1-2

「うん、なんか本当にゴメン。悪気はなかったんだ」

「えっと、私の方こそ手が出ちゃって、その、ご、ごめんなさいお兄さん!」


 目の前の女の子を警戒させないよう、部屋の隅っこで正座しながらそう口にする。女の子はそんな俺を見て、萎縮しつつもベッドの上で正座し、ペコリと頭を下げていた。

 ……かなり気まずい。


「あー、お兄さんはやめてくれ。こんな状況でそう呼ばれるには、無力すぎて何というか、こう罪悪感が……」

「えーと、それじゃあ……って私たちお互いの名前も知りませんでしたね……」

「あ、そっか。それじゃあ……俺の名前は大江おおえ 正宗まさむね。高一でこの前16歳になったばかりで山泉高校に通っている……ってわからないか」

「いえ、この辺りだと結構有名な高校ですしわかりますよ。やっぱり年上だったんですね。それにしても大江、ですか……」

「どうかした?」

「いえ、友人が同じ名前だったのでつい。特に問題ありません、ええ。じゃあ今度は私の番ですね。私の名前は藤原ふじわら さき。双葉ヶ丘中学に通う中学一年生です」

「うわー、若いなあ……それに双葉ヶ丘か、懐かしいな。俺、そこの卒業生なんだよ」


 幸運だったのは、彼女――藤原さんとの共通の話題があったことか。まさか同中だったとは……

 でも、同じ地域から二人連れてこられているって事はやっぱり誘拐でもされたのかな。


「えっと、それでここは何処なんですか?」

「ああ、今、目が覚めたばかりだからなんにもわからないよね」


 藤原さんは今、自分に起こっている事態を知らない。俺は自分の先程までの行動と合わせて、現状をできるだけわかりやすく彼女に説明した。……もっとも、説明している俺自身もわかっていない事が多すぎるのだが。


「えーと……何の冗談ですか?」


 事実、俺の説明を聞いた彼女は若干、引き気味にそう言った。まるで、俺が頭のやべー奴みたいな扱いだ。流石に辛い。


「ホントの事だよ、藤原さん。信じられないだろうけど冗談抜きで俺達はこの家から出られない。それも物理的に鍵がかかっているとかじゃなくて、もっとオカルト的な何かで邪魔されている。……最初は誘拐でもされたと思っていたけど、今となっては神隠しに遭っているような気分さ」

「そ、そんなのありえません!幽霊なんていないんです!」

「いや、今のは只の例え話しで……ってそうじゃなくて。大事なのは、俺達が外に出る手段がないって事だよ。信じられないならもう一回、屋根からダイブしてもいいけど?」

「そんな事までしたんですか……?あんまり危ない事はしない方がいいですよ……?」

「そっか。いくら安全でも、二回もやりたくなかったから助かるよ」

「……くすっ、そうですね。それがいいです」


 俺が苦笑しながらおどけるようにそういうと、藤原さんも釣られるように微笑を浮かべた。

 とりあえず、少しは距離が縮まったかな?これから何が起こるかわからないし、いつまでも警戒されていると後々、大変な事になりそうだからね。こっちの事をちゃんと信頼してもらわないといけない。

 ……まあ、現状は信頼してもらうには最悪な環境なわけだけど。密室、男女二人きり、何も起こらないはずもなく……って感じだし。こんな状況で無条件に男を信用するような女の子はいないだろう。むしろ俺が犯人だと疑われてもおかしくない。

 俺がそんな事を考えていると、突如けたたましいサイレンの音が鳴り響いた。


「ひゃあっ!?」

「っ!なんだ!?」


 藤原さんは悲鳴を上げて耳を手で押さえ、俺は何が起こるのかと立ち上がって身構える。

 音と共に部屋にある机が発光する。そして、サイレンの音が止まると同時にその光も止んだ。

 

「これは、パソコン……?」


 ただ机の上には先程までには無かったものがあった。ノートパソコンだ。警戒しながらも調べるために近づこうとすると、そのパソコンは独りでに起動した。画面に映し出されたのは三頭身にデフォルメされたウサギのキャラクター。


『大江 正宗、藤原 咲、両名の覚醒を確認。これより実験を開始します』


 その可愛らし気な見た目と裏腹な、無機質な電子音声がパソコンから発せられた。


『明確に。迅速に。お二人方にこの実験の概要をお伝えします。まず、ここは現実の世界ではありません。全てがウソ。全てが偽物。全てがフィクションで出来た虚構の世界。――ここはネットワークの中に作られた電脳世界です』


 ……そんな馬鹿な。ここが作られた世界だなんて。多少の違和感と嫌悪感こそあれ、これほど真に迫った世界が偽物だとはとてもじゃないけど思えない。

 まるでSFの小説みたいだ。こんな技術力が本当に存在しているのか?


『ですが、貴方達の精神だけは本物です。この世界から貴方達が出る方法はたった一つ。恋を証明してください。愛を実証してください。性交による受精という結果を以ってこの実験を終了します』

「「……はい?」」


 そんな考えが吹き飛ぶ程の衝撃的な発言が放たれた。

 未だベッドの上で固まったままの藤原さんをチラリと見る。それに気づいたのかビクリと彼女は震えるが気にしない。

 幼さの残る顔立ち。俺との身長差は20センチ程あるだろう成長前の小さな体。そして年齢――中学一年生最高で13歳

 目に手を当て、天を仰ぐ。そして思わず呟いた。


「……いや、犯罪だろ」

「どういう意味ですか!?私が手を出すのも躊躇われる位ちんちくりんだって言いたいんですかっ!?」

「そうじゃなくて!高校生がちょっと前までランドセル背負ってたような子に手ぇ出すとか世間体が死んじゃうから!」

「それでもムカつくもんはムカつくんですっ!」

「理不尽だっ!」


 そうやって二人で言い合っていると沈黙を保っていたパソコンから再び音声が流れ始めた。


『貴方達には実験に集中してもらえるように最大のサポートを用意しています。必要なものがあれば何でも用意いたします。必要であれば要求する施設もその都度、構築致します。パソコンを操作して……』

「ちょっと待ってくれ!本気でこんな事が成り立つとでも思っているのか⁉」

『成り立つまで続けます。一ヵ月でも、一年でも、例え何千年かかろうとも。そういう実験ですから。……ああでも、このまま精神が限界を迎えるまで、この世界で二人生き続けるというのもそれはそれで愛のカタチなのかもしれませんね』

「ふざけんな!」


 思わず声を荒げてしまったが、まるで動じた様子もなくパソコンからは電子音声が流れ続ける。


『実験概要の説明は終了しました。それでは存分に恋に踊って下さい。愛に溺れて下さい。貴方達の幸せを願っています』

「おいっ、待てっ!」


 その言葉を最後にパソコンはいつも見慣れたデスクトップの画面へと切り替わった。もう言うことは何も無いという事だろう。

 とっさに伸ばした手を引き戻し、その手でガリガリと頭を掻く。


「あー、これからどうす……スマン。無神経だった」


 とりあえずこれからどうするかを相談しようと、藤原さんの方を向いて、そして彼女が怯えている事に気付いた。それはこの理不尽な状況に対してではなく俺という「男」への警戒からだという事は何となく察せられた。

 ここから出るためにはその、そういう事をしないといけない。男としては役得かもしれないけど、女の子からしたらそりゃ怖いよな。俺がいくら否定しても「男」でいる以上、何処かで血迷う可能性が無いとは言い切れないし。

 実質、選択肢がほとんど無いこの状況でこれからどうする?なんて男の方から言い出すとか流石にやっちゃいけないだろ。選択の責任をこんな小っちゃい女の子に背負わせるのは卑怯だ。


「ちがっ!そうじゃないんです!」

「大丈夫。分かってるから。俺、ちょっと頭冷やしてくるわ」


 とにかく今、一緒にいるのはマズいと思って俺は部屋を出た。突然こんな事を言われて藤原さんも心細いだろうけど、俺が居てもきっと逆効果だ。それに……


「とりあえず、安全なのは良かったけど……どうすりゃいいんだろうなコレ」


 ……ぶっちゃけ俺も限界だった。女の子の前でみっともない真似をしなかっただけでも俺としてはよくやった方だと思いたい。

 家の外まで出て、再び座り込む。そして大きな溜息を吐いた。


「はあ、無茶苦茶やり過ぎだろ。大体、これで得するのなんて俺くらい……いや、下手やると元の世界に戻った時に背中から刺されそうだなー。どっちにしてもやばいなー……ホントどうしよう……」


 あのパソコンの音声を信じるならば、安全は確保されているし、なにより年下の女の子にかっこ悪い所を見せたくないという見栄もある。さっき一人で足掻いていた時よりかは幾分か余裕も出来た。

 その代わりに示された脱出条件、それは、俺はともかく女の子にとっては酷な物だ。好きでもない出会ったばかりの男に体を許すか、一生ここに閉じ込められるかを最終的には選ばないといけないのだから。

 そして、この現状が俺にとって決していいものでもないと理解している。無理矢理に肉体関係を迫った時には、無事に帰れたとしてもそれからの人生で背中を常に気にしながら生きていかないといけなくなる。そんなのは嫌だ。


「……とりあえずは、心の整理がつくまで現状維持の方がいいよな、うん」


 これだけお膳立てされた上で結局ヘタれる自分の情けなさには溜息しか出ないが、女の子を傷つけてまで外に出るよりかはよっぽどマシだろう。けれど……


(……あー。一緒に閉じ込められた女の子が良い躰なのに性にだらしなくて超エロい子とかだったら、俺も躊躇わずに童貞捨てられたのになー!)

 

 ……こんな事を考える位には俺も冷静さを欠いていた。本当に頭を冷やすべきだと思う。


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