マジカル ピクチャー (短編版)

なるせ悠

第1話

「あ、祥太しょうた、ごめん!」


 父さんとキャッチボールをするといつもコレだ。

 僕は頭の遥か上を越えていくボールを見上げながらうんざりした。


「ちゃんと狙って投げてる? 父さん」


 草むらに飛び込んでいったボールを拾いに行くと、おっかしいなぁなんて声が背中から聞こえた。


 暖かくなったからか、河川敷の雑草は少し前よりも深くなっている。それに太陽が落ちてきたので余計に手元が見づらい。

「祥太、ゴメンなー。見つかりそうかー?」

「あ、あったー。見つけた」

 雑草を掻き分けてボールを拾い上げる。

 父さんは両手を上げて、よーし来い、なんて言っている。


「父さん、もう暗くなってきたから帰ろうよー」

 いつもは三十分くらい付き合ったら帰るのに。今日はもう二時間近く粘っている。僕は来週、少年野球の地区大会の大事な試合がある。父さんと練習してたら調子が狂っちゃうよ。エースの僕が崩れたらチームが負けちゃうよ。

「もうちょっと、もうちょっとだけやろう。な、祥太」

 はっきり理由を言ったら父さん傷ついちゃうから、やんわり言ったのに……。


 僕はもう帰りたい気持ちを込めて、父さんの胸元めがけてボールを投げ込んだ。

 あ、強すぎたかな? このスピードだと父さん取れないかも。


 すると意外にも父さんは僕の球をしっかりとキャッチした。

「ナイスキャッチ父さん! じゃあもうちょっとだけやろっか」

 ファインプレーに免じてもうちょっと付き合ってあげよう。

 でも父さんはボールを見つめたまま中々投げ返して来ない。

「どしたの父さん。手が痺れちゃった?」


 父さんはズレたメガネを直しながら手元のボールに向かってなにか小さく呟いているみたいだった。

「父さーん、今度はちゃんと取るから。ちゃちゃっと投げちゃってー」

 多少の暴投なら頑張ってキャッチしてあげよう。父さん下手っぴーヘタッピーだからな。


 川辺に落ちそうなオレンジの太陽が、父さんの影を長く細く伸ばしている。

 ようやく投球モーションに入った父さんは、大きく振りかぶったところで手を止めて言った。

「……祥太。父さんな、再婚、しようと思うんだ」


 父さんは僕の目を見つめたまま力強くボールを放った。

 差し込むように小さな風が吹き込んで雑草の穂先を鳴らした。ボールはしゅるしゅるという音をたてながら真っ直ぐに僕の胸元に飛んできた。


 今日一番のいい球だったけど、僕は上手くキャッチできずにボールを落としてしまった。エースなのに。

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