第5話 コンビ結成
コンビ結成後、最初のクエストは先日掃討したゴブリンの巣周辺の残党調査とその討伐だった。
巣を掃討したと言っても、外へ出ていたゴブリンも居ただろう、その確認の為、再度現地に赴き確認することが第一目標である。
「今回はヤマダの実力、この目で見れるのかしら?」
「ええ、私も色々試したい事があるので、不測の事態に対処できるエステルが居れば心強いです」
「守りは任せて、しっかりあなたを守ってみせる」
「それでは、早速始めます」
私はエステルに手をかざす。
「え? な、何?」
「私ではこれは無理なので、エステルにやってもらおうと思います。大丈夫、被害は受けない……筈です」
「何で一瞬間があったのよ! 本当に大丈夫!?」
「いえ、初めての試みですので、でもきっと大丈夫。私は恐らく世界一の魔法使いですから、信じてください」
「そ、そう……?」
「では、エステルは右手を握ってください」
彼女は言われた通りに握り拳を作る。
それを確認し、私は彼女の拳に意識を集中させる。
イメージするのは音波。反響する超音波。
それを彼女の拳に定着させる。
更に、彼女の聴覚にも細工を施す。
「今です。その拳で思い切り地面を殴って!」
「え? わ、わかったわ、はぁ!」
地面を突き刺すように下ろした拳を中心に、非可聴の波が広がる。
生命の反応を探るように広がるそれは、大小様々な反応を彼女へ持ち帰ってきた。
「こ、これは……」
「何か、感じましたか?」
「ごちゃごちゃした何かが沢山……でもその中に大きい何かがいくつか……ヤマダからも感じたし、それとは別に……ここから東に二つあったわ」
「では、参りましょうか」
「ちょ、ちょっと、今のは何なの?」
「ええと、コウモリはご存じですか?」
「勿論知ってるけど、それと何の関係が──」
「エステルには一時的にコウモリになってもらいました。それだけです」
「私がコウモリ……?」
何のことだろうと首を傾げる彼女に、特に説明も無しに森へ入っていく。
「待ってよヤマダ、まだ説明聞いてないわよ!」
「まあ、まあ、行けば分かります」
歩くこと五分、森が開け、大きな岩がいくつか転がる広場を見つけた。
そこに目標は居た。
ゴブリンである。エステルの申告通り、二体のゴブリンがそこで捕らえた鹿を囲み、お食事中のようだった。
「居ました……残党ですね」
「まさか、あの感覚はゴブリンだっていうの……?」
「そういうことです。お手柄ですよエステル。コウモリが暗い場所で獲物を捕らえることができるのは超音波を利用しているからなんです。その原理と同じ事をあなたにやってもらった……というわけです」
正しく言えば、それは
今回用いたのはその応用で、地上に溢れるマナを水中に見立て、その空間を振動させることで反響する生態反応を彼女は耳で受け取り位置を特定できたわけだ。
どちらかといえば魚群探知機に近いのだが、ここでそれを説明したところで理解はできないだろうと、あえてコウモリを例に出した。
「魔法って……何でもできるのね」
「恐らくこんな事できるのは私だけかと……では、早速狩ります。ああ、今回はちゃんと魔法をお見せしますよ。っとその前に──」
「え? 今度は何──」
先日と同様、エステルには魔法の影響を受けないよう防御魔法を展開する。
エステルを中心にドーム状に広がるそれは、淡いオレンジ色に明滅し、彼女を包み込んだ。
「これは……」
「お守りです。これで私の魔法はあなたへ影響しません。それでは、いきますよ──」
一度右腕をぐるんと回し、まだこちらに気付いていないゴブリンに向けて両手を向ける。
「弾けろ──」
言葉を発した瞬間、二体のゴブリンに変化が訪れた。
彼らは身体を反らし、次の瞬間内側から破裂したのだ。
一瞬の出来事だった──
風に乗って鼻をつく血の臭いが漂い始める。私はこの手で彼らに死をもたらしたのだ。
「……」
エステルは目を見開き、口を開閉しながら光景を見つめていた。
「と、まあ、これが私の魔法です」
「……何て言うか……エグいわね……」
「そうですか? 剣でぶった斬るよりはマシだと思いますが……」
それから何度かエステルにはソナー役になってもらった。
捜索を進めるも、どうやら先ほど倒した二体が最後だったようだ。
夕暮れになる頃には街道に戻り、帰路についていた。
「クエストは達成ですね、お疲れ様でした」
「私、今回何もしてなかった……」
「いえいえ、エステルが居なければ探索は難航していたところですよ。私にはどういうわけか魔法が効かないので先ほどのような事を一人では出来ないんです」
「そうなの? 意外ね、魔法が効かないって、でもそれって相手の魔法も効かないってことよね? 考え方によっては最強にも思えるけど」
「最強では無いですよ、剣や矢といった物理的な攻撃に対しては無力ですので。ああでも、自分指定じゃなく場所に固定するよう防御魔法を展開すれば一応守れますね、なるほど……これは応用できそうだ」
「つまり最強って事よね……なんであんたなんかがFランクなのよ……」
「最近冒険者を始めたばかりですので、仕方が無いです。それに、私の魔法は加減ができないんです。暴発してしまうんですよ。こんなんじゃ、いずれどこかで困った事になる」
「なるほどね……まあ、今回のでヤマダの実力は十分理解したわ。私には勿体ない程の魔法使いよ、あなた」
「そんなご謙遜を……不測の事態は誰にでもあるものです。私でも対処ができない事だってきっとある。それにはエステルのサポートが不可欠なんです。頼りにしてますよ?」
エステル側にある腕を上げると、彼女もそれを真似る。
「ええ、任せて。お互い頑張りましょう」
お互いの篭手がぶつかり合う鈍い音が静かに響いた。
◇◆◇
「おう、よく戻ってきてくれた、今回の報酬だ」
翌朝、酒場に戻り早速報告すると、報酬を受け取った。
今回の報酬はFランクとはいえ、一人あたり銀貨十枚と太っ腹な額だったのには驚いたが、それほどあの街道が開通することに意味があったのだろう。
報酬をありがたく受けとると、今度は活動の実績を付けてもらうことにした。
「嬢ちゃんはこれでEランクに昇格だ、おめでとう! ギルド証更新しとくぜ、ほら、新しいやつだ」
エステルは新しいギルド証を受け取ると、その表面をまじまじと見つめていた。
そこに記載されてるのはギルドランクを表す"E"の文字。
「おめでとうございます。エステル」
「ありがとう……」
「ヤマダはまだ実績が足りんな、まあでも今回は活躍したそうじゃねぇか、半端な魔法使いだと思ったが、やればできるじゃねぇか」
「ははは……」
「これであの街道が使える。やっと流通も再開するってもんだ。お前さん方には感謝するぜ」
「いえいえ、報酬も頂いているので、仕事をしたまでですよ」
「ガハハ! 言うようになったじゃねぇかヤマダ! それに何だかお前さん、最初に見た時より笑うようになったじゃねえか、良い面してるぜ」
カウンター越しに肩をバンバンと叩かれる。
正直言って痛い。店主、力入りすぎだ……
「はは……」
ともあれ、エステルの昇格のおかげで、私もEランクのクエストに参加させてもらえるだろう。
そうなれば、更に報酬も良くなるし、冒険の幅も広がるというものだ。
「エステル、早速Eランクのクエストを受けてみませんか?」
「賛成ね、私も丁度同じ事を考えてたところよ」
「ああ、それなんだがな……」
話に割って入るように店主が申し訳なさそうな声を出す。
「どうかしたんですか?」
「いや、今のところ依頼は殆ど無くてよ、あるとしたらFランクのものしかないんだ」
「そうですか……」
出鼻を挫かれた。
人々にとって平和なのは良いことなのだろうが、冒険者としては喜ばしい事じゃない。
不謹慎だが、今は事件が欲しかった。
「ヤマダ、それなら折角だし隣の街に行ってみない?」
悩んでいたところに、エステルの提案が舞い込んできた。
「それは、何故でしょう?」
「このハイメルも落ち着いた事だし、今までゴブリンの影響で交流が絶たれてたお隣の街、名前何だったかしら?」
「シャクティンだな」
店主が即答する。
今更ながら、この街の名前を初めて知った。
そうか、ハイメルという名前なんだ……
「分かりました、そうしましょう」
次の街に行くっていうのも確かに良い案だと思った私は、彼女の提案に賛成した。
「シャクティンに行くなら、丁度護衛の依頼があるぞ、Fランクだが、ついでだし良いんじゃないか?」
「じゃあ、それを受けるわ。よろしく、マスター」
「あいよ、じゃあお二人さんにこの依頼は任せよう。これからボードに貼る予定だったんだ、運がいいな」
店主はそう言うと紙を手渡してくる。
"シャクティンまでの荷馬車護衛、危険度F、報酬;銀貨二枚"
確かに移動のついでにクエストまでこなせるのは一石二鳥というものだ。
「荷馬車は街の出口前で待機してるそうだ、準備が終わったら行ってやりな」
早速旅の準備に取りかかり、合流地点へ急いだ。
◇◆◇
「おはようございます。あなたがシャクティンへの護衛を依頼した方ですか?」
「そうだが、もしかして冒険者かい?」
「はい、依頼を受けましたヤマダと申します。こちらは仲間のエステル」
「初めまして」
「おや、えらいべっぴんさんだなぁ、まあ今回はよろしく頼むよ」
「道中の安全はしっかり確保しますので、安心して進んでください」
そうして荷馬車は動き出した。
私達はその後ろの空いたスペースに乗せてもらえることになった。
荷馬車が揺れる度尻が痛くなるが、歩くよりは断然早くてこれはこれで快適な旅だった。
特に事件が発生しなければ出張る必用のない私達は揺れる馬車の音だけを聞いて過ごしていた。
「シャクティンってどういう街なんでしょう」
暇を持て余していた私は、エステルに話題を振ることにした。
「ヤマダ、行ったことないの?」
彼女は意外というような顔をしてこちらを見た。
表情から察するに、どうやらこの土地の人間だと思っていたらしい。
「ええ、この土地の事は全然知らないんですよ」
「ヤマダってこの辺の人間じゃないのね? どこの出身?」
「どこと言われましても、遠い海の彼方としか言いようが無いですね」
出身と言えば、居城としていた城が太平洋のど真ん中に存在するが、それも説明のしようが無い。
さて、どう説明したものか……
「もしかして西の大陸かしら? 確かそこは魔法の研究が盛んだって聞いた事があるし」
そういえば、あの酒場の店主にも同じことを言われた気がする。
魔法使いとはそれほどこの国では珍しい存在なのだと実感した私は、そういう事にしておこうかとも考えたが、彼女にこれ以上嘘をつくのは心苦しいのもあり言うのを止めた。
「残念ながらそこでは無いですね、何て言えばいいんでしょう。説明しづらい場所から来たとしか……」
「ふうん、まあ、詮索するのは野暮ってものね、これ以上は聞かないでおくわ」
これ以上聞いてこないのはありがたい話だが、仲間なのだからある程度打ち明けた方が良いのかもしれないと先ほどの回答に後悔する。
「助かります。それはそうと、エステルはこの土地に詳しいってことはこの国の方ですよね? 出身もこの辺りなのですか?」
「私? うーん、そうね……私は王都の出身よ」
意外にもあっさりと返ってきた答えに驚きはしたが、王都出身というのは納得のいく話だった。
村や街の出身にしてはエステルのその容姿は"整いすぎている"のだ。
「王都サルラス……ずいぶんご立派な出身なんですね」
「まあ、ね」
「冒険者になったのは出身が原因ですか?」
「何で分かるの?」
「それは、あなたの立ち振る舞いが何といいますか、他の冒険者とはどこか違う、品格のようなものを感じたんです。それで何となく──」
「私ね、貴族の生まれなのよ」
「そうですか」
まあ、そんなところだろうなと納得する。
しかし、それであの剣の腕前はどういった理由なのだろうという興味も同時に湧いてきた。
「驚かないのね? 貴族が冒険者なんてやってるって笑うのかと思ったのに」
「それは笑う事なんですか?」
「あなた、変わってるのね……まあいいわ、私の身の上話だけど、聞いてくれる?」
「聞かせてもらえるなら是非」
「私の本名はエステル・フォン・アインシュナベル、アインシュナベル家の末っ子なの」
勿論その家名は知らない。だが、わざわざ言うということは余程の力を持つのだろうと理解する。
彼女は言葉を続けた。
「そこは代々騎士の家系でね、私には兄が三人居るんだけど、皆王宮に仕える騎士になったの。でも次に生まれたのは女の私」
「……」
「女の私では騎士になれない、私に残されたのは誰ともしらない貴族の男性の所へ嫁いで愛のない家庭でその人の子供を産む事。それだけなのよ」
「それは……」
なるほど、この世界で女というのは騎士になるのは不可能らしい。よくRPGでは女騎士等ありふれる設定だと思っていたのだが、あくまでそれはゲームの中の話で、現実は厳しいようだ。
「私には自由なんて何もなくて、唯一の楽しみは兄達が剣の稽古をつけてくれていたあの時間だけ」
剣の腕は王宮騎士直伝か、なるほど納得だ。
これで彼女のあの実力の理由が分かり、一つ疑問が解消した。
「私は自由が欲しかった。それである日、家出する事にしたの。唯一の持ち物は誕生日に兄から貰ったこの剣だけ。でも、それで十分だった」
「それで、冒険者を?」
「そうよ、騎士になれないのなら、冒険者として名を上げて、自分の自由を勝ち取ってみせる。そう決めたの」
「そういう理由があったんですね」
「こんな話誰かに聞かせたのは初めて、何でだろう? ヤマダになら言っても良いかなって思っちゃった」
「そう言って貰えるのなら光栄です」
「じゃあ次はヤマダの番ね」
「はい?」
私の番? もしかして墓穴を掘った?
「ヤマダの過去、教えなさいよ」
「そ、それは……」
そうきたか……
「言えないっていうの? 私の過去を聞いておいて?」
「それは、エステルが勝手に話しただけのような気もするのですが……」
「不公平だわ、言いなさいよ」
彼女の押しに負け、観念した私は身の上話をすることに決めた。
きっと信じて貰えないだろう。
でも、彼女のその真剣な瞳を見て、もしかしたら信じて貰えるのではという期待も多少はあった。
隠し続けるのも疲れたという気持ちもあったし、言って楽になりたいと思った私は彼女に打ち明ける事にする。
「そうですね……では、これからあまりにも突拍子も無い事を言うので、きっと信じて貰えないと思いますが。笑わないって誓えますか?」
「勿論、誓うわ」
「私は、昔はこの世界を創造した神だったんです」
「ぷふっ!」
案の定、彼女は笑った。
そりゃそうだ、神なんて誰が信じるんだ……
「……笑いましたね」
「あはは、ごめんごめん! でも本当に可笑しくて……!」
「でも、本当の話ですよ」
「くふふ……で、その神様がどうして冒険者なんかしてるの?」
「何十年も何百年も、私は人々の営みを見てきました。でも途方も無い時間を過ごす内に、それに飽きてしまったんでしょうね、それである日私は望んでしまった」
「冒険者になりたいって……?」
「そうです。それが直接の原因なのでしょう、私は神としての力を失いました。そして、冒険者としてこの地に堕ちたんです」
「……」
「エステルが自由を求めるのとは反対に、私は束縛が欲しかったのかもしれない。今ではそう思えるようになりました。まあ存外冒険者というのも悪いもんじゃないですね……ってエステル? 聞いてます?」
「……ごめん……もう限界、あははははははは!」
「だから言いたくなかったんですが……」
「ヒヒヒ……ま、まあ、面白い話聞かせてもらったし、そういう事にしといてあげるわ」
「まったく……」
しばらくエステルの笑いは止まらなかったが、結果的に彼女の元気な姿が見れて良かったのか。
今はそう思うことにした。
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