第13話 聖霊とは……?


 その後、ショッピングモールへ行ったセカイたちはまず、マユの要望であるお菓子探しをし、なんで海外のお菓子はこうも無理にペイントしたように色鮮やかで健康に悪そうなんだとか思いつつも、土産もかねて一応買ってみたり、洋服を見て回って買ったりした。


 ちなみに、シオンも試着し、気に入ったらしい季節相応の服(白のワンピース)を、セカイが少し強引に買わせたのだが、試着姿はおろか、服を当てる姿もセカイは見ていないので、実際に着てみてどうなるかは、後のお楽しみとなりそうだ。


 しかしながら、買い物途中も、シオンはマユに近寄ることがなく、セカイでもわかってしまうくらいに、彼女をできるだけ避けていたので、絶えず、セカイは二人の間にいることになった。学校ではどんなに苦手な相手だろうとも、嫌な顔を表情で一切見せることのないシオンなだけに、不思議であったが、彼女がその理由を言うことはなかった。


 とまあ、そんなことがあったわけだが、『買い物タイム』は、シオンの「くたびれてしまいました」という言葉で終わり、夕方にはホテルの方まで戻ってきていた。

 帰る途中、このホテルの宿泊代金を知って驚いた。修学旅行で泊まるものよりも、何ランクも上で、本来ならばセカイたちは宿泊費を払えないはずなのだが、どうやら、クラウディアが手を回してくれていて、彼女がどうにかしてくれるらしい。なんでも経費で落とすからいいとか。この人、本当に何の職業の人なのだろうか。


 部屋に帰ると、まず、シオンはシャワーを浴びたかと思えばジャージに着替えており、すぐにベッドで横になっていた。昼寝中の彼女を起こしてはいけないことは重々承知しているため、風邪だけ引かないようにと部屋の冷房の温度を上げる。


 そして、マユはというと、遊び疲れてしまったらしく、帰ってからすぐにソファに眠ってしまう。子供かと突っ込みたくなるが、マユは地上に出るのがなんでも百年ぶりとかで、それなら仕方がないと思う一方で、それなら年長者らしくもう少しくらい落ち着きがあっても良いのではないかという気もするとも思った。


 そんなマユにセカイが毛布をかけていると、インターホンが響く。ルームサービスとかは頼んでいなかったので、おかしいなと思いながらも、シオンを起こさないようにと、早足でドアを開ける。


「やあ、君たちはどうしているかなって思ってね」

「あの、二人とも疲れたみたいで、私以外は眠っているけど……」


 そこにいたのは、イケメンメガネ……じゃなくて、ダイアナ・エルボーンであった。女子にしては低い声が、男子のようで、本当に女にしておくのがもったいない人だと思う。いや、この人はきっと女の子だけじゃなくて男にもモテるんだろうな、なんてことを、彼女の背が高いせいで、ちょうどセカイの目の前に突き付けられた、服の上でもわかってしまう丸くて大きすぎる二つの塊を見ながら思う。


「君は大丈夫なのかい?」

「うん、ずっと寝ていたせいか、あまり眠くないかな」


 そうか、と言うダイアナの手にはやはり、辞書のように分厚い本が抱えられていた。眼鏡にスーツというただでさえ知的に見えるのに、普通の人が持ち歩かないような重そうな本を持っていると、それに拍車がかかる。


「クラウディアが酔って眠ってしまったまま、起きなくて僕も暇でね、君も暇なら丁度良い、ちょっと飲みに行こうか」

「えっ……いや、私未成年だし……」

「わかっている。お酒は良いから、ちょっとした料理をはさんで話すだけだよ」


 うーん、と彼女の提案にセカイは悩む。これが全く知らない人だとか、下心が見えている男の人とかなら間髪入れずに断っていただろうが、ダイアナは、中身はチャラくて少し苦手だが、クラウディアの同業者らしいし、その点では信用は置ける人物だといえる。かといって、彼女と何か食べるものなら、シオンからはその事実を、マユからは先に少しでもご飯を食べたことを、怒られるような気もする。


 ここはやっぱり断った方が良いかな、と、セカイが決断しようとしたところ、手を引かれてドアの外に出されてしまう。そして、ドアからはカシャッ、と不吉な音が。

 あっ、と叫んだセカイがドアノブに手をかけてカチャカチャと回すが、ダメだ、オートロックされてしまっている。


「これで、僕と一緒に行くしかなくなったわけだ」


 雰囲気からあまり想像のできない、悪戯っぽい笑みをダイアナが向けてくる。


 強引すぎる手に、はぁー、と深いため息を吐いたセカイは「仕方がない……か」と言って、不本意ながら彼女に付き合うことにした。幸い財布だけは持っていたが、じゃあなんで、鍵は持ってなかったかなと思う。ちなみに、二人のどちらかが起きるまでドアの前で何時間も待つなんてことはしたくないので、選択肢の中にも入らない。


 ダイアナの後についていくと、彼女が入ったのはホテルの下のバーである。ラスベガスのホテルは結構何でもあるところが多い。そもそも、カジノがあるのだから、他のものもあるのは当然のことなのかもしれないが。

 薄暗いライトが灯る店内に早くもいかがわしさを感じてかなり不安になるも、隣を歩くダイアナの慣れた様子の紳士的なエスコートにより、逃げかえることはなんとか踏みとどまる。ただ、内心では廊下のドアの前で待っていればよかったと、早くも後悔していた。


 まだ時間が早いせいか、他の客のいないバーの中、ドラマや映画で見るような酒の並んだ棚を背にバーカウンターテーブルでカクテルを作っている坊主頭が特徴の強面のおじさんの前を、なんとなく頭を下げながら通り、彼女たちが座ったのは、壁際で小さなテーブル一つに向かい合っている二つの椅子であった。椅子の脚が長くて、座ると足が床につかない。一方で、ダイアナの脚はうらやましいほどに細く長かったのだが、それでも、床に届いていなかったところを見るに、そういう仕様なのだろう。


 店員にダイアナが英語でペラペラと頼むと、あっという間にセカイのもとにはいくつかのフルーツがミックスされたジュースが、ダイアナのもとには黄金色のビールが、そして、つまみなのか手羽の皿が来た。確か、バッファローウイングとかいうやつだ。


 お昼は、メニューを指しながらのたじたじの英語で定員と会話して何とか頼んでいたセカイにしてみれば、その様子は格好良く見えた。まあ、シオン曰く慣れの問題らしいので、そう難しいことではないと聞いてはいるのだが……。


「チアーズ!」


 ビールグラスを向けてきたダイアナと目が合って、言いようのない気まずさを感じながらも、ジュースの入ったカップで乾杯。見た目通りに甘ったるいジュースが喉を通る。これでは、すぐに喉が渇きそうだ。


「えーと、エルボーン……さん」

「ダイで良いよ。堅苦しいのは嫌いなのでね」

「えっと……じゃあ、ダイはなんで私を誘ったの? お酒は飲めないし、面白い話もできないけど……」


 あまりお酒は強くないのだろうか、ビールを飲んで早くもうっすらと顔を赤くさせていたダイアナは、皿の上の手羽を一つとって食べた後、


「逆だよ、もちろん君の話は興味深いけどね。それ以上に君は僕に聞きたいことがあるんじゃないかなって思ってさ」

「そんなこと、別に……」

「例えば、そうだね――『神聖格式(セイクリッドランク)』について、とか」

「セイクリッド――」


 その単語はエリア51やマユとの会話で何度か出ていた。マユと一つになって、大人のような姿に変わることを『神聖化(セイクリッドモード)』と呼んでいたと思う。今、彼女の口から出た『神聖格式』というのも、おそらくは、それに関係すること。


 セカイの顔色が変わったのを見て、クククッ、とダイアナは笑う。


「エリア51に入り、『聖霊(スピリット)』と契約し、無事に帰ってきた。もちろん、立場上の問題もあるからね、全てを教えることはできないが、君たちも少しくらい自身のことをわかっておきたいんじゃないかってね」


 彼女の言っている『聖霊』というのは、マユのことを指しているのだということは予想できた。彼女の言い方だと、おそらく、彼女たちのような『人ならざる者』のようなものを総称しているのだろう。


 気になると言えば嘘になる。


 だが、一方で、目の前の女が真実を話すのかという疑問があった。


「……機密なんでしょ? こんな異国の、それも小娘に教えてもいいの?」


 ダメに決まっているだろう、と当たり前のように言ったダイアナが手に持ったジョッキの中身を一気に飲み干してから、すぐに店員にビールのおかわりを頼んでいた。


「しかしまあ……セカイ、君は僕の友人を救ってくれた恩人だ」


 友人とは、クラウディアのことを言っているのだろうか。

 二杯目だというのに、ゴクゴクと持ってきたビールを飲みながらダイアナは、「それに……」と言ったあと、不敵な笑みを作る。


「小娘一人に多少の情報が漏れたところで、この国は揺るがないさ」


 確かに、セカイが日本に帰ってから警察や新聞記者にこのことを話したところで相手になんかされないだろう。それに、既に情報規制は敷かれてしまっている。証拠に、シオンから聞いたのだが、セカイたちの乗った便がエリア51に墜落したことを、少なくとも彼女の見た中で、どのメディアも報道していなかったらしい。つまり、飛行機一つを消せるほどの力があるというわけだ。

 事実は一般人に一欠片も残してくれない、つまりは、セカイが何を言ったところで、頭のおかしい少女の妄想ということになってしまうだろう。


「でも、私は……」


 しかし、セカイは自身が無力であることを承知の上で、それでもこの国の機密を知るのには抵抗を感じていた。セカイが情報を知っているとわかれば、たとえセカイ自身に何かを変える力はなくとも、どうなるかくらい見当がつく。実際に、エリア51に立った、それだけの理由で殺されそうになったのだから。

せっかく無事だったのだ、これ以上下手なことを知ってリスクを背負いたくはなかった。だが、それと同じくらいに、マユについて知りたいという思いも確かにあったのだが。


「安寧を得ることを選ぶ、か……なるほど、懸命な判断だ。でもそれでは、これから君たちに起こるだろう運命に立ち向かうことはできないよ」


 セカイの考えをまるで見透かしているかのような言葉に驚きつつも、その言葉が引っかかる。


「……何が、起こるんですか?」


 僕にはわからないよ、と返したダイアナは、「ただ、」と続ける。


「『聖霊』と契約してしまった時点で、セカイ、君はこの世界の理から外れ、平穏というものからは完全に切り離されてしまっていることだけはいえるだろう。どんなに低い階級だろうとも、『神』の力を持ってしまったのだからね」


 この人はいったい何を言っているのだろう、セカイは他人事のようにダイアナの話を聞くことしかできなかった。

 怪訝な顔をしているセカイに、ふっ、と笑ったダイアナは「つまり、だ」と言ってから、


「僕たちがここで、『聖霊』と呼んでいる連中は神様……いや、正確にはそれにかなり近い存在だってことだ」

「…………っ!」


 マユが……神様?

 いや、人ではないことはわかっていたし、ずっと夢の中に出てきたその不思議な力からも、人ではないとは予想できていたが、彼女が神様だなんて、信じられるはずもなかった。


 セカイが驚きのあまり、続ける言葉が口から出ずにいると、ダイアナは突然、話題を変えた。


「君は人間の中で最も強い物とは何だと思う?」


 酒の席ではあったものの、彼女の目はまっすぐにセカイの目を射抜いていた。そんな彼女から目を逸らしたセカイは答える。


「気持ち……じゃないかな」


 なんとなく、彼女に見られると自分の迷いを見透かされてしまうような気がして、黄色のジュースが入ったコップを見つめながら、そう答える。


「そうだ、人間の中で最も強いのは気持ち。とりわけその中でも欲望というものは人間を突き動かす動力になりえる。良い意味でも、悪い意味でも、だ」


 説明するような口調だったが、ダイアナの声のトーンは一定としており、聞きやすいと感じた。 


 そして、と続けるダイアナは、セカイに何かを訊くように彼女の目を見る。


「人は、目の前に見えない欲望を『願う』。つまり、人の願いは人の持つもの中で最も強い力となる――その願いの対象はおのずと人の頭上に向けられるわけだが……」

「その対象は『神様』だよね?」

「そうだ。数えきれないほどの人間の、その中の最も強い力が集まった一つの信仰対象は、力無き抽象的な存在ではなくなっていき、やがてこの世を操作できるまでになる――そして、やがて、それらは魂を持ち、肉体すらも持つようになった」


「……それが、『聖霊』だって言いたいの?」

「といっても、これは科学を信仰対象としているような連中の考察でしかないのだけれどね。だから、これを知っていたとしても僕たちの信仰が変わるわけではないんだ。人は自身が思っているよりも弱く、一人で生きられない。必ずつらくなる。特に僕らのように一人で動かなければならないことの多い人間には、拠り所は必要不可欠なのだよ」


 彼女の話が本当ならば、神が人間を作ったのではなく、人が神を作ったことになる。もしもセカイが何かしらの宗教を信仰していたら、喧嘩になってもおかしくないような話だ。


 しかし、一方で彼女は信仰が変わらないとも言っている。人間が作り出した神に祈るということは、自分自身に祈ることと変わらないのではないかとセカイは思ってしまうが、そう彼女たちは思っていないのだろう。

セカイの前に5本の指をたてたダイアナは、続ける。


「聖霊は低い順に、『安全級(セーフ)』、『脅威級(スレット)』、『災害級(ディザスター)』、『神話級(メソロギー)』……そして、『女神級(ゴッデス)』の5段階で格付けされている。それを僕たちは『神聖格式(セイクリッドランク)』、通称『神格』と呼んでいるんだ――まあ、これは私たち聖霊を知る機関の中で勝手に振り分けたのだが……」


 その中の最初二つ、『安全級(セーフ)』と『脅威級(スレット)』、は聞いたような気がする。確かエリア51で、襲い掛かってきた女がそんなことを言っていた。


「ちなみに言っておくと、『女神級(ゴッデス)』は確認されているだけで、今のところ世界でたった三人だけ。いくら人間が尽力したところで、彼女たちは、その大きすぎる影響力から隠しきれず、既に知られているのだ」

「……っ! ゴッデスって……」

「ネットや新聞のオカルト記事に良く書かれているあれだね」


 世界中で現れ、たった一人で戦争を止めてしまう、人間離れする力を持つ者たち。

 そこまでダイアナの話を聞いたところで、一つ疑問が浮かんだ。


「あの、一つ疑問に思ったんだけど、なんで全員女なの?」


 聖霊に性別がないとしても、ゴッデス、つまりは女神と呼ばれているのだから、契約したのは女なのだろう。そして、マユと契約したセカイも女だし、ついでにエリア51で襲い掛かってきたのも女だ。


「ある程度の神格までなら……『災害級』までならば適合すれば一応男であっても契約できるよ。ただ――それ以上の格となると、難しいと言われている。なに、簡単な話だよ、一つの『身体(うつわ)』に二つを入れられるのが女だからだ」


 人の体には、一人につき一つの命までしか入らない。

 しかし、そう、人間の女は例外的に妊娠中に一つの体に二つの魂を入れているのだ。きっと彼女はそのことを言っているのだろうと思った。


 でもね、とダイアナは続ける。


「女ならば、どんな身体でも良いってわけじゃないよ。聖霊が入れる身体は相応の器でなくちゃならない。だから、この国はエリア51を始め他4か所でその人体実験をしている。投薬、手術など医学的な方法からはもちろん、儀式や魔法なんてオカルト的な方面かららもアプローチをかけてね。これは軍事目的になるから、誰でも聖霊と契約できるようにする研究だが、状態は芳しくないといったところかな。まあ、ロシアでは人以外による契約の実験は成功しているみたいだけれど」


 人体実験、という言葉にゾッとする。それを平然と言ってのけてしまうダイアナは何処か壊れているのか、それともただ強いだけなのか。

 エリア51の中が異様なまでに不気味に感じたのはてっきり多くの兵士が死んでいるからだと思っていたが、もしかしたら、それだけが理由ではなくて、被験者たちの苦しみの跡を肌で感じ取ったからなのかもしれない。


「だから、体をいじられていない君があの場で『交差する光と闇』と契約できたのは奇跡だと言える。この世界に生まれつき聖霊と契約できる者は一千万人に一人と言われているからね――むしろ、それが運命なのではないかという気にさえなるね」

「一千万……」


 セカイの周りで日常的に使われる数字ではないので、あまり想像できない。確か世界の人口が60億くらいだったはずだから……世界中で最も多くて600人ってことだろうか。その中で女性に限れば単純計算で半分の300人。


 小学校時にやった、柄の中にいる大勢の中から一人を探す絵本を思い出しながら、そんな人間、どうやって探すのだろうと想像しようとしたが、なにせ億という数が巨大すぎてわからない。この広い地球上で300人しかいない人を探すなんてことをするくらいなら、もっと有意義に時間は使うべきだと思う。


「君の今考えている通りだよ。普通に考えて、そんな確率から一人を探し出すだけでも難しい。その上、『聖霊』をも確保し、二人を合わせるなんてことは現実的じゃない――だからこそ、力を欲している国は独自に研究しているのだけれど――なにせ、倫理的に公にできない実験ばかりだからね、世界の人間のほとんどは知らないよ」


 ダイアナはそれ以上深いことまでは言わなかった。その人体実験の内容まで聞かされていたらきっと気がくるってしまっていたはずなので、少しほっとしてしまう。

 彼女が口を閉じると、二人の間に会話がなくなる。店に入ってから結構経っているのに、今更ながら、ジャズの流れているのに気づいた。


 正面で眼鏡を直しているダイアナと、その手前にある酒瓶を見て、そういえば、とクラウディアのことを思い出す。


「あの、クラウディアとはどれくらいの付き合いなの? 随分と手慣れた様子だったけど」

「彼女とは今日が初対面だよ」

「えっ?」


 昔からの友人のような雰囲気さえ持っているように見えた二人が初対面……?


 若干の人見知りがあるセカイには考えられないことであったが、彼女以外であっても想像できない。これが国民性の違いというやつだろうか。

 そんなことを考えていると、顔に出ていたのか、ふふっ、とダイアナが微笑む。


「正確には会うのは初めてなんだ。約三年間、僕とクラウディアは毎日のように、ずっと声だけで連絡を取り合っていたからね、彼女は中国、インド、パキスタン、イタリア、そしてロシアなど、任務で世界を転々としていて、僕はこの国と彼女を繋ぐいわばサポート役だったわけさ」

「声、だけで……?」


 少し似ている、と思った。

 セカイとマユも、ずっと、声だけの存在だった。彼女たちのように会話はないが、その分、長い時間をマユと一緒に過ごしていた。差異はあれど、その繋がり方は似ている。


「少し、変なことを訊いてもいいかね?」

「えっと……下ネタとかはあまり得意じゃないんだけど……」


 そっちじゃないよ、とすかさず突っ込んだダイアナは、本当に変なことを訊いてくる。


「君たちと一緒に行動していたとき、クラウディアは君たちに本名を教えてくれたかい?」

「えっ……」


 そういえば、と思い出してみると、あのときクラウディアは、自分はおろかセカイたちにも、苗字は言わなくてもいいと言っていたのを思い出す。

 セカイが首を横に振ると、顎に手を置いてから「そうか……」とダイアナは呟いていた。


「あの、どうしてそんなこと……」

「クラウディアは本名を誰にも告げないんだ。友人である僕にさえね」


 信用がまだ足りないらしい、といったダイアナは少し寂しそうだった。

いつの間にかジョッキをもう一杯空にしていたダイアナは、「ごちそうさま」といって、テーブルの上に、おそらくはチップも含めているのだろうが、頼んだ以上の代金を置く。

 慌ててセカイが自身の財布を出そうとすると、それを押し戻したダイアナはセカイにウインクをして、「これくらいは僕のおごりだ」と言う。


「でも……」

「じゃあ一つ頼まれてくれ。ちょっと、僕は行きたいところがあるから外に出てくる、クラウディアに僕のことを言っておいてくれないかな?」

「どこ行くの?」

「なに、魅惑の街の中心で行われる美しきショーだよ――僕の最も好きな場所さ」


 ダイアナがどこへ行くのかは大体想像できた、水とライトによるあれだろう。

これは僕たちの部屋の鍵だから、と一枚のカードキーをセカイに渡したかと思うと、ダイアナは少し危なっかしく、フラフラと、外へ出て行ってしまった。

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