第10話 魔族と人間に好かれた 6

「私に何か用ですか」

店員に連れてこられた人が、困ったような笑顔を浮かべて僕たちの前に姿を見せた。実に日本人らしい笑顔だ

「これは…どっちだ」

「女性のようにも見えますが、男性と言われれば男性に見えなくもないですね」

出てきたのは僕やベルちゃんよりも背が高く、スラッとした中性的な人だった。声も女性にしては少し低く感じるが、男性にしては少し高く感じる声であり、身体の起伏もあまりない、というよりコックの服を着ているため、身体の起伏が分かりにくい

「女性かな?ぽく見えない?」

「ですが男性と言われても不自然はありませんよ」

こそこそと話し合う僕たちを見て、さらに困惑の表情を濃くする近藤さん。いやごめんね、賭けの勝敗を査定しているところだから、もうちょっと待ってね

「…あなたが近藤明さんですよね、その短いながらも綺麗に切りそろえてある黒髪を見ればわかりますよ。僕は常盤真、マックとでも呼んでください。そしてお察しの通り日本人です」

自己紹介をしながら、握手をするため手を差し出した。近藤さんは最初は迷ったように手をこまねいていたが、僕が日本人だと告げると、納得したように握手に応じた。うーん、少しガサガサしているけど、スキンケアも碌にない世界で料理人なんてやっていればこんな感じになるのかな

それに髪について言及したときに、特に不快感を見せなかった、ネットの知識だから本当かどうかは分からないが、女性は異性から髪や身体について言及があった場合、男性の想像以上に不快感があるらしい。なら男か?

「なるほど、久坂さんのご紹介とはそういう意味だったのですね……マック?」

「お気になさらずに。僕は最近この世界に召喚されたばかりなので、もしよろしければお話を伺いたいなと」

「それで私のもとに来たのですか」

一人称が私、か。判断が難しいところだ

「久坂さんにこの町にいる異世界人の場所と名前を教えてもらいました、その中で一番分かりやすい場所にいるのがあなたと聞いたので。そうだ、この隣にいるのは僕のことを召喚した魔術師のベルセレン・エトワールさん」

ベルちゃんは先ほど同様笑顔で会釈した

召喚した魔術師、という単語で、近藤さんは少し顔をひきつらせた。隷属させられるタイプの召喚魔術で呼ばれたのだ、思うところがあるのだろう

「分かりました、では少し待っていてください」

「お時間いただけるのですか」

「はい、もうそろそろ上がる時間なので。それに日本人ならば必ず通る道ですからね。頼るものがほとんどなく、少しでも多くの情報が欲しい、同じ日本人と話して安心したい、そのお気持ちは分かりますよ」

なんだか、思いの外協力的だ、門前払いも覚悟していたんだけどな。久坂さんのときも思ったけど、やっぱりこんな訳の分からない世界に呼び出されたら、同じような境遇の人には協力的になるのかな。まぁ確かに、協力関係を結んでいる人たちの中で誰か一人でも日本に戻る方法を見つけたられたら、その人に便乗して帰れるものね

流石に、いくら料理長がお話をするためとはいえ、この世界では一応高級店であるこの店を使用できるはずもなく、近藤さんが帰る準備をするまでの間僕たちは外で待たされた

「…どう思う?」

「顔や身体、声だけでは何とも。ただ、優しそうで綺麗な方という印象を受けました、言葉遣いも丁寧でしたし。ですが今はそれだけしかわかりません、直接聞いてみたらどうですか」

「印象は僕も大体そんな感じ、握手したときの触感や一人称からは正直読み取れなかったな。軽いセクハラにも特に反応を示さなかったし、男かおおらかな女性ってところかな」

「あんなわずかな間で色々見ていますね。因みに私が勝ったら、あの宿で寝るとき、あなたの両手と両足を縛って眠ることを要求します」

「なら僕が勝ったら、ベルちゃんを抱き枕として使わせてもらうよ」

「マコトさんの予想が正しいのならば、高確率で縄が必要になりますね、宿に戻る前に買っていきましょうか」

「さてね、まだ勝負は分からないぜ」

「何の勝負をされているのですか」

近藤さんの第一印象を話し合っていたところで、ご本人登場。流石に賭け云々の話をするわけにもいかないから、適当に笑って誤魔化す

「それよりも、随分と速かったですね」

「先ほどご案内されたように、うちの店は一見様お断りの完全予約制。来る客は朝の時点で把握できています、なので今日は明日使う食材の準備や掃除だけだったので、正直もう帰る直前みたいなところがあったので」

「なるほど、なら僕たちは運がよかったってことかな。それじゃ、どこか適当な飲食店にでも入ろうか、料理長さんのおすすめの店とかに行きたいな」

「やめてくださいよ、私でなくても簡単に料理長になれますよ、あの店は」

苦笑いを浮かべて肩を竦めながらの発言が気になったが、こっちです、と素早く案内に移られて真意を聞けなかった。まぁ、後で聞けばいいか

案内されたところは先ほどの店よりも少し小汚いが、騒がしく活気にあふれた飲食店であった。個人的にはさっきの店よりここの店の方が好きだな、古き良き酒場って感じがして

「お二人ともお酒はいけますか」

「申し訳ないけど、僕は日本では未成年でしてね。ここで生きていく決意をまだしていないので、一応日本の法律の方を尊守させてもらいますよ」

「私は飲めないこともありませんが、あまり強くないので遠慮させてもらいます」

「へぇ常盤さんは未成年でしたか、落ち着いているので童顔なだけかと思っていましたよ」

「よく言われます、誉め言葉として受け取っておきますよ」

僕とベルちゃんは定食を注文し、近藤さんはそれと合わせてお酒と思われる飲料を頼んだ

「さて、改めて自己紹介をしましょうか。最近名前が売れ出した聖剣の勇者から聞いていると思いますが、私は近藤明、25歳です。こっちの世界はかれこれ半年以上、そろそろ一年になるか、というくらいはいます」

久坂さんと話をしたときは、どちらかというと冒険者としての視点での話であったため、正直あまり有意義といえるものではなかったが、今回のは期待できそうだ

「随分長いですね、僕なんてベルちゃんに召喚されてまだ一週間くらいですよ」

「それにしては随分と落ち着いていますね。私なんて最初の一ヶ月は焦りに焦って、よく叱られたものですよ」

「いやいや、僕だって初日は流石に焦ったよ。まぁ焦っても仕方ないことだし、元の世界に戻れるわけでもないしね、先を考えて行動に移さないとね」

「私なんかより全然大人ですね、因みに常盤さんはどこで何をしているのですか」

さて、どう答えるか

久坂さんと同じ話でも良いけど、それだと近藤さんがこの国のお偉いさんと接点があった場合、一発でウソがバレる。逆に当り障りのない、検証しようのない話をでっちあげたら、今度は久坂さんとの間で齟齬が生まれる。近藤さんがどれだけ久坂さんとの関わりがあるか、どれだけこの国のお偉いさんとの関わりがあるか、どっちの方が分のある賭けかな

「…今は、フェイカート公国のベルちゃんのところでお世話になっているよ、そして日がな一日、ベルちゃんのお手伝いをしながら、日本に戻るための方法を考えているんだ。ベルちゃんも協力的で、今日ももっとこの世界について見聞を広めたいって言ったら、わざわざこの国の王都まで連れてきてもらえたしね」

当たり障りのないでっちあげを選んだ

先ほど近藤さんは久坂さんのことを、聖剣の勇者、と他人行儀な呼び方で呼んでいた。つまり近藤さんにとって久坂さんは、同郷の人間ではあるが他人行儀になるような相手、ということだ。ならば、こっちのほうがまだ分があるだろう

そして僕の意図を察したベルちゃんは、静かに頷いて僕の言葉を引き継ぐ

「わざわざ違う世界から来てもらったのです、私のできる範囲であれば希望を叶えようかと、それにマコトさんの発想や頭の回転を今後の私たちの利に繋げるには、多くのことを知っておいてもらうことに損はありませんから」

どこの組織とは言わずに、具体的な居場所も教えず、明確な目的も話さない、だけどなんか説明したっぽい雰囲気を作る、口先だけで生きている僕にとっては容易いことだ。そしてこの手法の面白いところは、相手が初対面であったりあまり親しくない間柄だと、遠慮して聞き返してこないというところだ

「常盤さんは、良いところに召喚されたのですね」

「…久坂さんから聞いたよ、近藤さんは隷属させられているんだってね」

「えぇ、まぁ」

「これは興味本位での質問だから、気に障ったら謝るし、無理に応える必要はないんだけど、近藤さんはどんな人に隷属しているの?さっきの口ぶりからして、あまり良いところではなさそうだけど」

僕の少し踏み込み過ぎた質問を、近藤さんは物憂げな表情で考え、ため息交じりにだが答えてくれた。挙動が一々様になるな

「…もちろん、悪いところというつもりはありませんが、常盤さんの所ほど理解があるところではありませんね。私を召喚したのはあの店のオーナーの友人なのですが、その人がオーナーに昔した借金の返済として、私が呼ばれてあの店で働かされました」

「召喚魔術って、そんな個人的なことに利用していいものなの」

「それは常盤さんや久坂さんのような、特定の目的のため呼び出された、才能ある方々ならではの視点ですよ」

近藤さんのどこか小馬鹿にしているようなエリート扱いに少しイラッとしたが、近藤さん視点では僕はこの世界で何不自由なく過ごしている、お坊ちゃまのように映っても不思議ではない

頭の片隅でそんな反省をしながら、運ばれてくる料理を眺めながら、近藤さんの発言の真意を考察した。本人にその気があるかないかは別にして、流石に小馬鹿にされたまま当人から正答を聞けるほど、僕も大人ではない

「…あぁ、そうか、この世界って奴隷とか普通にいるのか。なら組織的にそのオーナーさんに借りがあるなら、例えば組織の維持費のためにオーナーさんが出資していれば、成果である近藤さんを働き手として渡すことも不思議ではないのか」

「その通りです。株とかと似ていますね」

「さしずめ近藤さんは、配当ってところかな」

「そんなところですね。本当に嫌になっちゃいますよ」

近藤さんは、定食と共に運ばれてきたワインのようなお酒を二口ほど飲み、大きなため息をついた

「流石にもう慣れましたけど、ここの世界の人たちの人に関する考え方は本当に酷いですよね」

「そうなの」

「あの人たちは、本気で自分たちが一番偉いと思ってますよ。勿論、この世界の中で階級や上下関係はありますよ、だけどその階級外の人間や種族に関しては、問答無用で一番下の階級って考えてますよ」

何だか人が変わったように喋り出したな、お酒のせいかな。二口しか飲んでなかったはずだぞ。酒に酔って口が軽くなったのか、それとも酒のせいで口が軽くなったふりをしたいのか、後者かなぁ。なら僕も、下手に畏まるよりも喋りやすいように、タメ口とか軽めの口調の方が良いかな、さっきまでも若干そんな感じだったけど

「まぁでも、大航海時代で新大陸を発見した冒険家たちはそんなんだったじゃん。自分が見つけたから自分の島だって本気で主張してたよ」

「そうなんですか?つまりここの人たちの倫理観は、大航海時代のそれと変わらないってことじゃないですか」

「街並みを見ればわかるでしょ、文化っていうのは時代やその当時の人の心を表すんだよ。この街並みは、中世ヨーロッパ位だから、人の倫理観や心もそれくらいでしょ」

そこまで言って、ベルちゃんの方を向く

「ベルちゃんは聞いていてあまり気持ちのいい内容じゃないかもしれないけど、僕たち日本人からして見れば、ここの世界の人たちは何もかも遅れて見えるんだ」

勿論、これはパフォーマンスである。こんなこと、召喚された次の日くらいには包み隠さず、何だったらもっと棘のある言葉で、ベルちゃんにも魔王様にも言ってある。これはただ、この世界の愚痴で盛り上がり、蚊帳の外になりつつあるベルちゃんに対する配慮、そしてここにいるのは日本人二人ではな日本人二人と召喚魔術師一人ということのアピール、そしてなにより、ワンクッション挿むことにより僕とベルちゃんの力関係を近藤さん目線で均しておきたい、この世界の住人を無視してグチグチ言いたいことを言うのではなく、こういうのは心苦しいんだけど、というニュアンスを匂わせておきたい。召喚した側とされた側で露骨に差があるのも不自然だしね

「気になさらずに、私もマコトさんを唐突に召喚し、この世界の揉め事に巻き込んでしまったことを申し訳なく思っています」

僕の意を汲み取ったのか、素での返答なのかわからないが、ベルちゃんは僕の方を向いて頭を下げた

「ない物ねだりしても仕方ないですけど、私もベルセレンさんのような人の所に召喚されたかったですね」

「そんなに扱いがひどいの」

「そこまで露骨に酷くはないですよ。別段奴隷というわけでもありませんから」

だけど近藤さんの口ぶりは、さながら奴隷のような扱いを受けているように感じるが

「私がこっちの世界に来て初めての仕事は、メニューの作成でした」

「メニュー?働いているお店の?」

「はい。異世界のメニューは人気がありますから、来る日も来る日もたくさんの料理を作らされ、その作り方を指導してきました。…先に言っておきますけど、私日本ではしがないSEですよ」

「そうなんだ、料理長なんて呼ばれていたから、てっきりそういう仕事を日本でもしていたのかと」

「さっきも少し言いましたけど、日本人なら誰でも料理長になれたんですよ、あの店は。私は大学の頃から一人り暮らしだったので、最低限の料理は出来ますから。異世界もののライトノベルみたいに、私自身に大した力はありませんが、今まで培ってきた知識で無双する、そんな感じでしたね」

「ライトノベルとか読むんですね」

「偏見ですけど、IT関係に努めている人の大半はオタクですよ」

それは流石に偏見が過ぎると思うけど、何はともあれ、近藤さんがあそこの店で料理長と呼ばれている理由、そしてそれをあまり快く思っていない理由、ついでに配当を労働力一つで納得したあの店のオーナーさんの気持ちが分かった

異世界の未知なる味を作れる料理人、そんな者がいればそりゃ他のお店に負けるはずもないだろうし、最低限の日本の料理を創れれば事足りる、どころか料理長まで上り詰められる

「一応聞くけど、給料って出ているの」

「流石に出てますよ、奴隷ではないのですから。ただ泊まるところや衣類代などが差し引かれ、貰っている額は微々たるものですけどね」

「そうなんですか」

意外にも声を上げたのはベルちゃんだった

「そんなにおかしいことですか?常盤さんや久坂さん以外にも、何人かの日本人と接点を持っていますが、久坂さんみたいな国からも優遇され、自分でも冒険者として稼げる人なんてほとんどいませんよ。ほとんどが私のように、衣食住の維持だけでお金なんて無くなっちゃいますよ」

「…私の上司は、異世界から召喚した者は、問答無用でこっちの世界に呼び出され、私たちの都合で勝手に人生を歪められた人たちだから、せめてここでは手厚く保護をしよう、と仰っていたので」

「それはあなたの所属している組織が優しくて理解のあるところなだけですよ、ほとんどは無理やり呼び出して、ここでの生活を援助してやるから献身的に働け、という態度をとってきますよ。本当に羨ましい限りですよ、常盤さんが」

だいぶお酒を飲んだのか、近藤さんの口が回ること回ること。これなら、そろそろ切り出しても良いかな

「そんなに羨ましいなら、僕たちのところに来る?」

「あなたたちのところですか?」

「そう、近藤さんがよかったらだけど」

「…ご存じないのですか、私たちのように隷属させられている人間には、体の内側に呪いがかけられていて、術者の意に沿わない行動ができないようになっています。肉体的な痛みであったり、洗脳に近い精神干渉であったり」

「その辺は大丈夫です、とまではまだ言えませんが、考えがあります。私たちは国や軍とは別に、独自で異世界についての研究を行う組織に所属しています。そこでは召喚されて隷属している異世界人の呪いを解く研究も行われています」

「そうなんですか」

ベルちゃんの言葉に近藤さんは身を乗り出してきた。これだけで今までどんなことがあったのか、想像に難くない

「と言っても、まだ問題はいくつかあるけどね。まず一つ、その呪いが解けるかどうかはまだ不明、理論上は解けることになっているけど、実験段階だからね。だよねベルちゃん」

ベルちゃんは首を静かに縦に振る

「そして二つ、彼女たちはあまり褒められた組織ではないってことかな」

流石にここで近藤さんは眉を顰める

まぁ、誉められた組織でないどころか、魔王軍なんだけどね

「さっき少し触れたベルちゃんの上司っていうのがその組織のトップなんだけど、この人は異世界人もここの世界の人間も、どころか魔族でさえも平等であるべきだって考えている人でね、異端者だって石を投げられて、お偉いさんたちからは嫌われているんだよ。つまり、僕たちにつくってことは、下手したら犯罪者になるかもしれないってこと。これが二つ目の問題だね」

僕の話を聞き終わった近藤さんは、顎に手を当てて目を閉じた

「まぁゆっくり考えなよ、今すぐ答えが欲しいわけではない、ただの提案だからさ。それに僕たちは基本、来るもの拒まずだから。今日は新しい日本人との、転職先とのコネクションが作れたと思ってくれればいいよ」

「…聞いていてわからないのですが、私を受け入れるあなた方のメリットって何ですか」

「別に近藤さんだからこんな提案したわけではないよ、僕たちはこれからこの王都に住んでいる全員に今の話をしに行くつもりだしね。まぁ、強いて言うなら美人なお姉さんを仲間に入れたいっていう下心かな」

「…勘違いされているところ申し訳ありませんが、私は男ですよ」

その言葉で僕の時間が止まった

隣に座っているベルちゃんは、今までに見たことの無い良い笑顔を浮かべている。「宿に戻る前に縄を買わないとですね」、と近藤さんに聞こえないように、ポツリとつぶやいた



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