第11話 魔族と人間に好かれた 7

「僕はさ、自分で言うのも変な話だけど、どちらかと言えばSな方だと思っていたんだよね。ベルちゃんいじり倒すの好きだし、魔王様からかうのも好きだし、責める方と責められる方だったら責める方が好きだし、そのためだったらそれなりの努力をするつもりなんだけどさ。いやぁ、新しい扉っていうのは何処でいつ開くかわからないものだね。僕の新しい扉を開きかけた、それだけで今回この王都に来ただけの価値はあるよ」

「何の話しているのですか」

「ベルちゃんみたいな可愛い女の子に両手両足を縛られるのは悪く無いかなって話。色々画策してきたけど、今回はこのイベントだけで目的を達成したと言っても過言ではないかもしれない」

僕は現在、賭けに負けた罰ゲームで美少女から縄で縛られ、ベットに転がされている。縛られながらも嬉々としている僕を、ベルちゃんはゴミを見るような目で見ているが、美少女から縛られて美少女に蔑まれる、悪く無い組み合わせだ

近藤さんと食事を終えた後、ベルちゃんは宿に戻る前に道具屋らしき店で、本当に縄を購入した。縄を選んでいるベルちゃん、本当に良い笑顔だったな

そして部屋に戻り、特にすることないならもう寝ましょう、と意気揚々と寝る準備として縄で僕の両手を縛り、余った部分を切って更に両足を縛った。前代未聞の寝る支度である

「気持ち悪いことを言わないでください」

「おいおい、いい男を縛り上げてベットに寝かせているんだよ、そういうことを期待するのも仕方ないでしょ」

「いい男…フフッ」

笑われた。どんな顔で笑っているのか確認する前に部屋の明かりが消された、まぁ嘲笑だったんだろうけど

「その状態ですし、先ほども私に変な事をしないと自身で言っていましたが、もし変な事をしたら魔王様に数割増しで報告しますからね」

「生憎と、僕の世界ではそれは変な事してくれって意味になるんだよね」

身体を縛っているのに、警戒心を持ちながらベルちゃんは僕の転がされているベットに、「押すなよ、絶対に押すなよ」みたいなことを言いながら入ってきた。僕の背中にベルちゃんの背中が当たるように、背中合わせになるように入ってきた

お互い寝間着なので、肌の柔らかさや温かさが背中越しで伝わってくる、そして根本的に距離が近いこともあり、女性独特の香りが僕の鼻をくすぐる

あーどうしよ、心臓の高鳴りがうるさい。背中が当たる程度でこんなことになるなんて、童貞丸出しじゃないか、僕ってこんなキャラじゃないと思うんだけどな、セクハラ大好きでもうちょっと憎たらしくて飄々としていたはず

「ベルちゃん、変な事言っていい?」

「会話の大半が変な人が今更許可を求めますか」

「それもそうだね、じゃあ言うよ。ベルちゃんの背中、滅茶苦茶気持ちが良い」

「なら私も言いますね、マコトさんの今の発言、滅茶苦茶気持ち悪いですよ」

そう言いながらも、動こうとしないベルちゃん。それだけ信用しているのかな、両手両足の拘束を。僕自身に信頼される要素ないものな

「…はぁ」

「どうかしたの、ため息をつくと幸せは逃げちゃうんだぜ」

「ならあなたは貧乏神ですね。こんな風に異性とこんなに近づくことは今までなかったので、あなた相手でも心臓がドキドキしてしまう自分が情けなく思っただけです」

「やーいやーい、情けないやつだなー」

「…本当にこんな人相手にときめきにも似た感情を抱いたなんて、情けない」

どうやら、ベルちゃんも僕と似たような気持ちらしい。想像以上に相手を意識してしまい、それが想像以上にムカついてしまう。ベルちゃんはそれを素直に公言したが、僕はそれを茶化して誤魔化そうとした。いつからラブコメになったんだ、僕たちの物語は

「腹立たしいことに、僕たちはお互いに少々緊張しているみたいだからさ、眠くなるまで何かお話しない?」

「構いませんが、何のお話ですか?私は先日話した内容以上の話をする自信はありませんよ」

「そうだね、なら僕の話をしようかな。つまらなくてすぐ寝ちゃうこと請け合いだぜ」

「聞く気が削がれることを言いますね。なら私がいくつか質問するので、それに答えていくという形はどうですか」

「いいよ、何でも聞いて」

お互いに目を閉じたまま、空想ごとを語り合い戯れるが如く、頭に浮かんだ言葉を吟味もせずに口から外に出す

「マコトさんは、どんな家で過ごしていたんですか」

「家、でもベルちゃん…」

「気を遣わないでください、私が質問したことですから」

「なら普通に答えるけど、これといって特筆することもない、ごくごく普通のありふれた家族だよ。単身赴任であまり家にいない父親と、テンション高くて鬱陶しい母親、顔を合わせれば嫌味しか言わない姉、こんな感じのどこにでもいる普通の家族さ」

「恋人とかはいらっしゃらないのですか」

「酷なことを聞くねぇ、いるわけないでしょ」

「確かにマコトさんは、性格こそアレですけど、容姿の方は整っている方ですし、感情を読み取る力に長けているのですから、コネクション作りに躍起になっていた時のように、他者に気に入られる接し方をすれば、容易に異性と付き合えると思いますけど」

「ハハッ、今までそんなこと言われたことないよ。やっぱベルちゃんは見る目があるなぁ。まぁ確かに、自分で言うのも変だけど本性隠せば、それなりに異性とも良好な関係を築ける自信はあるよ。だけどさ、それって意味ないじゃん」

「付き合うなら、自分の汚いところを全部見せてそれを受け入れてくれる人と付き合いたい、ということですか」

「別にそこまで偉そうに言うつもりはないけど、大まかにいうとそんな感じ」

「マコトさん、一生恋人出来ませんよ」

割とガチなトーンで言われてしまった

「そういうベルちゃんこそ、浮いた話はないの。魔族と人間に禁断の愛とか、僕の好物だよ」

「生憎とありませんね、皆さん本当によくしてくれますが、扱いとしては良くて妹、悪くてペットって感じです」

「気になる異性とかは」

「いませんね」

「ふーん、寂しい青春を送っているんだね」

「青春なんて興味はありませんよ。私は魔王様のために働くことが全てですから。質問に戻りますね、マコトさんが住む二ホンというところはどんなところなんですか」

「どんなところ、とは些か質問が抽象的だね。もう少し絞ってくれないかな」

「なら、そちらの世界はどんな人間がいるのですか」

「まだ抽象的だけど、まぁ良いか。どんな人間、普通の人間が多いよ。特に何の面白みも無くて、僕如きの矮小な想像を越えない人間たちだ。目と耳が二つあって、口と鼻が一つある」

「ふざけているんですか」

「ベルちゃんの想像を超えるような人間はいないってこと、今日こっちの世界の人間を見たけど、文化や価値観や考え方が違うだけで、大して変わらないよ。それに今は寝言みたいな戯言なんだし、ふざけてもいいじゃん」

「そこの違いは大したことあると思うのですが…ですが戯言については同意しますよ、どうせ明日には忘れている寝言みたいなものですもんね」

ふぁ、と小さな欠伸と共に、僕の言葉に同意した。緊張していると言いながら、少しずつリラックスしているみたいだ

「…そうだ、最後に聞こうと思っていたことがありました」

「なにかな」

「どうしてマコトさんは、私たちに味方してくれているのですか」

少し予想外の質問に、眠気に支配されかけた頭が再び覚醒する

「前にも話さなかったかな、魔人の人たちが気の良い人たちばかりで、協力してあげたいって思ったからだよ」

「あなたがそんなこと考える人ですか。あなたに取って私たちは、この世界よりもずっと発展した国で平穏な日々を過ごしていたところを、問答無用でこちらの世界に召喚して、私たちの事情を一方的に押し付けたのですよ。恨まれてもおかしくありません」

「急に…あぁ、さっきの近藤さんとの話の影響か」

あの人はいきなり呼び出されて隷属させられているんだ、僕なんかよりも思うところはあるだろう

「一応怒ったじゃん、ベルちゃん曰く不気味な恐怖を感じたって」

「ですがあれは、呼び出されたことに関してというよりも、無責任に呼び出したことについて、そしてそれを私が意に介さなかったことについて起こっただけですよね」

「それってイコールじゃないの」

「先ほど近藤明と話をして感じましたが、あの人は理不尽に呼び出されたことに対して怒っていましたが、マコトさんからはそんな気配が微塵も感じられません。もし私があの時、申し訳なさそうにしていれば誠さんはあんな風に怒らなかったですよね。過剰に煽りはされるも、きっとそれだけで矛を収めていたはずですよ。あの時マコトさんは、召喚されたことよりも、無責任な対応をしたことに怒ったのですよね」

「ベルちゃんがそう思うのなら、そうなんじゃない」

「私にはその理由がわかりませんし、そんな仕打ちをした私たちに協力する理由がわかりません」

「魔王様には少し話したけど、別にそんな大層な理由があるわけでもないよ。それよりも、一週間近く一緒にいて、そんなことも理解されていない事実に僕としてはショックだよ。僕ってそんなに分かりにくいかな」

「あなたの口からそんな言葉が出るとは思いませんでした、どちらかというと人は人を理解できない、とかいうタイプだと思っていましたが。改めて言いますが、マコトさんはかなり分かりにくいですよ」

「僕の行動理念はいつも一つだよ、自分に得かどうか、それだけだ。これは魔王様にも話したことだけど、ここは魔王側についていた方が得だと思っただけ、今の僕にはこの世界の人間たちとまともに話し合えるようなカードはない、なら責任感じている魔王様に取り入って、元の世界に帰る方法を探した方が効率的じゃん」

「私たちの味方をしてくれる理由は分かりましたが、身勝手に呼び出したことについては」

「それは順番が逆だね。恨みや憤りがないから協力しているんじゃなくて、恨みや憤りが魔王様たちに取り入るために邪魔だから持たないようにしているだけ」

「え…」

そんなにおかしなことだったのか、意地でも振り返らないつもりのベルちゃんがこちらを向いた。こんな機会を逃すセクハラ魔の僕ではない、僕も振り返った

「…っ、こちらを見ないでください」

「先にこっちを向いたのはベルちゃんじゃん、それに変に反応すると意識してるみたいだよ。僕はこんな拘束されているんだし、この部屋紹介された時言ったように、ここでベルちゃんに手を出すメリットはないから安心して」

ベルちゃんはその端正な顔を赤く染めながら、視線をあちこちに飛ばしている。ここまで露骨に動揺をしている人は初めて見るな、可愛い

「ただ、お互い向き合った体勢になっているから、その結果としておっぱいが当たるのはノーカウントってことで」

「…んん、わかりました。それで、話を戻しますけど、恨みや憤りを持たないようにしているというのは」

顔を真っ赤にしながら、なんとか意識を逸らすように話の軌道修正をした

「そのままの意味だけど。だってこれから利用する相手と険悪になってもしょうがないでしょ、向こうだって自分に対して怒っている人と協力したくないでしょ」

「ですが、魔王様はあなたに対して負い目を感じているのですよ、なら多少は怒りをぶつけても構わないのでは」

「生憎と、感情を持つ生き物がそこまで理性的になれないことを僕は知っていてね。たとえ向こうに非があろうと、マイナスの感情をぶつければマイナスの感情が返ってくる、その負い目は希薄になっていく。なら下手にマイナス感情をぶつけるよりも、煽ったり揶揄ったりして遊びながら、負い目を利用した方が良いじゃん。だから、それに邪魔な怒りとか恨みとかの感情は持たないよ。まぁ偶に出ちゃう時もあるけどね」

「…そんなことできるのですか」

「やろうと思えば案外できるよ、というより日本では必須スキル。別に難しいことでもないよ、程々に空気を読んで自分の感情を殺してへらへら笑う、簡単だよ」

「…マコトさんの笑顔が常に胡散臭い理由が分かった気がします。そして常にあなたに付きまとっている、その不気味さも」

何だか前にも似たようなこと言われた気がしたけど、僕ってそんなに不気味かな、胡散臭い自覚はあるけど、爽やかな好青年のつもりなんだけどな

「ですが、そのおかげで魔王軍に協力してくれるのなら、不気味で胡散臭いというのも悪いものではないのかもしれませんね」

私は嫌いですけど、そう付け加えてベルちゃんは再び僕に背を向けた

「もし、もしもですけど」

少しの沈黙の後、蚊の鳴くような声が聞こえた

「その不気味さと胡散臭さで魔王様に貢献できたのなら、少しはマコトさんのこと好きになれそうですけど」

「いや、別にそこまでベルちゃんに好かれたいと思ってないからいいや」

「……」

「……」

召喚されたときのような、なんとも言えない沈黙が部屋を支配する

男女で同衾したのにここまでロマンも何もない展開というのも珍しいな

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