君よ涙で敵を撃て

五速 梁

第1話 恐怖の催眠攻撃!謎の敵を倒せ


 凶暴な獣を一堂に集めたような咆哮が、あたり一帯を揺るがせた。


僕は硬い座席の上で縮み上がった。背筋を駆け上る不快感とともに、全身の毛穴が開いてゆくのがわかった。


「やばいぞお、これは……」


 僕は目の前の二つのモニターを交互に見遣った。片方は僕が操縦している「ファイブス・フッター」の映像、もう一つはリーダーの暁翔馬あかつきしょうまが操縦する「ファイブス・ホーク」の映像だ。


「来たーっ。来た来た来た」


 フッターの映像には迫りくる怪物の足が、ホークの映像には怪物の全身像が映し出されていた。

 攻撃を決定するのは翔馬だが、こういった突進攻撃の場合、迎撃手段はほぼ、決まっている。引きつけていることから考えても間違いなくキックだろう。


「頼むから、キックだけはご勘弁」


 僕は翔馬の搭乗する五十メートル上方のマシンに向かって哀願した。


 ぐいん、という駆動音とともに、僕の乗っているマシンが後方に引っ張られた。激しい動きを意識させない全方向型スタビライザーのおかげでパニックにはならずに済むが、問題はこの後だ。これから起こる出来事は僕にとって絶対に避けたい「地獄絵図」だった。


「アイアンブラストキーック!」


 翔馬の絶叫がコクピット内に響き渡った。もうだめだ。百パーセント生贄決定だ!


 コクピットが左に九十度傾いた。『ファイブス』が、回し蹴りのモーションに入ったのだ。


 南無三!


 僕は操縦桿を握りしめ、下腹に力を込めると固く目を閉じた。一瞬後には巨大トラックに突っ込まれたような衝撃が、僕のマシンを襲うはずだった。


 だが。


 予想に反し、何も起きなかった。僕はそっと目を開けた。目の前には赤茶けた地表が広がっていた。怪物の姿はどこにもなかった。


「ど、どちらに行かれました……?」


 思わずそう呟くと、僕の問いを聞きつけたかのようにマシンが反転した。疑問の答えは、ホークの映像にあった。


「奇術じゃないんだからよ……」


 目の前の映像を見て、僕はそう漏らした。いつの間にか怪物は僕らの背後にいた。そしてその身体は、真ん中から水平に上下二分割され、上半身は宙に浮かんでいた。

 すなわち、『ファイブス』の回し蹴りは怪物のお腹の隙間を通り抜けたのだった。


 僕は「助かった」と独りごちたが、翔馬はどうやら切れてしまったらしく、ヒーローらしからぬ罵声を喚き散らし始めた。


「こんのやろおおおおっ」


 ファイブスは体の向きを変え、再び怪物と対峙した。さすがにもうキックはないだろう。 

 僕は気取られぬよう、密かにほくそ笑んだ。


「ファイブズ・プラズマソード!」


 コクピット全体が前に動き、モニターに向かってつんのめった僕の前で、大量の土埃が舞い上がった。敵の上半身がくるりと半回転し、カメレオンに似た頭部がこちらを向いた。


「一刀両断!」


 ファイブズの上半身がきしむのが伝わってきた。背中のランドセルに固定されている大剣が抜かれたのだ。ホークのモニターに目をやると、中心に敵をピタリととらえている。


「うおおおおっ」


 僕が乗っていないほうの足が前に飛び出した。同時に僕のいる側の足が大きく前に傾斜した。ファイブズがダッシュを始めたのだ。


 やっぱ足はきつい。キックでさえなければと思ったことを僕は後悔した。ホークのモニターに映る敵がぐん、と拡大された。次の瞬間、敵の両目がぐるりと別々に回った。やばい。


「翔馬、催眠音波だ。気を付けろ!」


 僕はマイクに向かって怒鳴った。一瞬遅れて耳触りな唸りがコクピットを襲った。


 敵の必殺技「催眠音波」だ。これにやられて同士討ちを始めた味方が何機もいる。


「畜生、そう何度も同じ手を食うかよっ」


 翔馬がいかにもヒーロー然とした台詞を放った。ヒュプノジアと戦うのはこれが初めてではない。ちゃんと機体には攪乱ジャマーが搭載されている。


 むおおおお、という胃の底がかき回されるような不快な振動がコクピットを包んだ。ジャマーが発動し、敵の音波が意味不明の情報に分解されたのだ。


「気持ちが……悪い」


 四号機、レッガーの操縦者、轟雷寺静流ごうらいじしずるの声が飛び込んできた。僕は反射的にホークのモニターを四号機のそれに切り替えた。静流の端正な顔が、苦悶に歪んでいた。


「だっ、大丈夫かッ」


 僕は矢も楯もたまらず叫んでいた。そう言う僕自身も、それ以上喋ると嘔吐しそうなほど、気分が悪かった。


「みんな、我慢しろっ、あと少しだ」


 翔馬が叫んだ。だから必殺技を出す前に名前なんか叫ばなきゃいいのに、と僕は思った。隙はできるし、敵には警戒される。どうぞ攻撃してくれというような物だ。

 だが、必殺技の前に名前を叫ぶことは、僕らの義務だった。そうしないとスポンサーがつかないというのが理由だった。


 僕らは全員、ファイブズの搭乗員になる際に契約をする。その約款の中に「必殺技を出す際は、必ず技の名称を叫ぶこと。上記の義務を搭乗員が怠った際は罰則規定に従い罰金等のペナルティが課せられる」と明記されているのだ。


「ううううう」


 リーダーもつれえよな、と同情しつつ、僕はモニター内の静流の表情を見つめていた。


 吐き気がピークを迎え、指の先が冷たくなりかけた時、異常な振動と音が、ぴたりとうそのように消え失せた。


「一刀両断!」


 翔馬の雄たけびとともに、大剣が敵の頭上へと振り下ろされた。切っ先が頭部と思しき部分を粉砕した瞬間、敵の下半身が上半身から分離され、紙一重のところで逃れた。


「ちっ、逃がすか!」


 ファイブスが敵の上半身から剣を抜くと、僕のコクピットが大きく浮遊した。敵の背を追いかけるつもりらしい。

 ホークのモニターに映し出された無防備な敵の後ろ姿に、僕はふと嫌な予感を覚えた。


 敵の上面に穿たれた穴から、砲台のような物がせりあがった。砲身の先端には、捕鯨船の銛のような尖った物体がセットされていた。


「気を付けて、翔馬!」


 静流が注意を促し、ファイブスの足が一瞬、動きを止めた。次の瞬間、何かが勢いよくこちらに向かって放たれた。一瞬後、モニターの風景がぐるりと回り、どーんという耳を弄する轟音とともに鈍い衝撃がコクピットを揺さぶった。


 僕はシートに体を預け、衝撃の余韻が収まるのを待った。気づくとフッターのモニターには青空が映し出されていた。おそらく何かに脚部の自由を奪われたファイブスが、仰向けに転倒したのだろう。


          〈第二話に続く〉

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