【第二部】NO HOPE
Prologue
紫煙は硝煙に呑まれ
サミニア独立自治国、センターシティでの大規模デモ、もといイフリートと治安軍、さらにはその両軍勢にそれぞれ加担する者たちの抗争から十日が過ぎようとしていた。
政府はイフリートに対する今後の新たな対策方針をいまだ定めておらず、国民の不安は日に日に増す一方だ。しかしイフリート側もここ数日目立った動きがなく、さらなる犯行声明もない。一部ではデモの被害による弱体化との噂が立っているが、徴兵義務を放棄してイフリート化する若者が増加を続けている辺り、弱体化の可能性は極めて低い。
政府はイフリートが次の襲撃の準備をしている可能性も十分に考慮し、早急な対応ができるよう対策を練っておく必要があるだろう。
カーレッドはそんな内容の新聞記事を眺めながら、灰皿に何本目かしれない吸殻を捨てた。
サミニア西部の廃村、イフリートの本拠地の最奥にある民家。窓が少なく薄暗い室内のなかで、カーレッドは新しいタバコを取り出した。大量の紫煙が殺風景な空間に満ちる。
手元の記事にもある通り、イフリートは弱体化などしていなかった。寧ろ着々と勢力を拡大している最中であり、そう遠くない時期に再び大きく動き出すだろう。
――このままにしておくつもりはないがな。
がさがさと器用に左手だけで新聞のページをめくりながら、独り思案する。
すでに国家元首との対話が決まっている。幹部の若者たちには大反対されたが、時すでに遅し、カーレッドは個人的なツテを利用して政府と連絡を取った後だった。勢力がこれ以上拡大する前に、命が無駄に消えてゆかないうちに、このくだらない対立を解消しなければいけない。
――さて、いかにして条件を飲ませるかな………。
自分の命だけでは足りない。幹部の人間はそれなりの処罰を受けざるを得ないだろう。だがこれから死ぬかもしれない小さな兵士たちを救うには、もうこれしか方法は残っていないのだ。
「ん…」
つらつらと考えながら記事を読んでいると、紙面の単語に引っ掛かりを覚えて片方のみの目を細める。カーレッドが気になったのは、最近イフリート内でも耳にしたことのある組織名だった。紙面を見てみると、紛争地帯には必ずと言っていいほど存在する種の集団のようだが、カーレッドはそれを凝視して考え込んだ。
――もしかすると、これは………。
カチリ、と。
突然聞えた音と同時に、至近距離に人の気配が現れた。後頭部に硬質な何かを当てられた。
「私の知らないうちに、随分と大事になってしまっているな」
落ち着いた動作で、カーレッドは口からタバコを離し、新聞をテーブルに置いた。背後の気配は何も答えない。
「国外まで巻き込んでいるのであれば、私一人じゃあ結局はどうしようもなかったというわけか。いや、むしろこちらが巻き込まれているのか?」
やはり、答えはない。
「どちらにしろ、老害は退場ということになるようだな。残念だったが、これが私の末路ならまあ納得できないこともない」
後頭部に押し当てる力が、心なしか強くなった気がした。
「―――最期に。お前たちも、誰かのために死ぬ必要も生きる必要もない」
自分はここでお役御免だ。もう手助けをすることはできない。
そんなことを考えている自分に、カーレッドは内心失笑する。
――私はまだ、親気取りでいたのか。
まあ、それでもいい。
最期くらい自分の好きなようにさせてもらう。
一呼吸分じっくりタバコを味わった後、カーレッドはその片眼を閉じた。
「自分のために生き、死になさい」
銃声とともに火の着いた吸殻は冷たい床に落ち、その灯りを失った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます