第4話 運命の出会い!僕は君の靴になる
「どうかね、ここはひとつ、全人類のために一肌脱いではもらえないだろうか。もちろん、待遇は国家公務員のそれと同じか、それ以上を約束する。国家機密に触れるため、多少の不自由は覚悟してもらうが、それに見合った報酬を用意させてもらう」
僕は突然、飛び込んできたこの夢物語にどう対応すべきか、判断できずにいた。
もし話がここで「……というわけで、準備金十万円を払いこんで欲しいのだが」と言う流れになったなら、迷わず「さようなら」と電話を切っていただろう。
だが、相手の態度は一向に変わらず、もし承諾がもらえれば早速迎えをそちらに差し向けるとまで明言してきたのだ。
しばらく沈黙していた僕は、気が付くとあろうことか「よろしくお願いします」と承諾の言葉を口にしていた。いい加減、人生に失望しかけていた僕は、この際、詐欺でもドッキリでも構うものかと半ば自暴自棄になっていたのだ。
こうしてひょんなことから『超国家公務員』の肩書を得た僕だったが、防衛本部に到着してもなお、ひっかかっていることがあった。それは防衛本部が『超国家公務員』の条件として、マシンの操縦に長けていることよりも「頑丈」であることの方を重要視したということについてだった。
地球の一大事だというのに、車の運転もろくにしたことのない人間をマシンに乗せるというのはリスクが大きすぎないだろうか。
僕の素朴な疑問は、戦闘シミュレーションが始まった直後に氷解した。僕に担当としてあてがわれた搭乗マシンは、人型マシン、ファイブスのいわば「靴」の部分であった。
シミュレーターによる戦闘訓練は、実際に敵と対峙した際に生じる状況を、リアルに体感できるようになっていた。モニターに映る風景、武器を使った時の効果、そして……肉弾戦になった場合に生じる「衝撃」。
ファイブスが最もよく使用する近接技が「蹴り」であると知った時の僕のおののきをどうか想像していただきたい。車に撥ねられた時の何十倍もの衝撃をこれでもかと繰り返され、実戦でもないのに、僕の肉体と精神は脱水機に放り込まれた洗濯物のように無残な状態になっていた。
「映画のスタントどころじゃない、実戦に出たら一発でお陀仏だ」
僕はシミュレーションの初日に、早くも辞表の提出を考えていた。……だが、他の四機の搭乗員と顔合わせをした時、僕は今までの固い決意をあっさりひるがえしていた。
「四号機の静流です。木幡さん、わたしとあなたのマシンはひとくくりみたいなものだから、気持ちを一つにして頑張りましょうね」
そう口にする若い女性を見た瞬間、僕は舞い上がった。愛くるしさと端正さをかねそなえた、理想の女の子がそこにいた。
戦闘中、この子とずっと一緒にいられるのだ!
今思えば、何という短絡的な想像であったことか。一緒と言っても、コクピットは別々なのだし、僕が彼女を守ってやれるわけでもない。何より屈辱的なのは、戦闘中はすべての操作が頭部に乗る翔馬の手に委ねられるということだった。
一方は勝利の栄光を独占、一方は敵にぶつかってゆくだけのスタントマン……それでも僕は、微かな望みを抱き続けていた。縁の下の力持ちに徹する僕の献身的な愛に、いつか彼女が気づいてくれるのではないかと。
……だがそんな僕の淡い望みは、戦闘に参加し始めてから一月ほど経ったころにあっさりと打ち砕かれた。翔馬と静流が、お互いに憎からず思っているらしいという噂話を小耳にはさんだのだ。
まさか勝利の栄光のみならず、静流の心までもがにっくき「頭部」に奪われてしまうとは。僕は悔しさとみじめさで丸二日、食事が喉を通らなかった。
それでもこの半年間、僕は戦闘のたびに容赦なく繰り出される「足技」に堪え、あえて報われぬ役回りに甘んじてきた。ファイブスの戦闘はVTRに編集され、世界中に放映されている。もちろん、十分程度に縮められた映像のほとんどは、リーダーである暁翔馬のカットだ。
だが、時々、戦闘の激しさを伝えるためか、僕の苦悶に歪む顔が映し出されることがある。一回の映像つきに二、三秒の割合だが、いつか誰かがその姿を評価してくれないとも限らない。どんなに理不尽な思いをさせられても、僕には今のささやかな幸運にしがみつくよりほかはないのだ。
ファイブスは我が国が誇る最強の人型兵器であり、我ら五人の乗組員は、互いに命を預けあうという、強力な絆で結ばれている……はずだった。
〈第五話に続く〉
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