第7話 仮面の供述 殺人者は必殺技を叫ぶ!


「じゃあ、続けよう。催眠攻撃を無効化した後、俺は剣で奴の頭部を粉砕した。ここでまたしても隙ができちまったわけだが……さすがにあの攻撃は読めなかった」


 翔馬が言っているのは、敵の下半身から繰り出されたワイヤー攻撃のことだろう。


「まさか「鞭」だけじゃなく「糸」も出してくるとは思わなかった」


 僕は敵の繰り出したワイヤーがファイブスを襲った時の事を振り返った。あの時、逃げる下半身を追っていたファイブスは、敵の奇怪な動きに一瞬、足を止めた。そこにワイヤーが繰り出され、ファイブスは両足を絡め取られた。


 その直後、敵がワイヤーを引いたことでファイブスは仰向けに倒されたのだ。僕のいた足部はワイヤーで固定されていたので恐怖はさほどでもなかったが、頭部に搭乗している翔馬は最大級の恐怖を味わったに違いない。僕は内心で苦笑した。こんな攻撃でも受けない限り足で得をすることなどない。


「私が気付くべきだったわ。ヒュプノジアの腰のところにある穴は、他のワイヤー攻撃をする敵にもついている、射出用の穴なの。データとしては知っていたけど、放熱用のダクトと勘違いしてて……ごめんなさい」


 静流は戦闘の前後に敵の装備や戦闘力を分析する担当でもある。戦闘前に、翔馬をはじめとする搭乗者全員に、予想される攻撃のパターンを伝えておくことが義務となっている。


「君のせいじゃない。シミュレーション時には、ワイヤー攻撃はなかった」


 うなだれる静流に、翔馬が優しく声をかけた。僕は内心、歯噛みした。いったんは冷たくしておいて、相手が委縮したところで優しくフォローする。天性の女たらしじゃないか。


「とにかくあの時はひやっとしたぜ。一瞬、本気で「頭を打つ」かと思ったよ」


 翔馬が珍しくジョークらしき一言を放った。やたらとキックばかりしているから罰があたったんだよ、と僕は胸のうちで毒づいた。


「でも、黎次郎がヒートグリップを思い出してくれたおかげで早い対応ができた。あれがもう少し遅かったらやばかったぜ」


 僕はなるほど、と同意しつつ、ふとある光景を思い返していた。


「そう言えばあの時……」


 全員の視線が僕に集中した。僕はしまったと思いつつ、そのまま言葉を継いだ。


「静流が一瞬、意識を失ったようだったけど……大丈夫だったのかな」


 言い終えて僕はどきりとした。静流の表情がいままでになく険しいものだったからだ。僕としては静流の身を案じているつもりだったのだが、何か気に障ったのだろうか。


「本当か?なぜわかった?」


 翔馬がたたみかけてきた。僕はしぶしぶ、説明をはじめた。


「モニターに、静流が突っ伏してる映像が飛び込んできたんだよ。すぐ消えたけど」


「なにかあったのか、静流」


 翔馬が問いただすような口調で言った。恋人らしい気づかいはあまり感じられなかった。


「倒れた反動で、ちょっとコンソールに突っ伏しただけよ。目を閉じたのは衝撃のせいだと思うわ。たまたまその瞬間の映像が、啓介のモニターに映ったのね」


 そういうことか、と僕は納得した。どうやら気絶していたわけではなさそうだ。


「気絶してたら、バルカン砲撃のナビゲートをできなかったでしょ」


 あっと僕は思った。その通りだ。あの時、静流はバルカンの迎撃をより命中しやすくするため、ファイブスの腰を浮かせるよう、翔馬に指示を出していたのだ。


「俺もあの時、ヒートグリップでどのワイヤーをつかんだらいいか、助言したぜ」


 便乗するようでなんだが、と黎次郎が付け加えた。全員が必死で自分のアリバイを主張しているのがなんともむなしく、滑稽だった。


 それにしても、と僕は思った。ここまでの展開で、大造に危害を加える機会があった人間が見当たらない、というのが腑に落ちない。つまるところ問題はコックピット間をどのタイミングで移動したか、ということなのだが……。


「ここまで来たら、あとはスクリューランチャーの時だけだが……」


 翔馬はそこでいったん言葉を切ると、考え込むような表情になった。


「技を決める際に、全員の映像が映ったろう。あの映像にはちゃんと大造がカメラの方を向いて映っていた。もしその前にやられていたのなら、そんなふうに映ることはできないはずだ。つまりこの場合、可能性は二つ、必殺技の後で襲われたか……」


「必殺技コールの映像そのものが、録画だった」


 僕は思わず口を挟んでいた。そもそもあの時の僕自身が、カメラをまともに見ていなかったのだ。にもかかわらず、映像の中の僕はしっかりとカメラを正面から見据えていた。


「俺はちゃんと、ライブ映像にチャンネルを設定していたはずなんだが……」


「百パーセントの自信はあるのか?間違ってVTRの設定にしていなかったという」


 翔馬と黎次郎の視線が空中でぶつかった。が、次の瞬間、翔馬は自分から目線を外した。


「いや、ない。必殺技の映像がVTRなら、大造が生きていたという証拠にはならない。もしかしたらその時、すでに大造は床の上に転がされていたのかもしれない」


「ようするに」と、黎次郎が冷めた口調で言った。


「ほぼ全員にチャンスがあったってことだ。結局、自白を待つ以外に解決策はないのさ」


 沈黙が、コックピットを覆った。重苦しい空気に耐えきれず、僕は口を開いた。


「少なくとも僕はあの戦闘中、二十メートル以上もあるシャフトの中を移動できなかった」


 全員の視線が僕に集中した。やがて翔馬が「まあな」と気のない一言を返した。


 僕は軽い失望を覚えた。僕のマシンから三号機までの距離をアピールしたつもりだったが、さほどのインパクトでもなかったようだ。おそらく、容疑を逃れようとみんな必死なのだ。


「とにかく検証はこれで終わりだ。それで……だ。ここからはちょいときつい話になる」


 翔馬はいったん言葉を切ると、全員の顔をひとわたり見回した。


「さあ、腹を割って話そうか。犯行の動機について」


重苦しい沈黙が、コックピット内に満ちた。「犯行動機」という言葉の生々しさが、座の温度を急激に低下させた気がした。


             〈第八話に続く〉

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