第7話 ギルド

 翌朝、村を出た私達はシャクティンへ戻る道中に居た。


「このモシャモシャする味……やっぱり慣れませんね」


「でも食料これしか無いのよ、我慢するしかないじゃない……」


 私とエステルは、例の"携行食"を食べながら歩いていた。


「主様と雌豚が食べてるのはシャクティンの携行食ですか?」


「そうですよ、イブキもお一つどうですか?」


 イブキを睨みつけるエステルに気付かない振りをしつつ、私は消化できそうにないそれをお裾分けとイブキに提案する。


「うげ……い、いえ、遠慮するですよ、イブキは自分の分があるです」


 一瞬嫌そうな顔をする彼女を見て、この食べ物の評価が大体分かってきた。


 あと少し、何か味を付けるだけでいいのだが……ケイトに何か提案した方がいいのだろうか?


 そんな事を考えながら、私は一口サイズにまで消化したそれを口に入れる。

 乾燥する口の中に水を流し込み、飲み込むようにして食事を済ませると、手持ち無沙汰になったのでイブキに話しかけることにした。


「そういえば、イブキはどこかで剣術を教わったりしたのですか?」


「え?」


「いえ、あの時のゴブリンの群れを一瞬で片付けたお手並み、見事でした。それで少し気になっただけですよ」


「イブキのは我流です。誰にも教わったりしてないですよ?」


「そ、そうなんですか……流石ですね」


 誰にも教わらずにああも動けるものなのだろうか、しかし、言われてみれば確かに型にはまったエステルの剣術とは対照的だ。

 まるで、闘争本能に掻き立てられる野獣のような……イブキのそれは野性味を感じるものだった。


 これも天性の才能というやつなのだろうか、まだ幼い身体にこのような力が宿るというのは興味深い。


「主様? 何ブツブツ言ってるですか?」


 つい、冒険者であることを忘れた思考で考え込む私を覗き込むように見るイブキ。

 どうやら声に出ていたようだ。


「いえ、何でもありません。まだお若いというのにたいしたものだなと関心していました」


「そうですか? えへへ、それほどです!」


 えっへんと胸を張るイブキ。

 その仕草は幼さに見合ったもので、彼女も年相応なのだと少し安心する。

 その時だった。


「何かいるです……」


「え?」


 今度は私が聞き返す番だった。

 イブキは小刀を抜き出すと、街道の奥を見据える。


「なに? 何か居るの?」


 エステルも私同様、特に何の気配も感じていなかったようだ。


「あの時逃げたゴブリンの生き残りみたいです」


 そう言うと瞬時に駆け出すイブキ。その姿はまるで風のように早く、目で捉えるのが難しい。

 それほどまでに、彼女は"速い"のだ。


 しかし、"速すぎる"。あの小柄な体格でこのような俊敏性を人間が発揮できるのだろうか。


 彼女は本当に人間か?


 つい、疑ってしまう程現実離れしたイブキの動きについ魅入ってしまう。

 彼女は街道の脇の茂みに姿を消した。

 それと同時に彼女のモノで無い、別の何かの断末魔が聞こえてきた。

 声だけで判断できる。ゴブリンだ。

 イブキは私とエステルの気付かない気配を敏感に察知し、瞬時にそれを刈り取ったのだ。


「主様、やっぱりゴブリンでした!」


 先ほどまでの剣幕が嘘のようにぱあっと明るい笑顔で戻ってくる彼女、そのギャップに私は困惑してしまう。


「よく、ここからゴブリンの気配が分かりましたね。イブキは気配を感じる事ができるんですか?」


「はいです。何となくですが」


 特別これといって自慢をするわけでもなくさらりと言ってくるイブキ。

 私は彼女の才能を認めざるを得なかった。


 彼女の実力は本物だ──


「では、もし道中また残党を見つけたらイブキにお任せしていいですか?」


「任せるです! 主様のお役に立ってみせますですよ!」


 なんと心強い子が仲間になったのだろうと、この時ばかりは感謝せずには居られなかった。



 ◇◆◇



 シャクティンに戻った私達は、早速状況の報告をとギルドの扉を開いた。


「あ、ヤマダさんにエステルさん、それにイブキさんも! よくご無事で……どうでしたか?」


「はい、それなんですが──」


 私は、村人の生存者は無し、冒険者もイブキを除いて全滅したことと、この件に魔族が絡んでいる事を伝えた。


「まさか魔族がこんな近くまで来ているとは……」


「ですが、村を壊滅させた魔族はエステルが始末しました。ゴブリンの方は逃げた奴も居ましたが、エステルとイブキの二人がほぼ壊滅させました」


「ヤマダさんはどのような活躍を?」


「ええっと、支援でしょうか、直接戦った訳ではありません」


「そうですか、分かりました。では、これにてクエストは完了となります。これは報酬です!」


 そう言って渡されたのは金貨三枚だった。


「こんなに頂いていいんですか?」


「はい! ゴブリンだけならまだしも、魔族を倒したんです。これくらいの報酬はむしろ少なくて申し訳ないくらいですよ」


「では、有り難く頂戴します」


「皆さんお疲れ様でした。ではお三方、実績を付けますのでギルド証をお願いします」


 三人揃ってギルド証をカウンターに置く。


「ヤマダ、あなたまた自分の実績を隠すつもり?」


「隠すって酷い言い方ですね、事実を伝えたまでですよ」


「まあ、あなたがそれで良いならいいんだけど……」


 エステルは呆れているようだった。

 しばらく待つと、やっと掘り終わったのだろう、ケイトがギルド証を手渡してきた。


「はい、出来ました! エステルさんは今回の実績を踏まえ、Dランクへ昇格となります。おめでとうございます! これ、新しいギルド証です」


 そう言うとケイトはエステルに銀に輝くカードを手渡してきた。


「え? もう? いいの?」


 ついこの間までFランクだったエステルはEランクに上がったばかりだというのに、もう昇格を果たしたのだ。

 どうやらDランクからはギルド証に用いる金属が変わるようだ。

 銀で作られた白く輝くカードを受け取るエステルは驚きを口にするが、ケイトは笑顔を向けたまま口を開く。


「はい! ゴブリンの軍勢を屠ったばかりか、Eランクの冒険者が束になっても勝てなかった魔族を倒したんです。その実力に見合った実力だと判断しました」


「それなら、ヤマダはどうなの? 彼の支援が無ければ奴に勝てなかったかもしれないのよ?」


「ヤマダさんは、申請を聞く限りですと戦闘では"特に何もしていなかった"ようですので、据え置きで。あ、でも、調査に参加したという実績はちゃんと付けさせてもらいましたよ!」


 そうだ、薄々感じてはいたのだが、ギルドの評価というのは結果が全てなのだ、課程はどうであれ、結果を残した者が評価される。


「ヤマダ、あなたそれでいいの?」


「いいんですよエステル。支援はしましたが、あの軍勢を破ったのは紛れもないあなた方です」


 実力主義には賛成する。手柄に貪欲でなければこの世界で冒険者としては生きていけない。

 仲間の活躍を喜ぶ私は、きっと冒険者としては失格なのだろうなと心の中で小さく笑った。


「主様のギルドランクは何です?」


 興味を持ったのだろう、イブキが聞いてくる。


「まだFランクですよ、最近冒険者になったばかりですので、まあこれから実績を積んでいけばそのうち昇格できるでしょう」


「そんな……主様の実力ならAランクすら生ぬるいというのに……! ギルドは何を考えているですか!」


 イブキはケイトに食って掛かる。


「そう言われましても……戦闘の実績はあくまで討伐した対象の質と数に準じますので……うぅ……イブキさん怖いです、止めてください~……」


「うぅ……」


「まあ、イブキ、その気持ちだけで嬉しいですよ、私も頑張りますから、サポートお願いしますね?」


 今までの出会いが無ければきっとこんな考えに至る事は無かっただろう、きっと私は変わったのだ。

 今の私には仲間が居る。孤独では無いのだ。


「はいです主様! このイブキに任せるです!」


「そういえば、イブキはギルドランクいくつなんですか?」


「イブキはCランクですよ」


「おお、それは凄い」


 この幼さにして昇格を果たしたエステルよりも上とは、恐れ入った。

 一体この子はどのような人生を歩んできたのだろう、本来なら子供らしく平和な暮らしもできただろうに。

 何か事情があるのだろうが、聞くべきではないと思った私は、深く詮索はしまいと口を閉じることにした。


「では、無事生還したことと、新たな仲間を迎えたことを祝って、祝杯としましょうか」


「そうね、久しぶりに美味しいもの食べたいわ」


「では早速酒場へ行きますです!」


 その夜は盛大に飲んで食って、エステルとイブキの喧嘩も当たり前のようにあって、私達は旅の疲れを癒やした。

 シャクティンの宿に入った私達は三人部屋をとり、しばらく談笑の後明日に備えて寝る事にした。


 冒険者って、いいもんだな……


 窓から覗かせた月を見ながら、酒の巡る頭でそう考えていた。

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