいた──
見込みが甘かった──
力の入らない足に苛立ちを感じる。
何もできない、ただ見ることしか出来ない自分が腹立たしと思った。
前線は次第に押され、気付けば私の眼前まで迫っていた。
前線を抜けたサイクロプスが私の眼前に迫り、横薙ぎにその固まりを振るう。
「主様!」
イブキは巨人の腕に飛び込むと小刀を突き立てる。
その痛みに苦悶の表情を見せたサイクロプスの一撃は空を切り、私の頭上をかすめる。
「ヤマダ、何ぼうっとしてるの!」
エステルの怒声が私の意識を現実に引き戻す。
「すみません、もう大丈夫です」
そうだ、ここで諦めてはいけない。
私は守ると決めたのだ。
ここを死守しなければいけないのだ。
震える足をなんとか立たせ、後退すると、手をかざしイメージする。
これだけ大きいのだ、影響は奴だけに限定される筈だ。
何度かの試行の末、自らの魔法の影響範囲は把握できていた。
私の魔法は対象とした者、対象とした地点を中心にある一定の範囲までに効果を及ぼす。
つまり、巨人相手であれば上半身を狙えばその効果は地上までは影響しない。
これなら、仲間へ被害を出さずに使いこなせる。
「はじ……けろ!」
頭の痛みは一層酷くなる。
だが、目の前の巨人はその動きを止め、一瞬身体を反らすと内部から破裂、いや、爆発した。
巨人の内蔵が飛び散り、返り血が私を赤く染め上げる。
「はあ……はあ……っ! エステル、イブキ……!」
「私はここよ!」
「主様、大丈夫ですか!?」
どうやら無事のようだ、それに安堵すると、再び膝をつく。
「主様!」
イブキがこちらへ駆け寄り、心配の表情で見つめてくる。
「私は大丈夫です、少し疲れただけですから……それよりエステルを、彼女をサポートしてください」
「は、はいです!」
去りゆくイブキを見送り、私は再び立ち上がる。
もう一歩も動く事はできないようだ。
立っているのがやっとのその身体で、私は戦場を見渡す。
ああ、酷い臭いだ──
これはなんだ?
そうか、巨人の血を浴びたのか……
自分の状況すら満足に確認できていなかったことに自然と笑いが出る。
そして再び手をかざす。
「この命、どこまで持つか分かりませんが……」
諦める訳にはいかない!
「弾けろ……」
前線のサイクロプスがはじけ飛び、大量の血を吹き出す。
「弾けろ……!」
もう一体──
「はじ……けろ……!」
そしてもう一体──
「は……じ……」
もうダメだ……意識が遠くなるのを感じる。
今私は立っているのか?
それすら分からない。
音が遠ざかる。何も聞こえない。
「……! ……!」
エステルか? 何を言って。
次の瞬間、激しい衝撃と共に私の身体ははじき飛ばされてしまう。
巨人の攻撃なのだろうか? 痛みを感じない。
ただ衝撃だけを理解する身体は、何か遮蔽物へと私を叩きつけられた事だけを知らせてくれる。
朦朧とする意識の中、目の前にエステルの、彼女の姿を見た。
迫るサイクロプスが見える。
しかし彼女は私の前に立ち、一人で巨人と対峙している。
いけない──
巨人の薙ぎ払う動作が見えた。
しかし彼女は姿勢を低くして躱すと、すぐさま姿勢を戻し、巨人の股下に位置取ると一瞬屈み、円を描くように横薙ぎに巨人の両足を切りつける。
健を切ったのだろうか、巨人は仰向けに倒れ、彼女はすかさず巨人に飛び乗ると剣を突き立てるような動作を見せる。
ここからではよく見えないが、そこからは大量の血が溢れ出し、ついにはサイクロプスは動かなくなった。
その横から、もう一体の巨人が彼女目がけて鉄塊を振り下ろす。
エステルは剣を盾にするよう構え、その攻撃を逸らせる。
が、その衝撃に彼女の剣は折れてしまった。
それでも尚、折れた剣を握りしめ、振り下ろした反動で姿勢を低くしたサイクロプスのその大きな眼球目がけて剣を振るう。
英雄──
剣は折れても、彼女の心は、信念は決して折れる事は無い。
どんな困難にも勇敢に立ち向かうその姿はまるで英雄そのものだった。
目を潰され暴れ回るサイクロプス。
その滅茶苦茶に振り回す鉄塊の一撃を受け、エステルは私の方へ吹き飛ばされるのが見えた。
次第に意識がハッキリしてくる。
今ならまたもう一度立ち上がれる。
私は壁に手をつけ、ゆっくりと立ち上がろうとする。
血で濡れた手は何度も滑るが、何とか立ち上がる事ができた。
私は彼女の元へとゆっくりと歩み寄る。
歩く度身体のいたるところに激痛が走る。
どうやら骨が何本か折れているらしい。
激痛に顔を歪めながら彼女に歩み寄り、私は声を絞り出す。
「エステル……!」
「うぅ……って、あれ、全然痛くない」
よかった、彼女に掛けた魔法はまだ効果があるようだった。
彼女の健在を知り安堵する。
「エステル、着いてきてください」
「え? ヤマダ?」
「いいから……時間がありません」
私はエステルを神殿の中へと誘う。
足取りは重く、何度も転びそうになる。
「や、ヤマダ、大丈夫!?」
彼女が肩を貸してくれたようだ、身体が持ち上がるのが分かった。
「すみません、助かります」
「どこへ行くの?」
「聖剣の元へ、お願いします」
彼女の支援で、ゆっくりと祭壇を上る。
そしてやっと頂上へ辿り着くと、私はエステルから離れる。
「エステル、この聖剣を抜いてください」
「え? いきなり何を言い出すの? これは抜けないって」
「いいえ、あなたなら、今のあなたならきっと抜ける」
「何を言って──」
聖剣を抜くのには条件がある。
一つは神の加護を得た者でなければならないこと。
そして二つ目は──
「エステル・フォン・アインシュナベル。英雄の素質、そしてその勇士、しかと見届けました。神の名の下、あなたに神の加護を与えます」
両手を彼女へ向ける。
そしてゆっくりと、彼女へ向けて残った力を振り絞る。
「え? これは……」
彼女の身体は眩く光り輝く。
それは彼女の、この戦場において開花した英雄としての素質が放つ光だ。
光に呼応するように祭壇が震え、聖剣も彼女と同じ光を放つ。
神殿が震え、入り口部分が崩壊する。
暴れたサイクロプスが神殿を破壊したのだ、目が見えない状態で尚、嗅覚を頼りにこちらに暴れながらやってくるようだった。
「さあ、聖剣を手にとりなさい。あなたは勇者になるのです」
「私が……勇者……」
彼女の手がゆっくりと聖剣に触れる。
そして震える手で柄を握り、ゆっくりとそれを持ち上げる。
聖剣はまるでどこにも刺さってなかったかのように軽々と持ち上がり、ついにその姿を
神殿の中に風が吹き荒れる。
剣から放たれるようにして吹き荒れるその風は、祭壇を中心にまるで嵐のように吹き荒れ、神殿の壁を吹き飛ばした。
「グオオオオオ!」
サイクロプスの振り上げた鉄塊が、エステル目がけて振り下ろされる。
祭壇に打ち付けられる激しい音と衝撃に私は吹き飛ばされた。
「ぐっ……!」
祭壇を確認する。
しかし、打ち付けられた場所に彼女は居なかった。
そして先ほど私達を襲った主は──
「成功ですね……」
サイクロプスは胴から上を消失し、その背後にエステルは剣を振り抜いた姿で固まっていた。
「……ヤマダ……」
「エステル、これがあなたの力です。存分に振るってください……」
「ええ、私、行ってくる……!」
走り出す彼女は、風のように戦場を駆け巡る。
"風の加護"──
聖剣がもたらしたその力により、彼女は風と同化するように戦場を駆け巡る。
そしてその剣を一閃する度、巨人は為す術もなくその命を散らせていった。
「風というより、嵐ですね……」
ついに意識が遠くなり、私はその場で倒れ込む。
魔族の本隊は殆どがゴブリン、オーク、サイクロプスで構成されていたらしい、全ての巨人を倒し終え、後に続いた魔族も全てエステルが切り伏せたと聞いたのは、私が目覚めた三日後の話だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます