第12話 聖地防衛戦(1)

「いくらなんでも早すぎない?」


「ええ、戦況はどうなっているんでしょう?」


 端的に説明を受けた我々には、防衛ラインが下がった事しか知らされていなかった。

 しかし、着実に魔族はこちらを目指して侵攻しているのだろう。

 魔族はモンスターを使役する事に長けている種族だ、最悪のケースが頭を巡る。


 まさか──


「もしかすると、第二防衛ラインが突破されるのも時間の問題かもしれませんね」


「どういうこと?」


「あくまで可能性の話ですが、魔族側に厄介な奴がいるかもしれません」


「……何が来ようと、守るしかないのよ」


 言ったところで彼女の決意は変わらないだろう、ここを守り切れなかったら王都が戦場と化すのだ。


「ええ……」


 私はこれ以上の言葉は無用だと思い、そう一言残す事しかできなかった。

 その時だった。


「街道から何か来てませんか?」


「え? ……確かに、馬?」


「行ってみましょう」


 私達はその小さな影が見えた街道の入り口へ駆け寄る。

 小さな影は次第に馬の形を見せ始めた。

 伝令のようだ。戦況が分かるかもしれない。


「で……んれい、伝令……!」


 その騎士の身体はボロボロだった。

 鎧のあちこちはへこみ、額からは血を流している。

 片腕は動かないようでだらりと垂れ下がっている。

 まるで死の淵から這い上がってきたかのような必死の形相に誰もが息をのんだ。

 最初に口を開いたのはランスだった。


「どうした、何があった!」


「だ、第二……第二防衛ラインが……崩壊しました」


「なんだと!?」


「ま、間もなく……敵の本隊がやってきます。あ、あいつら……を引き連れて……」


「何だ? おい、一体何があった!」


「……」


 その騎士は最後に何か言いかけ、そして沈黙した。

 満身創痍だったのだろう、事切れた騎士の元へ私は駆け寄る。


「間に合うかもしれない」


「ん? 君は何だ?」


「少し離れていてください。彼を蘇生させます」


「なに……?」


 私は手のひらをその亡骸にかざし、意識を集中させる。

 息を引き取ってからまだ時間が経過していない。あの時は出来なかったが、きっと今なら間に合う。

 そして剥離する魂を、再び肉体へと定着させるイメージを頭の中で練り上げる。


 蘇れ──


 私を中心に淡い光が水に浮かぶ波紋のように広がりを見せる。

 そしてたった今死んだその兵士を光が包み、何かが肉体へと入っていく様子が覗えた。


「お、おい、今何をした」


「さあ、目を覚ましなさい。あなたは生きている筈だ」


「……あ……」


 死んだと思われたその男の身体からは傷が消え、目を確かに開け、視線だけぐるぐると移動させ、自らが生きているという事を実感したのかゆっくりと起き上がる。


「わ、私は死んだ筈では……」


「生き返ったんですよ、あなたは生きている」


「あ、ああ……あああ!」


 泣き崩れるその騎士は、両手を組み神に祈るような仕草をした。


「き、奇跡だ……! 死んだ人間が蘇る等、聞いたことがないぞ……!」


 驚きを隠せないランスは、先ほどまで死んでいた男と私を交互に見ながら狼狽えている様子だった。


「き、君は一体何者なんだ?」


「私はヤマダ、魔法使いです」


「魔法……だと、これも魔法だと言うのか?」


「そうです。奇跡ではありません。この世の理に即した事象です。死んで間もない人間であれば、その肉体に致命的な損傷でも無い限りは生き返る事が可能です」


「なんと素晴らしい……! 君のような冒険者が居てくれるなら、我々は勝てるぞ!」


 大喜びのランス、しかし、私の魔法には速効性が無い。

 魔法のイメージを練る時間が必用で、今のタイミングでなければ恐らく蘇生は不可能だっただろう。

 これは、かつて死んでいった者達へ試した結果から導き出した答えでもあった。


「ですが、私の魔法で生き返らせる事ができるのは死んだ直後の人間に限られます。万能ではないのです。それをお忘れ無きよう……命を大切に扱ってください」


「そ、そうか……しかし、感謝する、我が騎士団の仲間を助けてくれた事に変わりはない」


「時間がありません。それで、生き返った"あなた"には聞きたい事があります。最後に言いかけた事をもう一度お願いできませんか?」


「あ……」


 その言葉に気付いたのだろう、伝令の騎士は慌てて立ち上がる。


「いえ、やはりその必用はなさそうです」


 残念だが、もう来てしまったようだ。


「え?」


「あちらさんも、もう到着する様ですよ」


 私は街道の先を見据えながらそう一言こぼす。


「……! な、なんだあれは!?」


 遠目からでもその存在がハッキリと視認できる。

 歩く度地鳴りのように響くその質量。その巨躯。

 ここからでも視線を感じる程巨大な一眼。

 到底人が持ち上げる事のできない棍棒状の鉄の塊を手にするそれは、誰の目にも鮮明に映っていた。


「巨人族です」


「巨人族だと? 君はあれを知っているというのか?」


「ええ、まあ、あれはサイクロプスという巨人の一種です。その肌は分厚く頑強、生半可な刃では表面に傷すら付ける事ができないでしょう。その腕力は城壁すらも易々と破壊してしまう程の破壊力を持っています。歩く破壊の化身……とでも言いましょうか」


 最前線の崩壊が早い原因はやはり奴等の存在があったからだ、悪い予感は的中した。

 一体だけなら私の力でも対処できるだろう、しかし、目の前には無数の巨人の姿があったのだ。


「この街道だけでも十体……でしょうか、いや、まだ奥にも何体か見えますね」


「あんなものが何体も居るのか……どうすればいいのだ。ヤマダとやら、何か策は無いのか?」


「すみません、そこまでは……ですが、奴等の硬い皮膚を切り裂く術ならあります。それを今から皆さんに掛けます。団長、まだ間に合います。皆に招集を」


「わ、わかった、君の判断に任せよう。おい、号令だ、鐘を鳴らせ!」


「はっ!」


 甲高い鐘の音が鳴り響き、騎士団と冒険者がこちらに集まってくる。

 全員を一カ所に纏めたところで、ランスが声を掛けてくる。


「集めたぞ、これからどうするつもりだ?」


「ありがとうございます。では、皆さんにこれから魔法を掛けます。各自、武器を手に持ってください!」


 私の声に従い、皆がそれぞれ武器を取り出す。


「では、いきます」


 意識を集中させる。


 イメージするのは振動、万物を切り裂く高周波。

 そして範囲はこの一団全員に対して。

 個人に対しての効果はエステルで実証済みだが、今回は勝手が違う。

 上手くいくかどうかも分からないが、他に方法が見つからない。

 一番確度の高い策として、これしか思いつかなかったのだ。


 意識を個から全へ拡散させる──

 対象は殺傷力のある武器に限定する──

 

 意識が定まったところで、その魔法の源を爆発させた。

 私を中心に光の波紋が広がり、戦士達の武器が光り輝く。


「なんだこれは……」


「俺の武器が、震えてる?」


 上手くいったみたいだ、ここの全員の反応を見て、そう確信する。

 その時だった。


「うっ……」


 急に力が抜け、私は膝を折る。


「ヤマダ! どうしたの?」


「い、いえ、少し目眩が……ですが成功です。皆さんの武器はあの怪物の皮膚を切り裂く事ができますよ」


 どうしたのだろう、頭痛が酷い。

 今まで感じたことの無かった感覚に戸惑う。

 

「ヤマダ殿、感謝する。では、全員再度持ち場につけ! 奴等を一匹たりとも生かして返すな!」


「「応!!」」


 皆が走り去ったところで、まだ少し頭痛が残ってはいたが、立ち上がることができた。


「では、私達も戦闘に備えましょう」


「ええ」


 巨人の大群は目の前にまで迫っていた。

 ある一線を超えて、その歩みは早くなる。


「くるぞ……!」


 そして、戦いの火蓋は切られた──


「戦闘開始ぃぃぃぃ!!」


「「オオオオオオオオ!!」」

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