嫌われ者の勇者討伐記

ここみさん

第1話 魔王と従者に嫌われた 1

「……知らない天井だ」

重い瞼を開いて真っ先に目に入ったのは、紫や青、黒を基調した高い天井と豪華絢爛という言葉が似合う、シャンデリアのような大きな光源だった。自室の若干シミのある、薄汚れた天井とは似ても似つかない

それにしても、いやはやまさかこの僕、常盤真の人生のなかで、こんな漫画みたいなセリフを言うときが来るとはねぇ。人生とは何があるとはわからないものだ、16年しか生きてないけど

それはさておき

「どこだここは…」

僕の頭はここでやっと、事態の重大さを認識した。なにせ目が覚めたら全然知らない場所で寝ていたのだ

「えっと、落ち着け。今日のことを思い出せ、確か僕は学校から帰ってきて、制服のままベットに倒れ込んで、そのまま寝ちゃったはずだよな……あれか、あまりの寝相の悪さに、知らない天井が見えるところまで動いてきちゃったのか」

勿論そんなはずはないが、僕の想像力ではこれが精一杯の推理である

「だとしたらまずはここの家主に謝らないとなぁ…」

そうぼやきながら、自分でも無理があると思う推理に苛立ちながら、乱暴に頭を掻き毟ってムクリと体を起こすと、僕の足元に一人の少女が膝をついて僕の方を心配そうに見ていた

「……」

「……」

お互い目を合わせたまましばしの沈黙

野暮ったい黒のローブで身を包んでいるが、顔や手、僅かにのぞかせる彼女の肌は白くて非常に美しく、バッチリと合った目は、飲み込まれそうなほどの綺麗な青色の瞳だ。どうやら日本人じゃなさそうだ 、アメリカ人かイギリス人かな、それともロシア人かな

「……」

「……」

「お、おはようございます」

「あ、はい、おはようございます」

「……」

「……」

たどたどしく挨拶を交わし、再び生まれる沈黙。しかし日本語が通じることが分かったのは収穫だ

「あー、えっと、僕鼾とかうるさくありませんでしたか」

「え、起きて真っ先に聞くことがそれですか」

「まぁ、年頃なので」

「スゥスゥと非常に静かなものでしたよ」

「それは良かった」

僕は満足げに頷いたが、どうやら少女の方は不服なようで、意を決したように真剣な瞳で僕に問いかけた

「あの、魔法で召喚された異世界人の方…ですよね」

「はい?」

まだ寝起きで頭が働いていないのか、大分ファンタジックな質問をされたような気がする

「ごめん、寝ぼけているのか上手く聞き取れなかったよ。もう一回言ってくれる?」

「私は魔術師で、この城の主の命により異世界より力あるものを呼び出す召喚魔術を行っていたのですが、その魔術の結果あなたが現れたので、確認のために…」

あー、はいはい、なるほどね

「つまり僕は異世界に召喚されたってことか」

「私からしてみれば、あなたがいる世界の方が異世界なのですけどね」

「つまり君は僕を召喚した魔法使いちゃんで、王様の命令で魔王と戦うための戦力として僕を呼びだしたってことだよね」

僕ははぁーと大きなため息をついた

「あのね、もう何番煎じって話だよ、猫も杓子も異世界転生だ。今回のコレは異世界転生じゃないけど。そりゃ確かに現代社会によって疲れ切った人たちには、ファンタジーの世界、もっと言えば自分にとって都合のいい妄想の世界を求めるのは仕方ないと思うよ。だけどね、何の計画もなく、ワンアイディアだけで異世界に飛ばしても行き詰まるだけだし、異世界である意味がないんだよ。ソースは僕、昔書いた異世界ファンタジーモノがそんな感じになった」

「ご、ごめんなさい…なんだかよくわかりませんがごめんなさい」

謝られてしまった。かわいい女の子から謝られるのは悪い気はしないが、よく分からないまま謝られるのは、なんか僕が彼女を責めたみたいじゃないか

「それで、本気でここはどこなの。ドッキリにしても性質が悪いと思うよ、いくら蛇蝎の如く嫌われている僕相手でも、こんな見知らぬ建物に眠っている間に移動させられるなんて、流石にここまでされる謂れはないよ。多分」

蛇蝎の如くって自分で言った見たが、自分で悲しくなった

それはさておき、自称僕を召喚した魔女っ娘ちゃんは首を傾げている

「ですからここは、ご自分で言ったように異世界ですよ。あなたから見て」

「…マジ?」

「え、えぇ、本当のことです」

「Really?」

「リア…え?」

日本語は通じるけど英語は通じないか。いやそんなことより

僕は立ち上がり、薄い光が差し込んでいる窓から外を眺めた。そこには今まで見たことないほどの大きな月が、夜中の太陽は自分だと言わんばかりに輝いていた。赤く怪しく輝く三日月と、青く清らかに輝く満月、二つの月だった

マジかぁ。異世界に来ちゃったかぁ。日本から出たことがない僕にとって、初めての外国旅行が、まさか異世界になるとはなぁ。お土産とか何買って帰ればいいんだろう、特産物とかかな

「…いくつか確認したいんだけどさ、良いかな?」

「えぇ、召喚されたあなたに状況説明をするのが、呼び出したものの責任ですから。何でも聞いてください」

ローブの上からでもわかる、その豊満な胸をトンと叩いた。頼もしいことで

「ここの特産物って何かな?」

「え?」

「なんでもないよ。じゃあまず、名前を伺っても良いかな。…あぁ、僕の名前は常盤真、年は16歳だ、気軽にマコちゃんとでも呼んでくれ」

「私はベルフェールと言います。年は18です」

「へぇ、年上なんだ。よろしくねベルちゃん」

「ベルちゃん…?」

いいじゃん、ベルフェールちゃんだからベルちゃん。可愛くて覚えやすい

そのベルちゃんの方は、年下からいきなり何のひねりもないあだ名で呼ばれて、少し困惑しているが、僕は特に気にすることもなく質問を重ねる

「それで、僕はなんのためにここに召喚されたの?生憎と、僕なんてその辺にいる、十把一絡げの高校生なんだけど。異世界に召喚されるような才能もチート能力も持ってないんだけど。あ、それともこの召喚される過程で何かしらの能力が身につくとか」

それだったらテンション上がるな。始まっちゃう?勇者常盤の冒険譚始まっちゃう?異能力やチート能力、日本の知識や文化を使って無双しちゃう?

「いえ、私が使った召喚魔術は、隷属させない代わりに異世界から才能のある者を呼び出す魔術なので、何かが身につくのではなく、あらかじめ人並み外れた才を持つ者を呼び出すものです」

「いやぁ、才能ある者なんて嬉しいことを言ってくれるね、今度日記につけておくよ」

だけど今のベルちゃんの話でいくつか分かったことがある

一つは僕に、というよりも異世界人に何かを期待してこの魔術が行われたこと。面白半分で呼び出されたとかだったら、異世界を観光して送り返してもらおうかと思ったけど、その辺は見込めなさそうだ

二つ目は、僕以外にもこの世界に来ている人間がいるということ。ベルちゃんの口ぶりでは、そういう現象が起こると事前にわかっていたかのようだ、それも結構確信的に。つまり異世界からもうすでに何人か召喚されていると考えた方が良いだろう。まぁ、全く別の世界から呼び出された奴もいるかもしれないから、その辺は深く考えなくても良いかな

三つ目は、召喚魔術は二種類以上存在し、召喚したものを隷属させる魔術もあるということ。呼ばれた瞬間奴隷になるってことか、中々趣味の良い魔術なことで

「でもさ、人並み外れた才能があると絶賛してもらっているところ悪いんだけど、本当に僕には特別な力なんてものはないし、才能なんて欠片も心当たりがない。大器晩成にかけるにも、残念ながら望みは薄そうだしね。ベルちゃんがその魔術を失敗した線が濃厚だね。まぁ、誰にだって失敗はあるさ、大事なのはこの失敗を活かして次に繋げることだよ。僕も応援するから」

ベルちゃんの肩をポンポンと叩いて励ました、いや別に微塵も励ます気もないし、ベルちゃんもそれがなんとなくわかているのか、流されるまま「ありがとうございます」と気のない感謝の言葉を返してきた

「さて、僕には魔王と戦うような力がないと分かっていただいたところで」

そろそろお暇したいんですけど、と続けようとしたところでベルちゃんから待ったがかかった

「あの、不快な勘違いをされているようなので訂正をさせていただきますね。私は確かに人間ですが、ここの主は人間ではありません」

もしこれがアニメだったら、ここで雷がピカってなる演出が入るんだろうけど、さっき確認した通り生憎と空は綺麗に澄んでいる

「この城の主は魔王ルダス様。ここは魔王様が管理しているお城です」

「……あー、はいはい、そっちね。うん」

なにが「うん」なんだろう

てっきり自分が正義の使者とかそんな感じだと思っていたけど、魔王側に僕は召喚されたようだ 。まぁ、異世界からの勇者、なんて肩書僕には似合わないな、どちらかというと魔王の遣いっパシリの方がしっくりくる

魔王、魔の王。RPGの類でラスボスだったり、ライトノベルや漫画では最終目標であったり、礼を挙げたら枚挙暇のない存在だ。そしてその力や魔力なんかで、配下の悪魔や魔物たちを従え、人間と敵対する存在

「…まぁ確かに、言われてみればこの部屋も魔王城っぽい感じはしているな。てっきりこの世界ではこれが一般的だと思ってたよ」

赤い炎だけでなく黒や青の炎が怪しく照らしている紫の壁、どこか禍々しさを感じる獣の石像、本物でないと信じたい真っ白なしゃれこうべ

「ここに住んでいる私が言うのも変ですが、よく部屋に骸骨があることが一般的だと感じましたね」

「そう?頭蓋骨なんてみんな持ってるじゃん。そう珍しいものじゃないでしょ」

「確かに持ってますけど、それとこれとは話が別な気が…」

少し引いたように苦笑いを浮かべたベルちゃんが何かを言いかけたところで、バンッと勢いよく扉が開かれ、何の挨拶もなしにずけずけと大股で本題に入っていった

「ベルフェール、召喚魔術の方はどうなった?」

「魔王様」

え?魔王様?

ベルちゃんの言葉に何度も来訪者を見た

来訪者、ベルちゃん曰く魔王様はパッと見僕よりもいくつか年下の、紫のワンピースで腕を大きく露出させている中学生くらいの女の子だったからだ。異世界に召喚されて、漫画みたいな展開が続いた僕にとって、こんなオーソドックスな展開、よく言えば漫画界の王道的展開は、異世界に召喚されたとき並みに衝撃を受けた。ここまで来ると、なんかそういう夢みたいな気がする、なんだっけ、明晰夢だっけ

「魔王様直々にお越しくださってありがとうございます。今しがた、召喚自体には成功しました」

「うむ、そうか。ではこの男が」

そして僕に視線を移した。品定めをしているようで、遠慮なくじろじろと僕を見ている。誰かにじっくり見られるなんて久しぶりだな、手でも振っておくか

「…我は異世界人というのは、話でしか知らないのだが、こんな珍妙なものなのか」

そりゃ国どころか世界が違うんだから、珍妙にも映るよ

「はじめまして、あなたが魔王様で良いのかな?僕は常盤真、気軽にまこっちとでも呼んでくださいな。ベルちゃんとは十年来の幼馴染で、よく魔王様のお話は聞かせてもらっているよ。お会いできて光栄です」

流れるように適当な言葉を紡ぐ

「へ?幼馴染?」

「なぜ異世界人であるお前が我の話を聞いている?」

ありゃ、どうやら僕の言葉を真に受けて、二人とも目を白黒させている

「二人とも、ユーモアってご存知かな」

まさかこんな軽口を本気にされるとは思わなかったよ、それに今のはどう考えても騙される方が悪い類の嘘だったと思う。まぁ日本の社交辞令というのは、海外でも異常だと称されているからね、文化の違いとかそういうものだと捉えておこう

「ユーモア…つまり冗談ということですか?いきなりそんな冗談言われても困るのですが」

「みたいだね、僕のいた世界ではこれくらい普通だから、いつものノリで話しちゃったよ。魔王様の方もごめんね、悪気がなかったといえば嘘になるけど、まぁ一応悪気はなかったんだと言っておくよ」

ペロッと舌を出して謝ったが、二人ともニコリともしない。キモかったのかな、外見は良い自信はあるんだけどなぁ。本当だよ、中の上くらいはあるよ。昔学校で、性格はゴミクズだけど外見はまぁまぁ良いよねってよく言われたんだよ

「おいベルフェール、本当にこいつが異世界人なのか。とても噂に聞くほどの人間に見えないのだが」

「はい、私もそう思いますし、本人も自分は才能など持っていないとと主張しています。ですが、異世界人特有の黒い瞳に黒い髪、何よりその身なりが我々の知るそれとは一線を画しています」

身なりって、別にただの学ランなんだけど

「だがこいつ、我らのことを完全に舐め切っておるぞ。魔王の意味も異世界の意味も分からないわけではないのだろ」

「はい、言葉の翻訳も召喚を行う過程で済ましているはずです。言い訳がましいことを言わせてもらいますが、私も異世界人を見るのは初めてなので、異世界人というのはこういう者たちなのかもしれません」

「人間たちはこんなやつらを戦争に起用しているのか」

「おそらく交渉ごとに長けている者も多いのでしょう」

なんだか大分不名誉なことを言われているな、別にそれはいつも通りだからどうでもいいんだけど。それよりも、いくつか気になることを話しているな

「ねぇ、楽しくガールズトークしているところに口を挟むのは恐縮なんだけどさ、いくつか質問しても良いかな」

「…なんでしょう」

さっきのちょっとした冗談が尾を引いているのか、ベルちゃんは瞳に警戒の色を濃くしている。あまりこういうことは言いたくないけど、騙される方が悪いよ

「そんな目で見ないでよ、傷つくなぁ」

にこやかな笑みを浮かべてみたが、空気が軟化することは無かった、どころか余計警戒の色が濃くなる。やれやれ、年頃の娘さんというのは中々気難しい

「二人の話を聞いているとさ、異世界人さんはそれなりの人数がいて、みんな君たち魔王軍と戦っているみたいだね」

「みんな、かどうかは分かりませんが、数年前から並外れた力を持つ異世界人の名前を多く聞くようになりました。どの人もあなたのように黒い髪に黒い瞳を持っています」

「…黒い髪と黒い瞳?」

なぜ東洋系の人間ばかりなんだろう。いや、今はその質問よりももっと気になることがある

「大雑把でいいんだけど、それって何人くらい?」

「召喚魔術は発動自体が非常に困難で、成功させること自体も多くの魔力を必要とします、なので、あまり多くはないと思います」

「我が聞いた報告では、並外れた力を持つ者が13人。うち4人はすでに屠った」

「それはそれは、誰だか知らないけどご冥福をお祈り致します」

顔も知らない人に適当に祈りを奉げながら、質問、というより疑問を口にする

「黒い髪と黒い瞳ってさっきから言っているけど、それって僕の国では割とよく見る特徴なんだよね。だからこの際その特徴を持つ人間を皆日本人、僕の世界の僕の国の人間だと仮定するんだけどさ、僕の国にそんな魔王軍を苦しめるような人間はいないと思うんだよね」

先ほど戦争に起用、と言っていたが、現代の日本人でいくら何かしらの才能がある人間を呼び出したところで、そこまで戦争で大活躍できるとは思えない。仮に日本人じゃない、中国とか韓国とかの人間でも、多分それは同じだろう。一番考えられるのは、第三第四の異世界が存在し、そこからなんか強い人たちを呼び出してきたって感じかな、そこまで行くと最早異世界人だろうと何だろうとどうでもよくなるけど。あとは、ベルちゃんが知らないだけで召喚魔術に特典を付与する能力が備わっているか

「あるものは数多の剣を手脚のように使いこなしたり、あるものは伝説の剣に選ばれたり、類稀なる魔術の才能を持つ者や、逆に強力な魔力耐性を持つ者もいたな」

やはりトップのもとには情報が集まるようで、指を折りながら異世界人の力を教えてくれた。だがどれも、あぁなるほどね、という感想しか出てこない

要するに、どれも現代では使い道がない、どころか持っていることすらもわからない才能ということだ。魔法なんて存在しない現代では、魔法に関する才能などないのと同義、使い手を選ぶような名刀に関わることもほぼない、数多の剣を手脚のように使いこなしていたら銃刀法違反で普通に捕まる。そんな日本じゃゴミみたいな才能を使って、こっちに来た人たちはブイブイ言わせているのか。召喚過程で何かしらの力が付与される線も消えたわけではないが、望みは薄そうだな

しかし一番すごいのって、異世界人ではなく、その隠れた才能を見つけだして呼び寄せる、もしくは何らかの力を付与させる、召喚魔術の方なんじゃないかな

「なら僕にも何かしらの才能があると良いんだけどね」

「?召喚魔術で才のある者を呼び出したんじゃないのか」

「さっきベルちゃん自身が言ってたよ、召喚自体には成功したって。こんな美少女の期待を裏切るよう心苦しいんだけど、生憎と僕には何の才能も能力もないんだよ。いやいやマジで」

勿論、自分の中に現代社会では役立たずのゴミみたいな才能が眠っている可能性も否めないが、下手に期待させるよりも、無能として扱ってもらった方がお互い傷が浅くて済むだろう。というわけで、ベルちゃんには何度も話したことを、ここの主、つまりは最高権力者に伝える。だけどこれは正直賭けなんだよね。なぜなら自分の価値のなさを露呈することだからだ。端から無能になるか、後々に無能であると判明するか、僕は前者の方が良いと捉えるタイプだ

だからここでもし「あ、そうなの?手違いで異世界まで召喚しちゃってごめんね、もう帰っていいよ。あ、これお土産ね」となれば楽なんだけど、もしも

「だからさ、そろそろ元の世界に戻りたいなぁ、なんて…」

「……」

「……」

こんな風にキョトンとされてしまうのが、一番最悪なのである

いやマジでまずいなこのキョトン、簡単に元の世界に戻れないのは異世界ファンタジーではお約束だから、ある程度は覚悟していたけど、この心苦しさも特にない、何を言っているんだこいつ、的な対応が一番まずい

「おいおい、さっきまで饒舌に喋っていたのに黙りこくるなんて、笑えない対応止めてほしいな。まさか呼び出すだけ呼び出して、帰す方法はありませんってか」

少しでも情報を得ようとして出た挑発的な言葉に、ベルちゃんは至極当然のように答える

「そうですね、先ほども少し触れましたが召喚魔術は莫大な魔力と技術がいる魔術です。なので、苦労して呼び出したものを送り返す、なんてことをする人はまずいません、どんな人でも基本的には手元に残し、衣食住と引き換えに労働力にしています。そのため、元の世界に戻す魔法というのはありませんね、使い道がないですから」

「へー、ふーん、そう」

僕の中に若干焦りのようなものが生まれる。ベルちゃんが語った召喚魔術についての説明が、戻れないですけど何か問題ありますか?と言わんばかりの語気と表情だ

先ほどまでのやり取りで、ベルちゃんは比較的おとなしい性格と見て取れる。少なくとも、自分が良いから他人のことはどうでもいい、ということを平気な顔をして言う人には見えない。それなのにこの発言

つまりは、価値観の違いって奴かな

「僕が元の世界に戻りたいって言ったら、どうする?」

「いえ、ですから戻る方法は無いのです。話を聞いてましたか?」

無い袖は振れない、とでも言いたげだ。まるで僕が、無い物ねだりをしている我儘な子供の様でもある

「ここの人たちは戻る方法がないのに、それなりの人数を呼び出しているみたいだけど、それについて特に思うことはないかな?」

「思うこと…ですか」

「なんだ貴様?何をそんなに怒っているのだ」

「怒っているように見えるかい魔王様?そう見えるなら、きっと君たちに何か後ろめたいことがあるんじゃないかな」

ベルちゃんはキョトンとしているが、魔王様の方は少し表情をひきつらせた。僕はそれに構わず、スッと笑顔をひっこめた

「まぁ、流石にその身勝手な考え方はちょぉぉぉっとばかし不愉快かな」

「「……」」

ありゃりゃ、また黙りこくっちゃった。しかも今度は二人とも冷や汗を浮かべている

「まっ、帰る方法がないのならしょうがない、暫く厄介になりますか。とりあえず衣食住と当面の費用は、そっちで負担してくれるんだよね。僕は基本的に肉が好きだけど甘いものも大好きだから、服は少し冷え性なところもあるから長袖で肌触りが良いものね、後ベットは低反発のものが良いな」

思いつく限りの要求を並べ、ニコニコと笑顔を浮かべた。有無を言わせない笑顔を浮かべた

「わかっておる。我は人間どもと違い、どんなものでも責任を持って迎え入れるつもりで、ベルに召喚魔術を実行させたのだ。要求は全部飲めるかわからんが寝泊まりする部屋は用意してあるし、食事は口に合うかはわからんが、美味いものを用意するよう努めよう」

「流石魔王様、魔物たちを束ねる存在だ、頼りになるぅ」

僕が煽っているのが分からない魔王様ではないようで、悔しそうに僕を睨みつけている。推定13歳くらいの美少女に睨まれるってなんか良いな

「あまりこういう風に権力を振り回したくはないのだが、我は魔王なのだぞ、あまり舐めた口を利くでないぞ」

「えー?だって僕異世界人だしぃ、こっちの世界とか全然知らないしぃ、極論君が魔王でも一兵卒でも奴隷でも知らないしどうでもいい、僕の身柄を保護してくれるんなら誰でもいいしぃ」

「これから保護してもらう立場なのに、随分と偉そうだな」

「僕は偉くないよ、君たちがそれ以上に無責任なだけ」

「ぐっ……」

だけど、こんな煽りまくりの失礼なこと言いまくりの僕に対して、魔王でありながら暴力や権力を振りかざさないあたり、魔王様はちゃんと事の責任について理解しているみたいだ

きっと見た目通りの年齢ではないだろうね

「マコトさん」

値踏みをするように魔王様を見ていると、女の子から下の名前で呼ばれてしまった。ドキドキするぜ

「いくら異世界人のあなたでも、魔王様に対しての無礼な発言は大人しく看過できるものではありません。取り消して謝罪をしてください」

キッと睨んでいるベルちゃん。これはこれでアリだな、いや僕は変態じゃないよ、美人はどんな表情しても似合うね、的なニュアンスだからね

誰に対しての言い訳なのかよくわからないことを頭でしながら、ベルちゃんを観察してみると、どうも少し震えているようだ。健気だねぇ、そんなに主君である魔王様が小馬鹿にされたのが腹立たしいのかねぇ、それとも僕がさっき笑顔を引っ込めたのがまだそんなに怖いのかねぇ

「いやはや、素晴らしい忠誠心だよベルちゃん、君の震えながらも僕に立ち向かう姿、心に響いたね。魔王様が羨ましいよ、こんな忠臣を抱えることができて」

僕の嫌味全開の言葉に下唇を噛みながら、魔王は手でベルちゃんを制する

「…ベルフェール、よい。この男は何も間違ったことは言っておらん。そんな奴からの謝罪など受け取るわけにもいかん」

「ですが…」

「人間たちが既にやっているとはいえ、我らがやったことは一人の人生を身勝手にも滅茶苦茶にし、関わり合いのない戦争に巻き込む行為だ」

「実行し、召喚したのは私です。魔王様が責められる謂れはありません」

「それを理解したうえで命じたのは我だ、全ての責は我にある。マコト、好きなだけ責めるがいい、安心しろ、どれだけ口汚く罵ったところで、貴様に害をなすことも貴様を追い出すこともない」

「…口汚く罵ることが責められること、なんて温い発想だね」

「何だと?」

「魔王様のカッコいいところがみられて僕はもう満足だからやらないけど、いつか見せてあげるよ、口汚く罵ったり暴力に訴えたりするのがマシに思えるほどの苛烈な責めを」

自分でもわかるくらい胡散臭い笑顔を浮かべた

ここから僕の冒険は始まった。後に勇者すら打倒し、魔王と呼ばれるようになる人間の冒険譚だ














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