第7話 魔族と人間に好かれた 3
ベルちゃんは深々と頭を下げ、魔王様はそれを受けて少し恥ずかしそうに視線を彷徨わせている。本当にこの二人の行動が幸いした
僕は口元を押さえ、身体の震えを、心の高鳴りを必死に抑えた。でなければ、いくら僕の方を向いていないからとは言え、変な音を立てて不審に思われてしまう。そして何より、気を抜くと僕の心の声が外に出てしまう
人様にはお聞かせできない、僕の汚い心の声がこんな感じにね
「さいっっこぉぉぉぉ、期待を裏切らないどころか期待以上だよ、マジで最高だよベルちゃん。漫画のような境遇、ライトノベルのような過去、ドラマのようなトラウマ、使い古されつつも王道な思い出、ベルちゃんがこんな僕好みの過去を背負っていてくれて本当に嬉しいよ。僕の好みの美少女キャラは薄幸系美少女なんだ、まさにドンピシャ、身体に軍にいたころについた傷とか残ってないかな、そういうところはチャームポイントだと思うよ、プールとかに行ったとき傷が見られるのが嫌だから水着は着たくない、みたいなこと言ってくれたらもう最高。いやぁそれにしても、人の不幸は蜜の味と言うけど、まさにベルちゃんの境遇は、トラウマは、極上のデザートだ。しかもそのトラウマを乗り越えるようなことはまだしていない、いわば極上デザートに誰も手をつけていない状態、もうこれ僕が食べても良いかな、僕がベルちゃんのトラウマ克服に首を突っ込んでも良いのかな」
ね、滅茶苦茶薄汚いでしょ、僕の心の声
流石にこんな声が外に出れば、信頼とか信用とかそういうものが本当に築けなくなるから気をつけているけど…あ、やべ、口元のにやけが収まらない
「話は大まかにだけど分かったよ、魔王様がベルちゃんに色々肩入れしているのもね。辛かったね、みたいな人並みの感想を言った方が良いかな?」
「…いえ、結構です」
「あっそ、ならいいや。その話を踏まえて言うけど、僕はやっぱりベルちゃんと一緒にライワード国に行きたい。許可してくれないかな、魔王様」
口が綻ぶのを隠すため、いつも以上の笑顔を浮かべながら、再三却下された主張を口にした
「その結果ベルフェールを傷つけてもか」
「その結果ベルちゃんのトラウマをほじくり返すことになっても、ね。確かにベルちゃんの境遇は現実では滅多にあるものじゃない、可哀想だとも思う」
そこで僕はベルちゃんを一瞥する
「だけどベルちゃんを見る限りさ、この話に哀れんでほしいわけでも同情してほしいわけでもないじゃん。僕がこの世界に呼び出された時からずっと、ベルちゃんの望みは魔王様の役に立つことだよ。それにここに来る前に話したとき、一度行くことに了承している、こんな過去を抱えているのに笑いながら了承したんだよ。その想いに、覚悟に、水を差すべきではないと思うよ。野暮ってものだ」
よくもまぁこんなペラペラとそれっぽいことが並ぶものだ、自分の口ながら感心するよ。ベルちゃんのトラウマにより深く踏み入りたい、ただの野次馬なのに
「…魔王様、お心遣いは本当にありがとうございます。ですが、いつまでも魔王様の庇護を受け続けるわけにもいきません。この魔王城に集まった魔族たちは、魔王様に守られたいのでは無く、魔王様と一緒に戦いたいのです、そして魔族ではありませんが私も同じ気持ちです。今まで守ってくださった分、マコトさんの力を借りることになりますが返させてください。それで初めて、私は魔王様と協力出来る気がします」
「…人間というものはどいつもこいつも。はぁ、もう知らん。勝手にしろ」
「ありがとうございます」
「マコト、絶対にベルフェールを護れ。我の妹のような奴だ、心にも体にも傷一つつけることは許さん」
「保証しかねるけど、まぁ頑張るよ」
なんとも頼りにならない返事を残して、ベルちゃんと共に魔王様の部屋を後にした
コツコツコツ、と少し合わない歩幅で廊下を歩き、魔王様の部屋から大分離れたあたりで、辺りに誰もいないことを確認してから口を開いた
「ありがとうねベルちゃん、色々と準備してくれて、色々と話してくれて」
「準備したものはマコトさんの部屋に置いてあります。話に関しても、別段お礼を言われるようなことではありません」
「あっそ、ならもう言わない。それより、折角荷物を準備してくれたところ悪いんだけどさ、変装のための鬘とかも用意しておいた方が良いかもね、ベルちゃんが死んだことになっているなら」
「その辺はぬかりありません。私が死んだことになっているので一番都合が良いのは、私自身なのですから」
「そりゃそうか。それならこの後僕の部屋で、その用意してくれた荷物の説明をしていただこうかな。夜通しじっくり、僕のベットの上でね」
「魔王城にもいますからね、秩序を乱すものを取り締まる組織くらい」
「アハハ、それは頼もしいな。それはそうと一つ聞きたいんだけど良いかな」
「マコトさんがそう畏まる時に、あまり良い記憶がありませんね。なんですか」
「違ってたら別に良いんだけど、そして別に今は関係ないことなんだけどさ、異世界人を召喚する魔術ってさ、もしかしてベルちゃんが一枚噛んでる?」
「…マコトさんを召喚したのは私なので、噛んでるも何も当事者なのですが」
「そうじゃなくてさ、魔術自体だよ。確か召喚されてすぐ、どうして僕が呼ばれたのかの話をしていた時にさ、異世界人はここ数年前に急に現れたって。ベルちゃんが人間の軍で色々やっていた時と時系列は合うよね」
「それだけでは些か根拠が薄いと思いますけど」
「だから違ってたら別に良いって言ったじゃん、何も問い詰めたいわけでもないよ、ただ天才魔術師が、独学で魔術を扱える魔術師が軍にいた期間と、異世界から人間を召喚する魔術が生まれた時期が近いと、多少はそういう目で見ちゃうってこと」
「…覚えてない、が正直なところです。軍にいた約一年、様々な魔術の貯水槽代わりをやっていた他、魔術の創造もやらされていました、ですが先ほども言った通り、生気もなく虚ろになりながら過ごしていた日々です、ほとんどのものは憶えていません。ただ、流石に異世界から才能あるものを呼び出したり、呼び出した人間を隷属させるような召喚魔術を創ってはいないと思いますが、基となったものはもしかしたら作ったかもしれません」
「もしそうなら魔王様の、ルダスちゃんの親の仇の一部にベルちゃんは含まれているかもね」
あっけらかんと言った僕の言葉に、ベルちゃんは顔を青くして立ち止まったが、僕は気にせず足と口を進める
「まぁ仮にそうだとしても、基となっただけだから、流石にそこまでは仇に含まれないか」
「…いえ、仮に魔王様に許されたとしても、その魔術のせいで多くの仲間が犠牲になりました。他の方々が、何より私自身が許せません」
「ふーん、大変そうだね、頑張って」
他人事みたいな、クソみたいな反応に多少は思うところがあるみたいだが、僕の部屋に辿り着いたことで次の話題になった。次の話題になったが、どうも心ここにあらずのようで、少し俯きがちだ。流石にここまでしょんぼりされると責任感じちゃうな
「ベルちゃんが自分を許せないって言うならさ」
道具の説明をされている時に、話の前後をぶった切った発言だったので、少し面を喰らったようだが、静かに僕の言葉の続きを待った
「僕がベルちゃんを許させてあげるよ」
「は?」
「異世界から召喚された僕が魔族と人間との戦争に貢献したならさ、ベルちゃんが基を作った魔術は間違っていなかったってことじゃん」
「確かにそうですけど…できるのですか」
「そもそも、そのために僕を地球の日本から呼んだんでしょ。まぁタイタニック号に乗ったつもりで任せなよ」
「たいたにっく?」
「僕の世界にあった、超大型の船。氷山にぶつかって沈んだ」
「ダメじゃないですか」
そうツッコミを入れたベルちゃんの表情は少し元気が戻っていた。流石僕だな、まぁ追い詰めたのも僕だけど
それから一通りの道具や足、ライワード国の最低限の説明を終え、出かけるのに備えて早めの就寝についた。ほとんど思い付きでの行動なのに、半日で準備を済ませてくれたベルちゃんには感謝してもしきれない。僕の好みの設定を持っていて可愛くてスタイル良くて有能って、僕のために作られたキャラクターみたいじゃないか。もし日本に帰れるようになったら、ベルちゃんも連れて帰りたいものだ
「ねぇベルちゃん、もし僕の助力のおかげで魔王軍が戦争に勝ったらさ、僕の世界に一緒に来てくれない?」
「え?絶対に嫌ですけど。急にどうしたのですか」
「昨日の夜横になりながら考えてたんだけど、僕はベルちゃんのことが大好きなのかもしれない」
「…何を企んでいるのですか」
わぉ、恥ずかしい思いを我慢して告白したのにその反応は傷つくぜ。想定内だけど
「何も企んでないよ、純粋に僕はベルフェールちゃんに惚れちゃったってこと。大好きだぜベルちゃん」
「…ありがとうございます。嘘だと分かっていても照れますね」
本気にされてないな、シチュエーションはバッチリなのに
澄み渡る青空、眼下に広がる美しい山々、キラキラと太陽の輝きを反射する大きな湖畔、その景色全てを一望できる場所に、青空に一番近い場所に僕たちはいる。青空に一番近い場所を僕たちは移動している、と言ったほうが正しいけど
「ハッハッハ、人間の性欲は複雑じゃのう。ワシらみたいにさっさと交尾してしまえば良いものを」
「分かってないなぁガイドラさんは、人間の性欲を満たすことはドラゴンの性欲を満たすのとわけが違うんだよ」
僕のすぐ下から聞こえる豪快な笑い声を受けて、僕も楽しそうに笑って返す
僕たちは予定通り朝起きてすぐ、身支度を整え、ベルちゃんが用意した足のもとに向かった。そしてそこにいたのが、先日仲良くなったドラゴンのガイドラさん、御年900歳
どうやらベルちゃんが空を飛べる魔族、速く移動できる魔族に声をかけに行ったところ、僕と意気投合したガイドラさんが手を挙げたらしい。どんな手品を使ったんですか、とベルちゃんに十分近く問い詰められたが、ひとえに僕がやればできる子、としか言えない
というわけで、僕とベルちゃんは今大きなドラゴンのガイドラさんの背に乗り、空を飛んでライワード国に向かっている。勿論空を飛んでいるから、防寒対策はバッチリ
「人間にとっての性欲を満たす行為とはロマンス、交尾はおまけでしかないんだよ」
「ロマンスのぉ、よくわからんなぁ」
「ガイドラさんだって誰彼構わず交尾したいわけではないでしょ、容姿や性格とかを考慮するんじゃないの」
「いや、特に考えずにしたくなったからしておるかのう」
「そのしたくなるって感情が、無意識に考慮した結果なんでしょ。人間の場合は、その考慮した結果の相手と交尾するために、手順を踏むんだよ。この手順がロマンスであり、恋愛感情なんだよ」
「えっと、お話しているところ申し訳ありません。その論ですと、私はマコトさんに交尾をしたいと迫られたことになるのですが」
「愛の告白なんて、交尾したいって気持ちを遠回しに表現しただけでしょ」
「さっきまでロマンスとか語っていたとは思えない暴論」
そんな雑談をしながら、僕とベルちゃんを乗せたガイドラさんは、より一層スピードを上げて上空を飛ぶ
「…おっと、楽しくお話していたら見えてきたけど、あの城壁で囲まれているのがライワード国で良いのかな」
「そうじゃぞ、さてここいらで一旦降りるか。ワシがこのまま進めば袋叩きになってしまう」
「そうですね、このままでは目立ってしまいますから。ガイドラさん、あの小さな小屋見えますか?あそこに降りれます?」
ベルちゃんが指さす方には、小さな茶色い物体があった。傍観装備を施しているため、調子に乗って結構な高さを飛んでいたため、僕には茶色い何かにしか見えないけど、ベルちゃんは目も良いらしい
「分かった、しっかり掴まっておれよ」
そう言うや否や、その小さな茶色に向かって高度を落とすガイドラさん。しっかり掴まっていろ、なんてバイクに乗って猛スピードを出す人みたいなことを言っていたが、僕たちのことを気遣ってくれているのか、ゆっくりと下りていく
「ほれ、到着じゃ」
しかも降りやすいように翼を広げ緩やかな斜面を作り、可能な限り身を低くしている
「よっと、大体四十分ぶりの地面だぜ。ありがとうございますガイドラさん、快適な空の旅路でしたよ。お土産は期待していてくださいね」
「私からもありがとうございます、このことは魔王様に話しておきますので、近いうちに賞与が出るかと」
「構わんよ、わしはそういう目的でお主らを運んだわけではない。マコトよ、お主は儂の目『竜眼』においても、そして長年の儂の勘からも、普通の人間ではない。そんな奴が、何かをするためにどこかに行きたいと申すなら、協力しその冒険譚をいち早く聞く、それが老いた龍のささやかな楽しみじゃ」
普通じゃないか、ドラゴンに言われるなんてよっぽどだなぁ、僕。合コンの席ででも自慢しちゃおうかな、あ、合コンとか誘われねーや
「アハハ、そうですか。ではでは、ガッカリさせない程度には楽しいお話ができるよう頑張りますよ。だけど僕は人の話を聞くよりも、話の登場人物になる方が楽しいと思いますよ」
感情ってのは生モノなんだから、あの時本当にムカついてぇ、みたいな言葉で聞くよりも、そのムカついている感情を間近で感じた方が絶対に楽しいよ
「若いのう、その若さが眩しいわい」
「若さなんて気の持ちようですよ。そんな風に若者は良いなぁ、みたいなことばかり言うから老けるんだと思いますよ」
「わっはっは、それもそうだな。ならわしもまだまだ暴れてみようかのう」
そんな雑談をしていると、ベルちゃんがガイドラさんに縛り付けていた荷物を解き終わったらしく、僕の分のカバンを手渡してきた
「それではガイドラさん、私たちを運んでくださって本当にありがとうございました。帰りは三日後、この小屋の前に日が沈むころお願いします」
「わかった。それならば、完全に日が沈みきってもお主らが来なかった場合、有事と捉えて一旦魔王城に帰り、魔王様に指示を仰ぐ、それでよいな」
「はい、よろしくお願いします」
ガイドラさんは翼を大きくはばたかせ、大空へ飛びあがった
その大きな姿が小さくなるまであまり時間がかからなかったので、それを見送ってから空から見えたライワード国までの景色、手元にある地図を頼りに歩き始めた
「魔王様にはまだ話してないけど、今回の僕の目的を話しておくよ」
大きな門が見えてきたあたりで、辺りをキョロキョロと物珍しそうに見回しながら口を開いた
「今回僕は、同じ僕の世界の住人、ベルちゃんたちでいうところの異世界人に会いに来たんだ」
「そうなんですか?ならどうして魔王様に言わないのですか」
「伝えることの程でもないでしょ、報告する時に偶然会って話を聞けた、とでも言っておけばいいじゃん」
魔王様信奉者として騙すようなことになるのは気が引けるのか、少し不満そうな顔をした
「…それで、会ってどうするのですか、そしてどうしてそれを私に伝えるのですか」
「昨日の夜、もし僕たちの身元が怪しまれたときの口裏合わせを考えたじゃん、駆け落ちしたカップルっていう僕の好みの設定。異世界人の人には僕の方から異世界出身のアピールをするから、この設定だと噛み合わないでしょ。だからもし僕の願望通り、僕にとっての同郷人と腰を据えて話し合えることができれば、ベルちゃんには別の国の魔術師って言う設定をやってほしいんだ」
「それくらいは構いませんが、異世界出身アピールとはどうするのですか」
僕はポケットから、偶然日本から持ってこれた物に紐を通して、ネックレスのようにしたものを取り出した
「これを首から下げる、分かる人なら絶対に声をかけてくるはずだよ」
なにせ今の社会は、スマートフォンを誰しもが持つ時代、スマートフォンに人間がついてくる時代なのだから
「それ、絶対に肩凝ると思いますよ」
そうなったらベルちゃんにマッサージしてもらうさ
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