第2話 魔王と従者に嫌われた 2

「いやぁ、それにしてもTHE魔王城って感じだね、蛍光灯なんかがあるとは思ってなかったけど、まさかただの蝋燭だけじゃなく紫の炎なんかで照らしているなんてね。下に蝋や枯れ木があるように見えないけど、これってどういう原理で燃えているの?」

「それは先代の魔王様のお力によって悠久に燃え続ける炎です。危ないので近づかない方が良いですよ。その炎を消すには、魔王様並みの魔力が必要ですから」

「ほぉ、シャンデリアなんかよりも全然贅沢な明かりじゃないか。先代の魔王様の力を使ってやることが照明機能なんてね」

僕とベルちゃんは先ほどまでいた部屋を出て、だだっ広い廊下をのんびりと歩いていた

因みに魔王様は、僕と喋るのは疲れるらしくて、あの後すぐに部屋を出て行ってしまった

「まぁ疲れやストレスなんかは精神の成長を促進させる要素と同時に、身体の成長を妨げる要素でもあるからね、溜めこむのはよくないぜ。端的に言うと、しっかり休まないと大きくなれないよ」

と折角助言してあげたのだが、目と牙を剥いて「やかましい。我はまだ43だ、まだまだこれから成長するのだ」と反論してきた。43って、見た目通りではないと思っていたけど、そこは百何歳とかじゃないんだ。中途半端というか、思ったより若いというか

まぁそんなこんなで、僕は絶賛年上の女の子とお城デート中だ。これが日本とかだったら、デートで観光地を訪れたリア充なのだが

「そういえば結構いろんな人とすれ違ったけど、本当にいろいろな人がいるね。日本じゃハロウィンでしか見らない光景だよ、後コミケかな」

「あの方々を見て、いろんな人、と一括りに人扱いできるあなたを、私は尊敬しますよ」

オークやゴブリンのような人はもちろん、二足歩行をしていない方や烏賊のように沢山の触手を持つ人、空を飛んでいる人ともすれ違った。やはり僕が珍しいのか、足を止めてまじまじと僕を観察する人が多い。そんなに観察しても、別に面白みはないと思うんだけどな。まだベルちゃんみたいなかわいい女の子を観察したほうが有意義だと思うよ

「コミュニケーションが取れて秩序がある組織に属している者を僕は人と定義するからね、まぁ持論だけど」

むしろこの二つを満たしていない人間が普通に現代社会にいるから困る

「それにしても、僕やベルちゃん、魔王様みたいな二足歩行で毛が生えている、わかりやすく言うと人間みたいな人型って…ここだと人型って差別用語っぽいから訂正しよう。そうだな、猿型かな。猿型の人ってあまりいないんだね」

「猿型って…いないことはないですよ。人間は私とマコトさんしかいませんが、魔人の方々の多くは、あなたの言うところの猿型ですよ」

「魔人…魔物や魔族の別称というわけではなさそうだね」

「魔人は魔界に生まれて魔界で育った人たちですね。魔物は動物よりも力も頭脳もある生き物ですね。そして魔族は、魔人と魔物の総称ですが、基本的には魔人のことを指す言葉としてよく使われます」

「いまいち違いが判らないけど、動物<魔物≦魔人=人間、みたいな解釈でいいの?」

「魔人=人間、というわけではありませんけどね。魔人の方々は大きな翼があったり、逞しい角があったりと、人間とは似てもにつきませんよ。何よりその内面は誠実で心優しい方ばかりですよ」

「言うねぇ、ならその人間であるベルちゃんは不誠実で意地悪なのかな」

「私がお会いした魔人の方々に比べれば、私なんて汚い存在ですよ」

「毎日ちゃんと風呂に入れるんだよね。僕シャワーだけとか嫌だよ」

「…そういう意味ではないことくらい、分かってますよね。茶化さないでください」

ペロッと舌を出した

それにしても、随分と人間側に敵意を持っているんだね、ベルちゃんは。まぁ、魔王の城で魔王に忠誠を誓いながら働いている時点でお察しだけど

「随分と人間のことを嫌っているね。こっちの世界じゃ、割とそう言う人が多いものなの?魔王崇拝思想みたいなの」

僕の迂闊な質問に少し視線が鋭くなったが、言葉を選ぶように答えてくれた

「…いえ、私は魔王様に拾われたので特殊な例です。私を一般的な人間の例で見ない方が良いですよ」

「あ、その辺は大丈夫、端からベルちゃんのことを一般的な人間だとは思ってないから」

何か物言いたげであったが、口にすることは無かった

そんなこんな、楽しい雑談をしていたら、ベルちゃんはとある部屋で足を止めた。どうやら着いたみたいだ

「ここがマコトさんに宛がわれた部屋です。中のものは自由に使ってください」

そこは豪華絢爛、というほどではないが、それでも普通に泊まるなら学生の身分では身に余る部屋であった。壁紙や天井こそは紫や黒が基調だが、大きなベットに丸テーブルに椅子、ものを書くように設置された机と椅子と蝋燭に、大きなソファやクローゼットやタンスに時計、備付けの家具はどれも一目見ただけで高価で豪華で良いものだと分かる。欲を言わせてもらえるなら、後はテレビとWi-Fiが備え付けられていれば完璧なのだが

「いやはや、長生きしてみるものだな、まだ16歳だけど。すごすぎない?この部屋。僕の人生でここまで豪華な部屋を自由に使ってください、なんて言われる日が来るなんて。衣食住の住がここまで豪華だと、他二つも期待で胸がいっぱいになっちゃうよ」

「召喚された時よりも驚いているように見えるのは私だけでしょうか」

「価値観の相違ってやつだよ。僕は異世界に召喚されるよりも、こんな豪華な部屋に泊まれることのほうに重きを置いているだけ」

そう言いながら部屋の中を見渡して、ソファに腰を掛ける。おぉ、めっちゃフカフカ、人をダメにするってやつが一時期流行ったけど、それを彷彿とさせるな

「さてと、ベルちゃんも座りなよ、隣空いてるぜ」

ポンポンと隣を叩き、座るように促す。誘われたベルちゃんは、少し迷ったように眉をひそめたが、最終的には僕との間を少し開けてソファに座った。残念、美少女が隣に座ってドキッ、あわよくば物理的にも精神的にも距離を詰めようと思ってたのに

「ふむ、同じソファに座って、身体が当たってドキドキ、みたいな展開を期待したのだけれど、このソファは大きすぎて、間にもう一人くらい入れる隙間があるな。詰めても良いんだよ。僕は電車で居眠りしている女性に肩を貸すのを悪しからず思う紳士な男だからね」

同性の場合?もちろんさっさと離れるよ、人の肩で寝ようなんざ図々しい

「いえ、色々な意味で結構です」

「あっそ、まぁいいや。それじゃあお話の続きをしようか」

「……はい」

うわぁ、露骨に嫌そうな顔された。やめてよそういうの、もっと嫌がらせしたくなっちゃうでしょ

「まずはもうちょっとここの世界について質問させてもらうね。さっきは聞き損ねちゃったんだけど、そして大凡の推測はできているんだけど、僕がここに呼ばれた目的って何?魔王様は具体的に、僕に、というよりも異世界人に何をさせたいの?」

人間と戦わせるとか戦争が何とか言っていたけど、その辺をもうちょっと知りたいんだよねぇ。少なくとも、こんな好待遇を受けるからには、何かしらの異世界人にしかできない魔王側の目的があるはずだし

「先ほど話した通りです、人間たちと戦うために力になってほしいのです」

「そういう君も、そう言われた僕も同じ人間だけどね。だけどさ、戦うだけだったら別にわざわざ異世界から、異世界召喚ガチャを回すほどかな、さっきの話から察するに、魔王様は魔王様なりの軍隊を持っているんでしょ。それとも魔王軍が人間たちに負け越しているから、その対策ってことかな。いずれにせよ、異世界人だろうと何だろうと一個人で何とかなる問題ではないと思うよ」

「悔しい話ですが、現状は厳しいものです。魔王軍は人間側が呼んだ強力な異世界人や、その異世界人がもたらした技術で強化された武器等で苦戦を強いられています。そのため、魔王軍唯一の人間の魔術師である私が、人間側の異世界人に対抗する切り札として同じ異世界人、つまりあなたを召喚したのです。目には目を歯には歯を、異世界人には同じ異世界人を」

その諺って異世界にもあるんだ

「ふーん、負けているんだ魔王軍。これがゲームとかだったら、世界の平和まであと一歩って感じかな」

口調から本気ではないと分かっているだろうが、それでも刺すような視線が僕に降り注ぐ

「そう怖い顔しないでよ、僕の国では魔王は悪役が多いからね、文化の違いってやつだ。それに、女の子は可愛く笑っている顔が一番だよ」

「年下に女の子扱いされたくありませんね」

「年増扱いしてほしいのかい、変わっているね」

「年上扱いしろと言っているのです」

「なら少なくとも、年下に女の子扱いされたくらいで目くじらを立てるのは控えた方が良いね。話が進まないよ」

「本当に、なんであなたみたいな人間が召喚されたのでしょうね」

「呼び出しといてそれは無いぜ」

大げさに肩を竦めて、真剣な表情を作り直す。話が思った以上に脱線してしまったな

「話を戻すけどさ、つまり負けている魔王軍に…」

「負けていません、苦戦しているだけです」

さっき負けているって言ったとき肯定したじゃん。ムカつく奴の言葉はとことん否定したいのかな、それともはっきりと負けているなんて明言されたくないのかな、どっちもか

「まぁ、戦争に置いて苦戦しているって負けていると同義だと思うけどね」

僕のなんとなく言った言葉に、ベルちゃんは目を伏せて口を噤んだ

「さっきは僕のことを、人間側の対策みたいなこと言ってたけど、僕は嫌だよ、第二次世界大戦の日本みたいな、必死で戦争を続けるような戦い方は」

僕にとって戦争と言えば、1940年に勃発した第二次世界大戦の印象が強い。特攻隊だの徴兵だの国家総動員法だの、マイナスな印象が強い

もちろん、日本の歴史を異世界人であるベルちゃんが知る由もなく、首を傾げているが、戦争を生で体験している少女なだけあって、言わんとすることは理解してくれたらしい

「安心してください、と言うつもりはありませんが、無理に戦わせるようなことはしません」

「へぇ」

「この魔王城には戦えない魔人や魔物、魔王様に庇護を求めて集まった魔族が数多くいます。人間の侵略によって住む場所を無くしたもの、人間の手によって家族を殺されいく場所を無くしたもの、価値があるからと無闇に殺された魔物の生き残り、そんな者たちが集まって支え合って暮らしているのが魔王城です。勿論戦う意思がある魔族は軍として起用しますが、その意思がないものを戦場に立たせるわけにもいきませんからね。情報収集や食料や物資の調達、各々の特性や能力を活かして働いてもらっています」

「ふーん、魔王様っていうくらいだから、ああ見えてもっと残酷なのかと思っていたけど、優しいんだね」

「はい、魔王様はどんな種族にも分け隔てなく接するお方ですし、頼られればそれに応える強いお方です。敵である人間の私を拾って、多くの仕事を与えてくださるほどですからね」

ただ、個人的な感想だが優しいというより、温いという印象を受ける

「でも負けているんでしょ。そりゃ僕は、軍に起用されるのは御免だし、危ない事も痛いのも疲れるのも嫌いな、人生を舐め腐っているクソガキだけど、戦争は勝たなきゃ全てを失うことくらいは分かる。どんな形であれ勝てる可能性を少しでも上げておくべきだと思うよ」

「さっきと言っていることが違う気がしますね。前線に立ちたいのですか」

「感情と考えは違うってやつだ。僕は自分が一番かわいいんだよ、だから前線には立ちたくないし、僕が属すことになった陣営に負けてほしくない」

「身勝手な人ですね」

そうでもないさ、今の日本ではこういう人多いよ。努力もしないリスクも負わない、だけど結果だけを欲しがる人

「守るべき者たちを戦場に立たせて、守るべき民や仲間たちの信用を失って、己の信念を曲げてまで得た勝利なんて敗北と同義、それが魔王様の考え方です。なので、魔王様は頼ってくれた者を裏切るような行為は絶対にしません、その信念を抱えたまま勝つつもりなのです、だから多くの魔族が魔王様のもとに集まるんです」

カリスマってやつかねぇ、カッコいいことで

「個人的な見解を言わせてもらうと、カリスマや信念だけじゃ飯は食えないと思うよ。理想論で生きていけたら、端っから戦争なんて起こってないでしょ」

「…私ことはどれだけ侮辱してもいいですが、魔王様のお考えを侮辱するのはいただけませんね。魔王様の意思であなたのことを持成すよう言われていますが、そして魔王様に拾われた身なのでその意思を尊重し、尽くしていきたいと考えていますが、何にだって限度というものはあるのですよ」

「ハハッ、ならベルちゃんの忠誠心も大したことないね。主が愚弄されたことを怒るのは良いけど、それを許してる主の意思を無視してまで、その個人の感情を優先させるなんて、忠義を尽くす者の風上にも置けないよ」

僕は嘲るように笑いながら、煽るように言葉を続ける

「それに、別に魔王様の考えを侮辱してないでしょ、自分の意見を言っただけだよ、だからあまり気にしなくても良いよ。まぁ異世界人に対抗しようと僕を呼んだ時点で、カリスマや信念だけじゃどうにもならなくなっているんじゃないのかなって、捻くれ者の僕は考えちゃうぜ」

「……」

何か反論しようとして口を開けたが、すぐにその口を噤んだ

「おいおい、何か答えなよ、図星みたいじゃないか。まぁ図星を突かれて怒るような、子供みたいな態度じゃなくてよかったよ」

「…あなたも、魔王様のお心に触れれば、その魅力を理解できるはずです」

「何の反論にもなってないけど、楽しみにしておくよ」

まぁ、これ以上苛めるのも本意ではないし、続きはまたの機会にして話を進めるか

「それで話は戻るけど、具体的には僕に何をしてほしいの。人間の王国に繰り出して、異世界人っぽい人間を片っ端から暗殺でもして来ればいいのかな、それともお偉いさんをぶっ殺しに行ったほうがいいかな。それだったら自信あるぜ、僕はこう見えて必殺仕事人のゲームをやった事あるからね。見てみなよ、この華麗な背後から頸動脈をぶった切る素振り、見事な物だろ」

だいぶ昔のだけど、あれ結構難しいんだよね。父親は全クリしたって言っていたから、どちらかといえば父のほうが才能ありそうだけど

勿論、こんなマイナーなゲームのモノマネが通じるわけもなく、ベルちゃんは苦笑いすら浮かべずに、引きつった表情になった

「…あなたの才能が暗殺に長けている物でしたら、魔王様と話し合い実行していただく可能性がありますが…」

本当にそうなのか、という目をしている。暗殺の才能なんて、自覚していたら怖すぎでしょ

「まぁいいか、自分の才能なんて知れたら今後の人生で楽だろうけど、初日に焦ってどうこうする問題でもないしね。ベルちゃんが召喚魔術に失敗した可能性も高いし」

多分十中八九そうだろうけど、さっき少し苛めすぎたからこれくらいにしておくか

「さて、一通り聞きたいことも聞けたし、もう十分だよ、ありがとう。異世界に来て早々、ベルちゃんみたいな博識で魅力的な人に出会えて僕は幸せ者だよ」

「お褒めにあずかり光栄です」

疲れたようなため息をつき、棒読みで返された

本当はもう少し聞きたいことがあるのだが、それはまた別の人に聞きに行こう

「ではまた御用の際はお呼びください」

「後、別に僕に対して敬語とか使わなくていいよ、大変でしょ」

「いえ、魔王様に仕えてから誰に対しても敬語なので、大変だと思うことはありません」

「誰に対しても敬語っていうのは、そんなに良いことではないと思うけどね。敬語は確かに礼儀正しい言葉遣いの代表、みたいなところはあるけど、ただ使っていれば礼儀正しいってことではないと思うよ」

「…そう、ですか?」

「みんなが好きって言葉って薄っぺらく感じるでしょ、それと同じ感じだよ」

「…あぁ、なるほど」

これで納得するあたり、ベルちゃんとは仲良くなれそうだ

「ですが、もう数年近くこの喋り方なので…」

「別に無理にとは言わないけど、ちょくちょく敬意の籠ってない敬語が出てるから、たぶんそんなに難しくはないと思うよ」

「私にどう思われているのか理解されてましたか」

「まぁ、僕とおしゃべりした人は大体そんな感じになるからね。いつか気兼ねなくおしゃべりしようせ」

ご遠慮したいところですね、と顔に書いてあるな。僕もまぁ、そんな風に好かれているとは思っていないから別に良いけど、実害が出ない程度に人の嫌がることをするのが僕の趣味みたいなところがあるからな、どんな話しようか今から楽しみだぜ


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