第3話 夢の中


 ここは夢の中。夢の中をこれが夢だと認識する、確か明晰夢というやつだ。


 生まれてこの方、夢といえばこれしか見たことがないので、この世界にいるときは夢、みたいな認識が無意識の下であってもできてしまっているのかもしれない。ほかの人からすれば、普通、眠るたびに、夢というのは変わるようなのだが、いつも同じ夢。夢を見ない日以外は、いつも大量の汗から伴う不快感が寝起きに彼女を襲うのだ。


 しかし、これは悪夢というわけではない。


 セカイがこの世に生まれてから、今まで、自分の一番古い記憶ではすでにこの夢はあった。それから何千回と見ているため、はじめは起きてすぐに忘れてしまったその内容も嫌でも覚えるようになっていた。


 目の前に広がるのは、とても深い闇。けれども、自然と恐怖を感じないのは、何度もこの世界に来ているからなのだろうか。いや、初めてこの夢を見たときも、恐怖も不安も感じていなかったと思う。夢というのは、見る人間の欲求を表しているとよく言われるが、この夢の場合はどんな潜在的な欲求があるというのだろうか。 昔から変わらないということは、その欲求が生まれてからずっと満たされていないということなのだろうか。


『――で』


 いつものように聞こえてくる声。聞き取りづらく、何を話しているのかわからない。言葉を返そうとしても、セカイの声は喉から出ることがない。言葉を失ってしまったようだった。


 だから、声のする方へと歩き出すしかない。今まで一度たりとも、たどり着いたことはおろか近づいたことすらないのに、今日も懲りずに歩き出す。


『――セカイ』


 しかし、今日の夢はいつもと違っていることにセカイはすぐに気付く。

今、確かに名前を呼ばれた。

 何語なのか、どんな意味なのか、そもそも言葉なのか鳴き声なのかさえ、今まで分かったことなど一度たりともなかったというのに。


 確かに、日本語で、少し低い女の人の声で名前を呼んだ。


「――――――」


 ダメだ、こちらからの声はいくら叫んでも声にすらならない。相手に届かない。

 貴女が一体だれなのか、なんでずっと夢に出てくるのか、この夢の意味が何なのか、聞きたいことを叫んでみるが、喉から言葉が出ない。まるで、喉に何かが詰まっている感覚。


『この――を――は――――』


 一方的な聞き手になるしかないセカイは耳を澄まして彼女の言葉を聞いてみるが、肝心の単語が聞き取れない。これでは彼女が何を言いたいのかわからない。

だが、それにしてもどうして急にこんなに彼女の声が聞こえるようになったのだろうか。

 身の回りに何か変化があったからか、あるいは単に時間的なものか、それともただの偶然なのか。様々なことが考えられるが、どれも確証がない。


 セカイがどうしてわけのわからない夢の世界にこだわっているのか、不思議に思ったが、曖昧なものながら、その答えはすでに知っているような気がする。


『セカイ――選ん――か――』


 段々と、ノイズが濃くなっていく、彼女の声が聞こえなくなっていく。走り出して声のほうへと近づこうとしても遠ざかっていくばかり。


 手を伸ばしても、届かない。


 声が聞こえなくなっていき、セカイが自分の姿が消えていくのを感じていると、最後に彼女がセカイに向けて一言、告げる。その言葉は、今までのようなノイズが一切なく、やけに明瞭に聞こえてきた。


『いずれにせよ、あたしとお前の運命は交差してしまった』

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