第3話 迫りくる脅威!立ちあがれ若者よ


 僕の名前は木幡啓介きはたけいすけ。二十三歳の公務員だ。


 小さい頃から何をやらせてもぱっとせず、頭脳、容姿は人並み以下。おまけに身長は百五十五センチしかない。

 小学校の頃、三つ下の妹にいともあっさりと抜かれ、今に見てろと鷹揚に構えてみたものの、今だに抜き返せる気配すらない。


 小中高と男子からはもちろん、女子からも見下されつづけた僕が、大学卒業を目前に唯一、活路を見出したのが公務員だった。

 学業も振るわない、スポーツもダメ、ならば安定の二文字を盾に人生の海を渡っていこう、そう考えたのだ。


 必死に勉強し、万全の態勢で臨んだ最初の挑戦は、不合格と言う形であっさり終わった。ならばと民間企業を片っ端から受けてみたところ、これまた全滅という救いのない結果に終わった。


 あらゆる望みを絶たれ、もう二度と安定したレールに乗ることはないと悲観していた僕に、小学校から付き合いのある友人が、アルバイトの話を持ちかけてきた。

 それは、映画のスタントだった。


 どういうわけか僕は、小さい頃から衝撃の類に強い頑健な肉体を持っていた。防波堤から落ちてテトラポットに激突しても、車にはねられ数メートル先の地面にたたきつけられても、幸運なことに傷一つなかったのだ。

 おかげで加害者のドライバーには感謝されたが、生涯を通じて人に感謝されたのはそれくらいだ。


 そんなエピソードをよく知る友人が、たまたま映画の製作現場で「打たれ強い人材」を探していることを知り、僕に白羽の矢を立てたのだった。


 アルバイトの初日から、僕はひたすら酷使され続けた。まったく経験がないにもかかわらず、高いところから落とされる役、オートバイから転げ落ちる役と、ありとあらゆる過酷なスタントをさせられた。


 後で知ったのだが、友人にスタントを探させた監督は、地獄のようなアクションを役者に要求するので有名な監督だったらしい。それを裏付けるように、当初は大勢いたスタント仲間が日を追うごとに少なくなっていき、撮影が終わるころには僕一人しか残らなくなっていた。


 まずい、このままでは殉職させられる、そう思った僕は真剣に逃亡を考えるようになっていた。そんな僕の運命を大きく変えたのは、一本の電話だった。

 ある日、「超国家安全会議」と称する組織の人間から、「超国家公務員にならないか」と誘いがあったのだ。


 超国家公務員という肩書きなど、聞いたこともない。詐欺を疑う僕に、相手は途方もない話を繰り広げ始めた。近々、人類に恐るべき敵が戦いを挑んでくる。その敵を迎え撃つため、各国の政府が一致団結して地球的規模の防衛組織を立ち上げたのだと。


「なぜ、僕なんですか。何の経験もない、一介の就職浪人にすぎないのに」


 訝る僕に、相手はそんなことかと言わんばかりの口調でこう告げた。


「それはあなたが、まれにみる打たれ強さをもっているからですよ」


 僕は絶句した。確かに打たれ強いが、だからといってそれとこれとは話のレベルが違う。


「そもそも、敵ってなんですか。どこかの国ですか?」


 僕の疑問に相手は間髪を入れず「月の人間だよ」と言った。まるで予想外の答に僕は面食らった。


「月っていうと……いわゆる宇宙人ですか」


「いや、地球人だ。正確に言うと、今から数千年前に高度な文明を誇っていた人々だ。住んでいた大陸が地殻変動によって消滅したため、月に移住したのだ」


「はあ……」


 壮大かつ荒唐無稽な話の連続で、僕の頭はショートしかけていた。詐欺にしてもこれほどあからさまなホラ話を繰り広げる詐欺の話は聞いたことがない。僕は不覚にも、逆に興味を抱いていた。


「以後数千年の間、地球は地球、彼らは彼らで互いの存在に気づくことなく日々を送ってきた。だが、先日、太平洋の海底で古代の遺跡が発見され、引き上げられた遺留品に刻まれた文章が解読されたのだ。


 そこには宇宙船で月に移住する計画が事細かに記録されていた。単なるフィクションとの見方が多数を占める中、物の試しにと月に向けてメッセージを送った学者たちがいた。すると驚いたことに、月から答えが返ってきたのだ」


 僕は相手の話に、いつしか引き込まれていた。三流SFもどきの幼稚な話ではあったが、続きを聞きたくなるような妙な魅力があった。


「その内容は、衝撃的だった。彼らいわく、我々こそが地球の本来の支配者であり、現地球人類は長年にわたり苦難を強いられてきた月人類に地球を明け渡すべきである、と」


 僕は心の中で思わず拍手を送った。なかなか良く出来た話じゃないか。


「もちろん、我々はこの途方もない要求を迷うことなく突っぱねた。だが、それからほどなくして砂漠や森林などに、彼らの船がやってくるようになった。地球攻撃のための兵器を積んだ船が。


 我々は彼らに応戦すべく、国家を超えた防衛プロジェクトを立ち上げた。それが『超国家防衛軍』であり、そこに所属して月人類の送り込む人型兵器と戦う人材が『超国家公務員』なのだ」


「人型兵器って、なんです?どういうふうに戦うんですか、その……月の方々と」


「人型兵器とは、人間に近い姿をした一種のロボット兵器だ。まあ、内部に操縦者が搭乗するから人型重機と呼ぶのが正しいのかもしれないが……ちなみに敵のロボット兵器は、人と獣の中間の形態をしているところから『獣機人じゅうきじん』と呼ばれている」


「ジューキジン、ですかあ……うーん、想像できないや」


「超国家公務員の主な職務は、獣機人との戦闘に特化した人型戦闘マシンに乗り込み、近接戦闘をすることなのだ」


「こちらも人型兵器ですか……やれやれ」


 僕の脳裏に巨大生物同士ががっぷり四つに組みあう特撮映画の場面が広がった。


「そうだ。現在、世界中に数体が存在するが、君に乗り込んでほしいのは純日本製の人型マシン、『ファイブス』だ」


「ファイブス……ですか」


「そうだ。五台のマシンが合体し、巨大な人型マシンとなる。それが『ファイブス』だ」


 五台のマシン、と聞いた時、僕は気づくべきだったのだ。人の形を五つに分けるということは、頭の部分に乗る人間ばかりではない、足の部分に乗る人間もいる、という事に。


             〈第四話に続く〉


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