第6話 出逢い

 道中特に危険もなくシャクティンに着いた私達は、報告の為ギルドに立ち寄った。

 護衛系の依頼の場合、出発前にギルドから発行される依頼書を受けとる。

 そして目的地に到着すると依頼者から報酬を貰い、その依頼書へサインをしてもらい、ギルドへ提出すればクエスト完了という流れだ。

 シャクティンのギルドはハイメルとは違い、酒場をやってる訳では無くギルド単体として機能しているようだった。


「ここがギルドですか?」


「そうよ、看板あるでしょ。あれがギルドのマーク、酒場でも見た事あるわよね?」


 盾模様を背景に鎧甲冑の騎士が剣を持つ姿がギルドのマークなのだが、初めて見るそれに私は感心するだけだった。


 はて、酒場でそんなマークあっただろうか?


 ともかくここがギルドだということは覚えた。

 早速建物の中に入ってみると、そこには誰も居なかった。


「えーっと……?」


「誰もいないのかしら?」


 奥から話し声は聞こえるものの、冒険者らしき影は一つもなく、閑散とした雰囲気を感じる。


「すみません! 誰か居ますか?」


「あ、はーい!」


 呼びかけに反応したらしい奥の気配から声が返ってくる。

 続けて、何か木箱でも崩したかのような大きな音がしたかと思えば、女の子が一人奥から顔を覗かせた。


「冒険者の方ですか!? よかったぁ、今大変困っておりまして」


 まだ幼さを残す顔の彼女は、エステルより短い麦色の髪を左右に揺らしながらこちらへ駆け寄ってきた。


「早速クエストを依頼したいのですが、大丈夫ですか!?」


「あ、いえ、ちょっと落ち着いて……」


 余程慌てているのだろう、興奮気味にカウンターから身を乗り出し、一方的に話を進めようとする彼女を宥める。


「あ、す、すみません……」


 少し冷静になったのだろう、顔を真っ赤にしながら縮こまると、上目遣いにこちらを見る。


「クエストを一つ達成しましたので、先ずはそのご報告にと。依頼書はこれです」


「はい、確かに……実績を付けますのでギルド証をお借りします」


 私達はそれぞれカードサイズのそれを彼女に提出した。

 受けとった女の子は、酒場の店主に比べればつたない手先でゆっくりと実績を彫っていく。

「できました! どうぞ」


「ありがとうございます。それで、先ほどは何やら慌てていた様子でしたが──」


「あ、そうだった、大変なんです、緊急です。お二人に依頼したいことがありまして」


 思い出したかのように再び慌てる彼女は、その依頼の内容について聞かせてくれた。

 内容を要約するとこうだ──


 街から半日ほど掛かる距離にある村がゴブリンの群れに襲われて壊滅状態らしい。

 最初はランクEとしたその討伐クエストに何人もの冒険者が出発したのだが、誰一人として帰ってくる者は居らず、調査しようにも人手が足りず、困り果てていたところだという。


「また、ゴブリンですか……」


「まったく、キリがないわね」


 奴らの繁殖力のすごさは知ってたし、広範囲に分布するそれの被害はどこも同じなのだろうと感じる。

 しかし、奴らは知恵があるとしても所詮ゴブリンだ、多数の冒険者が遅れを取るだろうか?


「それで、クエストはその村の調査……ということでよろしいですか?」


「はい、そうです! あ、申し遅れました、私このギルドの窓口を担当していますケイトと申します。以後お見知りおきを……」


「はい、ケイトさん、私はヤマダと申します」


「私はエステルよ……ってギルド証さっき見せたから知ってるわよね」


「ヤマダさんにエステルさんですね、では、早速調査に向かって頂きたいのですが……」


「分かりました、そのクエスト、確かにお受けしました。その前に少し準備してから向かいたいのですが、この辺で食料はどこに行けば手に入るでしょうか」


「でしたら、ギルドの新商品、この携行食なんていかがでしょうか?」


 ケイトはカウンターに潜り込むと、箱から数本の包みを出した。


「携行食……ですか?」


「私も初めて見るわね」


「肉や麦、木の実などを粉々にして、それを棒状に固めて最終的にオーブンで焼き上げたものです。日持ちしますし、栄養もありますよ!」


 包みを広げて現物を見せてくれた。

 いわゆるカ○リーメイトを一回り大きくしたような形だ。


「これは面白い試みですね、では、それを四本頂きます」


「私も同じ数頂戴」


 一本あたり銅貨一枚のそれは大きさのわりに少々値が張るが、ケチる理由もなく携行性を考えても十分な価値があると判断した。

 準備を整え、早速街を北上する形で歩き始める。

 街道に比べるとまだ青さが残るでこぼこした砂利道を頼りに、目的の村へと向かった。



 ◇◆◇



 シャクティンを出て行程の半分を過ぎたあたりで、一旦食事をとることにした。

 近くの倒木に腰掛け、早速あの携行食が入った包みを開ける。

 硬い手触りから、どうみてもカ○リーメイトにしか見えないそれの味に期待が膨らむ。

 そして一口──


「……これは……なんというか……」


「味……しないわね……」


 パサパサで口の中の水分を奪っていくその食感にこれ以上の感想が出てこなかった。


「喉……乾きますね……」


「そうね……」


 口数少なくお互いそれを食べ続け、少し多めに水筒から水分を補給する。


「蜂蜜とかあれば、美味しいんでしょうねきっと……」


「蜂蜜? 何それ……」


「ご存じで無い? ミツバチの巣から採れる蜜の事ですよ、甘くて美味しいんですよ」


「へえ……」


「養蜂、この世界じゃまだ存在しないんですね……」


「よく分からないけど、無い物を嘆いてもこの食べ物は減らないわよ……」


「そうですね……」


 それからお互い一言も話さなくなり、ただひたすらに味のしないそれを食べ続けた。

 一本食べ終わる頃にはそこそこの満腹感を得ることができ、確かに腹持ちはいいようだと、その点だけは評価した。


 残り三本もあるんだけど……買いすぎたかな?


 後悔しても仕方ないと再び立ち上がると、残りの行程を進み始める。



 ◇◆◇



 遠くに黒煙を見つけた。何かが燃えているようだ。


「あれ、村でしょうか」


「きっとそうよ、急ぎましょう」


 自然と歩みは早くなる。

 視界にゴブリンの影は見当たらない。

 だが警戒を緩めることなくエステルは剣を抜きゆっくりと村へ入った。

 私もそれに続くように村へ入り、周囲を見回す。

 そして、村の中心だろう広場に辿り着くと、遠くから見えた黒煙の発生源を知ることができた。


「これは……!」


「人……?」


 ──人が燃えていた。それも山のように積み上がっている。

 村の住人であろうその亡骸の山を見つめ、唖然とする。


「……冒険者も含まれてるようね」


「ええ……」


 中には鎧を纏った者もおり、シャクティンから派遣された冒険者だと理解した。

 しかし、冒険者らしき死体のどれもが大きな刃物で斬られたかのように抉れていた。


 冒険者は全滅した……? たかがゴブリンの軍勢相手に? それに、鎧もこんな損傷するものなのか?


 この状況に違和感を覚えた矢先、遠くから剣戟の音が聞こえてきた。


「エステル、今の……!」


「ええ、聞こえたわ」


 音のした方角へ向けて駆けだした。

 駆けつけると、そこには一人の少女がゴブリンの大群と対峙している光景が目に入った。

 だが、少女の睨む先に居たのはゴブリンだけではなかった。

 その背後に一人、人間だろうか? 男が一人薄笑いを浮かべながらその少女を見ていた。


 いや、違う、だがその姿には覚えがある。


 青い肌、背中から生えたコウモリのような翼、額から覗かせる角、人の絶望を何よりも好むその笑み、あれはまさしく── 


「……魔族です」


「え? ヤマダ、今なんて?」


「あれは魔族です。この村を壊滅させ、冒険者を葬り去ったのはきっと奴でしょう」


「あれが……魔族……?」


 魔族はゴブリンやオークに限らず、知性の低い生物を使役する能力に長けている。

 この村を襲ったゴブリンも恐らく目の前のそいつの差し金だろう。

 私は再び少女を見る。

 幼い、それにしても幼すぎる、年齢は十を少し過ぎたあたりだろうか。

 その小柄な身長よりやや短いくらいであろう黒髪を持ち上げるように束ねたポニーテールの彼女は、左手には短剣よりも少し長い、小刀のようなものを構えていた。

 しかし右腕はだらんと垂れていて、そこからは大量の血が流れているようだった。

 肩で息をするその姿から、相当消耗していることは明らかだった。

 次の瞬間、後ろの男が指示を出したかと思うと、ゴブリンが一斉に彼女に襲いかかる。


「エステル!」


「分かってるわよ!」


 飛び出すエステルの剣に新たな魔法を展開する。

 イメージするのは振動。剣の刃部分の高速振動。

 全てを切り裂く高周波ブレードと化したエステルの剣が、先陣をきった一体のゴブリンを捉える。

 打ち上げるようにして放った斬撃はゴブリンの首をあっさりと斬り飛ばす。

 続いて、四体のゴブリンがエステルにターゲットを切り替え、飛びかかってきた。


「ふっ!」


 身体を低く構え、回転するように繰り出した横薙ぎの一閃が四体のゴブリンの胴体を、その手に持った武器ごと切断する。


「え?」


 目の前の光景に驚きを隠せない少女は一言呟き、しきりに瞬きをしていた。

 驚いたのはエステルも同じだった様で、自分の剣をまじまじと見つめ、次に私の方を向く。

 『何かした?』とも言いたげなその視線に私は頷いて応える。

 エステルは理解したようで、強く頷くと目の前の魔族を見据えて剣を構えた。


「ほう、まだ生き残りが居たか」


 先ほどから無言だった魔族の男が表情を崩さず口を開く。


「あら、言葉喋れるのね?」


「人間風情が私に敵うと思っているのか?」


「魔族風情が人間様に刃向かう気?」


「ふん、口だけは達者のようだな人間、だが一人や二人増えたところでこの状況は変わらんぞ?」


「そうかしら? あなた、吠えてるだけでとても弱そうよ?」


 売り言葉に買い言葉だ。

 とことんバカにするような彼女の言葉にその男の表情は少しずつ変化していった。

 そのやり取りの間に私は少女の元へ駆け寄る。


「大丈夫ですか?」


「あ……はいです……助太刀感謝です……」


「右腕、見せてください」


「え?」


 右腕はざっくりと斬られおり、骨まで見える程酷い状況だった。

 本来ならもう使い物にならないだろう。だが、ここには最強の魔法使いが居るのだ、不可能は……多分ない。


「すぐ治すから、少し動かないでいてくださいね」


 そう言って手をかざし、魔法をイメージする。

 イメージするのは再生。万物をあるべき姿へと戻す回復魔法。


「え? え? えええ!?」


 みるみる傷口がふさがり、出血も治まるその状況に混乱する少女。


「これでもう動くと思いますが、右腕、どうですか?」


「……」


 少女はおそるおそる右腕を上げ、肩を回すような動作をしてみる。


「な、治りましたです……痛みも無いです……! あの、これは……」


「魔法ですよ。これでもう大丈夫」


「チッ、魔法使いまでいやがったのか……おい、出てこい!」


 男の合図に隠れていたゴブリンが一斉に現れる。その数は恐らく五十体を越えているのではないかという大群が取り囲むように現れた。


「凄い数ですね」


 だが所詮はゴブリン、多数いたところで私の魔法で……

 いつものように、影響が及ばぬよう自分以外の人間には魔法拒絶の障壁を展開しようと考えてた矢先──


「てやぁ!」


 つい先ほどまで目の前に居た少女の姿は無かった。

 肉を切り裂く音が聞こえ振り向くと。


「せい!」


 ──風のように舞う少女の姿を見た。


 まるで姿を捉える事ができないその俊敏な動きに翻弄されるゴブリン。

 彼女はあっという間にその半数を片付けてしまった。


「ほう、まだそんな元気があったか」


 そう言うと魔族の男は手に持った槍を地面に突き立てる。


「しかしその機動性は厄介だ、先ずは貴様から始末してやろう。先ほどのように可愛いく鳴いてみろ小娘」


 そう言って魔族は少女手をかざし、口を開く。


「深淵に蠢く闇の力よ、汝その姿巨大な魔槍となりて、その力──」


 ぶつぶつと呟くその男の前に、紫色に明滅するサークルが現れ、男の言葉に呼応するようにそれは二重、三重に大きさを増していく。


 これは……呪文か!


 エステルはそれを止めようと走り出すが、ゴブリンの軍勢に邪魔される。

 いくら魔法により強化されたといっても、一振りで倒せる数は多くてもせいぜい二~三匹だ、数で押してくるゴブリン相手に苦戦しているようだった。


「くっ!」


 冒険者の身体に刻み込まれたあの傷、そして少女の右腕を抉ったのも恐らく奴の魔法なのだろう、展開される魔方陣を見た少女の表情はみるみる強張っていく。


「うっ……!」


 しかし、今回は事情が違った。

 私は静かに口を開く。


「大丈夫です。魔法なんて効きませんよ」


「え?」


「──ダークランス」


 男のかざした手、その前に展開された魔方陣から巨大な漆黒の槍が顔を出す。

 その大きさはとても人が持てるようなサイズではなく、目測十メートルはあろう長い槍が少女めがけて放たれた。

 その速度はすさまじく、一瞬の内に少女に着弾する。


「……ッ! ……? あ、あれ?」


 少女は無傷だった。

 槍は少女に触れることなく、目の前で粉々に砕け散ったのだ。


「何……!?」


 驚きを隠せない男に私は声を掛ける。


「はは、魔族さん、残念でしたね、あなたの魔法は"ここの誰にも"通用しませんよ」


「貴様、魔法使い! 何をした!?」


「教える訳にはいきません。だってあなたに教えても──」


「ハァ!」


「ぐぬぅ!?」


 その一瞬の隙をついたエステルの剣が魔族の首を捉える。

 エステルの背後には切り伏せられたゴブリンの屍の山が築かれていた。

 魔族の男はとっさに手に持った槍を盾代わりに前に出すも、万物を切り裂く刃と化したその斬撃を防ぐ事は叶わなかった。


「──意味が無いですから」


 身体から解き放たれた彼の頭部が宙に舞う。

 断末魔を許さない一瞬の出来事に、辺りは静寂に包まれる。

 舞った頭部が地面に鈍い音をたてて落ちたのを皮切りに、固まっていたゴブリン達は蜘蛛の子を散らすように逃げていった。


「まったく、魔法ってこんなことも出来るのね……この槍、多分鋼鉄製よ? まるでわらでも斬ったような感触だったわ……」


 やっと振動が収まった自分の剣を鞘に収め、こちらへ戻ってくるエステル。


「魔法剣ってやつですよ、便利でしょ?」


「便利っていうか……一方的過ぎて全く歯ごたえが無かったわよ」


 にこやかに言って見せる私に彼女は呆れたような顔を返した。


「あ、あの、あの、先ほど奴の魔法が目の前で砕けたように見えたのですが!」


 少女が駆け寄ってくる。


「ああ、あれですか、魔法を拒絶する障壁をあなたに掛けさせてもらいました。いかなる魔法も無効化する無敵の障壁ですよ」


「そ、そんな事ができるんですね……凄いです。魔法って」


「自己紹介がまだでしたね、私はヤマ──」


「ヤマダ、まだ上に!」


 言葉に突き動かされるように視線を上に移すとクロスボウを構えたゴブリンが薄ら笑いを浮かべているのが目に入った。

 その対象は私でもエステルでもなく、目の前で私の事を見る少女──


「くそ!」


 どこまでも上手くいかない、あの時だってそうだ、一瞬の油断が死に繋がる。

 それを忘れていた。

 きっと矢はすぐ放たれるのだろう、そしてそれは少女の命をあっさりと奪っていくのだろう。あの時のように。


 失敗した──

 甘く見ていた──


 ふと、目の前の光景と、あの時の光景が被った気がした。

 私の為に命を落としたスカウトの男。彼の献身的な姿が。

 考えるよりも先に身体は動いていた。

 少女の盾となるよう前に出た私と、矢が放たれたのはほぼ同時だった。

 強い衝撃と共に、それは訪れた。


「がはぁッ!」


 痛い──

 どうやら胸に刺さったようだ。

 激痛に顔が歪む。痛み以外の身体の感覚が失われるようだった。

 立っていられなくなり、仰向けに倒れる。同時に視界が上へと向く。

 その途中、一瞬だけエステルの駆けていく姿が見えた気がした。

 視界が霞む。


 嗚呼、私は、死ぬのか?


 でも、少女を守れたんだ、それで死ぬなら、それはそれでいいかな?

 そして私の視界は白く染まり、とうとう意識を手放した。



 ◇◆◇



「……ダ」


 誰だ?


「……マダ、ヤマダ……」


 私を呼んでいる? 誰だ?


「ヤマダ!」


 意識が覚醒する。


 私は……生きてる?


「ここは……?」


 真っ暗な空、星々の瞬きが眼前に広がり、虫の鳴き声がどこからか聞こえてくる。

 どうやら夜らしい、私は気を失っていたのだろうか。


「ああ、やっと目を開けてくれた!」


「エステル……私はどうなって……ッ!」


「まだ動かないで、傷口が塞がってないから」


「てっきり、天国かと思いました」


「そんなわけないじゃない……」


「私は何で無事だったんでしょう、矢は確かに胸に刺さりました」


「その鎧のおかげよ。プレートを貫通したものの、それで勢いが落ちたのね、矢の先が少し刺さった程度で済んだのよ」


「ああ、そうでしたか……」


「まったく……痛みで気絶するなんて情けないわね」


 呆れた口調でそう言うも、心配してくれていたのだろう、その表情には微かに笑みが浮かんでいた。


「ご心配お掛けしました……もう大丈夫です」


「あ、ヤマダ様! 目が覚めたですか!?」


 少し遠くから聞こえる声と、駆け寄ってくる音に振り向くと、音の主はあの少女だった。

 手には何やら草のようなものを大量に抱えている。


「もうちょっと待っててくださいね、今傷薬を調合しますです!」


 そう言って腰に下げたポーチから小さなすり鉢を取りだした彼女は、ごりごりと葉を砕き始める。


「これを口に含んで……」


 今度はムシャムシャと口に頬張ってしまう。


「あとはこれを塗るだけです!」


 唾液まみれのその草を傷口に擦り込んだ。


「い、痛ぁぁ!」


 し、しみる!

 

 あまりの痛みに口をぱくぱくさせながら痛みを訴える。


「我慢なさい、男でしょ!」


「そ、そうは言ってもこれは……ぎゃああああああ!」


 今度こそ、死んでしまいそうな痛みに悶える私はとうとう情けない声を上げ続けてしまった。

 応急処置も終わり、痛みも引いてきた頃、私は立ち上がれる程には回復していた。


「すごいものですね、これは薬草ですか? まだ少々痛みますがもう歩けそうです」


「はいです! この辺りで採れるハンテン草です。すり潰したのを唾液と混ぜて傷口に塗ると治りが早いですよ」


「助かりました。ああ、申し遅れました、私は」


「ヤマダ様ですよね? 何度か聞いたので覚えましたです。イブキはイブキっていうです。よろしくです!」


 語尾に"です"を付ける癖のある少女は自らの事をイブキと名乗った。


 イブキか、何だか日本的な名前だな。


「では改めましてイブキさん、宜しくお願いしますね。あ、それからそちらに居る女性は仲間のエステルと言います」


「はいです、エステルですね、覚えましたです」


「宜しくね」


「ヤマダ様、いえ、主様と呼ばせて頂くです」


「あ、主様?」


 その懐かしい響きについ聞き返してしまう。そして一瞬だけ、居城に残したサリエル達の事を想い出した。


「はいです! イブキは本来ならあの場で死んでいてもおかしくなかったです。その命を拾ってくださったご恩を返すです。イブキを主様のお供にしてくださいです!」


「お供って……もしかして、イブキさんも冒険者なのですか?」


「はいです! 忍びのイブキです!」


 忍び……忍者? ローグじゃなくて? そんな職業がこの世界にもあるのか?


 しかし、彼女のあの素早い動きは忍びを名乗るのに相応しかった。

 あれだけの数のゴブリンを目にも留まらぬ動きで翻弄し、次々と仕留めていったあの光景を思い出していた。


「あ、それと、イブキの事はどうか呼び捨てでイブキと呼んで欲しいです!」


「はぁ……わかりました……エステルはどう思います?」


「私は別に構わないわよ。仲間は多い方がいいし、それにイブキの実力は本物よ」


「おい女! イブキのことを呼び捨てしていいのは主様だけです! さんをつけるです!」


 イブキは声のトーンを落としてエステルに噛みつく。


「な……!!」


「じゃあ、じゃあ、主様! イブキもお供していいですか!?」


「え、ええ、エステルもそう言ってる事ですし、これから宜しくお願いしますね、イブキ」


「はいです!」


「ちょ、ちょっと待ってよ! なんでヤマダは呼び捨てでよくて私は駄目なわけ!?」


「うるさい女ですね、これからは雌豚と呼ばせてもらうです」


 その言葉に、エステルの顔がみるみる赤くなっていくのが暗がりの中でも十分理解できた。


「めす……! なによ! 何なのこの子!」


「まあ、まあ、二人とも落ち着いて……!」


 嗚呼、声を上げたらまた傷口が開きそうだ。

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