第9話 魔族と人間に好かれた 5

「マコトさん、私はあなたのことを、あなたのその能力を信頼しています。先ほどの久坂琴音との会話でも、即席で色々と話を誤魔化したり作り話で話を合わせたりと、あなたの能力の高さはひしひしと感じられました。しかもあっさりと、あなたと同じ異世界人の名前と場所も聞きだし、さらには紹介まではいかなかったですが、この国の貴族たちの情報も少しは手に入れました」

久坂さんが話してくれた内容をメモした紙に目を落として、自分の能力の高さに惚れ惚れとする

「いやぁ、そこまで褒めてくれるなんて恐縮ですな」

「能力面で有能ということは重々わかりました、ですが人間性などの側面において、私はあなたをそこまで信用することはできません」

ベットに横になりながら、久坂さんが教えてくれた情報のメモを見ている僕に、ベルちゃんは頬を染めて抗議をしてくる

「何のこと?」

とりあえず惚けてみた。言いたいことは分かっているが、美少女の口から聞きたい言葉もあるのだ

「惚けないでください、どうしてこの部屋を了承したのですか」

一人では結構余るベットに、この世界なりに施された防音の壁、ムードが出る赤やピンクの加工が施されたランプ。質の低いラブホと言われても納得してしまうような部屋である、ラブホなんて行ったことないけど

「どうしてだと思う?」

ニヤニヤした笑みを浮かべて、ベルちゃんの言葉を待つ

「……わ、私と同じベットで寝たいからですか」

「確かに一緒に寝るだけなら一つのベットで良いね、でも防音の壁やムードのある明かりの部屋を選んだ理由はなんだと思う?」

「…そ、それは、その…マコトさんが、私と…エッチなことを…」

顔を真っ赤にしてボソボソいうベルちゃん、うむ、滅茶苦茶かわいい、そしてセクハラって超楽しいな。本当に手を出したくなっちゃうよ

だけど

「アハハ、残念不正解」

「……へ」

「この部屋を選んだ理由は、純粋に値段が格安だったこと、久坂さんの顔を立てておきたかったこと、恋人であることが仄めかされてある以上この部屋を拒否するのは不自然であったこと、次に行きたい場所がこの宿から結構近かったこと、ベルちゃんの反応が可愛くて見ていたかったこと。主にこの辺だね。ていうか、ベルちゃんって結構自己評価高いんだね、そりゃ確かに容姿も可愛いしスタイルも良いよ、だけどそれだけで出会って一週間の相手にそんなことはしないよ、それに下手に手を出したら魔王様に殺されそうだし、生憎とそれらの倫理観や損得を計算したら、そこまでベルちゃんとエロいことするのに価値を感じないんだよね。ベルちゃんの女としての魅力が僕の理性を凌駕しなかった、と捉えてくれて構わないよ」

僕はへらへらしながら不正解の理由を語る。語るにつれ、ベルちゃんの顔から表情や色がどんどんなくなっていくけど、気にせず語る

「納得してくれた?」

この言葉で締めると、ベルちゃんは何度か深呼吸をして、部屋の備え付けの椅子に座った

「そうですか」

たった五文字であるが、実に冷淡で人間味を感じさせない声であった。美人を怒らすと怖いって本当みたいだな

「ありゃ、なんか怒っているの?」

「分かっていて聞くのは性質悪いですよ。本気で殴ってやろうかと思いましたが、あなたの場合そこまで計算されていそうなので、なんとか怒りの感情を抑えているところです、できれば話しかけないでもらえませんか」

「我慢は体に毒だよ。でもまぁ僕としては何で怒られるのかは謎だけどね、だって僕はあくまでベルちゃんに変な事をしないっていう理由の説明をしただけだよ、勝手に変な想像をして妄想を膨らませたのはベルちゃんじゃないか、やーらし。やれやれ、この分だともしベルちゃんが我慢をしなくなったら、最初に襲われるのは僕かもしれないな、色々な意味で。楽しみだぜ」

「死んでくださればいいのに」

ボソッと怖いこと言われたな

「残念だけど、僕はこう見えて中学時代の文集で、殺しても死ななさそうな人ランキングの一位だったんだよ。まだまだ長生きするよ」

「そのランキングの一位になったのは、なんとなくわかる気がします」

さてと、ベルちゃんをいじるのは楽しいけど、これをやっていたら日が沈んでしまう

僕はメモとこの町の地図を見比べて、次の目的地を明確に記憶した

久坂さんは、自分のせいでこんなラブホのような部屋を僕たちに紹介して、話の流れ上断れないようにしてしまったことに負い目を感じていたらしく、僕たちの視察にもう少し協力的になってくれた

僕としては美少女とラブホじみた部屋に止まれるだけで、久坂さんにどれだけお礼をしてもしたりない気分であったが、ならばお言葉に甘えて、といくつか追加で質問をした

「知っている限りで構わないからさ、僕たちと同じ日本人の居場所って知らないかな、できれば名前もセットで。あと、久坂さんの知っている範囲で構わないから、この国のお偉いさんの特徴や家族構成について知りたいな」

お偉いさんの方は不審がられてあまり教えてくれなかったが、日本人に会いたいという気持ちは理解してくれたらしく、きめ細かく教えてくれた

「僕はこの後、さっき久坂さんに教わった日本人に会いに行こうと思うんだよね」

「…いいのではないでしょうか」

「つれない返事だねぇ、ぷんぷん起こっているところも可愛いよ。でもベルちゃんは、偶に見せる笑顔が素敵だよ」

「チッ」

舌打ちされた。ベルちゃんってあれだよね、大人しそうに見えるけど、結構感情とか表に出るよね、というより何と言うか露骨だよね、漫画みたいな過去を抱えているくせに

それはさておき、いい加減真面目な話をするか

「そうだ、ベルちゃんに聞こう聞こう思って聞けなかったことがあるんだけどさ」

「なんですか」

「異世界人を呼び出して隷属させるタイプの召喚魔法があるんだよね、その隷属を解くことってできる?」

さっきまでいじり倒してた僕の口から、まともそうな話題が出たためわずかに瞼が揺れたが、すぐに何かを思案するような顔になった

「…可能か不可能かで言えば、可能ですね。ですが、あなたを召喚した時に言ったように、すすんで手放すような人はいませんね」

「つまり外部から隷属を解かせることはできない、呼び出して隷属させた魔術師にしか解けないってこと?」

「はい、首輪と鍵をイメージしていただければわかりやすいですね」

「合鍵とか作れないの?」

「隷属させている側とさせられている側、二人の協力があればあるいは」

実質不可能ってことか

「超強力な魔力をぶつけて、首輪を無理やり壊すっていうのは?」

「首輪は物の例えですよ、実際には体の内側に呪いを刻む感じです。なので手荒な手段は使えませんね」

呪い…呪いかぁ

「…聞いといてなんだけど、なんでそんなに詳しいの?」

「この魔術自体、使い魔を召喚する魔術の応用ですから、仕組み自体は有名なのです。私も使えますし」

「魔王軍の中でこの魔術を使える人っている?使い魔を召喚する魔術でも良いけど」

「異世界召喚の魔術は、使用者と同種族の生き物しか呼び出せません、なので強力な魔力を持つ方が多い魔王軍でも、異世界人を呼び出すのは同じ人間である私しかできないのです。使い魔に関しては、異世界を経由しないため、特に制約はありません、その魔力に応じた生き物が呼び出されます」

そうかそうか

僕がベルちゃんの話を聞いて、一人で勝手に納得しているところで、とうとう質問に答えるだけだったベルちゃんが待ったをかけた

「あの、いい加減何をしたくてこんなに質問しているのか教えてもらえないでしょうか」

「まぁ待ってよ、最後にこれだけ聞かせてくれたら僕も教えてあげる。使い魔って逃がせるの?」

「…ちゃんと教えてくださいよ。逃がせます、呼び出した術者が使い魔の呪いを解いてあげれば、その使い魔は普通の野生動物となります」

流石にここまで聞けばわかるな。つまり異世界人召喚魔術のうちランダムで呼び出し隷属させる魔術というのは、人間を使い魔にする魔術にほかならない。異世界人とかいう要素で誤魔化されているが、要するにこの魔術は人間の強制的な奴隷化である。そのうち、この世界の住人同士で奴隷化を行ったり、狙った相手を奴隷にすることだってできるかもしれない、いやむしろ何でそっちの魔術がないのか不思議なくらいである

「色々答えてくれてありがとう。では期待に応えて教えてあげよう、僕は異世界人、日本人を何人か魔王軍に寝返らせることはできないかなって考えてたんだ」

「寝返らせる?異世界人をですか」

「そう。僕の国の歴史にね関ケ原の戦いっていう、国中を巻き込んで二つの陣営に分かれて戦った、大きな戦争があったんだよ」

最低限日本史を勉強していれば誰だって知っている話だ

東軍の徳川家康と西軍の石田三成、この二つの勢力がぶつかり起こった大きな戦。そして大きな裏切りにより、一日で終わった戦だ

この裏切りに関して小早川秀秋が有名だが、実は裏切ったのは彼だけでなく、彼の裏切りに便乗して裏切った武将が何人もいる。戦が始まる前の戦力は6対4で西軍側が有利であったが、小早川の裏切りで5対5くらいまでになり、そして裏切りに便乗して裏切った武将たちにより4対6となり逆転した

「つまりね、戦争において最も大きな損害を与える行為は、相手を寝返らせること。特に影響力のある人をね」

「それで異世界人ですか」

「最終的にはさっきの久坂さんを寝返らせるのが目標だけど、靡くような材料を用意できてないからね、とりあえずとっかかりとして、僕や久坂さんが呼ばれたタイプではない召喚魔術で呼び出された異世界人、つまりこの世界で召喚者に隷属しているひとから攻略していこうと思ってね」

「…ではさっきの質問は」

「そう、その隷属の呪いを解くことを条件として、魔王側に寝返らないかと話を持ちだしてみる。魔王城で仲良くなった魔族の人たちに、呪いとかに詳しい人が何人もいたから、その人たちに掛け合ってみれば解けるんじゃないかな」

今度はベルちゃんが指で軽く顎に触れ、思案にふけた

「…確かに…いえ、どうなのでしょう。一度妖精のテインさんが誰かが連れてきた使い魔のケルベロスに襲われかけて、焦って強力な魔力で使い魔の契約を強制破棄したことがありました。ですが異世界召喚魔術にそれが通じるかどうか、前例もありませんし」

「極論異世界召喚魔術って、使い魔召喚の魔術と大して変わらないんでしょ、簡潔に言うなら異世界人使い魔化魔術、仕組みは同じなら可能性はあるでしょ」

「ですがもし可能なら、どうして外部から解けるってことが広まらないのでしょうか」

「気づいてないんじゃない?妖精のテインさん、その人なら僕も知ってるよ、美味しい果物を貰ったからね。その人から話を聞いたけど、妖精族は人間と比べて個体数は少なく、腕力とかは小さいけど、人間とは比べ物にならないほどの魔力を持っているんでしょ、それこそ神童のベルちゃんに匹敵するほどの。使い魔の契約解除ならまだしも、異世界人の隷属解除をするには妖精族並みの魔力が必要なんじゃないの。だから人間たちは知る由もないし、魔族たちは異世界召喚魔術を使えないからそれの解除方法なんて知る必要もない」

もちろんこれらは推測の域を出ない、だから流石に今回は魔王軍に寝返るような話はしない、もし隷属を解除できたら寝返るかどうか、その辺を見定めれば上出来だろう

「僕の推測に反論があるなら聞くけど、ないのだったらそろそろ行こうか」

「…反論ではありませんが、それで相手は靡くのですか」

ベルちゃんはどこか不安そうな表情を浮かべている。そりゃそうだ、まず前提が曖昧だし、ベルちゃんみたいに特殊な事情でもない限り人間が魔王軍につくなんて想像できないだろう

だけど割と今の日本人は結構容易に想像ができるのだ、そういうラノベって結構あるし

「やるだけやってみるさ」

適当に嘯いて、僕とベルちゃんは宿を出た

ガイドラさんから降りて王都に来るまでであったり、久坂さんと話したり宿を案内してもらったりで、それなりに時間が経っていたらしく、外はそろそろ夕日で赤く染まろうとしている

赤く染まる街並みを少し歩いた先に、そこそこ大きめの飲食店があった。久坂さんの話では、何でもそこで働いているらしい

「ベルちゃん今いくら持ってる?」

「流石に宿屋にお金は置いていきませんよ、なので今は魔王様から軍資金としていただいたお金が全額、800アインほどですね」

分かりにくいから日本円で言ってくれないかな。たしか宿屋があの部屋二泊で80アインだったから、1アイン100円くらいの相場かな

「なら少し早いけどご飯にしようか。まずは食べながら店内を探って、もし見つからないようだったら、適当に話をでっちあげるからそれに合わせてね。あと、さっきは久坂さんがあまり気にしないタイプの人だったし、基本的にこっちの世界に呼ばれたもの同士の会話って感じだったから良かったんだけどさ、流石にずっと黙っているのは不自然だから、もう少し会話に絡んできてね」

「会話に絡む、ですか。ですが私が下手に絡むと、マコトさんの話に矛盾が生まれてしまうのでは」

「そうなったらそうなったで面白いから良いよ、それに深く考えなくても魔王云々以外のことだったらどうとでもなる」

そう言いながらポケットに入れてあった、ネックレスのようにぶら下げられるスマホを首にかけ、店の扉を開けた

カランカランと来店を知らせるベルが鳴り、何人かの店員がこちらに視線を向ける

あれ、視線を向けるだけで接客しに来ないぞ店員

少しキョロキョロと視線を彷徨わせていると、やっと一人の女性店員が僕たちに近づいてきた。が、その表情は接客用の笑顔ではなく、困ったような笑顔だ

「お客様がた、どなたかのご紹介ですか」

「いえ、もしかして一見様お断りって奴かな」

「はい、申し訳ありませんがここはこの国でも指折りの高級店、何方かのご同行か紹介状がないと、利用できない仕組みになっております」

マジか、確かに他の建物に比べて大きくて小綺麗な店だと思ってたけど、一見様お断りだったとは。正直ここの世界のお店の類って、現代日本で16年過ごした僕にとってどれも等しくしょぼく見えるんだよな、今いるこのお店だって比較的綺麗なだけであって、日本の個室で食事ができるタイプのファミレスと大して変わらないし、だから高級店とか言われてもイマイチ実感が湧かないな

「あー、すいません、僕たち今日この国に来たばかりなので気づきませんでした。ですが、この国の知人、久坂琴音という女性からこの店を紹介されたのです。紹介状の類は受け取っていませんが、いざというときはここで働いている近藤明さんって人に取り次いでもらえと言われています」

「…そんなこと言われ…」

小声で不信感を漏らしたベルちゃんを、気づかれないように肘で小突く。会話に絡めってそういうことじゃないから

それはさておき、近藤明さん、久坂さんに紹介、というより教えてもらったこの世界に来ている日本人だ。そして僕と久坂さんとは違い、召喚魔術の使用者に隷属させられている日本人

明って名前からじゃ性別が読み取れないけど、どうせだったら女の子が良いな。隷属させられている女の子って、かなりの萌えポイントでしょ

「アキラ料理長にですか?それに聖剣の勇者様のお知り合いということは、あなたも異世界人ということですか」

料理長なんだ、明さん。それに聖剣の勇者様って、久坂さんはそう呼ばれていることを知っているのかね

「まぁね、名前は常盤真。こっちは僕を召喚したベルちゃんことベルセレン・エトワール」

久坂さんみたいな日本人に名乗る時は本名でもいいが、流石にこの国の人に名乗る時は、ベルちゃんの名前は偽名の方が良いだろう。勿論このことはベルちゃんは了承済みで、静かに会釈をしている

僕たちの名前を控えると、店員さんは厨房の方へ姿を消した

「さて、どんな人が来るかなぁ。美人の女の人だと良いなぁ」

「やっぱり、一つのベットで寝るのは危険な気がしますね」

「いやいや、僕の個人的な願望じゃないよ、男なら性別不明の人と会うときは美人の女性か可愛い女の子と合うことを願う者だよ」

「普通の男性は、性別不明の人と会うことは数えるくらいしかないと思いますよ」

「美女来い美女。年齢は二十代後半でさばさば系でスタイル抜群の美女」

「男性が来たら面白そうですね、マコトさんでも委縮してしまうくらいの強面さん」

「じゃあ女性だったらベルちゃんに一回分の命令権ね」

「男性でしたらマコトさんの命令権ですか。いいでしょう」

何だかベルちゃんも僕に染まってきたな、まぁ僕みたいなのを召喚している時点でだいぶ素質はあったけどね

アホな言い合いをしながら、待っていると、先ほど僕たちの対応をした店員さんが戻ってきた。さてさて、どんな人かな

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