第11話 聖地
「ここが、聖地ですか?」
「そうよ、何も無い所でしょ」
狭い街道を抜け、道が開けたかと思えば目の前には大きく円を描く様に広がる草原だった。
その自然の中に、ひときわ目立つ大きな人工物が目に留まる。
「あれは……」
「あれが聖剣の祀られた神殿よ」
大理石でできているのだろう、光沢を放ちながらそびえ立つ大きな建造物を見つめる。
「知ってる? 聖剣はね、神殿が出来る前からここに祭壇と共に刺さっていたらしいの」
勿論知っている。それを作ったのは誰でもない私なのだから。
「誰が何のために作ったのか分からない、その剣は誰も抜く事が出来なかったって話よ。一度、その祭壇を壊して剣を回収しようって事になったらしいんだけど、その祭壇には傷一つ付かなかったみたい」
それもそうだ、聖剣も祭壇も、この世の理で作られた物では無いのだから。
傷も付かなければ抜くことすら出来ない。
だったら、ああやって祀る他無いだろう。
「そしていつしか、その剣を聖剣と呼ぶようになって、神聖なる物としてあの場所に神殿を建てることになったそうよ。神の贈り物ってわけ、ね? 神様?」
エステルは言葉の最後では笑いながら話していた。
きっと信じてはいないのだろう、想い出したかのように吹き出す彼女を放っておいて私は天を仰いだ。
太陽は頂点を過ぎた頃のようだ。
「しかし、到着が少々早過ぎたようですね」
「ええ、でも現地の下見もしなきゃいけないし、丁度いいんじゃない?」
エステルの言葉に頷く。
「確かに、仮にここが戦場になった場合、地の利は我々にあるのですから、しっかり見ておかねばなりませんね」
「主様、イブキはこのあたりの地形を見てくるです」
「分かりました、いってらっしゃいイブキ」
イブキはまだ動いている馬車から飛び降りると、颯爽と草原を駆け抜けていった。
馬車が停まり、降りた私とエステルは先ずは神殿へと足を進めた。
神殿内部の構造を確かめておきたかったのもあるが、私は自分の作り上げた聖剣を今の尺度で確認しておきたかったのだ。
神殿内部はシンプルなもので、何本もの支柱が整列しているだけのものだった。
中央には神殿の材質とは違い、異質に黒く光るピラミッド状の階段と、その頂点に突き刺さるようにして鎮座している剣、ただそれだけだ。
私は聖剣の前まで歩み寄り、それを眺める。
突き刺さった刀身から露わになっている部分、両刃の剣の中央は青く、まるで風が吹き荒れるような装飾が施されており、鳥が広げた翼を連想させる
私は長い年限を経ても尚色褪せないその剣を見つめながら、エステルに声を掛ける。
「エステル、これ抜いて見ますか?」
「え? 私が?」
「ええ、もしかしたら勇者になれるかもしれませんよ?」
「無理よ、無理無理!」
「いいから、物は試しです」
神の加護、その力を試したかったのもある、もしかしたらエステルは、本当に勇者としての適正があるのかもしれない。
「じゃあ、やってみるわよ……」
エステルに向けて手のひらをかざす、そして神の加護を頭の中でイメージし、彼女へと送る。
エステルの身体は微かに光を帯びたような気がした。
そして彼女はゆっくりと、その剣の柄を握り、力を入れた。
聖剣を抜くのには条件がある。
一つは神の加護を得た者でなければならないこと。
そして二つ目は──
「うぅん! はぁ、駄目ね、やっぱり抜けないわ」
残念でもない、さも当たり前と言わんばかりの顔でこちらを見る彼女の身体からは、先ほどまでの光は消え失せていた。
「残念ですね、エステルは勇者じゃなかったようです」
少し期待もあったのは確かだ、しかし、目の前に起きた事は現実なのだ、彼女には適正が無い。
「それはそうよ、私なんかが抜けるわけないわ、そもそも抜けるの? これ」
「さあ、でも意味はあると思いますよ」
「もういいわ、そろそろ外へ行かない? 私達もこの辺りの地形見ておかなきゃ」
「そうですね、ここで時間を潰す訳にもいきませんし、行きましょうか」
聖地は広い、私達は広いその空間の外周を歩いていた。
「特に障害物も無いし、雑草が生えてるけどデコボコしてるわけでもないわね、走るのに苦労はしなさそうよ」
「仮に相手に弓兵が居た場合、唯一盾にできそうなのは中央の神殿、というわけですね、最前線の防衛は苦労しそうですね」
ただ広いだけの、何もない草原を歩き続ける。
王都とは正反対の、北方面へ伸びる街道の側をいくつか過ぎ、一週する頃には空は茜色に染まりつつあった。
遠くから鐘の音が聞こえてくる。どうやら騎士団の号令の様だ。
「時間ですね、行きましょう」
「ええ」
鐘の鳴る方に到着すると、そこには百名は居るだろうか、大勢の冒険者が集まっていた。
その中にはイブキの姿もあった。
大きく円陣を組むようにして集まる冒険者の中央には騎士団長のランスが佇んでいる。
「集まったか、では諸君、これより作戦の詳細について説明する!」
大きく声を張り上げ、聖地中に広がるのではないかと思える程の声量で言葉を続けるランス。
「皆知っての通り、魔族の大群がここ聖地へ向けて進行中だ、その数ざっと一万、前線はここから先の防衛都市が担う」
聖地からは王都方面を除き、北へ伸びるように四つの街道が存在する。
予想した通り、そのどれもが魔族の地である北方面に対する前線の役目を果たしているようだ。
「もし仮に前線が崩壊した場合は、街道にて第二防衛ラインの布陣ができている。そこまでは騎士団の役目だ」
街道は山の谷間を切り開いて作られた道だ、周りを険しい山で囲まれた土地では、必然的に街道が防衛の要となる。
恐らく山中にも布陣はしているのだろうが、魔族も飛行能力を備えているわけではない。翼を持つ彼らも、重力という存在に抗う術は無いのだ。
「しかし、もしそこが突破されるような事があれば、冒険者諸君と我々騎士団精鋭による最終防衛ラインとなるこの聖地での防衛戦となる」
そして最後の戦場となるのがここ、聖地だ。
この広い草原に騎士団二百名と冒険者百名、少なく見積もっても三百名でこの地を防衛することになる。
一万という魔族の数に対してこの数で守り切れるのか不安になるが、前線の維持に相当な人数を配置しているのだろう、それに前線は防衛都市だ、防衛に特化した高い城壁もあるだろう、籠城しつつ相手の戦力を削り、上手くいけばそこでけりがつくかもしれない。
たとえ崩壊したとしても第二陣、最終防衛ラインとその数を確実に減らす事ができる筈だ。
「では、各自の配置について説明する!」
騎士団は所定の配置についているが、問題は冒険者だ。
彼らは王宮騎士と違い、統制がとれるわけでもなく、それに実力にもムラがある。
ランスのとった配置案というのは、ギルドランクに応じて配置を決める方法だった。
現在ランクBまでの冒険者しか居ないこの国において、最高ランクの冒険者は各街道の入り口、つまりこの聖地における最前線への配置が言い渡された。
続いてイブキを含むランクCの冒険者はその背後、聖地周辺に各六名ずつの小チームで横並びに布陣が決まる。
最後に、ランクD以下の冒険者については遊撃部隊として、特定の配置は持たず、臨機応変に立ちまわるよう指示が下る。
「以上だ、では、各自持ち場につくように、解散!」
ランスの号令を受け、皆持ち場へと向かう。
「主様とご一緒できなくて残念です……」
「大丈夫です。私達は遊撃部隊です。イブキの応援にも駆けつけますよ」
「はいです、イブキの奮闘を期待しててくださいです。では、主様、行ってきますです!」
そう言うと元気に走り去っていくイブキを見送り、二人残された私達はとりあえず神殿の方へと足を進めた。
「遊撃とはいったものの、バラバラに動くわけにもいきませんし、私とエステルはこれまで通りペアを組んで行動した方が良さそうですね」
「賛成ね、あなたの魔法に期待してるわ」
「はは、これだけ広ければ思う存分使えそうですよ」
開戦の知らせが届いたのは夜になってのことだった。
しかし、それは遠くの出来事のように、辺りは静まりかえっている。
「静かね……」
「ええ、できればここが戦場にならないことを祈りますよ」
「誰に祈るの?」
「神……ですかね」
「自分の事じゃない」
当然、彼女は私のことを神と信じて無いのだろう。
そんな冗談話をできるくらい、心には余裕があった。
「少し休憩しますか」
「そうね、立ちっぱなしも疲れたわ」
夜が長く感じた。
しかし、緊張感は拭えず、眠気は来ない。
第一防衛ラインが崩壊したとの知らせが届いたのは、翌朝になってからだった。
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