第4話 仲間
おかしい、先ほどまで彼女はそこに立っていた筈だ。
「エステルさん? エステルさん!?」
しかし、何度呼んでも返事は無い。
嫌な予感がした。
ゴブリンはその繁殖力の高さ故、性欲がとても強い。
神故に、過去に何度も犠牲となる人間の姿を眺めていた事を思い出す。
もしかするとエステルはさっきのゴタゴタの間に奥へ──
「連れていかれた……」
ここまで苛つきを覚えるのは何故だ? 自分の思い通りに行かなかったから?
違う──
私は"何もしていなかった"のだ、何もできなかったのだ。
目の前の死という恐怖に怯え、ただガタガタと震えていただけなのだ。
そんな自分が許せない、もうこれ以上失ってたまるか!
松明を捨てる。
そして瞳を閉じ、意識を頭に集中させる。
魔法だ、魔法をイメージするんだ。
イメージするのは光。まばゆく辺りを照らす光源。それを自分の頭の上に強く念じる。
予想通り、激しい光を放つ光源が頭上に現れ、洞窟内を白く塗りつぶした。
幸いにも、洞窟は一本道のようで、通路がいくつもある訳ではなさそうだった。
「急がなきゃ……」
すぐさま、エステルの連れていかれたであろう洞窟の奥へと走り出した。
道中、ゴブリンに出くわす事は無かったが、遭遇したところでこの太陽のように眩く光り輝く光源の前に、奴らは手も足も出ないだろう。
そのまま走り続けると、そこに二つの影を見つける。
エステルだ。
一体のゴブリンが彼女を気絶させたのだろう、そのまま運び、プレートを剥がしている最中のようだった。
「間に合えぇぇぇぇぇぇ!」
猛ダッシュで駆け寄ると、その光に気付いたゴブリンがこちらを振り向くなりあまりの眩しさからかその目を覆う。
走り込んだ勢いと体重を足先に乗せて、ゴブリンの股間目がけて渾身の蹴りを入れる。
「パギャアア!?」
"何か"が潰れる不快で鈍い感触に顔が歪む。
ゴブリンはそのまま口から泡を吐くとピクピクと痙攣し、そのまま動かなくなった。
「ま、間に合った……」
彼女はプレートを全て剥がされてはいたものの、下着や服はそのままであった為まだ汚れていない事は確認できた。
「良かった……」
しかし、言葉とは裏腹に頭の中は煮えくりかえっていた。
ほんの一時とはいえ、共に居た仲間の死、そして彼女の置かれた状況に私の頭の中には明確に怒りと呼べる感情が芽生えていたのだ。
奥から先ほどのゴブリンの断末魔を聞きつけたのだろう、もう聞き慣れた言葉にならない叫び声と足音が聞こえてくる。
音の数から今までとは比べものにならない程に多くのゴブリンが居る事は確実。
こちらへ近づいてきているようだ、このままでは遭遇してしまう。
だが、"幸い"にもエステルは気絶したままだ。
私はエステルに手をかざすと魔法をイメージする。
イメージするのは拒絶。いかなる魔法をも遮断する防御魔法。
それを彼女を中心に展開させる。
「やっぱりだ」
自分を対象とする魔法は効果が無い。
しかし、対象が他人となるとそれは本来の機能を発揮する。
力の制御が出来ないが故にその効果は暴走気味に強力なものとなるが、今は"これがいい"。
次第に大きくなる足音、ついにはゴブリンの姿がその奥に視認できるようになった。
「……貴様ら皆殺しだ……」
普段気をつけてるのだが、頭に血が上っていたのか言葉が荒くなる。
嗚呼、こんな感情は何年振りだろう……初めて入社した時以来かな?
光に臆する事なく飛びかかってくるゴブリンの集団目がけて、手をゆっくりとかざす。
そして念じる事は一つ──
「弾けろ……!」
◇◆◇
「う……うーん……ここは……ゴブリンは!?」
「あぁ、目が覚めましたかエステルさん」
「え? ヤマダ……? 一体どうなって……え、私なんでこんな格好……!」
「危うくゴブリンに汚されるところだったんですよ、間に合ってよかった」
「そう……」
そう言って両肩を抱くエステルは、少し震えているようにも見えた。
化け物に抱かれるなんて気持ちの良いもんじゃないだろう、そういう嫌悪感を抱くのも仕方が無い。
「そういえば、ゴブリンよ! ヤマダ……"これ"……もしかして……全部貴方が……?」
エステルの指さす"これ"とは、目の前に山のように積み重なるゴブリンの死体である。
「ええ、まあ、もうこの巣のゴブリンは全滅したみたいです。依頼は達成ですね」
「え、ええ……貴方一体何者なの……?」
「私は……ただの魔法使いですよ」
彼女はこちらを疑問の表情で見つめながら、ため息をつく。
「……まあ、いいわ、それじゃあ帰りましょう」
剥がされたプレートを装着し直しながらエステルは言った。
「はい、生き残ったのは我々だけになってしまいましたが……」
今なら分かる、彼らの死を悲しむ感情は、今の私にあった。
「そうね……でもそれは彼らに運が無かっただけ、仕方の無い事よ」
「そう、ですね」
失った命は取り戻す事ができない。
神であった頃ならまだしも、暴走するだけの力しか持たない今の私では彼らを救う手立て等無いのだ。
これ以上は考えるまいとかぶりを振り、私達は洞窟を出た。
その日は街道の脇で野宿となった。
木の枝を集め、それを並べる。
そしてナイフで細かく削りとった木くずを中に敷き詰める。
革袋から火打ち石を取りだした私は、打ち付けるようにして木くずへ向け火花を散らす。
しかし中々火がつかない。上手くいかないのだ。
何度も試すも、一向に火がつかないことに苛立ちを覚えるが、その苛立ちすら今では嬉しかった。
「ヤマダ、何笑ってるの? 何か可笑しいことでもあった?」
「え? ああ、火がつかないんですよ、はは、困ったな、ははは」
「……変な奴」
私は生きてる、この世界でこうして上手くいかない事に苛立ちながらも、必死に生きてるのだ。
今はそれを正しく理解できた。
◇◆◇
街に到着したのは翌日のお昼頃だった。
酒場に着くなり、店主が声を掛けてくる。
「おうヤマダ! 帰ったか!」
「はい、クエストは達成です。巣の中には四十体程のゴブリンが居ましたが、全て討伐しました」
「その話はもう聞いてる」
ゴブリンの住処としていた洞窟の近くには監視塔が建っている。
目的は二つ。ゴブリンが勢力を拡大したり、街へ向けて侵攻するのを事前に察知し、知らせること。
もう一つは討伐クエストの報告の窓口である。
クエスト成功の報告を受けても、第三者がその状況を確認しないことには達成とは言えない。
私は監視塔に常駐している一人にクエストの完了報告と洞窟内の確認をお願いしていたのだ。
彼は街へ戻る際、馬を使ったらしくこちらが到着するよりも前に報告を済ませている様子だった。
「しかし、他の三人は残念だったな……まあお前さん達だけでも生きて帰ってきてくれて良かったぜ。確かにクエストは完了だ、報酬だ、受け取れ」
そう言って二つの革袋をそれぞれ手渡される。
一人あたり銀貨二十五枚、亡くなった彼らの分も含め私達二人に分配される形となった。
「ありがとうございます」
「しかし、どんな斬り方したらあんな風になるんだ……」
「え?」
店主のその一言に反応したのはエステルだった。
「嬢ちゃんじゃないのかい? 報告を受けた限りだと、洞窟内にあったゴブリンの死体はどれもズタズタに切り裂かれてて、まるで身体の内側から弾けたように内臓が散乱していたそうだが……」
「私は──」
「流石エステルさんですね、彼女が居なければ私もどうなっていたか」
「ヤマダ!」
私は半分嘘をついた。
声を上げた彼女が活躍したのは事実だが、それ以上の功績を全てエステルがやったことにしたのだ。
確かに魔法の威力は絶大だ、しかし、私の場合それの制御ができない。
その結果仲間を三人も失ったのだ。
まだ冒険者として活動を開始したばかりで、暴発する魔法だけではたしてこれから先やっていけるのか?
私の嘘は、そういった不安から出た言葉だった。
「ヤマダ……お前さんはビビって隠れでもしてたのか?」
「いやはや、お恥ずかしい限りで……あはは」
「全く、とんだ魔法使い殿だな……まあいい、実績は付けさせてもらうが、今回の手柄のほとんどは嬢ちゃんってことにしとくぞ?」
「はい、それで構いません」
「……」
そう言ってお互いギルド証の裏に実績を彫ってもらう。
どうやら功績の内容を文章で残すようだ。
裏にはこう書いてあった。
"ゴブリン討伐、ランクE、参戦するも活躍せず"
なんともまあ辛辣な評価だこと……
でも仕方ない、報酬が貰えただけでも感謝しなくては。
「エステルさん」
「……何?」
やけに不満そうな顔をしている。手柄を総取りできて嬉しくないのだろうか。
「いや、クエストの成功と無事生還したことですし、一緒にお食事でもと思いまして」
彼女にそう提案してみる。不満そうな顔はそのままだったが、意外な返事が返ってきた。
「ええ、いいわ」
「本当ですか? 嬉しいですね、では祝杯としましょう」
そして、あの旅路で食べた硬いだけの黒パンではなく、豪華に鶏の丸焼きや他数点とお酒を注文する。
二人でテーブルを囲み、先ずは乾杯。
彼女もこういう食事は久々だったのだろう、いい食べっぷりだ。
ひとしきり食べ終えた後で、お酒を飲んでいると彼女の方から話題を振ってきた。
「ヤマダ、何で……」
エステルは少し言葉に詰まったのか、少し間を置いて言い直した。
「何であの時、嘘ついたの?」
「何のことでしょう」
「とぼけないでよ! あのゴブリン、あれやったの全部貴方だって、何で言わなかったの?」
「エステルさんの剣の腕は確かです。貴女の手柄になることがそんなに嫌でしたか?」
「嫌というわけじゃない……そりゃあ早くギルドランクを上げてもっと良い依頼受けられるようにもなりたいけど……手柄全部って……これじゃあ私の実力にならない」
あれだけのゴブリンを一人で倒したとなれば、彼女の昇格は目前だろう。
しかし、それが嘘偽りの実績なのだとしたら、それは彼女の重荷にしかならない。
あの時とっさに自分を守る為についた嘘が、彼女を苦しめているのだと気付く。
「……申し訳ありません」
この時エステルが何を思ったのか知るよしも無いが、彼女は再び口を開く。
「……ねえヤマダ、提案があるんだけど」
「提案、というと──」
「私と組まない?」
「はい?」
あまりに突拍子のない言葉に聞き返す事しかできなかった。
組む? それはつまり──
「それは、コンビの結成という話ですか?」
「そうよ、私と貴方で……私の剣の腕は確かって言ったわよね?」
確かに言ったし、その言葉に偽りは無い。どこかで剣術の指導でも受けたのだろうか? 彼女の剣捌きには無駄が無く、まるで踊っているかのようで、思わず魅入ってしまう程その動きは美しかった。
「ええ、見事なものでした」
「剣士としての腕は信用してもらっていいわ」
「十分信用してますよ、エステルさんのおかげで窮地を脱したようなものですから」
「でも、私は不覚をとった……迂闊だったわ、たった一体のゴブリンに気絶させられるなんて……」
「誰にでも不測の事態に遭遇することはあるものです」
「……」
エステルは無言のまま、酒をぐいっと一気に飲み干す。
「私は、冒険者としてもっと強くならなきゃいけない」
「それは、何故ですか?」
「力を示す為よ……私は選んだの、冒険者として生きていくって」
そう語る彼女は遠い目をしていた。
何か理由があるのだろうが、聞いてはいけない気がする。
「でも、それで、何故私と組むという話になるんでしょうか?」
「貴方のその力よ、実際見たわけじゃないけどあの数のゴブリンを一人で相手にするなんてどんな魔法使ったのかは分からないけど、貴方の実力はきっとFランクなんて枠に収まらない」
「それは……」
少々やり過ぎたかな、と今になって反省するが、あの時は仕方が無かったのだ。
「でも、結果的に貴方は私を助けてくれた。きっと誰もが逃げていくようなあのゴブリンの大群に一人で挑んで……そして勝った」
「……」
「私は貴方のこと信用してるのよ、その力が欲しい。私は彼らのように無駄死になんてしたくない……」
この世界で孤独というのは辛い、誰の助けも得られず絶望に怯え、そして死んでいく。
きっと彼女も今回の経験で孤独を嫌ったのだろう、今の私のように。
「きっといいコンビになるわ。私が前衛でヤマダが後衛、バランスも取れてるでしょ?」
聞き覚えのあるその台詞に苦笑いしながら、彼女の初めて見せるその笑顔に妙な胸の高鳴りを感じる。
私にまだこんな感情が残ってるなんて思いもしなかった。
その提案に私は即答──
「……考えさせてください」
──できなかった。
彼女と組んだとして、未だに制御できないこの魔法をどう扱っていいものかどうか、アルコールの巡った頭で考える事ができなかったからだ。
「そ……私はしばらくこの街に居るから、気が向いたら答え聞かせてね。もう宿に行くわ、それじゃあヤマダ、また会いましょう」
銀貨一枚置いて店を出て行く彼女を見送る。
その姿が見えなくなったところで、再びテーブルに視線を落とす。
「銀貨一枚って……お釣りが来ますよ」
私は一人、残った酒をちびちびと飲んだ。
◇◆◇
翌朝、稼いだお金で装備を新調しようと鍛冶屋を訪れた。
「すみません、防具が欲しいのですが」
「へいらっしゃい! 防具ですかい? どういったのがいいですかね?」
「軽装でいいのですが、急所を守れる程度のプレート装備とかないですか?」
「そうですねぇ、少々お待ちを」
そう言うと鍛冶屋の主人は奥へ隠れた。
しばらくして両手に箱を抱えながら戻ってくる。
「よいしょっと……これなんてどうでしょう?」
箱の中には革と面積の少ないプレートがごちゃごちゃと入ってるのが見えた。
「取って見ていいですか?」
「勿論! どうぞどうぞ」
意外と軽いそれは、心臓部を守るように左辺にいくにつれ面積が広くなるよう作られた鉄製のプレートだった、肩から掛け、背面を通して革紐で留める造りのようだ。
箱にはもう二つあるが、縦長のそれは、先ほどのプレートと同等の素材で作られているようだった。
「これは何ですか?」
「これは篭手でさぁ、腕を守るようにできていて、いざとなったら盾代わりに使うもんです」
「なるほど」
試しに全部装着してみる。
多少重みはあるが、走れない程じゃないそれは今の自分に丁度良いと思えた。
「いいですね、あ、あと、護身用に短剣が欲しいのですが、誰でも扱えるような物ってありますか?」
「それなら……これなんてどうでしょう」
主人は近くに飾ってあった短剣を取ると、手渡してくる。
それを握り、軽く素振りしてみる。
うん、重すぎず軽すぎず、私でも扱えそうだ。
「じゃあこれもください」
「へい! 一式お買い上げですので……そうですね、銀貨七枚でどうでしょう。あ、その短剣の鞘と腰に付けるホルダーもサービスしときやすよ」
意外と安く済むもんだな。
「はい、それでお願いします。これ、お代です」
「まいどあり! 旦那良い買い物しやしたねぇ」
「はは、こちらこそありがとうございます。では」
装備は一通り揃ったが、魔法使いとしてもう一点買っておかなければ。
購入した装備一式を装着したまま店を出ると、私は次の目的地へと足を進めた。
◇◆◇
酒場に到着したのはお昼頃だった。
「あら、ヤマダ、遅い到着ね」
入るなり声がする方を向くと、そこにはエステルがテーブルに座りこちらを見ていた。
「おやエステルさん、こんにちは。お食事ですか?」
「ええ、そんなところ」
「ご一緒しても?」
「もちろん、構わないわ」
「では……」
彼女と同じテーブルの、正反対に位置するよう座った私は軽食を注文する。
「ヤマダ、装備新調したのね。似合ってるわよ。それにそのローブも」
「ありがとうございます」
酒場への到着が遅くなったのは装備を揃える為だが、最も時間が掛かったのはこのローブ選びだった。
やはり魔法使いといえばローブを身に纏うというのが基本と考えていた私は、商品の前で一時間も悩んだ末、銅貨数枚で買える安い薄皮のローブを購入したのだ。
「それで、エステルさんはこれからクエストですか?」
「いえ、昨日の稼ぎもあるし、今日は食事しに来ただけよ」
「そうですか」
私は昨日の件で彼女に伝える事があった。
しかし、直接伝えるのはなんとも恥ずかしい。
だが、伝えなければならない。
「では、私のクエストにご同行願えませんか?」
「え? それって……」
あの日、ほんの一時であれ苦楽を共にし、改めて生命の温もりを教えてくれた彼ら──
そして、生きていてくれた彼女に対して──
長く忘れていた感情を呼び起こしてくれたことへの感謝の気持ちと共に、私は言葉を続ける。
「いいコンビだと思いますよ。これからよろしくお願いしますね? エステルさん」
「……エステルでいいわ」
「では、エステル、改めてよろしくお願いします」
「ええ、よろしくねヤマダ!」
こうして、剣士と魔法使いのコンビが結成されたのだった。
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