第6話 魔族と人間に好かれた 2

「というわけでライワード国に遊びに行きたいんだけど、許可っているのかな?」

「当たり前だろ敵国だぞ、いやそもそも『というわけで』のわけがいまいち理解できないのだが」

「おいおい、ちゃんと人の話聞かないとだめだよ。魔王様に限らず、上に立つ人の仕事の半分は人の話を聞くことなんだから」

「マコトがいきなり我の部屋に来て、いきなり『というわけで』と話し始めたのだろうが」

場所は魔王城の魔王様の部屋、魔王様は何やら書類仕事の途中のようで、ペンを片手に書類とにらめっこしていた。僕はベルちゃんと一緒に食事をした後に、一応必要なのかなぁと考え、魔王様の部屋に行って懇切丁寧に説明をしたのだが(大嘘)、どうも理解してくれてないみたいだ

「人生ってのはいきなりの連続なんだよ、いつでも準備して行動できるとは限らないんだ。僕なんて何の準備もなしに、トイレすら行かせてもらえないまま、こんなどこかもわからない世界に飛ばされたんだから」

「ぬぐ…、その点は申し訳ないと思っている。だが、この件とそれは関係ない。まず一から順番に話せ。許可云々はその後だ」

「では僭越ながら、ゴホン、時は遡ること十六年前…」

その時点で僕の足元に、万年筆のようなペンがズゴッといういい音を立てて突き刺さった。この床って大理石のような石の床である、それに半分近くめり込むほどの勢いって

「真面目に話せ。出なければ貴様の体に穴が増えるぞ」

魔王様の手にはすでに二本目のペンが握られている

僕はやれやれと言わんばかりに肩を竦め、その突き刺さったペンに手をかけて引っ張る。やっぱりと言うかなんと言うか、抜けないなこれ

「僕が最近やっていることはベルちゃんからある程度聞いているよね」

ペンを抜こうとしながら喋り出した僕に少し驚くが、魔王様もすぐに、当てつけのように書類を再び見始めた。お互い、話をする態度でも話を聞く態度でもない

「貴様がやたらめったら、色々な者と話をしていることだろ。良好な関係を築けていると聞いて、耳を疑ったな」

「僕はやればできる子ってことだ。それで、それじゃ次はこの世界の人間たちから話が聞きたいなって思ってね。何もいざこざを起こしに行くわけではない、ちょっと人間の王国覗いて、ちょっとお話してくるだけの、ちょっとした社会見学さ。大丈夫、ちゃんとお土産も買ってくるから心配しないで」

「いや、別にそこは心配していないのだが。我が不安なのは貴様一人で行かせること自体だ」

「そこも大丈夫、ベルちゃんにお願いして同行してもらうから、と言うか先にベルちゃんの方に話をして、今足の確保を頼んでいる。あと荷物の準備も、僕じゃ使い道が分からないものが多いからね、この城の中のものは」

僕の口からベルちゃんの名前が出た瞬間、空気がピリついた、だがその程度で止まる僕の口でも行動でもない。あ、ペンが抜けた、やっぱり何かを引っこ抜くには腰が大切だよね

「ベルちゃんがどうかしたの」

抜いたペンをポケットにしまって、あっけらかんと笑って尋ねた

「ベルフェールをライワード国に連れていくのは止めておけ。どうせ貴様が無理やり連れていこうとしているのだろ。どうしても行きたいのなら、数日後に代わりの者を用意する」

「それってベルちゃんが故郷で相当笑えない経験をしたってことになるけど、それについては聞いたら教えてくれるの?」

「本人に聞け、他人の過去をおいそれと話すわけなかろう」

「理由も話さずに、指示だけ飛ばされたくないな。まぁ仮にどんな過去があろうと、僕はベルちゃんを連れていきたいな、同じ人間っていうのもあるけど、そこまで持ち上げられると意地でも連れていきたくなっちゃうよ」

僕のふてぶてしく笑う顔を見て、魔王様は小さくため息をついた

「命令だ、ベルフェールをライワード国に連れていくのは止めろ。貴様はここでの権限を得ているが、それはつまり貴様よりも上位の権限、我の命令には従うということだ。それが分からぬマコトではないだろ。わかったなら出て行け、この話は終わりだ」

刺すような鋭い視線を受けながら、肩を竦めて穏やかに笑った。この話は終わり、ね

「…ふむ、そうみたいだね、ここで反発して魔王様からの印象を悪くするのも、あまり得策ではないか」

「もうとっくに悪いがな」

「でもライワード国に行きたいから、同行者はちゃんと用意してよ」

「分かっておる」

僕は魔王様に背を向けて、扉に手をかけた。初見の時は開けられるか不安だったが、何でも魔法の扉らしく、開けようとするものの力を感知しそれに見合った重さに変わるという、便利なのか何なのかよくわからない扉である

「あ、そうだ、最後に一つ聞きたいんだけど良いかな?」

「なんだ」

「魔王様はどうしてそこまでベルちゃんに肩入れするの?」

割と疑問ではあった。妙にベルちゃんに対して過保護な魔王様の言動には

魔人や魔物、この城の魔族がどれだけの種類がいるか、どれだけの人数がいるかはわからない、だけど唯一ただ一人の人間、ベルフェールちゃん。色々話を聞いている中で分かっていることは、人間にしてはかなりレベルの高い魔術師であること、十年ほど前からこの城で働いていること、そして魔王様、と言うよりもルダスちゃんが直々に連れてきた人間の少女であること、僕が来る前はベルちゃんが魔王様のお世話係をやっていたこと

「それはベルちゃんの過去と関係あるのかな」

「その話は終わりだと言ったはずだ」

その反応は関係あると言っていると同義だと思うけどね

「ベルちゃんの話じゃないよ、魔王様の話だよ。まぁ別に答えたくないなら答えなくていいよ、ベルちゃんに同行者の件を伝えに行くから、その時についでに聞いてみるよ。その過程で面白そうな話が聞けそうだしね。さてさて、ベルちゃんはどこ行ったかなぁ」

僕はにこやかな笑みを浮かべて、部屋を出ようとした。しかし

「私はここにいますよ」

扉が勢いよく開いて、ゴンッと思いっ切り額を扉にぶつけ、その場で蹲ってしまった。不意にきたためかなり痛い、ヤバいここ最近で一番泣きそう

「…いえ、あの、登場は確かに狙っていましたが、それを狙ったわけではありませんよ。本当に事故ですよ」

「ベルフェール…よくやった」

魔王様が良い笑顔で親指を立てている

「魔王様、私が狙っていたみたいに言わないでください、本当に事故なんですから」

「イタタタ…事故でもなんでもいいんだけどさ、一言謝罪があるべきではないのかな」

「も、申し訳ありませんでした」

ぶつけた所を擦りながら、涙目で抗議する。可愛い女の子の涙目は興奮するが、可愛げのない男である僕の涙目なんてどこにも需要はない。こんなおぞましいものを今後見せないよう努めてもらいたいものだ

さて、痛みが少しずつ引いてきて、僕の顔にいつもの胡散臭い笑顔が戻ってきたところで、お話を再開させよう

「それでベルちゃん、主である魔王様と主の専属策士である僕の会話を盗み聞きなんて、いい趣味をしているね」

「趣味の悪さに関しては、マコトさんにどうこう言われたくありませんよ。そもそも趣味ではなく偶然です」

「そうだね、偶然ベルちゃんに関わる話を聞いて、偶然僕の頭に扉を当てちゃったんだね。良かったじゃんベルちゃん、きっと今日は吉日だよ」

僕の皮肉に、若干罪の意識はあるのか少し顔を逸らす

「まぁ、我は別段盗み聞きされても気にしないが、どこから聞いておったのだ」

「魔王様が、私をライワード国に向かわせないようマコトさんと話し合っていたところです」

となると、ベルちゃんの話題になったあたりか、タイミングバッチリだな。ここまでバッチリだと、もう少し前からいたと考えるべきだな

だがまぁ、話は早いのは確かだ、楽できたと考えよう

「じゃあ僕が今ベルちゃんに何を聞きたいかわかるよね。そう、ベルちゃんのスリーサイズ」

「……すりーさいずって何ですか?」

あ、こっちにはその概念がないのか、説明しようと思ったが、ギャグを自分で説明するみたいななんとも言えない悲しさと恥ずかしさに苛まれそうなので、適当に笑って誤魔化した

「ベルちゃんをライワード国に連れていくのを魔王様が反対しているから、その理由を教えてくださいなってこと。出身地なんでしょ、何があったの」

「それがすりーさいずという言葉の意味なのですか?」

「スリーサイズの件は忘れて」

「ベルフェール、無理に話さなくともよいのだぞ」

「お心遣いありがとうございます。ですが、いつかは向き合わなくてはならない問題です、それがマコトさんがきっかけになっただけのこと」

そういうとベルちゃんは力なく笑った。儚げ、その表現がまさに似合う静かできれいな笑みだ

魔王様の方も、少し不安げな瞳でベルちゃんを見ている

「私は魔王様に拾われる前には、マコトさんの予想通りライワード国の王都に住んでいました。自分で言うのも憚られますが、私は所謂天才というもので、平民の家に生まれながらも魔力の量やそれをコントロールする感覚は、七歳くらいには一般的な魔術師を大きく上回っていて、独学で様々な魔術を勉強して父や母の仕事を手伝っていました」

「良い子供時代だね、才能に恵まれそしてそれに溺れることはない、理想的じゃないか」

「そのまま続いていれば良かったのかもしれませんね。私の話は城の魔術にかかわる部署にまで届き、そこの人たちが何度か私の家に訪れました。私を軍に提供しろ、と」

「提供しろ、ねぇ。まるで物だな」

「実際平民の子供なんて、どんな神童でもどんな天才でも、あいつらにとってはその辺に転がっているものと大して変わりありませんよ。魔王様、これは私の言葉ではなく、当時を再現した言葉なのでどうかご了承ください」

「うむ、それくらいわかっておる。一番辛いのは貴様なのだから、余計な気を回すでない」

「ありがとうございます。憎き魔王軍を倒すために貴様ら平民が協力できるのだ、感謝こそされど反抗される謂れはない、そう言って無理矢理私を連れていこうとしました」

「連れていこうとしたってことは、ご両親は反抗したんだね。勇敢ですなぁ」

「はい、最初はまるで人攫いのように両親の留守を狙われ、私は袋に詰められそうになりました。国ぐるみでこんなことが起こるのです、そのことを警察に話しても取り合ってはくれませんでした。偶然返ってきた父が追い払ってくれました。次に来た時は、一回目に追い払われたときについた怪我を理由に、反逆罪で捕らえられたくなければ私を差し出せと脅されました」

「はぁ、人気者は辛いねぇ。モテる女が苦労するのはどこの世界でも一緒なのかねぇ」

「おい、いい加減にしろ。人のトラウマを聞いておいて茶化すな」

「いえ魔王様、癪ですがマコトさんが茶々を入れてくれるおかげで、気持ちが重くならずに済みます」

僕にそんなつもりは勿論なかったが、ベルちゃんがそう言うなら便乗しておこう

「最初の誘拐紛いな行動と逆恨みにも等しい交渉で、両親は国に対する信用を無くし、反逆罪になろうとも私を差し出さないと、要求を突っぱねました。そして三回目、今度は金貨を持ってきました」

「順番逆じゃないの?」

「そうですよね、しかもその金額が犯罪奴隷の市で売られている奴隷より少し安い金額、曰く子供だからこれくらいで充分だろ、とのことです」

「舐めているとしか思えないな」

「えぇ、勿論その要求も突っぱねました、そしてそのころには他国へ逃げる決意も準備も終えており、その次の日に家を捨るつもりでした」

言葉からどうなったのかは容易に想像できる、否、話し始める前からどうなるのかは想像できる話だ

「父と母はその夜捕らえられ、私は軍の魔術部署に連れていかれました。そしてその夜が、両親との最後の夜になりました。国の機関に身を置くようになってからは、嫌でも様々な情報が耳に入ります、父は重要な戦争物資…まぁ私のことなのですが、それを引き渡さなかったことにより魔王軍の容疑がかけられ処刑、母は低級女奴隷にまで身を堕としました、今は生きているかどうかは分かりません」

「奴隷に上級や低級があるんだ。低級と言うと、要するにエロいやつ?」

「マコトッ」

魔王様の怒鳴り声で窓が震えた。まぁ今の茶化しは不味かったな

「…ごめんごめん、流石に今のは僕が悪かったよ。まぁベルちゃんがどうして人間を嫌うのか、どうして王都に行くのを嫌がるのか、ついでに魔王様がベルちゃんの過保護になるのか、その辺は大体わかった。それで、その後はどういう経由を経て今ここにいるの?」

「…軍での扱いは、一応魔術師と言うことになっていましたが、扱いは奴隷のそれと変わりませんでしたよ。実験体や召使い、魔力の枯渇を補うための貯水槽、基本的にはこの三つの扱いがほとんどでしたね」

「ベルちゃんは天才魔術師だったんでしょ、なんでそんな扱いになるのさ」

ベルちゃんの話は基本的にそこが解せない、規格外の天才的な才能を持つ女の子をスカウトするのに、なぜそこまで話が面倒になるのか、人が一人死ななくてはいけないのか。何でベルちゃんが魔王城に居なきゃいけないのか

「魔王軍と戦うことに協力するのは国民の義務でしたから、国にとっては私は偶然金脈が発見されたようなものです、発見された金脈を国を潤すために使うのは、発見された魔術の天才を戦争に使うのは至極当然であり、その金脈に拒否権も、その金脈の第一発見者や金脈を掘るために取り壊された家の家族にも文句を言う権利はないのです」

「最大多数の最大幸福ってやつか。だけど軍に入ってからは、意に沿わないにせよ国のために働いたってことでしょ、なんでそんな酷い扱いを受けるの?」

「そのころには私は、処刑された男と下級女奴隷に堕とされた女の子供ですから」

ベルちゃんは自嘲気味に笑った

そうだったな、考えてみれば当たり前の話だ。自分でも少し思考が鈍くなっているのを感じる、どうやら想像以上にベルちゃんの話で興奮を覚えているらしい

「どういう組織系統でどこまでその思惑に関与していたかはわからないけど、ベルちゃんを扱いやすくするために、ご両親を犯罪者に仕立て上げた感があるね。しかも処刑と言う分かりやすい形を取ることで、ベルちゃんの居場所はもうその軍の魔術部署にしかないという脅迫もできるおまけ付きだ」

理には適っているな、人間性とかそういうのをかなぐり捨てているけど。そして何より笑えないのが、こういうこと僕が考えそうなことだ

「それから軍で過ごして一年ほど、正直何をやっていたのかは覚えていません、生きる気力もなくただただ言われるがままに過ごし、ただ死ぬのを待っていました。そんな時、大規模な魔術を発動するための燃料として連れていかれ、とある山に行きました」

「山?」

「む、あそこか。我とベルフェールが初めて会ったところの」

「はい。今でも鮮明に覚えています、山の山頂付近に大きく描いた魔方陣を地面ごと破壊し、逃げ惑う軍の男たちに目もくれず、ジッと私を見つめていた魔王様のお姿は」

「懐かしいな、確か父上の命で人間の怪しい動きを潰しに行った時だな。何をしていたのかよくわからなかったから取りあえず、山の頂上ごと魔方陣を抉りとったな」

「魔王様ってば野蛮ですなぁ。お手本になるんじゃなかったの」

「若気の至りと言う奴だ。それにあの頃はまだ魔王ではない」

「あの時、私を物理的にも精神的にも縛っていたもの、全てを壊してくれたことを今でも感謝しています魔王様。私を拾ってくれて、本当にありがとうございました」

ベルちゃんはそう締めくくり、深々と魔王様に頭を下げた。それを受けた魔王様は、少し恥ずかしそうに視線を彷徨わせ頬を掻いている

僕は口元を押さえ、肩を少し震わしながらその二人を見ていた

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