第14話 聞かれてる……?


「えーと……この惨状は……なに?」


 目の前に広がる光景を前にして、部屋の中で腕を組みながらコーヒーを飲んでいるクラウディアにセカイは訊ねる。


 ここはホテルの一室。クラウディアとダイアナが借りている部屋だ。


 一方的にせよ、ダイアナに頼まれてしまったセカイがカードキーを使い、クラウディアたちの部屋へ入ったのだが、入った瞬間に廊下よりも熱い温度でまず、くらっときて、その後、目の前に飛び込んできた散らかりように驚きを隠せなかった。


 まるで、盗難にもあったかのように、ベッドのシーツはぐちゃぐちゃだし、テレビはひっくり返っている、置かれたテーブルの引き出しは全て開けてある。カーテンは全て取り外されており、外からは丸見えのはずなのだが、幸いここは30階であり、そうそう簡単には覗かれないだろう。挙句の果てには、コンセントカバーは取ってあるし、取り付けられているエアコンはバラバラになって床に転がっているではないか。


 我ながらなかなか自由に過ごしているつもりのセカイであっても、ここまで部屋を散らかしたことはないし、もはや病気のようにも思えてくる。


「あら、セカイ。どうして私の部屋のカードキーを持っているのかしら?」

「クラウディアに渡されたの、少し出てくるってさ」


 まるで一仕事を終えた後のように、ゆっくりと、何かを考えながらソファの上でブラックのコーヒーを楽しんでいるクラウディアに呆れていると、「どうしたのよ?」と彼女は聞いてくる。


 彼女はもっとしっかりした女だと思っていたが、思い違いだっただろうか。

暑さを感じる室内で、両手を挙げたセカイは、「これのことだよ」と返した。


 ああこれね……、と呟いて、見渡したクラウディアは、特に悪気もない様子で「癖なのよ」と答えた。


「いや、癖とか……」

「でも、案の定あったわよ?」


 そう言って彼女は机の上を指さす。そこには、どこから取り出したのか、灰色の埃の被っている黒い端末のような装置が3つほど置かれていた。


「なに、これ?」

「盗聴器よ、結構大きいタイプだから、その分きっと範囲も広いでしょうね。どこの誰が仕掛けたのかは知らないけど」

「盗聴……」


 その中の一つを掴みあげると、手のひらサイズの端末には小さなアンテナと、二つのコードがついており、言われてみればかなり怪しい装置であった。

 これと同じものを何処かで見たことがあるような……、と装置を見ながら考えていると、


「職業病ってやつかしら、部屋に入ったらまずこれをしないと落ち着かないのよ」


 昨日もここに泊まったのではと、一瞬疑問が湧いたが、そういえばクラウディアはずっと酒を飲みながらカジノにいたことを思い出す。というか、ふわふわとしか想像できないこの人の職業について詳細を聞きたいのだが。


「これ、まだ盗聴されてるの?」

「そんなわけないじゃない、もうとっくに解除してるわよ」


 カチャカチャと弄っていた盗聴器を机に戻したセカイは、クラウディアの隣に座ると、彼女に渡されたカップでコーヒーを飲む。ミルクも砂糖もないので、酸味と苦みが下を襲った。


 顔をゆがめながら、チビチビとコーヒーを飲んでいるセカイを、不思議そうにクラウディアは見ながら、


「貴女、よくこの暑いのにホットコーヒー飲めるわね」

「クラウディアが淹れたんでしょ!」


 そういうクラウディアも――と思って彼女の手元を見ていると、溶けて小さくなっている透明な個体が浮いていることに気づく。聞いてくれればよかったのに……。


 確信犯らしいクラウディアはフフッ、と笑うと、持っていたカップをテーブルに置き、その手をセカイの頬に当ててきたではないか。


「えーと……クラウディア?」

「随分汗かいているみたいじゃない」

「それは熱いものを飲んでいるから――って、え?」


 セカイの肩を優しく推したクラウディアはそのまま彼女を押し倒す。セカイの持っていたカップが床に落ちて残っていた少ないコーヒーがこぼれた。

 青い眼が綺麗だなと思いながら、彼女の顔を見ていると、ソファの上でセカイに馬乗りになったクラウディアは、頬にあった手を動かして、なんと、セカイのシャツのボタンを上から取り始めたではないか。


 もう一度疑問形で彼女の名前を呼んでみるが、「ちょっとだけ、そのままでいてね」とか返ってきてその理由は公言されない。まだ酔っているのかと思ったが、ろれつはちゃんと回っているし、顔が赤くもなかった。


「契約者の体には特にそれっぽい箇所はない……」


 上半身だけ白色の下着姿になったセカイの体を手で撫でていく。こんな状況を誰かに見られでもしたら誤解されてしまうことはわかってはいたが、その手つきは変なことをしている風ではなく、さらにずっとクラウディアは何やら考え事をしているらしく、真剣な眼差しで見てくるため、なぜか、拒絶できない。


「それに適合者だっていう特別な何かもないみたいだし、やっぱり、身体見ただけじゃわからないのかしらね……」


 こっちはどうかしら、とか言いながら当たり前のようにパンツ(下着ではなくズボンの方)を脱がそうとしてきたので、流石に耐え切れなくなったセカイが「いい加減にしてよ!」と叫んだので、ハッとしたクラウディアは、手を引っ込める。


「いったい何がしたいのさ!」

「えーと、ごめんなさい……」


 特に悪びれもなく謝るクラウディア。謝りはしたものの、心ここにあらずと言った様子で、ずっと何かを考えており、それでいて、焦っているようにも見える。


 えーと、とセカイが何かを聞こうとすると、クラウディアが先に訊いてきた。


「神聖化のときと、随分様子が違うみたいだけど、ただ体が大きくなったり小さくなったりしているわけじゃないのかしら?」

「たぶん、違うと思うけど……」


 そう……、と気を落としたように呟いたクラウディアは、もう一度「ごめんなさいね」と言って、いつもの笑みを浮かべるが、作られたものにしか見えなかった。


「でも、一体なんで……」

「ことによっては、貴女たちはまたすぐに戦うことになるかもしれないのよ」

「えっ……」


 戦う、その単語は、ホテルで目覚めてからずっと、セカイの頭の中から消えていた。いや、考えないように意図的に忘却していたと言って良い。

あの場から、エリア51から逃げられた、その時点ですでに戦いはもう二度としないと思っていたのだ。それは親友を傷つけてしまったからか、『戦い』という言葉に恐怖があった。


「今なら交渉して戦いを避けることができるかもしれないの」

「それが、どうして私の身体を調べることに繋がるのさ?」

「……神聖化の人間かどうかを突き止めるためよ」

「? どういうこと?」


 目を伏せて「それ以上は説明できないわ……」呟いたクラウディアはそれ以上なんの説明もしなかった。

 彼女の答えから推測するに真正化している神聖化した人間を突き止める方法を探しているということらしいが、服を脱がせてしかわからない場所にしかないのなら、あまり実用性がないと思うのだが……。


「神聖化した人間かどうかは見分けられると思うかしら?」

「それなら、私じゃなくてマユに訊けば……」

「もう先に訊いたわよ、でも、聖霊単体ならわかるけれど、神聖化になってしまうと、わからないらしいわ」


 立ち上がったクラウディアは解体したエアコンの元へと行き、組み立て始めていた。

 一方、服を着たセカイは「うーん、」とエリア51でのことを懸命に思い出していると、一つだけ、思い当たることがあった。


「確か戦っていたときには相手が神聖化になっているって、気づいたよ」

「本末転倒ね、戦い回避するために戦かわなくちゃならないなんて」


 それはそうだが、他に神聖化の相手を見極める方法はない。無言で、けっして良くない手際でエアコンを修理しながら、クラウディアは聞いてくる。


「もしもの話で考えてほしいのだけれど……シオンが貴女の見えないところで悪いことをしているかもしれない、でも、貴女には彼女が悪いことをしているという確証がない。そんなとき、セカイ、貴女は直感だけで彼女を疑うかしら? それとも、死を覚悟して信じるかしら?」

「えっ……それって……」

「何もシオンを疑っているわけじゃないわ、もしもの話って言ってるでしょ?」


 クラウディアに何の意図があったそんなことを訊いてきたのかはわからなかった。何かの映画か小説の話だろうか。

信仰がどうこうって話を飛行機の中で聞かれたが、ダイアナから聞いた話と合わせて、よく考えてみれば結局、聖霊について聞いていたのかもしれないと思うし、この質問もなんとなくで聞いているとは考え難いが……。

 彼女の話から推測するに、親友が悪いことをしているかもしれない場合、自分を信じて疑うか、親友を最後まで信じるか、そんなところだろうか。


 シオンはセカイが間違いそうになったところをその身を危険にさらしてまで正してくれた。しかし、それは非がセカイに明らかにあったわけで、この質問には当てはまらない。


「きっと私は……愚直に信じちゃうと思う。だって、私が間違えることはあるけど、シオンが大切な部分を間違えることはないとわかっているから」


 周りが見ているよりもシオンは少し頼りないところがあるけれど、本当に間違ったことをすることはない。その絶対的な信頼は、時間が作ってくれたセカイにとって大切なものだと思う。


 そう、と軽く言ったクラウディアは治ったエアコンのスイッチをつけると、


「裏切られる怖さを知らないか……セカイもまだまだ甘ちゃんね」


 笑いながら言われたので、セカイがムッとしていると、すぐに「でも――」とクラウディアは続ける。


「正直、そんな貴女たちが羨ましいわ」


 それ以上、クラウディアは何も言わなかった。


 エアコンから空気が出る音だけが部屋の中に聞こえている中、それでも彼女の横顔は不安の色が少し薄れていたように見えた。

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