第2話 飛行機内


 途中、手持ちバックの中の液体、ペットボトルやハンドクリームなどを全部没収されたり、免税店で菓子類を買ったり、搭乗口の多さと空港の広さで若干迷いそうになりながらも、無事に航空券に書いてある搭乗口までたどり着くことができた。

 余裕かましながら免税店を回ったりしていたので、結局かなりギリギリになってしまったが、間に合ったので良しとしよう。結局少し急ぎ足になってしまったので、シオンは呆れていたけど。


 さて、そんなこんなで、ようやく搭乗できたわけだが、時間が時間なだけに、皆さん眠たそうだ。セカイが昨日の夜にした計画と同じように、きっと時差ぼけ対策に機内で眠って、起きるころにはハワイ、などと考えているのだろう。

 シオンも二人席の通路側に座って、飛行機が飛び立たないうちに眠り始めてしまった。どうやら、飛行機は彼女にとって慣れたものらしい。きっと、セカイを連れてくるため走って疲れたのだろうから、隣に座ったセカイは彼女の眠りを妨げようとは思わなかった。


 携帯の電源を切り、シートベルトを着けて待っていると、いよいよ飛行機が動き出す。人生初のフライトだが、飛行機が加速し、空に飛び立つ瞬間こそ体に襲い掛かる重力と飛行機の加速度を感じて感動したものの、空へ飛び出してしまえば思いのほか退屈な時間ができてしまった。雲の上にきても夜だから窓は真っ暗なままだし、あまり揺れることもないしで、音さえなければ飛んでいることさえ忘れてしまうのだけれど、でもまあ、これが快適なフライトというやつなのだろう。


 だが、セカイはどうにも眠れそうになかった。ここへ来る前に寝てしまったのだから、当たり前のことといえる。シオンが起きていて、今が日本時間で昼間ならば、話して時間を過ごすこともできただろうが、それができない以上、かなり暇になる。


 7時間も一体何をしようかと考えたセカイはコーヒーを一杯もらって、とりやえず、目の前のモニターで映画を見ることにする。

 飛行機にある映画というのは、中々良いもので、過去のものはもちろん、現在進行形で劇場上映しているものまであるときた。本来映画館まで行って、お金を払って見なければならないものを、無料で(まあ、きっと航空券代の中のサービス料に含まれているのだろうが)見られるだけで、少しお得な気分になる。


 大好きなスパイ映画を見ながら、エコノミークラスといえど普通の女子にとっては快適極まりない程度の大きさの座り心地の悪くない椅子に座り、コーヒーを飲んで時間を過ごしていると、なんだか、世界を股にかけるビジネスマンになったような気がするから不思議だ。お嬢様学校なのだから、ファーストクラスまではいかないにしろビジネスクラスの席にしてほしいなどと考えていた自分が恥ずかしくなるくらいに、悪くない時間だった。


 しかしながら、映画を一つ見終わってしまうと、早くも飽きが来る。まだ5時間以上も飛行機にいなければならないというのに。目の前の席についている画面では、映画を見るほかに、ゲームもできるみたいだが、一人でゲームをやるならば、市販されているポータブルゲームのほうがいいし、対戦機能がついていても、対戦する相手は隣で寝息を立てているので使うことができない。


 というわけで、おとなしく、適当な映画を入れて、ヘッドホンで音だけ聞きながら眠ろうとしたのだが、毛布を掛ける際、誤って紙コップを倒してしまう。幸い、 ほとんど中身は入っていなかったものの、毛布は濡れてしまい、紙コップは床に落ちた。


 やっちゃったな、などと思いながら、紙コップを拾おうと、身をかがめて手を伸ばしたとき、


「……なにこれ?」


 セカイの席の下の空間に、見慣れない装置がついていた。爆弾と騒ぎ立てるような大きさではなく、携帯の半分くらいの大きさの装置のようだ。

 隣のシオンの席には何もついていないが、入念な荷物検査をしていることを知っているので、さして変なものとは考えなかった。どこの席も同じなわけがないし、違和感があるかと聞かれて、どちらかといえばある、と答える程度のもの、気にする必要はないだろう。


 紙コップを取ったセカイは席を立って、薄暗い通路を進み、奥で待機しているキャビンアテンダントのもとへと行く。


「どうかなさいましたか?」


 学校にいる先輩たちぐらいではないかと一瞬勘違いしてしまうほどに若く見える金髪碧眼の女であったので、英語で話しかけられるのではと身構えたが、どうやら杞憂だったようだ。業務用で作られた笑顔で対応してくれる。

 どこかで見たことのあるような容姿だったが、罪悪感が先だったせいか、気に留めることはなかった。


「あの、すみません。毛布にコーヒーをこぼしてしまったんです」

「謝らなくてもいいですよ、これ、替えの毛布」


 替えの毛布をもらい、代わりに濡らしてしまった毛布と紙コップを渡す。皆が眠ってしまっているこの時間帯でもきちんと起きて仕事をしている彼女は単純に凄いと思ったし、同時に、彼女の仕事を増やしてしまって本当に申し訳ない気持ちになる。


「お客様は眠らないのかしら?」

「はっ、はい。出発前に眠ってしまったので……」


 そうなんだ、といった客室乗務員の女は、棚から新聞紙を一部とってセカイに渡してきた。段々口調が砕けてきたような気がするのは、この人も眠いからなのだろうか。


「どうせ普段から芸能欄ぐらいしか見てないんでしょ、海外旅行するのだから、たまには世界情勢に目を向けてないと」


 なんか、砕けたというか失礼になったぞ、この人。確かに普段は、新聞はあまり読まないが、テレビのニュースは見ているし、ネットニュースもチェックしているから、情報が乏しいということにはならないはずだが。


「貴女は今巷で話題になっている『女神様(ゴッデス)』を知っているかしら?」


 唐突な質問に戸惑ったが、その問いは答えられるものだったので、一瞬間を置いていからセカイは答える。


「えーと、確か、戦争をたった一人で止めているとかいう、生き神様ですよね?」


 ちなみに、訂正しておくと、『巷で』ではなく、ごく一部で、しかも最近ではなく数年前から囁かれている有名なオカルト話の一つだ。

 戦場に現れては、人知の超えた力を使ってたった一人で戦を鎮圧していく女神


(サーガだとかヴァルキリアだとかいう連中もいるが)がいる。国同士の戦争、内乱、大規模な暴動、テロリスト集団とのゲリラ戦など、世界中いたるところで出没しており、その全ての戦争を止めているらしい。


 それだけ聞けば凄いと思うかもしれないが、話がオカルトの域を出ないのは、簡単なこと、ユーフォーを見たと言う人間はたくさんいるが、決定的な証拠写真を持っている者がいないように、女神を映した証拠写真や映像が何一つとして残っていないのだ。女神の存在を知っているのはそのとき戦場にいて生き残った兵士や命賭けで戦場をかけるジャーナリストだけ。しかし、証拠が何一つとしてないことと、目撃証言の女神の容姿が食い違っていることから、今のところその存在が証明されることはない。


 彼らの証言で共通するのは『女性』ということと『美しい』ということ。

 ネット内では複数人いるのではだとか、女神なのだから姿かたちは変えられるのではないか、などと議論されているが、所詮は机上の空論だ。

 ただ一つ事実として言えるのが、『ゴッデス』が目撃された戦場はその日のうちに戦が終わるということなのだが、女神という存在自体が平和の象徴であり、人々が平和を祈る過程で生まれた空想の産物ではないかと、セカイは勝手に結論付けていたりする。


「貴女は、『女神様』を信じる?」

「……ごめん、私は見たことがあるものしか信じないから」

「そう、それはよかった」


 意味ありげに微笑んだキャビンアテンダントは仕事に戻って行ってしまった。随分と一方的にわけのわからない質問をしてきて、切り上げてしまったが、特に怒りを感じることもなく、どちらかというと脱力感が残った感じで、セカイは渡された新聞と毛布を片手に席に戻る。


 皆が寝ている静かな機内で自身の席に戻ったセカイは、頭上のライトを点けてみる。隣で眠っているシオンが起きてしまわないか彼女の反応をうかがっていると、少しばかりの光が入ってきた程度では彼女は揺るがず眠っていた。そういえば、幼稚園のお昼寝の時間の時も、一番長く眠っていたっけ。


「んんっ……その靴は私のですよ……王子様……」


 一瞬起きてしまったのかと身構えたが、寝言はこれ一言だけで、目が開くこともなかった。どんな夢を見ているのだろうか、『ガラスの靴』なんておとぎ話が頭をよぎったが、相変わらずメルヘンチックなものだということだけは確かだろう。


 ほっと、安心したセカイは背もたれに背を預けながら、貰った新聞を広げてみる。見たことのない新聞で、どうやら世界各地のオカルト話ばかり詰め込まれたものらしい。こんなものが日本にあったのかと驚きながらその内容を見ていくと、一面にまさに先ほど女が言っていた『ゴッデス』についての記事をすぐに見つけた。


「世界情勢に目を向けろ……ね」


 この新聞によると、『ゴッデス』は世界に複数存在しており、東アジアに一人、西アジアに一人、ヨーロッパに一人と、その数は今のところ三人だが、実際のところその正確な数はわかっていない。

 そして、その存在自体が保有国および周辺国の最重要機密であり、情報規制が厳しく敷かれているらしい。だから、直接的な証拠になるようなものは国に没収されてしまうのだとか。その存在は、核爆弾何千個を所持するよりも価値のあるものであり、しかし、悪行に使うことは許されておらず、悪いことに使おうとすれば天罰が下るらしい。


 推測の妄想が膨らみすぎて、逆に面白くなっている記事を読みながら、字を追っていたせいか、段々と眠くなってきたので、頭上のライトを切るが、完全に暗くないと眠れない体質であったため、新聞を頭にのせて光を完全にシャットアウトする。


 まだまだ時間はある、少しくらい寝ておかなければ、時差に苦しむことになってしまうと思ったセカイは、先ほど貰った毛布を掛けて目を閉じたのであった。

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