⑫青暑い夏

青色の髪が、精緻せいちな絹糸のように流れる。

その一糸が穏やかに頬をかすめて、君はくすぐったそうにする。

君が微かに表情を変えるだけで、私の心は色付く。

夏の涼風に色付けしたみたいに綺麗だよ。

その愛らしい姿をいつまでも私に見せてね。

私の親友、晴海はるう



私の名前は日立ひたちこころ。無病息災、両親健在、都内在住、そんな何の変哲もない女子高校生。

オシャレすることが趣味で、最近はヘアチェンジにハマっている。ちなみに今日はサイドでまとめてみた。歩く度右肩で跳ねる髪の束が何だか楽しい。

夏だから試しに爽やかにまとめてみたけど、これからもこの髪型でいいかもしれない。頭の中のお気に入りヘアーリストに加えておこう。

らんらん気分で歩いていると、いつもの電柱の前で彼女は待っていた。そう、今日は彼女と待ち合わせをしていた。

「やぁー、晴海はるうー!」

「おっ、こころ

遠くから声をかけると、彼女は覗いていた携帯画面から私に顔を向けた。

彼女の名前は晴海はるう月村つきむら晴海はるう。私の幼馴染みで、一番の親友。小さい頃から近所で一緒に遊び回ったりしている、大切な友達だ。普段の学校も、この電柱で待ち合わせて、二人で一緒に登校している。

けれど晴海の家の方が学校よりだから、いつも私は遅れてやってくることになってしまう。

だから今日くらいは私が先に晴海の家の前で待っていようと思っていたんだけど、失敗しちゃったみたい。

たったったと軽くダッシュして、晴海の元に向かう。

「おはよー」

目の前まで近付いたので、駆け足をゆるめて二言目をかける。朝の挨拶はさておき、サイドヘアーがぽんぽん弾むのが少し恥ずかしい。

「おはようっ」

携帯をバッグのポケットにしまった晴海が、この頃高くなってきた日光よりも明るく言う。

今日の晴海はクリーム色に近しい白色のノースリーブに、群青色の羽織ものを重ねていて、下は羽織ものよりも色の薄い、空色の膝上スカートを着こなしている。全体的に見ると清潔感漂う、爽やかコーデと言った感じ。

夏の天気に負けないくらい涼し気なその容姿を見るだけで、私も元気が湧いてくるようだ。

「こら、あんまりじろじろ見ないの。」

視線を晴海の身体のあちこちに散らせていると、晴海が幼稚園児に注意する保育士さんみたいに腰に手を置いて、そう言ってきた。

「おっとごめんごめん、つい目を引いちゃって。」

「ふふふ、冗談だよ。」

何だ冗談かぁ。って、まぁ分かってたけどね。何となく大袈裟に反応してみただけ。

「おや、こころは今日は、ワンサイドヘアかぁ。うん、いいね!」

転じて晴海は私のヘアアレンジを指摘してくれた。

「そうだよっ。ふふ、ありがとっ」

オシャレが好きな私は、晴海に褒められると単純に喜んでしまう。いや、それだけじゃないか。晴海のことも大好きだからだ。

「アタシもアレンジしようかなぁ」

晴海が自分の髪の裾をなぞりながら言う。

晴海の髪はセミロングで、艶やかな青色の光を放つ美しい髪質をしている。子供の頃から変わらない髪だ。せいぜい長さが変わったくらいかな。

そういえば晴海に関してはあまり大胆なヘアチェンジを見たことがない気がする。オシャレすればもっと可愛くなるんじゃないかなーともったいなく思う。その反面、綺麗なブルーカラーが夏の風と共になびくのを目にすると、髪型なんて真の美しさには及ばないなぁとも思ったりする。まぁどのみち色々試行錯誤したところで、晴海にはストレートが一番似合っているだろうと想像できてしまうんだけど。

「晴海は今のままでも可愛いと思うけどなー」

もし私に感化されて思い至ったのだとしたら、それはしっかり引き止めないといけない。私の趣味は別にして、やっぱり晴海は晴海のまま、晴海らしくいてほしいから。凛々しいスタイルを保った晴海でいてほしい。

「うーん、そうかな?」

晴海が疑問符とともに口元に指先を添える。

「そうそう、そうにちがいないよ」

私は力強く、そして明るく頷く。

こころが言うなら、しばらくこのままでいようかな」

私の誘導に乗っかってくれた晴海は、結論を飲み込むように腕を腰の下まですとんと落とし、淡白な佇まいとなった。

「うんうん」

ほっ、よかった。何よりも晴海は、自然のままが一番可愛いもの。今も、気持ちと仕草が連動している晴海の様子に、無邪気な可愛さを感じたところだし。加えて、私の言うことを尊重してくれるところも何気無く嬉しい。

「じゃあ、行こっか。」

立ち話も一段落したところで、晴海が先を促してくれる。私も朝ごはんから少し時間が経って、ちょうど小腹の減り具合を感じ始めた頃だ。

ならば行こうじゃないか。町に隠された秘所を求めて。

「いざ、ゆかん!」



数分歩いて私達がやってきた場所は地元の甘味処だ。外壁は白色で塗られているのに対し内側は木造を感じさせるブラウン色が全体に広がっていて、よくあるお茶屋さんと言った雰囲気。ちなみに表には堂々と看板が掲げられているので、隠れた場所でも秘密の場所でもない。でもそれくらい、知る人ぞ知るお店なのだ。多分。

「変わらないね、ここ。」

「まったく変わりませんなぁ」

看板の古びた文字を見つめてしみじみとする晴海の感想に、私も同調する。本当、何年ぶりになるんだろう。

「何年ぶりだろう。」

今度は晴海が私の心情にシンクロしたようなことを言った。

「小学生以来、だったような気がするから……いち、にぃ……七、八年は経つかも。」

指折り数えて、昔を振り返る。そう思うと結構な年月を挟んで来たことなるな。

「うわぁ、そんなに」

「本当、びっくりするくらい久しぶりだよ」

晴海と感慨にふけつつも、店内に入る。入るやいなや、乾いた冷風が私達を気持ち良く撫でてきた。

涼し気な空気漂うこのお店は、私達が子どもの頃よく遊びついでに来ていた場所だ。そんな私達も今では二人とも立派な高校生だから、未だに営業しているのはすごいと表現するしかない。

「あそこの席、座ろっか。」

晴海が示す場所は、少し奥まった二人がけの席。店内は人もまばらだけど、晴海は敢えて隅っこの方を選ぶ。私としても目立たない場所の方が好ましいから、ナイスな選択だよ、晴海。

「オーケー、ゴーゴー」

テーブル席の間をかいくぐって、お目当ての場所に着席する。

「何頼む?」

テーブルに置かれたメニューを、二人で手に取って眺める。甘味処なので当然、ぜんざいやわらび餅などの和スイーツが多い。中でも抹茶アイスや抹茶そのものを組み合わせた品が一際目立っていて、メニュー表を緑色で占めている。

「うーむ……晴海は?」

ぱらぱらめくって見てもどれも美味しそうだし、一つに決めるのは難しい。助け舟を求めて晴海に尋ねた。

「アタシはもちろん、夏と言ったら……?」

晴海がメニューの一部を指差して、もったいぶるように私を誘う。その指先を一瞥して、私も「あっ」と気付いた。

「「かき氷!」」

思惑の一致した二人の声が重なる。

「えへへ」

「ふふっ」

あまりにも綺麗なハモリ具合に、ついつい笑いが零れた。

抹茶の陰に隠れて見えてなかったけど、この甘味処にはかき氷もあるのか。もしかして子供の頃もあったのかな。昔は遊びに来るだけで、子供には手の届かないスイーツを注文することなんてなかった。

「……じゃあ、私も同じのにしようかなっ」

そこで私は提案してみる。

晴海の食べるものは、私も食べてみたい。晴海とお揃いになることは、とっても楽しいことなのだ。お揃いじゃないはお揃いじゃないで、お互いの違いというものを意識して楽しいけどね。

「だったら心さ、味を変えてみようよ。で、食べ比べしよう?」

晴海が私の案にそう付け加える。

「あ、いいねー。流石晴海っ、ひゅーひゅー」

「よきかなよきかな。じゃ、注文しようか。」

そうと決まると直ぐに、「すいませーん」と店員さんを呼び、目的の品をメニューで示しながら頼んだ。

数分経って、同じ店員さんが再び私達のテーブルにやっきた。その手のお盆の上には二つの光り輝くかき氷が乗っている。

「お待たせしましたー」

「「おぉ……!!」」

宝石みたいな山盛りの氷が、お皿に乗って軽やかに着地した。夏の清涼感を吹きかけるような冷気が私達の元に訪れて、思わず歓喜の声を上げる。

「何かすごい!何か……何か、すごいね!」

「氷の上にアイスクリーム、生クリーム、イチゴやサクランボ、色とりどりのフルーツ……!かき氷自体を染めるシロップに加えて、全体に降り注ぐ甘美な蜂蜜……!!これは絶対カロリー高い!けどそれ以上に食べたい!」

晴海のテンションも急上昇しているご様子。これは真に喜んでいる時の晴海だ。

「晴海輝いているねっ。さぁさぁ、食べよ食べよっ。」

「うんうん、そうだねっ。それじゃあ、」

晴海がかき氷から私に視線を移して、合図を促す。

うん、それじゃあ私も。

「「いただきまーすっ」」



「はぁ美味しかったぁ」

お皿にあった氷菓をたいらげた晴海が、満足感溢れる嘆息をつく。

「だねっ。晴海のやつも美味しかったよ」

晴海よりも早く食べ終えた私は、晴海の幸せそうな顔を微笑ましく思いながら言う。

その後は、かき氷の余韻に浸るため、そしてお腹を落ち着かせるため、少しの休憩を挟んだ。その間も晴海と何気ない話をして、夏の空気を最大限に満喫していた。

十五分程度おしゃべりを楽しんだら、あんまり居座っているのもお店の人に悪いから、一旦外に出ることにした。冷房の効いた室内から屋外に出ると、眩しい太陽光と、それに伴うような湿気と熱気が私達を襲う。でも決して不快じゃない。空気の質感が激しく変わるこの季節こそ私の肌に合っていて、図らずも肯定してしまいたくなる。

「次はどこ行く?」

店を出て先頭を歩き始めた私に、晴海が問いかける。

前もって晴海と決めていた約束はデザートを食べに行くことだけだったので、今後の予定はまだ二人の間で共有されていない。

しかし私には、晴海と遊ぶ約束をした時から考えていた計画があるのだ。

「ふふーん、実はね、予定立ててあるんだ……!」

私の言葉を受けた晴海は、少し驚いた表情になる。

「あら、その心は?」

「まぁ行ってのお楽しみということで」

何をするのか、何処に行くのか気になるだろう晴海に対し、私は思わせぶりな表現で濁し、先に進む。

「……もう、心ったら」

やれやれ、と昔馴染みの茶目っ気に柔らかい笑みを浮かべる晴海。

その美麗な青髪を弾ませて、私の誘導に乗ってくれた。



「この道って、まさか……」

道半ばまで来た時、晴海が何か察したように言う。

「そう!そのまさかだよっ」

とうとうバレましたか、と私の心に残念な気持ちが生まれる一方、晴海の反応に期待する気持ちが高まる。

「……海ですかいな」

晴海がその答えを口にした。

「その通り……って、あれ、あんまり気が進まない?」

あれ、おかしいな。私の予想では、「わぁー!海!?海に行くの!?楽しそう!やったぁ、ありがと、心っ!」くらいの調子になると思っていたんだけど。さっきのスイーツタイムの方がテンション高かったんじゃないかと比べてしまうよ。

「いや、そういうことではないんだけど」

そんな私の危惧を改めようとする晴海。

「どゆこと?」

「だって、ほら……水着とか準備してないし、レンタルだとしても色々問題があるっていうか……」

晴海が珍しくごにょごにょした口調で、不安そうに呟く。

その呟きを聞いて、あぁなるほどと理解する。

「あぁそれなら大丈夫っ。今日は泳ぐつもりじゃないから。」

うん、そうだね。確かに海と言えば水着みたいな発想は誰しもあるから、そういう点では誤解を産ませてしまったかもしれない。

「あ、そうなの」

「うむ。流石に予告無しには、サプライズ過ぎますでござそうろう。」

まぁ実際そう考えてみると晴海と水着で遊んだりしたい気持ちはあるけど、今回はそういう訳でもない。

「それなら全然嬉しい。でも何故海?」

頭にクエスチョンマークを浮かべる晴海。そんな私の提案に振り回されっぱなしの晴海に、ヒントを与えてあげよう。

「晴海さんや。」

「ん?何だい心さんや。」

そう言うと、意味もなく二人で向き合う。

絶妙な間を置き、敢えて仰々しく言った。

「さては夏の課題、忘れていませぬよの?」

「……あぁー、なるほど。それのことね。」

どうやら晴海は納得と同時に謎を晴らせたらしい。

「新クラスになったからみんなで仲良くするようにってことで課せられた『夏の思い出課題』のことか。」

そう、それが正解でした、晴海。

何とも説明口調で話してくれたけど、種明かしすると、私にはその『夏の思い出課題』を済ませてしまおうという思惑があったのだ。そこで、どうせなら晴海と二人で海にでも行ったらどうかなぁと。高校生にもなって、小学生の自由研究のような課題は恥ずかしくなくもないけど、青春ということでここは一つ納得してみせたのだ。

「早め早めの今のうちに、終わらせてしまった方がいいのでは、って思ってね」

私がそう言うと、晴海も大きく頷いた。

「うん、賛成。」

首の挙動と一緒に流れる髪が、私の心に落ち着いた温かみを覚えさせる。

その安心感に身を委ねて、次なる海に向かおう。

「そうと決まれば、いざ海へ行こうー!」

「行こうー!」

そうやって、二人で残りの道を足早に歩いた。



「夏の思い出、って言っても割と近所にあるから、あんまり特別な感じがしないね」

一面に広がる海を見た晴海が、海風に紺青の髪を操られながらそう言う。

「まぁねー、今までにも何回か来てるしね」

風に巻き込まれた髪を抑えて、私も海を眺める。晴海とは髪色が違うから、目の前の大海原には色良く映えていないかもしれない。

そんな風に色も形も対照的な私達だけど、それでも私達は今、同じ景色を見ている。だったら今こうしていることは、運命と言い表せるのかな。

「ねぇ、あそこに行かない?」

何かを見つけた晴海が、その指で砂浜の一点を差す。

示された方向に目を凝らすと、そこには広大な砂浜から独立しているようなパラソルがたった一つだけ、地面に刺さっている光景があった。

そして何故かその場所に限って、人気や人通りが少ない。姉妹らしき女の子二人がビーチボールで遊んでいるくらいだ。

「そうしよっか」

私としても人混みよりは影になった場所の方がいい。その方が集中して晴海と話しができるから。

今いる高台的な場所もそう人は通らないけど、向こうの方が良さそうだ。おまけにパラソルの下にいれば、紫外線を含む日光から私達を守ってくれるだろうし。

示し合わせた私達は、目下の砂浜目がけて高地を下り、パラソルの元へと歩いていく。晴海と私の持ち合わせているカラーと、パラソルの紅白の色を組み合わせて想像すると、白いかき氷の上に乗った三色のシロップみたいなイメージを思わせる。

そんな空想を抱きつつ、二人でパラソルの下に身を宿した。

イスは用意されていないので、やむを得ず直接砂地に座る。

後で払えば多分大丈夫だと思って、隣に座る晴海と、しばらくの間海を眺め続けた。

波の立てる音が静かに耳を抜けていく。

海辺で遊ぶ人々が霞むほどに、海そのものの情景に心を任せる。

昔、晴海と遊びに来た頃の海を思い出して、懐かしさと高揚感に包まれる。

そして時折、晴海と些細な会話を交わす。

私達はそうして、ひとしきり海の眺めを堪能した。

だけどまだ終わりじゃない。

私には伝えておきたいことがあった。

「あのね、晴海。」

水平線に焦点を伸ばす晴海に、勇気を出して語りかける。

「……ん?」

晴海はこちらに顔を向けて、優しい表情を現す。

「実はね、」

私の喉から、晴海に伝えたいことを、露わにさせようとする。けれどもなるべく落ち着いて、ゆっくり伝えようという意識を欠かさないように。

「実は、ここに来たのって、課題のためじゃないんだ」

ついに明かした。

「……」

そんな私に対して、晴海は無言で私を見つめてくる。

私は続けた。

「本当は、晴海とこうやって、一緒にいたかったからなんだ。」

一旦口にすれば、話したい言葉がすらすらと出てくる。

「だから、課題って言うのは建前。私は晴海と、海で、二人で、のんびり過ごしていたかったの。」

言いきった。

私の伝えたいこと、晴海に伝わっただろうか。

すると晴海が、閉ざしている口を開いた。

「……薄々、そうかなぁとは思ってたよ」

「え?」

予想外の返答に、油断した声が漏れてしまう。

え、何、ということは。

晴海は、私の気持ちに気付いていたの?

本当に?本当だったら、すごく恥ずかしい。パラソルの赤色並に、赤面してしまいそう。

「まぁ、なんて言うの、」

私の一種の硬直を差し置いて、晴海は続ける。

「アタシも、心とこうやっていたかった……ってこと。」

晴海から出た言葉は、私の頬を紅潮させるのに十分だった。私の横顔を泳ぐ黄色い髪と、朱色の模様がブレンドされる。

そんな高揚感の中、確かに思うことがあった。

あぁ、やっぱり晴海はいいなぁ、と。

晴海といると、心が安らぐ。

昔からの付き合いだと、うっかり忘れてしまう時があるけど。

私は晴海のことを、一生大事にしたい。

この夏休みも、晴海ともっと色んな所へ出掛けよう。

晴海と過ごす夏の思い出は、かけがえの無い青春の一ページとなるはずだから。


だから、私は言ったんだ。

「……ねぇ、晴海。」



海からの潮風が晴海にそよぐ。

青色の髪が、精緻な絹糸のように流れる。

その一糸が穏やかに頬をかすめて、君はくすぐったそうにする。

君が微かに表情を変えるだけで、私の心は色付く。

夏の涼風に色付けしたみたいに綺麗だよ。

その愛らしい姿をいつまでも私に見せてね。

私の親友、晴海。

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