第6話 疑心暗鬼の罠 犯行現場はロボの中! 


「それじゃあ、戦闘の経緯に沿って犯行の可能性を探ってみよう。まずヒュプノジアにファイブスが最初に仕掛けた攻撃からだ。たしか、脚部を狙ったバルカン砲撃だった」


 僕は記憶を弄った。ファイブスには肩と腰にバルカン砲が装備されている。近接戦の場合、敵に距離を詰めさせないよう、最初はバルカンで足元を狙うのだ。


「この場合、ファイブスは動いていないから、全員に犯行のチャンスがある。しかし実際には行動を起こすことは困難だったはずだ。バルカンによる砲撃は実質、一分程度しか続かなかった。敵が予想外にトリッキーな動きを見せたからだ」


 ああ、そうだった、と僕は頷いた。バルカンによる威嚇砲撃を受けたヒュプノジアは、一瞬、後ずさるかのような動きを見せた後、いきなり予想外の遠距離攻撃をしかけてきたのだった。


 ファイブスとの間に一定の間合いを取ったヒュプノジアは、胸部にあるポケットから鞭を思わせる細長い武器を引っ張り出すと、やおら振り回し始めたのだ。


「ヒュプノジアのロッド攻撃は一見、でたらめと見せてその実、意外に隙がなかった。ファイブスはうなりを上げる敵の鞭に当たらないよう、よけるのが精いっぱいだった。数十メートルにも及ぶ巨大ロボットが小刻みなフットワークを駆使して攻撃を回避するのは容易なことじゃない」


 確かに、と僕は思った。ヒュプノジアの長い「鞭」はファイブスの頭部をかすめたかと思うと、次は僕のいる足元を狙った。そのたびにファイブスは頭を屈めたり、足を持ち上げたりせねばならなかった。


 僕はと言えば、遊園地のアトラクションのようにひっきりなしに上下するコクピットの中で、「出撃前に服用した酔い止め薬は、何時間持つと書いてあったろう?」と情けないことを考えていた。


 自己弁護するわけではないが、そんな状況で十メートル以上もあるシャフトの中を上っていくことなどできるはずがない。そんな論理を頭の中で転がしていると、ふいに黎次郎が口を開いた。


「少なくともロッド攻撃の時は、俺はコクピットから動いてないぜ。レーザーを使うよう、助言しただろう?」


 ああ、そうだったなと翔馬が応じた。僕は記憶を弄った。確かに黎次郎のアドバイスがきっかけで、それまで防戦一辺倒だったファイブスが、反撃に転ずることができたのだ。


「たしかにお前が『レーザーでたたっ切れ』と言ってくれたお陰で奴のいまいましい鞭を切り落とすことができたんだったな」


 翔馬が感慨深げに言った。ファイブスの両手の指先は、レーザー砲になっている。敵が鞭を繰りだしてくるタイミングに合わせ、直角に交わるように腕を薙ぎ払った結果、レーザーで鞭を切断することに成功したのだった。


「よもやあの時のアドバイスは録音だった、なんで言いだしはしまいな?リーダー?」


 黎次郎が切れ長の目に挑発的な光をたたえて言った。翔馬は一瞬、気圧されたかのように口を噤んだ。……が、次の瞬間には、元の冷静な態度を取り戻していた。 

「たしかに、あの一言はある種のアリバイとして、有効かもしれない」


「アリバイだなんて、悪趣味な言い方はやめて」


 静流が翔馬の使った「アリバイ」という表現に敏感な反応を見せた。翔馬は批判には応じず、静流に冷ややかな眼差しを返した。


 もしや、と僕は思った。この二人の間には目下、不協和音が生じ始めているのではないだろうか。静流と翔馬の不和を無意識に期待している自分に気づき、僕はひどい自己嫌悪に陥った。


「まあ、アリバイと言っても大造が襲われた時刻を特定できないからな。全ては推理の材料にすぎない」


 翔馬はそう言うと、皮肉な笑みを浮かべた。


「次に行こう。ヒュプノジアが鞭を引っこめた隙に、ファイブスは反撃に転じた。いつもの奴だ」


「キックだね」


 翔馬が無言でうなずいた。ようやく僕が発言できる所まで話が進んだ、と思った。


 僕は限られた発言の機会を逃すまいと、大慌てて言葉を継いだ。


「……言うまでもないことだけど、キックを繰りだしてる間は、ファイブス内を移動するなんてこと、できないよね」


 僕はここぞとばかりに自らの立場を強調した。自己主張しなかったばかりに犯人にされてはたまらない。


「そうだな、それも一種のアリバイかもしれない」


 翔馬が言った。余裕ともとれる態度は、ここまで連続攻撃を仕掛けている以上、自動操縦はあり得ないという暗黙のアピールかもしれない。


「でも、スカったのよね。キック」


 静流が冷たく言い放った。翔馬が小さく舌打ちをくれるのがわかった。ヒュプノジアとは過去に一度、戦っているが、その時はまさか体が上下に二分するタイプの敵だとは気づかなかったのだ。


「まあな。あんなタイプとは思わなかったからな。だけど、体が分離することに何か意味があるのかな。むしろ戦闘には不向きな機能だと思うがな、俺は」


 翔馬は渋面をこしらえ、弁明じみた台詞を吐いた。僕は内心、苦笑した。じゃあファイブスはどうなのだ。敵と遭遇するたびに変形や合体をしているじゃないか。

 しかも上下に分割どころじゃない、五台合体だ。


「取りあえずキックまでは、内部を移動する暇はなかったと考えていいのかな」


 黎次郎が覚めた口調で言った。翔馬は「ああ」と短く返した。キックに関しては僕は弁明の必要はない。あれで足の内部を移動できたら超人だ。


「問題はその後の展開だ。一刀両断を決めようとして、隙を作ってしまった。俺のミスだ」


 珍しく翔馬が韜晦めいた言葉を吐いた。確かにヒュプノジアの得意攻撃を考えれば、真正面から向かってゆく攻撃は危険だったかもしれない。


「催眠攻撃は前に一度、受けているはずなのにな。迂闊だったよ」


「私も迂闊だったわ。前回の戦いの後、催眠攻撃については十分、対策を練っていたはずなのに、ジャマーを使ったシミュレーションをほとんどしていなかったんだもの」


「もう少し発動が送れていたら、俺たちは全員、お陀仏だったかもしれない」


 僕は深く頷いた。翔馬がジャマーを発動させるまで、僕はと言えば頭を抱えたまま静流の無事をただ祈るだけだったのだ。


「実は今、あらゆる情報を遮断するフィルター機能がついたヘルメットを開発中なの。完成がもう少し早ければ、あんなに苦しむことはなかったのに、残念だわ」


 エンジニアとしてもすぐれた能力を有する静流らしい悔しがり方だった。


「まあ、この次、同じタイプの奴が現れた時はよろしく頼むよ」


 翔馬がなぐさめるように言った。静流はよほど悔しかったのか、うなだれたままだった。


「催眠攻撃が始まってから、翔馬がジャマーを発動するまでの時間は、どのくらいだったろう。五分くらいか?五分で大造を襲うことができるかな?あの気持ち悪い攻撃の最中に」


「まあ、難しいだろうな。シャフトを上り下りするだけでも数分はかかる」


 黎次郎が冷静な口調で応じた。どうやらまだ、犯人は動きを見せていないらしい。


              〈第七話に続く〉

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