第7話雨の中で

鳴り止まぬ雨音の中、ぼくは、結局何もできなかった。



 それは梅雨の時期だった。今から約1年前。

 1年半前に聞いた、カイナにいちゃんの言葉通り、半年でいろいろ変わった。

 正直、自分が「強くなった」のかはわからない。けど、それなりの変化があったからこそ、なのだと考えている。

 まず、いじめがほとんど無くなった。何があっても、ぼくにとっちゃ何も苦にならないようなことしかされなくなった。

 あと、友達ができた。かつてのいじめグループにいた、カルハが仲良くしてくれるようになった。今では、ナタリの次に親友だ。

 そんな今までとは正反対の生活に、ぼくは浮かれていたのかもしれない。

 完全に、油断していた。

 バクラが毎日楽しそうにしているぼくを陰からにらんでいたことにぼくは気がつかなかった。

 いつもだったら気づいてたのに。少し前までのぼくだったら―

 未来いまが、変わっていたのかもしれない。


 「ファミ、今日の放課後、空いてる?」

「空いてるけど……あ、カルハくん、遊ぶの?」

その頃は、カルハのことは「くん」付けして呼んでいた。

「ああ。今日は、雨浦山あまうらやまののっぽ杉をのぼろうと思って」

「木登りかぁ……。うん、やってみるよ」

とりあえず、断る理由もなかったので、雨浦山に行くことにした。

 雨浦山までは、ぼくの家から歩いて10分。カルハの家からは7分だ。

 カルハの家に集合になったぼくは、帰ってからすぐ家を出た。

「おー? 今日はどこに行くんだ、ファミ?」

最近いろんな場所に遊びに行っているぼくを見て、カイナにいちゃんが聞いてきた。

「今日は、雨浦山の、のっぽ杉に登る約束をしてるんだ」

「雨浦山ののっぽ杉……あぁ、あれか。気をつけてけよ、ファミ」

「うん。行ってきます」

カイナにいちゃんとまともに話すのが、これが最後になるとは思っていなかった。

 「カルハくん、遅くなってごめん!」

「大丈夫。ほら、行くぞ」

 ぼくらは雨浦山に向かった。

 雨浦山は、以前来たときと何も変わっていなかった。

 雲ひとつなく、お日様がぼくらが照らしていた。

 のっぽ杉は、ときおり吹くそよ風に揺られていたが、揺れもほんのわずかで、登るのには何の支障もなさそうだった。

 「ファミ。行こうか」

カルハにうながされ、ぼくは木に登った。カルハはすいすいのぼって行ったが、ぼくはゆっくりと登っていった。

 やっとてっぺんまで登ったところで、カルハが南を指して、

「ファミ。ほら、見てみろよ」

と言った。声につられて指す方向を向くと、

「わあ……!」

ぼくの視線の先には、青い海が広がっていた。

 「おれらがもうちょい大きくなったら、あの海に行こうぜ」

「うんっ!」

ぼくは、そのときはカイナにいちゃんも連れて行こうと考えた。みんなで行ったほうが絶対楽しいだろうから。

 そのときも、何で気づかなかったのだろうか。ぼくらの背後に、大きな雨雲が迫っていることに。

 今思えば、雨浦山は天気が変わりやすい場所だったのに、なぜそのことを気にも留めていなかったのかが不思議でしょうがない。

 ぽつ、ぽつ、ぽつ……と、雨粒が体に当たったことで、ぼくらはいまさら雨雲に気づいた。

 「……雨……?」

カルハがぽつりとつぶやく。

 その声に、ぼくは空を仰いだ。

 空にはいつの間にか分厚い雲が広がっていて、今にも大雨になりそうだった。

 「おりよう、カルハくん」

「ああ」

 そのとき。下からぎゅいいいいいんという機械音が聞こえてきた。

「……!?」

 雨もだんだん本降りになって、高いのっぽ杉の上からだと、下のほうがよく見えない。

 でも、音を出しているのはチェーンソーだ、と察した。

 しだいに木は傾いていく。

 「ファミ!」

カルハのものではない、ぼくを呼ぶ声が、聞こえた気がした。


(つづく)

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