第8話 五つの嘘 誰かが愛し、そして殺した
「ここからは、お互いに真実のみを話そう。妙な自己保身は、なしだ」
翔馬が険しい表情を崩すことなく言った。僕はげんなりした。こんな状況の中で誰かが嘘を言ったとしても、それを見破るすべなどない。無意味な約束だった。
「真実かもしれないって事でいいんなら、俺から話すぜ」
黎次郎が真っ先に口火を切った。翔馬の言葉を不服ととらえているのは明白だった。
「いいとも。話してくれ」
翔馬は挑発に乗ることなく、冷静に先を促した。
「まず、俺がこのところずっと感じていたことを言おう。リーダーと静流は、いわゆる恋人同士の関係に思えるんだが、どうだ?」
言い終えて黎次郎は二人を見た。翔馬は挑むような黎次郎の眼差しを顔色一つ変えずに受け止めていた。静流は、気のせいか少し青ざめているように見えた。
「……あえて宣言はしないが、そう捉えてもらって構わない」
翔馬はたじろぐどころか、顔を上げ堂々と言い放った。黎次郎が「そうなのか」と問いかける視線を静流に送った。静流は表情を僅かに強張らせたまま、おずおずと頷いた。
「そうか……それじゃあ、ここからはそう言う前提で話をさせてもらおう。俺が確かめたいことはもう一つある。……静流、これから俺がする質問に正直に答えてくれ」
黎次郎が同意を促した。静流は無言で小さく頷いた。
「大造が君に言い寄っているという噂を聞いたんだが、本当か?」
静流は一瞬、拒絶を示すように眉を寄せたが、すぐに冷静な表情を取り戻した。
「言い寄ったっていうのがどういう状況を示すのかわからないけど……少し前に、翔馬と別れるようなことがあったら、自分のマンションに来ないかとは言われたわ」
うそだろう、と僕は小さく呻いた。鼓動がにわかに早まり、手のひらに汗がにじんだ。
いったいいつの間に、そんなドラマが生まれていたのだろう。人類の命運をかけた戦いの最中だというのに、よくそんな余裕があるものだ……とそこまで考えて、僕はふいに気恥ずかしさを覚えた。
よく考えたら、僕だって静流に横恋慕しているし、戦闘中に静流の事を考えたりもしている。ほかの連中のことを言えた立場ではない。
「なるほど、そういう話をしていたわけか……。じゃあ、こういう仮説もなりたつな。仲間が自分の恋人に言い寄ったことを知った男が、言い寄った人物と口論になり、勢いもあって暴力をふるってしまう。あるいは、言い寄られた女性が、身の危険を感じてきっぱりと相手に断りの文句を告げる。逆上した相手から身を守ろうとして……」
「ちょっとまて、黎次郎。あれこれ想像するのはいいが、もう一つ、隠しているエピソードがないか?地球防衛省ビルのレストランで深夜、静流と食事をしていたろう。二人きりでどんな話をしたのか、教えてもらえないかな」
黎次郎の表情が、にわかに強張った。新たなスキャンダルの出現に、僕は目を白黒させた。一体、このグループはどうなっているんだ。どろどろのメロドラマじゃないか。
「待って、翔馬。食事は確かにしたわ。でも、あなたが思っているような雰囲気じゃないわ。下の妹さんが、わたしと同じ大学に行きたいんですって。その相談を受けていたの」
相談ねえ……と言って、翔馬は黎次郎を見た。肉食動物が獲物をいたぶる表情だった。
「相談にかこつけて、食事に誘ったわけだろう?結局、目的は静流だったんじゃないか?」
黎次郎の目が険しくなった。口元がわなわなと震え、怒りをこらえているのがはた目にもわかった。
「犯行が可能だったかどうかは後でゆっくり検討するとして、とにかく動機はあったわけだ。これで大造に対して因縁を抱えていた人間が三人になった。静流と黎次郎、そして俺だ。……こうなると、残った一人も当然、検証しないわけにはいかない。……そうだろう?」
翔馬の刺すような視線に射すくめられ、僕は身を固くした。
「はたして我らが末っ子に、大造との確執はあっただろうか。どうだ、啓介?」
僕は大きくかぶりを振ると、迷うことなく「ない」ときっぱり答えた。
「僕には大造を狙う動機がない。仲が悪かったこともない」
翔馬はしばし沈黙した後、「そうかな」と、ぞくりとするような冷たい声音で言った。僕は挑発的な言葉には応じず、無言で翔馬の目を見返した。
「こんなことは言いたくないが……俺には啓介が大造のパシリをやらされていたように見えていたがな。……それとも俺の思い過ごしか?」
「それはないよ。どういう状況を見てそう思ったのか知らないけど、僕は誰のパシリもやらされていない」
僕は精一杯、平静を装いながら言った。翔馬はそんな僕の内心を見透かすかのように鷹揚な笑みをを浮かべた。
「状況か。……そうだな、例えば、三号機のごみ箱の中身をなぜか啓介が替えていたことがあったな。通常、自分の登場機のごみは自分で始末するんじゃないか?」
僕は返答に窮した。腋の下に冷たい汗が滲むのがわかった。基地に戻った後の出来事なぞ、誰も注目していないと思ったのに、迂闊だった。
「まさかボランティアでやってあげたなんてこともあるまい。どうだ?」
「たしかに、新人の仕事だと言われて三号機のごみを捨てたよ。でも、そう言う物だと思ってたし、別にそのことを根に持ってもいない」
脳裏に大造の威圧的な表情が甦った。あの時の僕がビビらされていたことは事実だった。
「いじめだとは思わなかったのか?他人のごみ箱を運ばされたんだぞ」
「いじめというか、上級生が新入生によくやるしごきのたぐいだとは思ったよ。でもそれって、親密になるための通過儀礼みたいなもんじゃないか。いつまでも続いたら問題だけどさ。僕がごみ箱を運ばされたのはそうだな……四、五回ってとこだったよ」
僕は咄嗟にそう言い繕った。しごきだの通過儀礼だのと言う表現は後からこじつけたもので、実のところゴミ箱運びに関しては、理不尽だという思いを拭いきれていなかった。
「ふうん。そういうものかな。俺にはいじめに見えたがな。ほら、よくあるだろう。いじめっ子の主張ではじゃれあってただけだったってのが、本当は悪質ないじめだったって奴」
翔馬のたたみかけにも、僕は無反応を貫いた。いじめを肯定しようが否定しようが、どのみち結論ありきの問いかけだ。だったら、最初から一貫して潔白を主張したほうがいい。
「じゃあこういう噂はどうだ。お前が静流の捨てたシュシュをゴミ箱から拾ったって話は」
僕は心臓が小さく撥ねるのを意識した。何だってそんなところに注目しやがるんだ。
「お前がバッグにつけてるキーホルダーに、小さい布切れが付いてるよな?大造があれを見て『あの布切れ、静流の捨てたシュシュと同じ柄じゃないか』って指摘したんだよな」
僕は静流を見た。感情のこもらない目が僕を捉えていた。たしかに僕はゴミ捨ての際、静流が戦闘中につけていた白いシュシュを見つけ、拾っていた。
僕は拾ったシュシュを切り取り、元がわからないよう加工した……つもりだった。それを大造があっさりと見抜いたのだった。
「大造の注意力にも驚くが、それ以上に啓介の大胆さに俺は驚いたよ」
翔馬が呆れたような口調で言った。僕は返す言葉がなかった。
「つまり……僕にも大造を狙う立派な動機があるってことだな?」
「事実から憶測すればね。少なくとも、他の連中より薄いってことはないな。違うか?」
僕は押し黙った。動機はあるのかもしれないが、僕がやってないことは僕が自分でよく知っている。
「さて、一通り供述は終わったが……結論から言うと、全員に動機とチャンスがあった。しかし戦闘中に犯行を行うのは困難だった。これでいいか?」
僕らは頷くことで、翔馬の言葉に同意した。要するに膠着状態ということらしい。
「誰も自白しようという気はないみたいだから、少し休憩を入れよう。みんな自分のマシンに戻ってもいいし、ここにいても構わない。十分後にもう一度、ここに再集結だ。十分後にもし、真犯人が自供しなければ、本部との回線を開いて事件の全容を報告する。そこから先は警察の領分だ。しかるべき手続きを経て、裁かるるべき人間が誰か、あきらかになるだろう。……それで構わないね?」
〈第九話に続く〉
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