第5話  鋼の孤城!裏切りの五体合体


「まずは戦闘開始の時点にまでさかのぼってみよう。一体、どの時点で事件が発生したのか。全員の記憶をつき合わせてみれば、きっと何らかの手がかりが得られるに違いない」


 翔馬が、他の三人を順繰りに見回して言った。僕は事故でなく「事件」という表現を用いたことに、少なからず落胆を覚えていた。やはりこれは、殺人なのだろうか。


「それはいいが、肝心なことを確認していないぜ。記憶をたどるといっても、証言に信ぴょう性があるかどうかは、確かめようがない」


 チェスターの操縦者である黎次郎が、翔馬の提案に異を唱えた。


「嘘をつく者がいると?」


「俺が犯人なら、仮に正直に話すことを誓ったとしても、馬鹿正直にやりましたとは言わないだろう」


「それならそれで、ほころびが生じるはずだ。互いにおかしいと思う点を徹底的に上げつらえば、犯人の言い分はいずれ破たんする」


「そうかな。案外、疑心暗鬼になって、誰の言葉も信用できなくなっちまうんじゃないのか。ここで結論を出さずとも、事実をありのままに報告して、あとは本部に委ねたほうがいいんじゃないのか」


「駄目だ。このまま基地に戻り、待機中に容疑者が特定されれば、俺たちはもう二度とこの顔ぶれで集まることはなくなる。その前に俺たちは自らの手で犯人を特定し、そいつと話し合う必要がある。

 事件がファイブスという閉ざされた空間で起きた以上、これは俺たちの問題だ。犯人を突き止めるまで、本部に連絡するわけにはいかない」


 翔馬の口調には、鬼気迫るものがあった。黎次郎の言う通り、全員が己の猜疑心をとことん、つきつめてみようということらしい。僕は異常な胸苦しさを覚えていた。自分が疑われるのも嫌だし、仲間の誰かに殺人の嫌疑をかけるのも嫌だ。


「それじゃあ、戦闘開始の時までさかのぼってみよう。ヒュプノジアが現れたことを俺たちが知ったのは、砂漠をランダー形態で移動しているときだった。その時は、まだ全員が三号機のコクピットで顔を突き合わせていたはずだ」


 翔馬が、容赦なく検証を進め出した。僕を含む残りの三人は、あたかも裁判の被告になったかのように、顔を強張らせて発言に聞き入っていた。それにしても、と僕は思った。


 僕らは今しがた敵を倒したばかりだ。本来であれば平和を実感してしかるべき時のはずである。ところが、床の上には仲間の一人が血を流して転がっており、僕らは推理小説の探偵よろしく犯人捜しをやっている。異様と言えばあまりに異様な光景ではなかろうか。


「大造が何者かに危害を加えられたのは、ファイブズが人型に変形してから戦闘が終了するまでの間だ。俺の感覚では十分か十五分程度だと思うが、その間に誰かが大造と接触し、危害を加えたということになる」


「回りくどいな、翔馬。俺たちのうちの誰かが戦闘中にコクピットを抜け出したって言うんだろう?」


 黎次郎がいら立った素振りを隠そうともせずに言った。無理もないと僕は思った。密閉された兵器の中で、いわば裁判が行われようとしているのだ。


「そういうことだよ。犯行の機会があったのは、俺たち四人しかいない。動機はわからないが、四人のうちの誰かが大造とトラブルになったことは疑いがない」


「トラブルって……戦闘中にか」


「戦闘中とは限らない。以前から感情のもつれがあったかもしれない」


「だからってわざわざ戦闘中に襲う必然性があるか?」


「必然性があるかどうかは、犯人にしかわからないさ。今、重要なのは犯行の機会があったのは誰かってことだ」


 コクピット内に沈黙が満ちた。戦闘中は、すべての操縦が翔馬に任される。加えて一号機から三号機までは数十メートルの距離がある。つまり翔馬はもっとも疑われにくい立場というわけだ。態度にどこか余裕があるのはそのせいだろう。

 ……もっとも、彼が犯人でないと仮定しての話だが。


「そうなると、一番疑いが濃いのは私ってことになるわね。だって、三号機に一番近いんだから」


 それまで白い顔をして口を噤んでいた静流が、おもむろに言葉を挟んだ。僕は言いようのない胸苦しさを覚えた。翔馬の論調だと、最も容疑が濃いのは静流ということになる。


「うん……いや、重要なのは距離の近さだけじゃない。ファイブズの構造も考慮する必要がある。戦闘中は常に動いているからね。特に足の部分は」


 僕は唸った。確かにその通りだからだ。顔や胸は、捻ったり屈んだりしてもそう大きな動きにはならない。しかし、腰から脚部にかけての動きはただごとではない。


「戦闘中にシートが移動すれば、モニター上に表示が出る。戦闘終了までの間、誰もシートを三号機に移動させていない。これが何を意味するか、だ」


「シャフトの中を自力で移動したってことか」


 ランダー、あるいはスカイから人型に変形した場合、三号機に集結していた他のマシンの操縦者たちは、シートに腰を据えたまま各々のコクピットへと移動する。


  シートは一旦、フロアを後ろの壁に向かって下がった後、各コクピットに通じているエレベーターシャフトの中を移動する仕組みになっている。

 シートが動けばモニター上に表示が出るので、それがないという事はシートを動かさずにシャフトの中を移動したということになる。


「俺のコクピットから三号機までは、直線で約十八メートルの距離がある。シャフトの内側には移動用の鉄梯子が設置されているが、俺が戦闘中に三号機に移動するためには戦闘を自動操縦にしなければならない」


「だから、犯行は不可能だって言いたいのか?」


「そうは言わない。ただ、思い出してほしい。俺にその暇があったかどうかを」


翔馬は言葉を切ると、一同を見渡した。その態度に余裕を感じ取ったのだろう、黎次郎が渋い表情を作った。


「こんなふうにいちいち検証していくのは取り調べみたいで趣味が良くないが、他にやりようもない。続けてかまわないか?」


 翔馬の問いかけに、全員が無言でうなずいた。異を唱えれば、真っ先に疑われそうな気がしたからだ。


              《ルビを入力…ルビを入力…》〈第六話に続く〉

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