第5話カイナとファミ
あのとき、ぼくが少しでも勇気を出していたら、カイナにいちゃんは助かったのかもしれない。
ぼくは、いじめられっ子だった。
昔から、運動はだめで、いつも置いてけぼりだった。
そんなぼくは、みんなからさげすまれて、2年生に上がったころから、いじめに発展していった。
「ファミ、またビリじゃん! おっせー」
なんていじられたりするのはもう日常茶飯事で、机に落書きされていたり、物を隠されたり壊されたり、日に日にエスカレートしていった。
嫌われたりいじられたりするのは、すぐに慣れたからよかったんだけど、正直、いじめはきつかった。
ぼくがいじめられるようになったのは、ある子が転校してきてからだった。その子の名は、バクラ。お父さんがすごいひとらしくて、見た目もリーダーっぽかった。
バクラは、その見た目のとおり、クラスの中心になっていた。ひとり浮いているぼくを見るとすぐに、隣にいたやつに「あいつ、誰?」と聞き、「クラス一の嫌われ者」と答えたのを聞いたとき、嫌な予感がした。
もちろん、その予感は的中してしまったのだが。
バクラは転校生だったから、5月あたりからかな。いじめっぽいことをされ始めたのは。
そのときナタリは、違うクラスだった。だから、一緒にいられるのは登下校だけ。ナタリにはいじめられていることを隠していた。何か、いろいろ心配をかけたくなかったから。
そんなこんなで半年が過ぎ去り、あの事件が起こった。
ぼくはカイナにいちゃんと出会い、嫌だった毎日が少しずつ楽しくなっていって、いじめなんてどうでもよくなった。
でも、どうしても、学校に行くのが嫌なことは変わらなかった。
だから、今の状況を変えたかったから、カイナにいちゃんにいじめられていることを打ち明けたのだ。
それは、今から1年半前の話。夜空がきらめくある冬の夜のこと。
「カイナにいちゃん。ちょっと話したいことがあるんだけど……」
「ん? どーしたファミ」
そういって、ぼくはカイナにいちゃんを家の隣に生えている大きな木のてっぺんに呼び出した。ここは、小さなスペースができていて、プチツリーハウスになっている。
実はね……。本当はそう言い出したかったんだけど、なぜだか言えなくて、黙ってぼくが話し始めるのを待っているかのように空を眺めているカイナにいちゃんを見つめていた。
「むかーし、昔。ニャミカという町に、10才のオス猫がいました」
「……え?」
空を見上げたまま、カイナにいちゃんがボソッとつぶやいた。
「その猫は、6才で母を亡くし、9才のとき、猫の父は家を出て行きました」
「それって……」
「猫はひとりぼっちでした。そんな猫は学校でも親がいないことをネタにいじられて、もちろん家もありませんから、毎日外で寝て過ごしました」
もちろん、お金が無ければ食べるものも無い猫は、学校の給食でどうにかやり抜き、その生活を2年間続けました。誰かが助けてくれるということもありませんでした。
お金が無いので中学校には進学できず、猫は旅に出ました。強くなってあのころのクラスメイトたちを見下すためです。
行く町すべてが「初めて」であふれていました。すれ違う猫たちみんなが、猫を心配してくれました。そんな毎日を過ごすうちに、猫は心を開いていきました。
親切にしてくれる家を転々としていた猫ですが、しっかりそれに見合う仕事を行いました。暇さえあれば働きました。猫はその町で『働き猫』という通り名がつきました。
猫は少しずつお金をためて、やがてこの町にきてから1ヶ月がたちました。
小学生のときよりもたくさん食べてたくさん寝るようになった猫は、たったの1ヶ月でも大きく成長しました。
猫は、町を離れたくないという気持ちが心に根付く前に、町を出ることにしました。町の猫たちは、猫との別れを惜しんでくれました。何かをくれる猫もいました。
町をいくつかまわり、全く知らない場所へも行きました。
そうしているうちに、猫は「守る強さ」を学びました。
誰かを傷つけるのではなく、誰かを守るために使う強さです。
それに気づいたのは、猫が15才のときでした。
「そのあと、猫は、どうしたと思う、ファミ?」
急に、カイナにいちゃんは話を振ってきた。
「え、えと、力をみんなのために使った、かな」
ぼくが言うと、カイナにいちゃんは再び顔を空に向けて、目を細めた。それにつられて、ぼくも空を見上げる。
たくさんの星が光り輝いていた。いつも、カイナにいちゃんが首から下げている水晶のペンダントのように。
カイナにいちゃんは、ははっと乾いたため息のような笑い声をだした。
「……そうだと、よかったんだけどな……」
(つづく)
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