第4話過去のこと

夢の中でも、ぼくはまだ弱い。いつも、誰かに助けられてばっかりだ。



 気がついたら夢の中だった。

 ここが夢だ、ってわかる理由。それは、いるはずのないカイナにいちゃんがそこにいるから。

 カイナにいちゃんは、去年、死んだ。

 ぼくをかばって、死んでしまった。

 今思うと、やっぱあの時はぼくが死んだほうがよかったんじゃないかと考えてしまう。

 カイナにいちゃんは、ヒーローだった。本業であるはずの学生生活を捨て、副業のヒーローに力を注いでいた。


 初めて出会ったのは、ぼくが2年生のときだ。ぼくは今5年生だから、ちょうど3年前。秋から冬に移り変わる、風が冷たくなってきた季節だった。

 夕方、ナタリと一緒に遊んだあとの帰り道、ナタリはさらわれた。そのときぼくは一歩も動けず、助けを求めるナタリの声に応えられなかった。

 その日の夜、ぼくは家を抜け出して、ナタリの匂いを追いかけた。

 親はナタリを捜しに出ていたし、兄弟はすでに眠っていた。だから抜け出すのは簡単だった。ぼくは全力で走った。

 ナタリは、ぼくの唯一の親友だったから。

 失いたくなかった。

 その一心で、連れ去られた方角と匂いを頼りに、ほかの誰よりも早く、ナタリの元へたどり着いた。

「ナタリ! ナタリっ!」

何も考えずに突っ込んだぼくは、当然、すぐにつかまってしまった。

 ロープで縛られてもずっと抵抗していた。ナタリから気をそらさせるために。抵抗するたび痛めつけられたけれど、ナタリの不安や負った傷を考えると、そんなの我慢できた。

「ファミ! あたしは大丈夫だから、もうやめて!」

ナタリはずっと叫んでいたけど、ぼくはやめず、自ら傷つくようなまねをしていた。

 「ふがっ」

ぼくを痛めつけていた猫が、変な声を出して後ろに倒れるのと、ナタリのそばにいたリーダー猫が倒れたのはほぼ同時だった。

 「ふたりとも大丈夫か~?」

中央に軽やかに降り立ち、ぼくらを眺めて言ったのは、そのころはまだ名を知らなかったヒーロー、カイナにいちゃんだった。

 「あ、あなたは……?」

ナタリが言った。

「俺か? 俺は正義の味方だ。名も無きヒーロー、ここに参上!」

にかっ、と笑ってヒーローは言った。

 そのあとぼくは気を失ってしまって何も知らないけど、次に目が覚めたのは病院のベッドの上だった。

「ファミ!」

そこにはナタリと知らないオス猫がいた。ナタリはいたるところに包帯やらガーゼやらが巻かれていて、痛々しい。

「ナタリ……大丈夫?」

「あんたのほうが重症でしょ」

ナタリは泣き出しそうな顔で言った。

 昔から甘えん坊で泣き虫だったナタリは、この一件を境に甘えなくなり、泣かなくなった。

 数日後、とりあえずは退院できたぼくは、家で安静にしていた。

 自分の部屋で寝ていると、ノックの音がした。

「どうぞ」

入ってきたのは病院に来ていたあのオス猫だった。

「しばらくこの家に居候することになった。よろしく」

「……え、何でヒーローさんがうちに居候するんですか?」

「あれ、わかっちゃう? あーあ、ばれちゃったよ。……俺はカイナ。改めてよろしくな、ファミ。俺のことは好きに呼んでいいよ」

カイナにいちゃんは、そういった。

「よろしく。……カイナにいちゃん」

「にいちゃん、か……。いいな、それ!」

 こうしてカイナにいちゃんはうちに居候することになった。

 たいてい夜中にヒーローとして出動しているらしく、普段はいつも遊び相手になってくれた。

 1年くらいたったころ、カイナにいちゃんはぼくにいろんなことを教えてくれた。

 もちろん、ヒーローについて。


 それは、ぼくがいじめを受けていることをカイナにいちゃんに打ち明けたからだと思う。

「ぼくは、強くなりたいんだ」

そう言ったぼくに、カイナにいちゃんは、優しくこう言った。

「ファミ。お前なら、強くなれるさ」


(つづく)

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