第3話 冒険者

 翌朝、宿を出て早速酒場へと向かう。クエストをこなす為だ。

 店に入ると、昨日とは違いなんだか賑やかだ。

 クエストボードを見る者もいれば、談笑する者達もいる。

 皆冒険者なのだろう、剣や弓を携えた者達ばかりである。


「おう、ヤマダか、またクエスト受けにきたのか?」


 昨日の一件ですっかり名前を覚えられた私は、店主に挨拶するとおすすめのクエストが無いかを尋ねる。


「そういや、お前さんがやりたがってたゴブリン討伐のクエストだがよ、丁度受けたいって言うパーティーがいるんだ」


 店主はテーブルを囲むように座ってる四人を指さす。


「はあ」


「あいつら全員Fランクの冒険者だ、お前さんがそのパーティーに入るならゴブリン討伐のクエストに行けるが……どうするよ」


 ゴブリン討伐のクエストは危険度Eだ、つまり、昨日の掃除とは違い命を落とす危険性がある。

 しかしその分報酬も銀貨五十枚と大きい、仮に成功して五人で山分けしたとしても一人頭銀貨十枚だ、これでしばらく食っていける。

 それに私は魔法が使えるのだ、味方を巻き込む危険性こそあるが、自分の身は最低限守ることができる。


「それじゃあ、ゴブリン討伐に参加します」


「そうかい、相手はゴブリンとはいえ奴らは頭が回る。罠には十分気をつけるんだな」


「肝に銘じます」


 そう言い残し、四人が座るテーブルへ歩み寄ると声を掛ける。


「おはようございます。ゴブリン討伐に行かれる方々ですよね?」


 四人の内、一番体格の大きい剣士が口を開いた。


「そうだが、あんたもしかして参加希望かい?」


「はい、ヤマダと申します。一応魔法使いです」


「ほう、魔法使いとは珍しいな、そんな奴がこの国に居るとは……まあいい、俺はダカンだ、よろしくなヤマダ」


 体格の大きい方はダカン……


「俺はカインってんだ、スカウトさ」


 こっちのチャラチャラした笑い顔の男はカイン……


「僕はマイルズ。薬師だよ。怪我の治療等は任せてね」


 このひ弱そうな男はマイルズ……


 自慢じゃないが人の名前を一発で覚えた事は一度もない。


 顔を見ながら心の中で何度も名前を反芻し、なんとか三人の名前を覚える。


「……私はエステルよ。見ての通り剣士……」


 深紅の瞳がこちらに目を向ける。

 それに合わせるように銀色に輝く癖のない長い髪がかすかに揺れた。

 その傷一つなく整った顔立ちから育ちの良さが分かる。

 付け加えて胸当てからわかるその胸の大きさ、そして引き締まったウェストが彼女の魅力を更に引き立てているようだ。


 自慢じゃ無いが女性の名前を一発で覚えれなかった事は一度もない。


 エステルか、よし、覚えた。


「では、早速出発しますか?」


 私の提案に待ったを掛けたのはダカンだった。


「その前に旅の準備だ、近くとはいえ、往復で一日は掛かる。二日の行程で考えた方がいいだろう」


 なるほど、その意見はごもっともだ。


「そうだね、その分の食料とか、他にも包帯とか必要そうな物を揃えよう」


 マイルズはそれに賛成する。

 確かに旅は腹が減る。食料の調達は必用だろう。


「矢の補充もしておかなきゃなぁ」


 カインは矢筒に入った矢の数を確認しているようだった。

 身を守る手段なのだ、補充は必用だろう。


「私は食料さえあればいいわ。他は特に必要ない……」


 エステルは素っ気なく返事する。だが、彼女は他の三人とはどこか違う品のようなものを感じる。


 違和感の正体は座り方か? この子は、本当に冒険者なのだろうか?


「そうですね、では、各自準備ができ次第出発ということにしましょう」


 その場で一時解散となり、集合は店の入り口ということになった。

 旅に必用な物が何か分からなかった私は、店主に尋ねる。


「すみません、冒険者用の初心者セット的な物って売ってないですか? 袋とか、寝袋とか」


「ん? ああ、あるぞ」


 あるのか。


 店主は肩掛けの革袋を取り出す。

 中を見ると、そこには宿泊用の布一枚と傷薬だろうか、軟膏のような物が詰まった瓶数点、そして包帯がいくつかに、小型のナイフと火打ち石のようなものが詰まっていた。


「銀貨一枚だ、買ってくかい?」


「はい、これでお願いします。あと食料を二日分用意して頂きたいのですが、お願いできますか?」


「わかった、合わせて銀貨一枚に銅貨二十枚、と言いたいところだがお前さん手持ちそんなに多くは無いだろう、特別に今回は銀貨一枚に負けといてやる」


「本当ですか? ありがとうございます」


 銀貨一枚で旅の準備が整った。この店主は顔に威圧感はあるが内面的には優しい人間なのだろう、手持ちの金が少ない分この気遣いはありがたい。


 旅の準備を整え、革袋を肩から掛けて入り口へ向かうと、残りの四人は既に準備を済ませていたようで、私の到着を待っていた。


「お待たせしました。準備が整いましたので、出発できます」


「おう、来たかヤマダ、これで全員揃ったな、じゃあ出発しよう」


 ダカンの合図で私たち一行は街を北西に出て、街道沿いに進んだ。



 ◇◆◇



 旅は順調だった。

 そもそも街道を歩くのだ、森を歩いた時とは違い起伏のないなだらかな道が続くだけで快適だ。

 なのだが──


「ねえエステルちゃん、ここで会ったのも何かの縁だ、このクエスト終わったら俺と組まない?」


「……」


「そんな目で見ないでよぉ、エステルちゃんが前衛、俺後衛、すごく相性いいと思うんだよねぇ」


「……お断りよ」


「かぁー! その表情もいいねぇ、可愛いよ! ほんと!」


 さっきからずっとこの調子でカインがエステルに話しかけてる。

 エステルは無視するか、一言であしらっているが、心底迷惑そうな顔をしている。


 何しに来たんだこの男……


「おいカイン、調子に乗るのもいいが、チームワークを乱すような事だけはしてくれるなよ?」


 そんな状況に飽き飽きしてたのはダカンも同じようだ。


「んだよ! えーっと、あんたダカンだっけ? 大丈夫、ちゃんと仕事はするっての!」


 カインはそう言って矢はつがえないまま弓を引き絞ると、ヒョウと放った。


「シュパーン! ってね」


 どうしてもこのノリにはついて行けそうにもなかった私は黙々と足を運び続ける。

 マイルズはとはいうと、終始ニコニコしながら一番後ろから着いてきているだけだった。

 五時間程歩いたあたりで、とうとう目的の山が見えてきた。

 太陽は丁度真上に位置し、腹の虫も鳴り出した。


「提案があるのですが、ここで一度休憩しませんか?」


 四人に提案する。


「そうだな、目的地までもうすぐだ、今のうちに食事としようか」


「お、いいねぇ」


「……賛成」


「僕も賛成だよ」


 そうして私達は街道の脇で各々座り込み昼食をとることにした。

 革袋から食料の入った包みを取り出すとそれを開封する。

 入っていたのは黒いパンとチーズだった。

 一口食べて見るが、黒パンはとても硬くて噛み千切るのも一苦労だ。

 それに酸味が強く、思っていたより美味しくないというのが正直な感想で、私はチーズと一緒にそれを飲み込む。


 正直言って不味い。こんな物を帰りも食べなきゃいけないと考えると気が狂いそうだ。


 嗚呼、城での食事が懐かしい……


 それでも腹持ちは良いのだろう、程よく腹を満足させるには十分な量だった。

 皆が食べ終えた後、作戦会議を開く。

 話し合ったのは主に戦闘陣形に関する内容だ。


「奴らは自然の洞窟を住処にしている。突入の際の陣形は俺が先頭、次にカイン、マイルズ、ヤマダ、しんがりはエステルという具合だ。エステルは臨機応変に先頭に出ても問題ない」


「……了解」


「カインはスカウトだ、接近戦もそこそこ出来るのだろ?」


「もちろんだぜぇ、取りこぼした敵は俺がしっかり倒してやるから安心しなぁ」


「そしてマイルズだが、基本的に戦闘は不得手と聞くが、自衛手段はあるか?」


 マイルズはニコニコしながら鞄から短剣を取り出した。


「一応、護身用の短剣はありますので大丈夫です」


「マイルズまで被害が及ぶような状態は好ましくないが、何が起こるか分からん。慎重に行動するんだ」


「任せてください!」


「そしてヤマダは後方で魔法支援だが……そういえば聞いてなかったな。ヤマダはどんな魔法が使えるんだ?」


 それもそうだ、彼らに何ができるか申告していなかったのだ。聞かれるのも当然だろう。


「はあ、ひとまず周囲一帯を爆発させるとかですかね。他にも色々、やれます」


 正直魔法の試し打ちは森で一回やったっきりだったので、他の魔法に関しては自信が無かった。

 自信がないというのは、使えない事ではなくあくまでその"規模"がどれくらいなのかを知らないという自信の無さだ。


「爆発……まあいい、それじゃあ俺たちに被害が及ばない程度に支援を頼む」


「分かりました。最善を尽くします」


 ダカンはテキパキ指示を飛ばしてくるが、本当にFランクなんだろうか、妙に手慣れてる気がする。


「あの、質問いいですか?」


「何だ? ヤマダ」


「その、ダカンさんはFランク冒険者ですが妙に手慣れてるというか、戦闘慣れしてそうな感じだったので、軍の経験がお有りだったりするのでしょうか?」


「よく気付いたな、俺はこの国、サルラスの元兵士だ」


 この島で国というと一つしかない、サルラスっていうのか。なるほど。


「道理で、指示が的確だと思いました」


「いや、俺はただの下っ端の兵士に過ぎんよ、色々あってな……あまり話したくないのだが、このへんでいいか?」


「あ、はい、十分です。話してくださってありがとうございました」


「それじゃあ、そろそろ出発としようか、現地に入り次第、縦の陣形で突入するぞ」


「分かりました」


「……了解」


「腕がなるぜぇ!」


「頑張りましょう!」


 こうして再び立ち上がると、目的地へ向けて再出発するのだった。



 ◇◆◇



 街道が大きく西へ曲がる場所、眼前に広がる岩山の麓にその洞窟は存在した。

 洞窟の前で何かが動くのが遠目からでも分かる。ゴブリンだ。

 街道のあちこちでは捨て置かれた馬車の残骸や、馬の死骸が散乱している。

 彼らは目の前の洞窟を住処とし、この街道を通る荷馬車や人を襲っているのは明らかだった。

 私達は街道から逸れ、森の中からその洞窟を観察していた。


「カイン、何か見えるか?」


 ダカンが声を立てないよう小さく話す。


「いるねぇ、入り口に二体、見張りみたいだぜぇ。他は見えねぇな」


 スカウトを自称するだけあって目は良いのだろう、カインはにやりと笑いながら報告してきた。


「よし、先ずは先制攻撃だ、カイン、あの二体、れるか?」


「任せろって、仕留めてみせるぜぇ」


 カインは矢をつがえて弓を引き絞り、狙いを定める。


「カインが一体仕留めたと同時に突撃だ、いいな」


 皆、無言で頷き各々武器を構える。

 私は手持ちにないので、握り拳を作ってみた。


「んじゃ……いくぜッ!」


 弦を引いた手を離すと同時に、矢がパシュッと音を立てて飛び立つ。

 どう当たったのかは分からないが、遠目でゴブリンの一体が横になるのが見えた。


「ヒット! 次いくぜ!」


 続けて弓を引くカインの声に続いて、ダカンが叫ぶ。


「突撃ィ!」


 その合図と同時に駆け出す。

 洞窟の前に到着する前に、カインの放った矢が二体目に命中するのが見えた。

 あの男、チャラいが腕は確かなようだ。

 難なく洞窟前に辿り着いた私達はカインの合流を待ちながら周囲を警戒する。

 どうやら倒したゴブリンは突然の事に混乱していたようで、仲間を呼ぶことは無かったようだ。


「これは幸先良い、カインが合流したら中に突撃──」


 ダカンがそう言いかけた時だ、彼の言葉が途中で途切れてしまった。

 そしてそのまま仰向けに倒れてしまう。

 その頭には一本の矢が刺さっているのが見えた。

 血のにおいが鼻につき、顔をしかめる。

 これは、何だ? ダカンは死んだのか?

 人の死とは私にとっては刹那の出来事だと思っていた。人とはあっけなく死ぬのだ、彼のように。

 しかし、眼前に倒れるその男の死に私は釘付けとなってしまう。


「バカ! 上にまだ居るぞ!」


 カインの言葉に突き動かされ、視線を上に移す。そこにはクロスボウを構えたゴブリンが一体、薄ら笑いでこちらを見ていた。

 そして洞窟から一体、更に周囲の茂みからガサガサと音を立てて五体のゴブリンが私達を囲むように現れた。


 "罠"だ。


 何故だ、何故こうなった? 奴等は知能が低い筈ではないのか?


 下等な奴等の罠にまんまとハマってしまった事への苛立ちと、目の前に広がるリアリティに混乱する。


 何故上手くいかない? 冒険とはこうも困難なものなのか?


「くっ!」


 エステルは身構えると洞窟の中から出てきた一体に向けて走り出す。


「おらぁ!」


 カインは再び矢を放ち、岩場の上のゴブリンを仕留めると今度は短剣に持ち替え、退路を塞ぐゴブリンに斬りかかった。


「あわわ、ど、どうしよう……!」


 マイルズはまだこの状況に混乱しているようで、短剣を構えたままガタガタ震えている。


 これはまずいな……魔法で一掃すれば解決するんだ、しかし、ここで魔法を使えば仲間を殺してしまう。


 何もかも上手くいかない状況に舌打ちする。


「はぁ!」


 エステルの方に向くと、彼女は既に洞窟側の一体を倒し、続けて襲いかかってくる二体のゴブリンと対峙していた。

 その流れるような剣捌きについ魅入ってしまう程、彼女の剣の腕は確かなものだと理解できる。

 あっという間にその二体を斬り伏せてしまった。

 対するカインは、短剣は不得手なのだろう、奇襲で一体倒す事には成功したが二体同時というと勝手が違うらしい。


「くそ! すまねえ加勢してくれ!」


 その言葉にエステルが駆け出す。

 そして残り二体もエステルがそのまま斬り倒してしまい、辺りに静寂が訪れた。


「まさか罠張ってやがるとか、聞いてねぇぞ……ダカン……こうもあっさり死にやがって……ちくしょう……!」


「死んだものは仕方ない……運が悪かったんだよきっと……」


「ダカンさん……」


「お二人ともお疲れ様です」


 私は二人に労いの言葉を掛ける。


「おいヤマダ、お前ちょっと冷たすぎやしないか、仲間が一人死んだんだぞ! なんでそう笑ってられんだよ!」


 カインが食って掛かる。


「え?」


 何故矛先が私に向いたのか理解ができなかった。


 ああ、ダカンが死んだからか……


 だが実際、特別感傷に似た感情は湧かない。

 彼の死を目の当たりにした時一瞬何か思ったのだが、それが何なのかは分からなかった。

 特別今何を思っているかといえば、死体から漂う血の臭いに不快感を抱いていることくらいだ。

 きっと私は感情が枯れているとでも言うべきか、どうしても彼の死が他人事のようにしか思えなかった。

 きっと長い間人の生き死にを見てきたからだろうか、私にとって人の一生というのは刹那の出来事に過ぎなかったのだ。


「それによお、ヤマダ、お前何もしてなかったじゃねぇか」


 上手くいかない、これほどまでに私は弱いのか?

 カインの言うことは最もである。理由はどうであれ魔法を使えなかったのは事実。結果二人に全て任せる事になったのだ。


「それは……」


 困ったな、なんて説明すればいいのか。


「カインさん落ち着いてください、何もできなかったのは僕も同じですから!」


 マイルズが仲裁に入るも、カインの矛先は私に向いたままだ。


「けっ! 本当にこのまま洞窟に入るのか? こんなパーティーで? 冗談だろ?」


「嫌なら帰れば?」


「な!?」


 エステルから辛辣な言葉がカインに投げかけられる。


「私は行くわよ、こんな所で時間を取るくらいなら別に誰もついてこなくていい。私一人でれる」


 そう言って一人で洞窟の中に入っていくエステル。


「あーくそ! わかった、わかったよ! 俺も行くって!」


 カインがそれを追い、私とマイルズも後に続いた。

 洞窟の中は入り口こそ狭いものの、中は大きな空洞になっているようだった。

 松明の明かりを頼りに奥へと足を進める。


「こんなところで強襲されたらたまったもんじゃねぇな……」


 カインの呟きにマイルズも「ヒッ」と小さな悲鳴を上げる。


「冗談だって、心配するな、こうなりゃヤケだ。俺があんたら二人の面倒も見てやるよ」


 当初の軽いい印象はどこかに消え失せたかのように真剣な口調でそう言いながら、カインは後ろを警戒していた。

 エステルは剣を構えながら前を歩く。

 これで挟撃されたとしても対処のしようはある筈だ。

 そう思っていた矢先、近くで硬い物が割れるような鈍い音が響いた。


「何だ……?」


 私は背後でしたその音に振り返り、マイルズの居た方に松明をかざして見る。

 マイルズは死んでいた。

 頭のてっぺんから顎に掛けて剣が突き刺さっていたのである。

 そしてマイルズを殺した主、そのゴブリンは声にならない笑い声を上げながらその剣をマイルズから抜き取る。

 剣に彼の脳味噌と血がこびり付いてるのが見える。


 死──


 それはあまりにも生々しく、私の鼓動を加速させる。


 私も……死ぬのか?


「うわ!」


 思わず目を瞑ってしまう。


 嫌だ、死ぬのは嫌だ!

 

「バカ野郎!」


 カインの声と共に鈍い音がした。が、痛みは無かった。

 ゆっくりと目を開けると、そこにはカインが立っており、その背中からは剣が突き出ていた。


「カイン……さん?」


「ぐ、オオオォォォォォッ!」


 カインは雄叫びを上げながら柄を握ったままのゴブリンに二本の短剣を突き立てる。


「グゲェ!」


 ゴブリンは今度は大きく悲鳴を上げると身体を痙攣させて、ついには絶命した。


「カインさん、大丈夫ですか!?」


「おい……ヤマダ……」


「はい……」


「お前、そんな顔も出来るんじゃねぇか……」


 顔? 私は今、この人を心配している?

 そうか、私は今"辛い"のだ、献身的に命を落とすこの人の姿を見て確かにそう感じたのだ。


「エステルちゃんを……守れよ……ガハッ!」


 苦しそうに血を吐くカイン、恐らくもうダメだろう。

 徐々にその顔からは血の気が失せるが見て分かる。


「お前しか……いないんだからな……約束しろ……」


「……分かりました……!」


「……それでいい……」


 酒場で見せたあの笑顔を見せて、カインは喋らなくなった。

 人の死は珍しいものではない。先のダカンやマイルズもそうだ、人間はこうもあっさりと死んでしまうのだ。

 そういったものは何度もこの目で見てきたし、今までは自然の摂理と無関心でいた。

 だが、今の私の中には無視できない、長い間忘れていた特別な感情が再び芽吹き始めていた。

 彼の死を見届けて、立ち上がり振り返る。

 だが──


「エステルさん?」


 しかし、そこにエステルは居なかった。

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