第3話 昔話「選ばれる者」

 龍山りゅうざんの頂にほど近い、僊仁院せんにんいんには数多あまたの僧が暮らしており、日夜修行に精を出していたという。

 山を龍山と呼ぶ理由はいたって単純。龍が住んでいるから。

 僊仁院には龍がまつられている。龍と僊仁院との間には、切っても切れない深い結びつきがあった。

 さて、僊仁院には僧院のしどうしゃ大僧天だいそうてんがいる。大僧天の僊仁せんにんは代々、名を受け継ぎ、言葉を受け継ぎ、教えを受け継ぎ、信仰を受け継いできた。

 この度の僊仁には悩みがあったらしい。

 何しろ万事に関わる問題。誰かに相談するわけにもいかない。

 これまでも、代々悩み苦しみ、そして決心してきたに違いない。

 に従って。

 ただ、この度の僊仁の悩みはそれとは異なる。次のようなものだ。

 抑々そもそも教えは是か否か。

 さて、こうなってしまうと迷え迷宮、集え魔羅マーラで、気になって夜も眠れず、が常人。だがこの男、仮にも大僧天である。その悩みは早急に処理せずとも、修行には支障がないことを理解している。えらい。

 では一番の悩みとは何だったのか。

 ――だから!

 部屋まで大声が響いたと思うと、

 ――即ち其方そなたの言うことはだな

 ――いや違うっておまえさんの解釈だとな

 まーた始まった。

 そう、悩みはこの二人に関することだった。

 選ぶとしたら二人のどちらかなのである。

 即身天そくしんてんに選ぶとしたら。



 即身天とは、特別な者にのみ許された行いで、その特別な者は生きながらにして転生する権利を得る。

 龍となるのである。

 その修行と試験が行われる場所こそ、僊任院。

 資格を満たしても皆が龍となれるわけでもない。最終的には大僧天である僊仁が一人を選出する。

 僊任院の奥へ行くと、大して広くもない僧院でだだっ広い面積を占める場所がある。

 名を千貫せんがんの滝という。

 名前の通り、大量の水が天より叩きつけられ、滝壺は飛沫しぶきで水面が見えない。

 その滝にて水中入定すいちゅうにゅうじょうが行われる。

 水中入定は、生きながらにして自らを水と滝に一体化させ、生死を超えた永遠の生を龍と共にするための最終儀式。千貫の滝に入定したが最期。

 ただのみである。

 なぜ、そのような儀式が行われているのか。

 古来より伝わる昔話が教えとなって残っている。


 万来、この僧院のある地域は雨が不足し、下界の民は飢え、その上争いが絶えなかった。そのため、その対策が編み出された。

 混乱期が来る度に生贄を捧げたのである。

 しかし、その生贄の人選が誤っていた場合に天罰が下ったらしい。10年以上雨が降らず、川が乾き、人どころか生物が消えた。

 そこに現れたのは一人の僧。

 一人の僧が山を登り、水の溢れる滝を見つけ、自らを生贄として捧げた。すると、天は光り、木々が芽吹き、雨を降らせ、雷を放ち争いを鎮めた。

 この時、人々は龍を見たと言われている。

 この僧を讃えて、滝のある場所に名前を冠した僧院を建立こんりゅうした。その名を、僊仁院という。


 以来、伝説は受け継がれてきた。

 自らを水と一体化させ、民を救い争いに決着をつける。

 生死を超えて、万物の救いとして残り続ける者こそ、龍であった。

 

 その選出において、若くして秀でる者が二人。

 ――其方はいつもそうだ。人の話を聞かぬ。直すべきだ。

 伯昌はくしょうという名の僧。 5尺2寸160センチの明瞭な僧で、年は35といったところ。

 ――そりゃあおまえさんのほうだ! いい年してみっともない!

 えいという名の僧。 4尺7寸145センチは、当時の男にしては小柄な僧であった。小さいのもあってかまだ17か18に見える。

 一つの時にこれほど優秀な僧が二人もそろうとは。

 しかし、いや、だが、やはり。

 そうした言葉が思考の妨げとなる。

 教えに従うなら話は早い。

 即身天は、半尺15センチを持つ者にのみ許される。

 この時点で教えに従い処分していれば、何も悩む必要はなかったのかもしれない。


 この男、気が付いていてなお手を付けなかったのである。

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