第6話それからの猫
強くなりたい、そう思えば思うほど、空回りしてしまうのが現実だった。
カイナにいちゃんは、再び話し始めた。長くてつらい、己の過去を。
……猫は愛情を知りませんでした。幼き頃に母を亡くし、乱暴な父とふたりだけで3年間過ごし、そのあと2年間、地獄のような日々を過ごした猫は、親しいひとから愛情を受けた記憶がほとんどありません。
町の猫たちも、ただ親切にしてくれているだけだと割り切って、己から愛情を受け取ろうとしなかったため、猫は真の優しさを知ることができませんでした。
しかしあるとき、猫は一匹のメス猫に出会いました。メス猫は、カトルナといいました。
やがて仲良くなったカトルナに、猫は過去を打ち明けました。カトルナは、猫に言いました。「あせらなくてもいいんだよ。きみはきみなりの愛情を見つければいいの。はじめはちっぽけな親切でも、ね」と。毎日カトルナと話すのが楽しくて、猫は幸せだ、と思いました。
でも、その幸せも長くは続きませんでした。
「熊がきたぞおーっ!!! 今すぐ避難するんだっ!!!!」
町の猫たちの声で目覚めた猫は、カトルナのことを考えました。
「もうザルンは制圧された……。もうお終いだ……」
近くにいた猫のつぶやきが聞こえてきたときには、猫は走り出していました。ザルンは、カトルナが住んでいる地区の名前でした。
避難する猫たちとは反対方向へとひたすら走りました。頭の中はカトルナのことでいっぱいでした。
ザルンは、ひどいありさまでした。あちこちが荒らされ、店の食べ物は食い散らかされていました。もう動かなくなった何かの赤い塊も、いくつか転がっていました。
「カイナくんっ」
そのとき、猫の耳にカトルナの悲鳴が聞こえてきました。声のするほうに行くと、ちょうど、熊がカトルナを襲っているところでした。
「……カトルナっ……カトルナ!!」
今まで鍛えてきた体で、一時的に熊を追い払った猫は、カトルナのそばに駆け寄りました。猫は体中傷だらけでしたが、カトルナはもっとひどく傷ついていました。
猫は一目で悟りました。もう、カトルナは助からないと。
「カイナくん……」
カトルナは、最後の力を振り絞り、ポケットからちいさなリングを取り出しました。
「これを……受け取って。わたしの……カイナくんへの、気持ち。楽しかった、よ。毎日がきらきら輝く、お星様みたいだった……」
猫の目からは、ぽろぽろと涙があふれていました。
「泣かないで、カイナくん。……それと、あそこに落ちてる、紙袋の中、わたしから、カイナくんへ、の、プレゼント……」
震えながら、カトルナは紙袋を指しました。
「お誕生日、おめでとう、カイナくん」
カトルナは、ゆっくりまぶたを閉じました。
猫はしばらく、冷たくなってしまったカトルナを抱きしめていました。リングをポケットに入れ、何度も、「ごめん、カトルナ」とつぶやきました。
やがて猫は、カトルナをそっと横たえ、プレゼントであるマントを羽織りました。マントは、外側が黒で、内側が青になっているものでした。いつだったか、カトルナに話した欲しいものと、そっくりそのままのものです。
もう、大切なものを、失くしたりしない。
猫は、正義の味方になることを決意しました。……丁度、猫の16回目の誕生日でした。
「……それからまた1年、各地を放浪しながら旅を続けた猫は、カトルナにほめられるような立派なヒーローに……なれたのかな」
カイナにいちゃんは最後、つぶやくように言った。
カイナにいちゃんも、いじめられっ子だった。そして、ぼくよりもつらい過去を持っている。
「知ってるぞ、ファミ。全部、ナタリちゃんから聞いた」
……え?いや、ナタリにも話してな
「ナタリちゃんも、」
「え?」
「全部、知ってたんだ。お前がいじめられてること」
つう、と涙がほおをつたう。どうして、別に泣くことじゃないのに。
「もう、我慢しなくていいんだ、ファミ」
ぽん、とカイナにいちゃんが頭に手を置く。
「ぼくは、強くなりたいんだ」
ぼそっとつぶやくように言うと、
「ファミ。お前なら、強くなれるさ」
カイナにいちゃんは、言った。
(つづく)
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