第2話 死闘の果て、事件は起こる 

「翔馬、上のみんな、大丈夫か?」


 僕が叫ぶと、瞬時に声が返ってきた。最初は二号機、チェスタの速水黎次郎はやみれいじろうだった。


「かろうじて両手を地面についたが、それでもかなりの衝撃だったぜ」


 よかった。僕は胸をなでおろした。両手をついたのなら、腰や胴への影響は少なくて済むに違いない。


「ワイヤーで足を絡めとられたみたい。翔馬、ウエストバルカンで応戦するから、ファイブスの腰を浮かせてもらえる?」


 静流が少し苦しげな声で言った。腰の両側についているバルカン砲は広範囲に向けた迎撃が可能だが、仰向けに倒れたままの姿勢では当たるものも当たらない。


「了解だ」


 翔馬が応じ、五号機がぐるりと回った。モニター上にそれまで写っていた青空が消え、代わりに広漠とした地平が現れた。

 ほどなく静流の言葉通り、上の方からダダダという連射音と振動が響いてきた。撃っているということは敵が接近してきたという事だから、安心はできない。


「くそっ、ワイヤーを外さない限り、立ち上がれないぞ」


 翔馬の苛立った声が響いた。次の瞬間、僕の目線はモニターの一つに吸い寄せられた。


「静流?」


 モニター上に現れたのは計器の上に突っ伏し、ぐったりと目を閉じている静流の姿だった。やばい、気を失ってしまったのだろうか。僕が呼びかけようとした途端、モニターが再び真っ暗な元の状態に戻った。


「静流、大丈夫か?」


「……え?啓太君?え、ええ。大丈夫」


 静流の声が聞こえ、僕はほっとした。とりあえず意識はあるようだ。


「翔馬、ヒートグリップはどうだ?」


 黎次郎の声がした。ヒートグリップは手の中を高温にして敵の装甲を引きはがす技だ。長時間の使用は負荷がかかるため、数分程度しか持続できない技だった。


「そうか、なるほど。やってみる価値はありそうだな。それでだめなら剣で叩っ切ろう」


 翔馬が応じ、ファイブスの機体が上体を起こす気配があった。ホークのモニター上にバルカンの弾を受けながら攻撃の機会を伺っている下半身だけの敵の姿が見えた。


「もっと上体を前かがみにしてくれ。でないとワイヤーに手が届かない」


 翔馬が黎次郎に訴えた。続いて再び機体が軋む気配があった。ホークのモニターにファイブスの脚部と、そこに絡みつく銀色のワイヤーとが映し出された。

 ファイブスの両腕が伸び、熱を帯びて赤く染まった指がぐっとワイヤーを掴んだ。頼む、間にあってくれと僕は祈った。


 やがてワイヤーの一本から白い煙が立ち上ったかと思うと、勢いよくはじけ飛ぶのが見えた。やった。僕は思わず快哉を叫んだ。

 同時にメインモニターの角度が変わり、敵の姿が映し出された。驚くほど近い距離感に僕は息を呑んだ。どうやらバルカンの弾が当たっていないらしく、一気に距離を縮めてきたようだ。


「立つぞっ」


 翔馬の号令とともに、ファイブズがゆっくりと立ち上がった。僕のモニターは空と地平から一転して、敵の足元の映像に変わった。


「よし、スクリューランチャーだ!」


 翔馬が叫ぶと、ファイブスの胸部から砲身がせりだした。スクリューランチャーとは、砲身に大剣をセットし、高速回転を与えながら敵に向けて発射する必殺技だ。


 ファイブスが背中の大剣に手を伸ばすと、形勢不利と判断したのだろう、敵が突然、背を向け始めた。


「静流、もうバルカンはいい、必殺技の準備だ」


 翔馬が少しいらだった口調で叫ぶと、腰からの砲撃がやんだ。すると、そのタイミングを待っていたかのように敵が駆け出した。

 同時に敵の腰部からブースターのような装置が現れ、轟音とともに炎を吹き始めた。どうやら空を飛んで逃げるつもりらしい。


「逃がすかっ、飛ぶぞ!」


 翔馬が叫んだ瞬間、僕は足元に凄まじい衝撃を感じだ。次の瞬間、身体がふわりともちあがる感覚があった。バーニアを使って跳躍したのだ。跳躍と言っても数十メートル程度で、空を飛んで逃げられたら、とても追いつくことはできない。一瞬が勝負だった。


「スクリューランチャー!」


 胸の砲身にセットされた大剣が凄まじい勢いで回り始め、ホークのモニター上に照準が現れた。照準の中心に敵の姿が収まった瞬間、「発射!」という雄たけびが響き渡り、全員の顔が、モニターに五分割されて映し出された。


 必殺技の場合、そういうカットになるように自動制御されているのだ。映し出された自分の顔が思ったほどひきつっていないのを見て僕は思わず(いい時の映像の使い回しじゃないか?)と勘繰った。


 砲身から勢いよく射出された大剣は、空中にいる敵のどてっ腹をあやまたず射抜いていた。僕は思わず両の拳を握りしめた。戦闘は辛いがこの瞬間はやはり最高だ。


「やったな」


 翔馬の安堵する声が響き、ファイブスは緩やかに地上に降り立った。後でGPSを頼りに飛んでいった剣を探しに行かねばならないが、それは別のスタッフの仕事だ。


 地面に激突して黒煙を上げている敵を見ながら、僕は昂然と顔を上げ、できるだけ精悍な表情を作った。戦闘に勝利した直後は、このようにカメラを意識したたたずまいを維持する決まりになっているのだ。あとは本部の方で色調をいじって夕日が当たっているようにしたり、適当な音楽を流したりしてくれるはずだった。


「恐ろしい敵だった……ジャマーの機能が遅れたら、俺たちは全滅するところだった」


 コクピット内に、エンディングテーマが流れ始めた。この曲が終わりが勤務の終わりだ。


『戦闘の終了を確認しました。合体を解除して基地に帰還してください』


 コクピット内にアナウンスが流れた。僕の足部は一番最後に合体を解くことになっていた。他の機体が分離するのを待っていると、突然、翔馬の取り乱した声が響き渡った。


「みんな、悪いが三号機に集まってくれないか」


 低く押し殺したような声音に、僕はただごとでない物を感じた。ファイブスは人型形態の他に、飛行形態「スカイ」と戦車形態の「ランダー」とがある。


 人型の時は、合体前と同じようにそれぞれのパーツマシンに搭乗するが、それ以外の二形態の時は中央の三号機に集合する形を取る。そこから人型に変形する場合は、三号機からシートごと上下それぞれのコクピットへ移動する。


 最も遠いのは頭部と足部で、数十メートルもの移動距離があった。僕は脚部の中を上に向かって移動しながら、一体何事だろうと身を固くした。


 三号機の広いコクピットに到着すると、すでに翔馬、黎次郎、静流の三人が待ち構えていた。僕は翔馬の背に向かって声をかけた。


「どうかしたのかい」


 僕の問いかけに、翔馬は首だけを捻じ曲げて振り返った。翔馬の眉間には深い皺が刻まれ、事態がただ事でないことを感じさせた。


「これを見てくれ」


 翔馬が言うと、他の二人がすっと左右に分かれた。視線の先に現れたものを目の当たりにして、僕は思わず「うっ」と呻いた。床の上に三号機、ボディーの操縦者である真壁大造まかべだいぞうが、苦悶の表情を浮かべて倒れていた。


 かっと見開かれた両目に生気はなく、半開きの口元からは舌がはみ出し、腕や顔のあちこちにあざがあった。


「どういうことなんだ、これは?」


 僕はこわごわと問いを放った。理性では事態を把握していたものの、自分から口にするだけの勇気は持ち合わせていなかった。


「見ての通りだ。おそらく死んでいる」


「死んでいるって……戦闘で、か?」


 僕は率直な疑問を口にした。翔馬は難しい顔でかぶりを振った後、口を開いた。


「わからない。わからないから集まってもらったんだ」


 僕は唸った。考えにくいことだが、シートベルトが外れた結果の事故ということだろうか。確かに状況によっては頭を打つ可能性もなくはない。

 大造が倒れている位置はシートのすぐ近くだが、床のあちこちに赤い帯状の汚れがあるところをみると、ビリヤードの玉のようにコクピットの中を激しく転がされたのだろう。


「本部への通信回線を、一時的に切断した。ミーティングと言う名目でだ」


 翔馬が重い口調で言った。つまり、このことはまだ外部に漏れていないということだ。


「大造の身に、一体何が起こったのか。みんなの意見を聞かせて欲しい」


「ファイブスが転倒した時に、ベルトが外れてシートから転がり落ちたんだろう。それ以外に考えられない」


「その際に頭を打った……か?確かに常識的に考えれば、そうかもしれない。……が、別の可能性も否定できない」


 翔馬は暗い目で全員を見回すと、恐ろしい事実を告げ始めた。


「大造の頭部には確かに打撲の痕跡がある。だがそれ以外の痕跡もある」


「……というと?」


「首だ。紐状の物で絞められた跡がある。……つまり窒息の疑いがあるという事だ」


 僕は絶句した。翔馬の話を要約すると、こういう意味になる。大造の死は事故でなく、殺人の可能性があると。

 それも、外部から人の出入りすることのない戦闘マシン内での殺人だ。


 犯人がいるとすれば、それはすなわち、僕ら四人のうちの誰かに他ならないのだ。


             〈第三話に続く〉

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