Epilogue
大切なもの
遠くなる少年の背を見て、カーレッドはまたタバコを咥えた。クレイはやがてトラックにたどり着くと、運転席へと乗り込んだ。まもなく、トラックがエンジン音を鳴らして動いた。そのまま道路へ出ると、殺風景な大地を走り去ってゆく。
あとには、朝の心地よい静寂だけが残った。
「行っちゃいましたね」
「寂しいか?」
「はは、冗談を」
全然面白くなさそうにセイフが笑った。
「ただこれからどうすんのかなーって思っただけっすよ。あ、そういやカーレッドさんこれからどうすんすか?」
逆に質問で返され、カーレッドはしばらく考え、呟いた。
「さあな。とりあえず基地に戻って、少しずつ政府と和解していこうと思う」
「罪を償うんじゃないんですか?」
「私が死んでハッピーエンドになればいいのだがな。そうはいかない。私は生きて、罪と責任に向き合わなければいけない」
「はー、なんか大変ですね」
いつの間にか完全に夜が明けていた。上がりつつある気温を肌で感じ、カーレッドは小さくなったトラックを見つめた。
あれは、どうするだろうか。
外の世界でも生き続けるだろうか。
それとも、彼女のように崩壊してしまうだろうか。
カーレッドは自らの恋人の末路を少しだけ悼み、それも再び古い記憶の彼方へ追いやった。
「生きようが死のうが、アイツの勝手ですよ」
何を察したのか、セイフが突然そう述べた。
「そうだな」
カーレッドもそれに同意した。生きるのも死ぬのも、結局はあれが決めることなのだ。
でも、それでも。
「……大切なものができたのなら、それを失ってほしくないのだがな」
今はそう願うばかりである。カーレッドはセイフをうながし、裏通りの方へと車椅子を引かせた。
金色の陽光が、絹のように細く優しくあたりを照らし始めていた。
*
気づけばすっかり明るくなり、太陽の光が徐々に空気を暖めていった。辺りは茶色い平坦な大地が広がるばかりで、地図を見てはいるものの、トラックが正しい方向へ進んでいるのかは分からなかった。
センタータウンを出て十数分、クレイは慣れない運転をしながら口を閉じていた。隣のラシェッドも前を見つめて座っているだけだった。
「……これから、どうする?」
沈黙が耐えられなくなり、クレイはラシェッドに話しかけた。彼女は考えるように目をつむって、
「とりあえず首都だな。そうすりゃ食糧だって何とかなる。金を稼ぐ手段だってあるかもしれない」
「そうだね。イフリートからはもう追われないかな」
「ああ、カーレッドが抗争をやめるってンなら、オレも追われることはない。ま、かといってアイツのとこに戻ろうとは思わねぇけどな」
ラシェッドがタバコに火をつけ、開けられた窓に向かって煙を吐いた。
「まあ、僕は君が一緒ならどこでもいいけどね」
「……けっ」
彼女の冷めた態度に、クレイはいちいちショックを受けた。だいぶ彼女に近づくことができたと思っていたのだが、気のせいだったのだろうか。
「―――あっ、そういえば」
「あ? ンだよ」
クレイが何か重要なことを思い出したように声を上げた。しかしその青灰色の瞳は嬉しそうな色を映している。
「そういえば君、さっき初めて僕の名前呼んだよね?」
「…………」
「ほら、僕がカーレッドさんと話してる時に大きな声で――」
「黙れ」
「何でっ⁉」
ラシェッドはクレイの疑問を綺麗に無視した。その横顔がきまり悪そうに正面の朝日に目を細めている。
「あの、怒ってる?」
「……すげぇイライラすんだよ。妙に核心突いたかと思えば、恥ずかしげもなくそういうこと言うとことか。疲れる」
「う、ご、ごめん……」
やはり色々と迷惑をかけていたらしい。重々承知のはずだったが、口で言われると心に言葉が刺さる。だからつい、本音がこぼれた。
「……やっぱ、僕じゃ頼りないかな。君のこと、まだ全然知れてないし。最初の頃みたいに嫌われちゃったり……はは」
癖になった愛想笑いが再び出かけた時、ラシェッドが大げさに溜息をついた。
「あのなぁ――」
こんなこといちいち言わすな、とでも言いたげに。
「正直、お前といるとイライラするときもあるし、疲れる。でも」
言葉を切り、ラシェッドがこっちを向いた。日に照らされた前髪の影から、切れ長の漆黒の瞳がのぞいている。前を向いて運転しなければいけないのだが、彼女の表情から目が離せなかった。
「―――嫌いじゃない」
そして、ラシェッドは笑った。
わずかに口角を上げ、目を細めただけだったがそれでも。
そこには馬鹿にした様子も嘲った様子もなく、ましてや取り繕ったわけでもなく。
純粋で少女らしい微笑みだけがあった。
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