第9話 エステル

 馬車から降りた私達は、王都の街並みを眺めながら大通りを歩いていた。

 王宮から真っ直ぐ伸びる大きな通り沿いにはハイメルやシャクティンでは見たことのなかった色々な店が顔を出している。

 通りには常に荷馬車や人が行き交い、それが途切れる事なく続いていた。


「これが王都ですか、すごいものですね」


「ヤマダ、珍しいのはわかるけど流石にキョロキョロしすぎよ、田舎者だって見られるわよ」


「ははは、つい興奮してしまって……」


「それで、これからどうするの?」


「そうですね、先ずはギルドへ顔を出しましょう。今回のクエストの件で何か聞けるかもしれませんし」


「ギルドは違う通りね、王宮をぐるっと回って北の大通りにあった筈よ」


「では、参りましょうか」


 王宮を中心に東西南北の各門へ真っ直ぐと伸びる大通りの内、西の通りを進む私達はその道に従い足を進めた。

 近づくにつれ大きさを増す王宮は一言で現すと『大きすぎる』のである。

 広い庭園が円を描くように囲むその中央にそれは在り、私の居城と趣きは似ているものの、建物自体の規模は居城を一回りも二回りも大きくしたもので、よくぞ人の手でここまでのものを築き上げたものだと関心した。

 私達は王宮を取り囲む外壁に沿ってなだらかに曲がるその道を辿りながら、北の大通りに出る。

 今では見慣れたギルドのマーク、それを掲げる建物を見つけるのに苦労はしなかった。

 流石王都にあるギルドということもあり、建物の中は普段利用していたギルドのそれよりも広く作られているようだった。

 冒険者が百人入ってもまだ余裕のある広々とした空間には、その半数程の冒険者で賑わっている様子だ。


「よくぞ集まってくれた冒険者諸君!」


 人だかりができているその奥で、ひときわ大きな声が響き渡った。


「何でしょう?」


「行ってみましょう」


 私達はその人だかりをかき分け、声の主を探す。

 それはすぐ見つかった。カウンターの前、鎧甲冑を身に纏った大柄な三人の男。

 その中でも一番体格の大きな中央の一人が声を張り上げ、冒険者に向けて叫んでいるのだ。

 王宮騎士──

 サルラスに仕え、国を守る盾となり、国に仇なす敵を打ち破る剣となる物達。

 

「私は王宮騎士団、団長のランスである! 皆も知っての通り、この度魔族による聖地侵攻との情報が入った、我々の使命は一つ、聖地を守り抜くことである!」


 怒声にも似た口調で冒険者へ向けて放たれる言葉に、誰もが圧倒されていた。


「本作戦の詳細は現地にて説明する、明日夕刻までに各員現地に集合されたし! 以上だ!」


 そう言い残すと、ランスという男を先頭に、三人はギルドから出て行った。


「凄い威圧感でしたね」


「ただうるさいだけのおっさんです。耳が痛いです」


 イブキは小指で耳をほじくりながら心底迷惑そうな顔をしていた。


「おや、エステルはどこに?」


 エステルの姿が見えない事に気付く。

 彼女は少し離れた場所、人だかりの隅に隠れるようにしてギルドの出口を見ていた。


「エステル?」


 私は歩み寄り彼女に話しかける。


「あのランスって男の側に居た二人、私の兄よ……」


「え? そうだったんですか」


「見られてなかったかしら……目は合ってないと思うけど……」


「そんなに心配ですか?」


 怯えた様子のエステルは、まだ出口から彼らが出てくるのではないだろうかと心配しているのだろうか、しきりに視線をそちらへ向けながら静かに口を開いた。


「そりゃあ、私は兄達にも内緒で家を飛び出したんだから、見つかったら何て言われるか分かったものじゃないわよ……」


 彼女にとって兄達はどのような存在なのだろう、生と死の入り乱れる最前線で臆する事なく戦う彼女の姿はどこへ行ったのやら、今は悪いことをして親に叱られないかと心配する子供のような顔をしている。


「そんなにお兄さん達の事が怖いんですね」


「怖い訳じゃ無い……確かに剣では一度も勝った事は無いし、稽古は厳しかったわ。けど、とても優しい人達よ。そんな兄達の期待を裏切って私はこの王都を去ったの、今更なんて顔して会えばいいのか分からないのよ……」


 罪悪感に苛まれるような表情から、彼女の気持ちを読み取る。

 彼女は、申し訳なく思っているのだ。最愛の肉親を裏切った事へ……


「それより、クエストの詳細が聞けた事ですし、時間ができました。ここからは自由行動としませんか?」


「え?」


「イブキは久々の"家"でしょう? 良い機会ですから行って来てはどうでしょうか?」


 敢えて"家"という言葉に言い換えた。孤児院とはいえ、彼女にとっての家であることに変わりはないからだ。

 その言葉に一瞬固まったイブキだが、意図を理解したのだろう、今度は明るい表情を見せた。


「あ……はいです! そうするです!」


「エステルは……家には帰れないでしょうし、私と行動します?」


「そうするわ……」


「では、集合場所はどうしましょう」


 正直王都については何も知らないので、場所の指定はエステルやイブキの方が詳しい。

 私は二人に問いかけると、先に口を開いたのはエステルだった。


「ギルドの向かいに酒場があるわ、そこで集合っていうのはどう?」


「いいですね、では、夜に酒場でまた合流しましょう」


「では、行って参りますです! 主様!」


「行ってらっしゃい、イブキ」


 イブキは元気よくギルドを飛び出していった。


「私達も行きましょうか、この穴の空いた鎧も修理したいところですし」


 そう行って私は以前ゴブリンの矢を受けた箇所を指先で突く。


「そうね、じゃあ、街を案内するわ」


「そうして頂けると助かります」


 私達はギルドを後にし、再び大通りへ出た。

 エステルの案内で鍛冶屋を訪れた私は、主人と思しき人物に声を掛ける。


「すみません、鎧の修理をお願いしたいのですが」


「いらっしゃい、どれ、見せてみろ」


 鎧を脱ぎ、穴の空いたそれを手渡す。

 鍛冶屋の主人は私の鎧を手に取ると、その穴を見つめる。


「ああ、この程度ならすぐ直せる。銀貨一枚だ」


「はい、では宜しくお願いします」


 鎧はすぐ直った。

 時間にして十分というとこだろうか、どのようにして直したのか見ることができなかったが、主人が持ってきてくれたそれは、まるで新品同様の鎧そのものだった。


「凄いもんですね、継ぎ目すら分からない程完璧に直ってますよ」


「なあに、こんなもん朝飯前よ、また何かあったらきな、物にもよるが直してやる」


「ありがとうございました、それでは」


 私達は店を出て、次はどこへ行こうかを相談していた。


「さて、時間はまだありますし、用事も済んでしまいました。次はどこへ行きましょうか」


「そうねえ……私に出来るのはこの街の案内くらいなものだから、ヤマダが決めなさいよ」


 私は思考した、この際だ、適当に散策といこうかと考えたその時だった──


「エステルお嬢様?」


 突然背後から声が掛かる。

 振り向くとそこには金髪の長い髪をツインテールに纏めたメイド姿の、エステルと同年代くらいの女の子がこちらを見ていた。


「あ……」


 エステルはその一言を最後に固まり、表情もそのままに動かなくなる。


「エステルお嬢様ですよね!? 私です! リサです!」


「リ、リサ……! なんであなたがここに……」


 知り合いだろうか、いや、お嬢様と言うその子の言動からして、彼女の実家のメイドなのだろう。

 貴族というからには、メイドの一人や二人は雇っていてもおかしくない。

 リサと呼ばれたその女の子はエステルに詰め寄ると、彼女の腕にしがみつく。


「さあ、お嬢様、捕まえましたよ! もう逃げられません、お屋敷に戻りましょう!」


「あ、ちょっとリサ、待って、離してよ……! ヤマダ助けて!」


「いいえ離しません! さあさあさあ!」


 あっという間の出来事だった、エステルはそのまま大通りの脇道へと消えていった。


「追った方が……いいですよね」


 私は彼女の消えていった脇道へ入りる。まだ遠目でエステルとリサらしき影が見える。

 その二つの影は、ある場所で左へと消えていったのを確認し、急いで後を追う。

 辿り着いたのは見事なお屋敷だった。

 とても大きな庭つきの、豪邸というやつだ。

 門の前でうろうろしていると、屋敷から誰かが出てくるのが分かった。

 段々近づくその人物は、男性のようだった。

 初老の男──外見から察するにこの屋敷の執事だろうか──は門を挟んだ向こう側から、こちらへ話しかける。


「何かご用ですかな」


「あの、エステル……お嬢様の友人のヤマダと申します。お嬢様にお会いしたいと思いまして」


「はあ……」


 彼は私を値踏みするような目で下から上まで舐めるように見てくる。

 しばらくして、ゆっくりと口を開いた。


「申し訳ございませんが、お引き取り願えますでしょうか。今お嬢様は多忙の為、誰ともお会いなさらないそうです」


「誰がそんな事言ったのかしら」


 もう一つ、奥から透き通った声が聞こえてきた。

 私のよく知るその声の主は、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。


「お嬢様……」


「この者は私の友人です。丁重に持て成すように」


「……畏まりました……」


 門が開く。


「入って」


 エステルは困った笑みを浮かべながらそう言った。

 豪邸に案内された私は、客室に案内されると近くにあったソファーに腰掛けながら部屋を見回す。

 鹿の剥製、大きな暖炉、真っ赤な絨毯、どれを見ても豪華と言わざるを得ないそれらを眺めて、エステルの到着を待つ。

 どれくらい待っただろうか、突然ドアが開き、私はそちらへ振り向く。


「驚いた?」


 エステル? 一瞬そう言おうと思った。


 彼女は鎧の代わりにドレスを身に纏い、今まではそのままにしていた長い髪を後ろで丸く纏めた姿で現れたのだ。


「驚きましたよ」


 彼女はゆっくりとこちらへ歩み寄り、向かいのソファーに腰掛ける。


「ごめんね、こんな場所に連れてきちゃったりして」


「いえ、でも、嫌ならあの時メイドの手を振り払って逃げれば良かったのでは?」


「したくても、できなかったの、彼女は……リサは幼い頃からの友人みたいなものだから……」


 エステルとメイドの関係はただの主従関係だけではないのだろうと察する。

 あの時腕を引かれる彼女の表情は、まるで友人に無理矢理誘われてどう断るか迷っているような顔をしていたからだ。


「そうですか」


 私がそう一言返すと、彼女は天井を仰ぎながら今度は少し笑うとため息をつく。


「あーあ、また戻ってきちゃったな……どうやって抜けだそう」


「やっぱり、ご実家は落ち着かないですか?」


「それはそうよ、家出娘が帰ってきたなんて、お母様に知られたら何て言われるか……」


「ご両親は健在ですか?」


 特に何を考えたわけでもない、彼女の普段見ない姿に話題を探すように出た言葉がこれだ。

 彼女は一瞬不思議そうな顔をしたが、少し微笑むとそれに応えた。


「いえ、父は死んだわ。魔族との戦争でね……親はお母様ただ一人だけよ」


「それは……嫌な事を聞いてしまい申し訳ありません」


「いいのよ、もう昔の話だし、父は立派な騎士だったわ、戦場で死ねるなら本望だったでしょうね」


 だが、言葉とは裏腹に悲しむような顔をせず、彼女は淡々と言葉を続ける。


「兄が三人いるって話したでしょ、実はさっき聞いたんだけど、一番上の兄も北の遠征で死んだらしいの」


「それは……」


「剣の稽古をつけてくれたのは一番上の兄だったの、とても強かった、私の憧れよ。到底敵わないって思ってたそんな兄でも、あっさり死んでしまうんだなって……」


 エステルは言葉を続けるにつれ、段々とその表情を曇らせていく。

 これはきっと悲しみだ。彼女は、きっと兄を敬愛していたのだろう。

 私は、何と声を掛けていいのか迷っていた。

 静寂が部屋を包み込む。その時だった。


「エステル! エステルはどこ!?」


 高い声がこの部屋に近づいてくる。

 そしてドアが勢いよく開く。

 声の主は、エステルと同じ銀色の髪をした女性だった。


「エステル! 今までどこへ行ってたの!? 心配したのよ!」


「お母様……」


 エステルの母は、心配を表情いっぱいに浮かべながら彼女に駆け寄る。


「戻ってきてくれてよかった……!」


 彼女を抱きしめるように腕を回し、そのまましばらく固まっていたが、私の存在に気付くと姿勢を正しながらエステルに問いかける。


「ところで……そちらの方はどなたでしょう?」


「お初にお目に掛かります、ヤマダと申します」


「まあまあエステルのご友人ですか? 何というか……不思議な格好をしてらっしゃいますね?」


「ええ、まあ、冒険者をしております。彼女との関係は、そうですね、冒険者仲間というとこでしょうか」


「冒険者……」


 母親の目が一瞬にして曇り、場の空気が変わった気がした。


「エステル、リサから聞きましたよ。帰ってくるなり見窄らしい格好なんかして、家を出たと思えばあなたまさか冒険者をやっていたのですか?」


 エステルは途端に不愉快な顔で母親を睨みつける。彼女の琴線に触れたのだろう。

 こうなってしまっては私の出る幕は無い。


「見窄らしいって何よ……」


「なんて口の効き方……はしたないですよ」


「うるさいわね……」


「あなた、冒険者なんてやって悪い影響でも受けたのかしら? 私はあなたに立派な貴族の娘として育って欲しかったのに……」


「……」


 しかし、彼女は沈黙したまま睨み続けている。


「エステル……なんでこうなってしまったの……あなたはもっとおしとやかだった筈よ。あの頃のエステルはどこへ行ってしまったの……!」


 尚も泣きわめく母親に、エステルはため息を漏らすと、ゆっくりと、そしてはっきりとした口調で言い放つ。


「お母様、この際だからハッキリと言っておきます。私はエステルよ、エステル・フォン・アインシュナベル。あなたの娘よ! 冒険者をやってるあなたの娘なの!」


「お黙りなさい! 冒険者なんて汚らしい物達に染まってしまって……嫁入り前だというのに、もっと清楚さを持ちなさい!」


「誰が嫁ぐものですか! 私はそれが嫌でこの家を出て行ったの! ああ、もう! 何で戻ってきちゃったのかしら……」


 聞く耳持たないと言わんばかりに泣き出すエステルの母親、しかしエステルは強い剣幕で睨みながらここは譲らないようだ。

 しばらくその状況が続いたが、エステルは視線は母親を見据えながら言葉だけを私に向けてきた。


「ヤマダ、行くわよ」


「もう、いいんですか?」


「……ええ、これでハッキリした、やっぱり私には"この世界"は息苦しすぎる。私は冒険者としてこれからも生きていくわ」


 この世界とは、きっと今ここにある家庭環境の事を指しているのだろう。

 ため息と共にはき出すように言った彼女。

 どうやら潮時のようだ、私は彼女の意思を尊重するように口を開く。


「分かりました、では、参りましょうか」


「させません!」


 母親が両腕を広げて止めに掛かる。


「お母様、私を産み育ててくれた事には感謝します。ですが、どうか私の事はもうお忘れください。あなたの娘は死んだのです。ここに居るのはあなたの娘に似たただの汚らしい冒険者です」


「どうして、どうしてよ……! なんでお母さんの言う事が聞けないのですか!?」


「ごめんなさい、聞く気もありません。だから、そこを退いて」


「いいえ、退きません!」


 かたくなに否定する母親を前に、困った顔をするエステル。


「エステル、私に任せてください」


「ヤマダ……」


「この汚らしい冒険者風情が、私の娘をたぶらかしてどうするつもりよ!」


「すみません、これから私はあなたに酷い事をすると思います。どうか気分を害されないよう……お願いします」


「冒険者風情が何を……!」


「……"そこを退きなさい"」


 私は念を込めて彼女の意識に介入する。


「あ……」


 彼女の瞳は光を失い、広げた両腕を納めるとドアから離れた。


「ヤマダ、これは……?」


 無言で退き、ただ棒立ちとなっている母親を見て、エステルは私に問いかける。


「大丈夫。害はありませんが、あまり長くも持ちません。さあ、行きましょうか、エステル。鎧はどうしました?」


「没収されたわ、リサに」


「では、彼女を探しましょう」


 部屋から出ると、リサは目の前に佇んでいた。

 ずっと部屋の前で待機していたようだ。

 私達が出てくるのを見て「あっ」と一言だけ発すると困った表情でエステルのことを見つめる。


 心苦しいが、彼女も洗脳してエステルの装備一式を持ってきてもらおう。

 そう思った矢先、リサはエステルに向けて静かに口を開く。


「エステルお嬢様、やはり出て行くおつもりですか?」


「ええ、ごめんなさいリサ……私は冒険者として生きていくって決めたのよ」


「そう……ですか」


 リサの足下には大きな木箱が置いてあるのに気付いた。


「リサ、これは」


「お嬢様のお召しになっていた鎧と剣です。こうなることは薄々分かっていましたから……」


 彼女の目には涙が浮かんでいる。


「リサ……」


「もう、"エステル"はこうなったら私の言う事なんて聞かないんですから……」


「リサ……!」


 エステルは彼女に抱きつく。


「ごめん……ごめんね……!」


「お嬢様……痛いです……」


「リサ、あなたは、私の大切な友人よ、今までも、そしてこれからも……!」


「……っ!」


 リサは大きな声を出して泣き出してしまった。

 エステルの目にも涙が浮かんでいる。


「……」


 私は、彼女らが泣き止むまでただそれを見届けるしかできなかった。



 ◇◆◇



「ヤマダ、何をしたか分からないけど、ありがとう」


「何がですか?」


「あれも、魔法なんでしょ?」


 あれというのは、エステルの母親を洗脳した事だろう。

 私はかつて街中の人を洗脳して意のままに操った事もあった。

 その時は特に何の罪悪感も感じて居なかったのだが、今回は事情が違った。


 そう、"辛かった"のだ──


 我が子を想う母親の気持ちは尊重したかった。だが、私はそれを神の力で押さえつけてしまったのだ。

 他人の意思をねじ曲げてしまうことがこれほどまでに辛いと思ったのは初めてだった。


「いえ、家を出るのはエステルの意思でしたから、私はそれを手助けしたまでです……」


「なんでこう、上手くいかないのかなあ……」


 彼女は不意に立ち止まると、哀愁に満ちた顔で空を仰ぐ。

 既に涙は涸れているようだった。


「でも、言いたい事言えてスッキリした、これで私は信念を曲げずに真っ直ぐ歩ける。あなたのおかげよ」


「私は、何もしてませんよ」


「いいの、あの時側に居てくれただけで、私にとっては心強かったから……」


「そう、ですか。でも、ああいう気持ちはもう懲り懲りですよ?」


「あなたも、辛いって思う事あるのね?」


「それは、私も"人間"ですから」


「前は"神"って言ってた気がするけど?」


「昔の話です。今はただの人間でただの冒険者ですよ」


 そうだ、私は人間だ、人並みに悲しみもすれば、辛いと感じることができるのだ。


「そう……まあ、そういうことにしといてあげる」


 エステルはそう言うと、再び歩き出した。

 私も彼女に続くように足を進める。


「助かります」


「それじゃあ、日も暮れてきた事だしオチビちゃんと合流しましょうか」


 オチビちゃんとはイブキの事である。

 エステルはイブキの事をさん付けするのを嫌い、結果定着したのがこの呼び名だった。


「そうですね、もう着いてるかもしれません。急ぎましょうか」


 そうして、星が見え始めた空の下、私達は無言で大通りへと向けて歩いた。 

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