第3話 魔王と従者に嫌われた 3

「さてと、これからどうしよっかにゃー」

ベルちゃんの足音が聞こえなくなってから、ソファでゴロンと横になり、ふにゃふにゃと気の抜けた声を上げた。全く自分の知らない世界にいるというのに、どうも緊張感が自分にはないみたいだ。病気かもね

これからの指示とかも貰ってないし、異世界に来たばかりだから予定もない。ほら僕って、俗に言う指示待ち世代ってやつだから、何か明白な指示みたいなものがないとイマイチやる気が起きないんだよね。だからさっきベルちゃんに、何度も指示を煽ったんだけど、どうも通じなかったみたいだ

「まぁ良いか、さっき十分寝たから今は夜だけど眠くないし、このお城を探検でもするか」

好奇心は猫をも殺す、と言うが、人は好奇心で進歩して進化して生きていく生き物だ、まぁ死なない程度には気をつけるさ

「さて、どこに行こうかな」

オープンワールド系のゲームみたいで、なんだかワクワクするな。とりあえずマップを埋めたいところだし、見たことないところを適当に歩くか、戻る時は来た道を辿ればいいし

「おい、そこの人間、止まれ」

適当に歩いて数秒、一つ目の曲がり角を曲がったところで、後ろから女性に呼び止められた。声からしてベルちゃんよりも年上の感じだが、魔王様の例であるように、見た目や声などの外見的要因で年齢が推し量れない、ぶっちゃけ女性であるかすらも不明だ

ふぅと一息入れ、僕はある程度の覚悟を固めて、呼ばれた方を向いた

「何でこんなところに人間がいるんだよ」

そこにいたのは予想通り、少し身長の高い女性だ

「えっと、それはですね」

どう答えるのが一番無難か考えながら、僕を呼び留めた声の主を観察した。足が長く、出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいる、スタイル抜群という奴だ、そして赤くて腰まで届くような長い髪の女性だ、彼女が仮に人間だとしても、僕より全然年上だろう、大人の女性だ。しかも、長いまつ毛にキリっとしたつり目、容姿は整っているうえ僕に対して鋭い視線と凛々しい表情を向けている。美人な大人の女性だ

しかし、やはり魔王城、僕の期待を裏切らなかった

「角…?」

彼女の額より、少し上の部分に立派な一本の角が生えていた

「なんだ?別に珍しい角でもないだろ」

僕のじろじろとした視線が角に向かっていることに気がついた女性は、訝しげに角を撫でた

「お気に障ったのなら申し訳ありません、随分と綺麗な一本角だったもので見惚れてしまいました。何分僕は最近ここに越してきたものなので、宛ら子供のように、目に映るものすべてが新鮮なのですよ」

額から生える綺麗な角なんて、アニメを実写化させたときにみるあのガッカリコスプレでしか見たことないからね、新鮮と言うかなんというか、テンション上がるものだ

「フンッ、あたしから見りゃ、10年やそこらで大人になる人間なんてみんな子供みたいなもんだけどな。どうせあんたもそれくらいしか生きてないんだろ」

「なら僕があなたの角をじろじろ見ることはなにもおかしくないじゃないですか。16歳の小童なんですから」

「ハハッ、それもそうだな」

凛々しい表情が一瞬で崩れ、快活に笑いだした。どこに笑うところがあったんだろう

「それで、僕に何か用ですかお姉さん。逆ナンならいつでもウェルカムですよ、僕は年上も年下もいける口ですから。因みに許容範囲は10歳から30歳まで、ロリコンでもあり年上好きでもある紳士な男ですよ、僕は」

「誰が人間なんかをナンパするかよ。あんたに声をかけた理由は、わざわざ言わなくてもわかるんじゃないのか」

笑顔で拳を僕に突き付けた

「さてね、生憎と言葉を交わさないと相互間で意思疎通ができないのが人間と言う面倒な生き物でしてね。僕にはあなたが言いたいことなんて、微塵もわかりませんよ。それに美女の考えていることが分かるなんて、そんなことできたら僕はもう既に非童貞ですよ」

突きつけられた拳を手で包み、そっと降ろさせた

「ハッ、しらばっくれるなよ。あたしらはあんたら人間たちと戦争をしているんだ、そしてここはあたしらの本拠地、見たことない人間がいたならとりあえず尋問するだろ」

「アハハ、美女に尋問されるなんて中々悪く無い話じゃないですか。日本ではお金を払ってでもやりたい人がいますよ。だけど残念ながら、僕はついさっき魔王様の管理下のもとこの世界に召喚された異世界人なので、そのプレイは受けることができません。もしよかったら、別のプレイをお願いします」

適当に嘘を並べても良かったのだが、それをするメリットもないし、適当に口から出る言葉をそのまま並べた

「いかがわしい言い方するなよ気持ち悪い。異世界人ねぇ、あんたみたいなのが異世界人だなんて信用できないな、異世界人ってのは噂でよく聞くし遠目からも見たことがあるが、あんたみたいなもやし男じゃなかったぞ」

「色々な魔人や魔物がいるのと同じように、色々な異世界人がいるんですよ。それに僕は嘘吐きが嫌いなんですよ、だから絶対に嘘なんかつきませんよ。信じてください、何に誓っても構いません」

僕の必死の懇願(のように見えるかわからないけど僕としてはそれを演じているつもり)を、彼女は鼻で笑った

「ハッ、人間の常套句だね、嘘をつきません、本当です信じてください、神に誓います、今までどれだけの人間が口だけだったことか。なら今から一緒に魔王様の部屋に行って確認しようじゃないか、もし嘘だったり不審な行動をした場合、即刻ぶっ殺してやるよ」

「ぶっ殺すって、穏やかじゃないなぁ。命は尊いですよ、どうして殺すなんて簡単に口にできるんですか」

「人間のお前がそう言うか」

「命ある僕だから言うんですよ」

何の中身もないぺらっぺらの受け答えに納得してくれたのか、それ以上の追及は無く「こっちにこい」と腕を引かれた

「エスコトートありがとうございます。次デートするときは僕がしっかりエスコートしますよ。デートコースも期待していてください」

ふむ、しかしこれは意外と悪く無い。美女に腕を引かれて炎で照らされる仄暗くもロマンチックな道を歩くことが、ではない、いや勿論それも悪く無いんだけどね。僕が悪く無いと言ったのは、魔王様の部屋、つまりこの城の最高権力者の場所を把握できるのは美味しい、ということだ。どうせ当分は僕のことなんて信用されないだろうから、こういう流れで連れていってくれるなら願ったりかなったりだ。そして今後この城で生活するなら、こんな風に疑われるのは避けられないことだ。ならばさっさと済ませて、今後動きやすくしてもらった方が何かと便利だ

「いやはや、美人に腕を引かれるなんて、なかなかどうして運がいい日じゃないですか。できれば腕を引くんじゃなくて、腕を絡ませてくれるのが理想的なんですけどね、おっぱいが腕に当たるとなおよし」

「一々うるさい人間だな。これ以上余計なこと喋るんならぶっ殺すぞ」

「嘘だった場合や不審な行動をした場合ですよね、ぶっ殺すのは。僕のどこが不審なんですか。こんな真っ当を絵に描いたような少年の、どこにおかしい部分があるんですか。まぁ、あなたが外道な人間と同じであることを認めるのでしたら、好きにぶっ殺してもらって構いませんけど」

「…チッ」

気になっていたので少しはったりをかましてみたが、やはりここの部分に弱いな。どんだけこの世界の人間というのは嫌われているんだ、同じ人間の僕が恥ずかしいよ

「そういえばお姉さんは…失敬、名前を伺ってもいいですか」

「あぁ?あたしはディノウって言う、ディノウ・エトワールだ」

エトワール、確かフランス語で星って意味だっけ。この場合はファミリーネームがエトワールだから、星飛雄馬みたいな感じかな

「ディノウちゃんですね、僕は常盤真、まこりんとでも呼んでくださいな。それでディノウちゃんはさ、どういう魔人なの」

「…おい、そのディノウちゃんと言うのはやめろ。どうせお前はあたしより年下だろ、年下にちゃん付されたかないんだが」

「年上年下の件はベルちゃんともう済ましたから割愛させてもらうね。いいじゃんディノウちゃん、可愛いよ」

「可愛い可愛くないの問題じゃない、あたしに舐めた口を利くなと言っているんだ」

「僕の世界では女性のちゃん付けは最上級の敬意の表れなんですよ。それに舐めている舐めていないは主観的な話だと思うよ、極論僕がディノウちゃんに対してどんな言葉遣いをしたところで、それをディノウちゃんが舐めていると判断した場合どんなに敬意を尽くそうと、ディノウちゃんはその敬意を認めないでしょ。なら舐めているととられようが敬意が現れているととられようが、僕は僕の敬意を尽くすまでですよ」

「……なんだかものすごい屁理屈というかそれ以下の何かというか、よく分からない理論で誤魔化された気がするのだが」

「何でしたらもっとどうでもいい言葉を尽くしましょうか」

「いや、もううんざりだ、ちゃん付けでも何でも構わない、頭痛くなりそうだ。それで、あたしがどんな魔人か、だっけか」

僕の扱い方を早くも理解したのか、ディノウちゃんは僕の方を向きもせずに、頭を乱暴にかきながら僕の質問を吟味した。折角の綺麗な髪なのに、そんな風に掻き毟ると痛んじゃうよ、女性の髪のことなんて微塵も知らないけど

「あたしは鬼だ、魔人の鬼族。てか、このきれいで長い角を見てたから知ってたのかと思ったよ」

「その角が特徴なんですか」

「ああ、角を持つ魔人は相当数いるが、まぁほとんどがあたしら鬼族からの派生だ。だが、綺麗な一本角を持つのは純正の鬼族だ」

「へえ。つまり血統書付きってやつか」

いくつか気づきはあったが、まとめるのはもう少し情報を集めてからにしよう

「そういえば勝手な印象なんですけど、鬼って腕っぷしが強い印象があるんですが、それはどうなんですか」

「もちろん強いぞ、純粋な戦い、素手での喧嘩だったらあたしらより強い種族はいないと思っている。しかもあたしみたいな訓練をした鬼は、力に加えて魔術も使える。物理と魔術の両刀だ」

つまり、と続けながら僕の方に拳を翳した。しかもその拳は魔術なのか何なのかわからないが、赤い光を帯びている

「あたしに嘘をついたなら、命は諦めた方が良いってことだ」

「アハハ、怖いねぇ。その怖さも魅力的だって言えるくらい、懐の広い男になりたいものだ。だけどそんなに強いなら、何で魔王様の配下に加わっているの。またイメージで物を言って申し訳ないけど、鬼ってあまり他と群れるイメージがないんだよね」

「別に配下に加わったわけじゃない、長老の意向で協力関係を結んだだけだ。人間たちが勢力を伸ばしているなか、魔族と人間のバランスが崩れている中、あたしらがバラバラで人間たちと戦うのは不味いって判断だ。そこで過去に荒れていた魔界を治めたの一族、つまりは今の魔王様の一族だな、その一族の長を頭に据えて人間たちに対抗しようとしたわけだ。さっきも言ったように、あたしらはステゴロなら負けはしないが、所詮は一対一の戦いが前提だ、戦闘と戦争は違う」

「それで魔王様の庇護下に入ったって訳ね」

「庇護下じゃない、協力関係だ。あたしらが戦争として戦闘を行う代わりに、他の奴らから知恵や魔法を借りる、一番は魔王様だがほとんど同盟に近い関係だ。て言うか、庇護下という言い方はやめろ。ここにいる魔族は全員協力をしているだけだ、力のないものや頭のないもの、機動力がないものや空を飛べないもの、そういうやつらが逆に、力のあるものや頭のあるもの、機動力のあるものや空を飛ぶもの、そんな奴らと協力して生きているんだ。誰が誰を守るとかはねーよ、全員で背中を守りあうんだ」

全員で守り合う、ねぇ。僕の嫌いな言葉だ

「…素晴らしい考え方だ、庇護とか言ったことは訂正しよう、ごめんなさい」

嘲笑が浮かびそうになったが、必死で無表情を装い何とか言葉を紡いだ。でも無表情は失敗だったな、ここは胡散臭くても笑顔を浮かべるべきだ、さっきまでへらへらしていた僕の表情がなくなったことに、ディノウちゃんも訝しんでいるし。僕のポーカーフェイスもまだまだだな

「まっ、もしテメーが言った通りの、ベルフェールと同じあたしら側の人間だったら、敵からの直接的な攻撃なんかからはあたしが守ってやるよ。その代わり、人間のテメーにしかできないことで、あたしを助けろよ」

「勿論ですとも、微力ながらも助勢させていただきます」

それにしても、ディノウちゃんやベルちゃん、召喚されたばかりの時に魔王様と少し話してみて思ったが、魔人や魔物、魔族たちは思った以上に文化的な考え方をしている。規模が分からないと何とも言えないが、多分日本よりも全然道徳的で他者を配慮した考え方だ

さっきディノウちゃんが鬼族についての話を聞いた時、角持ちは相当数いる、そしてそれはほとんど鬼族派生、と言っていた。つまり鬼族は昔から存在した種族であるということが分かる、そんな情報は今はどうでもいいのだが、今気になるのはもう一つここから読み取れること、多種族同士での種の配合、つまりは多種族同士の子作りについてだ。ディノウちゃんの口ぶりから、他の角を持っている種族は、先祖に鬼族が混じったということがわかる、どこぞのテレビでやっていたライオンとトラの子であるライガーみたいなものかな。遺伝子的にどうなっているのかも気になるが、それ以上に理性や感情や意思、人間とさして変わらない心の動きをする生物が、他種族と交わり新たな命を生むことが心理的に可能なのだろうか。魔族の種の間にどれだけの隔たりがあるかはわからないが、少なくとも地球では少し前まで肌の色が違うだけで嫌悪感を持たれ、今でもそれに触れるような内容は規制が厳しい。もしディノウちゃんの言葉通りなら、ここの人たちの心は地球の人達と比べ物にならない場所にあるのかもしれない

「…どうしたんだよ、急に考え込んで」

「…あぁ、いえ、僕のいた異世界の国ではみんな違ってみんな良い、と言うのは簡単ですけど、実行するのは非常に難しいので、あっさり受け入れているあなた方はすごいなぁと」

少なくとも、日本ではそれは難しい話だ

だけど、どちらが良いというのもこれまた難しい話であると思うよ。極論言ってしまえば、みんな違ってみんな良い、というのは、個性の多様化の容認であり、そしてそれは集団の中で目的達成のために動くとなれば実に非合理的であり、足枷でしかない。力になる個性やならない個性、周りと同調する個性や我の強い個性、働かない個性や楽しようと模索する個性もある、中には僕みたいな落ちこぼれで嫌われ者の個性もある、それらを容認するなど現代社会ではまずありえない。ならば全部無理矢理統一させ、異端となるものを排除した方が非常に効率的だ。日本の学校教育とかそんな感じだしね、特に小学校、なんかわけわからないルールで縛ってたよね。なんなんだろうねあれは、シャーペンとか使用禁止だったり、塾で分からないところ聞いたらなぜか怒られたし

「…と、そんな話をしていたらついたな、魔王様の部屋だ」

「へぇ、ここが」

巨大で荘厳な扉の前に辿り着いた。ホント、この世界は僕の期待を裏切らなくていいところだ。紫のレンガのようなもので作られた巨大な扉、と言うよりもうほとんど門だな、それを支える強固な鉄の縁、そしてその扉を怪しく照らす青色の炎、最近の進化したゲームのグラフィックで何度か見たことがある扉だ。欲を言えば扉の隣に、火でも吐く龍の石像でもあればなお良い

コンコン、とディノウちゃんがノックをして扉を開けたが、多分僕がノックしてもあんな風にいい音は出ないだろうし、重くて扉は開けられないんだろうな

「入りますよ魔王様」

「ん?なんだ、ディノウとマコト…?いったいどういう組み合わせだ?」

玉座のような大きな椅子に、足を組んで座っていた魔王様は、素っ頓狂な声を出して尋ねた。威厳も何もないな

「やぁ魔王様、可愛い魔王様に会いたくなったから、ディノウちゃんに無理言って連れてきてもらったんだ。一緒に愛を語りあおうよ、今夜は寝かせないぜ」

「ハッ」

僕の全力のキメ顔とキメポーズが鼻で笑われた



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