第12話 観光


 ラスベガスの観光名所と言えば、きっと日本人が思うのはグランドキャニオンではないだろうか、ベラージオの噴水、モニュメントバレーに、ストラトスフィアタワーなどが挙がる。もちろん、21歳を超えれば、『眠らない街ラスベガス』の楽しみ方がぐんと増えるだろうが、そうでなくとも、観光名所はあるのだ。


 本来であれば修学旅行で今頃はホノルルに着いていて、ダイヤモンド・ヘッドをバックに、エメラルド色に輝くワイキキビーチで泳いだり、アラモアナ・ショッピングセンターで買い物したりと、いろいろ楽しんでいただろうが、その予定が大きく狂い、ラスベガスに来てしまったのだから、この地の観光名所でも回ろうと思っていた。


 シオンは学校内やその行事の中では優等生ながら、暑すぎる夏休みは明けるまで家から出ないという、おそらく根底では引きこ――ではなく、楽をするのが好きなタイプの少女であったが、せっかくここまで来たのだからと、セカイが説得したところ、この暑さにもかかわらず、重い腰を上げてくれたのだ。


 それにもかかわらず、である。


「おお! すげぇ! セカイも突っ立ってないで身に来いよ!」


 本当に嬉しそうな笑顔で手招きしているマユ。彼女の後ろには大きな水槽があった。

 ここは、シャーク・リーフと呼ばれる場所で、ホテル内にあるサメを中心とした水族館である。まあ、確かに有名な場所で、退屈することはなさそうなのだが、泳ぎ回る強面のサメを見て、なんとなく恐ろしいと思ってしまう度に、どうしてサメを見に来ているのだろうと考えてしまう。ちなみに、そこまで広くなく、日本の巨大水族館に行ったことのあるセカイにとっては、少し物足りない大きさであった。


 彼女たちがここへ来る少し前の話になるが、セカイが暑いから部屋の中にいたいというシオンを連れ出して、ホテルのエレベーターでロビーまで降りていくと、そこにはサンドイッチを食べながら、オレンジジュースを飲んでいたマユがいた。セカイが見つけた彼女は、セカイに代金を払わせた後、何処から持ってきたのか、この水族館のパンフレットを握りしめて、ここに行きたいと言ってきたのだ。シオンと仲直りできたのは彼女の言葉のおかげでもあったので、断り切れず、行くことになったというわけだ。


 ここにはサメ以外にもエイや大きなトカゲ(確かコモドドラゴンとかいったか)がいるわけだが、本音を言えば、どうせ水族館へ行くなら、もっと可愛い動物が一杯いるのを見たかったのだが。

 しかしまあ、嬉しそうにしているマユを見ているとそれだけでいいかとも思ってしまう。


 まるで子供のように(いや、実年齢はともかくとして見た目なら子供と断言してしまってもいいかもしれないが)走り回るマユがいる一方で、隣を歩くシオンは館内が涼しいのにもかかわらず、随分とぐったりしていた。


「えっと……大丈夫?」

「せっかくしばらく部屋の中で本でも読めると思っていたのに、何処かの誰かさんが無理矢理に灼熱の大地に放り出されてしましたから」

「制服じゃなくて、もっと涼しい恰好すればいいのに」


 涼しい恰好……、とセカイの言葉を繰り返したシオンは、セカイの方を向いてから、ペタペタと、出ている肩や、パンツの下から伸びる太ももを触った後、きっぱりと言う。


「こう言った破廉恥な服装は神主の娘として許されません。第一、恥ずかしすぎます」


 冗談ではないらしいまじめな顔で言うシオン。全国のファッション好きの女の子たちを敵に回す発言だ。そういえば、うちの学校は水泳の授業がないし、体育もジャージなので、彼女が肌を出しているところを見たことがない。まあ、うちの学校の場合、無駄な露出は控えた方が良いと教えられているので、特別篇とは思わないが。


 しかし、彼女の性格と、考え方から推測するに、きっと、心の中ではオシャレをしたいとか思っているだろう、絶対に。


「でも、シオン似合うと思うんだけどな~」


 そんな鎌をかけてみると、ピクリと、わかり易く反応してくれる。やはり、彼女も女の子だなと思いながら、感触を得たセカイは、一気に畳みかける。


「そういえば、このあと、マユが甘い物を食べたがっているからショッピングに行くんだけど。そのときついでに服とか買おうと思っているんだ、シオンもついてきてくれない?」


 そんな提案をシオンにしてみると、案の定というかなんというか、シオンは、視線を逸らしてから、呟く。


「別に……セカイの買い物というのなら、もちろん、ついていきますけど」

「じゃあ、決まりね」


 シオンの返答に対して、セカイがニコリと微笑むが、シオンは目を逸らしただけだった。

 そして、「やっぱり、私は少し休んでいますので、行ってきてあげてください」と、いつの間にかさっきまで水槽の中を見ながら目を輝かせていたはずなのに、今は、不機嫌そうな顔でこちらを見つめているマユを指した。どうやら無視してしまったことで相当ご立腹の様子だ。


 一応、「一緒に行こうよ」と誘ってみたが、「いえ、少しお二人で回ってきてください」と、シオンは近くのベンチへと向かっていってしまう。何となくだが、マユを苦手にしているような感じを受けた。


「シオンのやつは一緒じゃないのかよ?」

「まあ、昨日からいろいろあったからね、きっと疲れてるんでしょ」


 セカイは気絶した後そのまま眠ってしまったが、面倒見のいい彼女のことだ、もしかしたら、倒れて眠っているセカイの元に寝ずについていたのかもしれない。

 そっか、と言ったマユは、行ってしまったシオンのさっきまで場所を鋭い眼で見ていた。


「どうしたの?」

「ん? いや、なんでもねえ」


 セカイに目を戻したマユは、いつも通りの物に戻っていた。気になったが、マユは目の前の水槽にその目を向けてしまったので、聞くタイミングを逸してしまう。


「セカイとシオンって、仲いいのか?」


 一緒に泳いでいるように見える、二匹のサメを見ながらそんなことをマユが訊いてくる。


「幼馴染だしね、長いこと一緒にいて、喧嘩とかするけど、結局、仲たがいしてないから――親友なんだと思う」

「……お前は、ずっとあいつと一緒にいたんだろ……あたしよりも、パートナーにふさわしいって……思ってんじゃねえのか?」

「えーと……」


 これはいったい何の話だろうか?


 どういう意味で聞かれているのかがわからないセカイは、すぐには答えられずに、数秒だけ間をあける。その間に脳をフル回転させてどうにか彼女の言葉の意図を解釈しようとする。


 まず、一つ目に考えられるのは友達への嫉妬だ。セカイがシオンのことを親友なんて言ったから、自分はどうなんだと、マユが訊いてきているという解釈。だが、別にマユはシオンのことを嫌っている様子ではないし、パートナーという言葉からして、なんか違う気がする。


 次に考えられるのは、マユが実はそっち系の人(まあ、彼女が人間でないのならば性別の概念すらないのかもしれないが……)で、恋愛感情的に、将来のパートナーとしてセカイの判断を訊いている場合であるが、これもなんか違う気がする。それなら、もっと感情的になってもいいはずだ……と思う。


 他に考えられるのは……ダメだ、こんな短い時間では、これ以上の推測が浮かばない。


「私にとって、シオンは親友だけど、マユも大切だよ」


 うん、我ながら、なんとも逃げた回答。

 ふーん、と面白くないといった風に流したマユは「そういう意味で聞いたんじゃないんだけどな……」とセカイが聞こえないくらいの音量で呟いていた。


「まっ、いいや。それよりもあたしさ――」


 再びセカイの目をマユが見た瞬間、セカイの耳にも聞こえてくるような音でグー、と彼女からお腹の鳴る音が聞こえてくる。


「――聞いての通りだ、お腹空いちまった」


 あはは、と笑うマユ。えーと、見間違えでなければ、この子、さっきすでにサンドイッチとジュースを食べていたような気がするのですが?


 そういうセカイも自身の胃袋が全くの空になっていることに気づく。昨日は機内食を食べ忘れて、その後もなんやかんやとあったため、考えてみれば何時間も何も食べていない。空腹のままに眠ったせいで、逆に何も要求してこなくなっている。代わりに、そういえば体温が低く感じてきた。


「そうだね、シオンを呼んで何か食べようか?」


 うん、とマユは頷く。この動作だけ見れば、まるで小学生のように見えた。そして、ふと、思い出してしまった空腹と戦いながら、マユと共にシオンを探しに行ったのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る