ラシェッド14. 夜のおわり

 ラシェッドは銃をホルスターに収めながら、階段にうつぶせに倒れた大男の姿を見下ろした。


「た、たす、助かったの…かな」


 となりのクレイもまた同様にアイマンを見つめている。動悸が激しくて喋りづらいのか、彼はどもりながら訊ねた。


「いや、待て」

『…クソ』


 それを制するのと同時に、伏した男が呻いた。


『ったく、よ。二人がかりは卑怯だぜ』


 苦しそうにもがきながら、アイマンが仰向けになった。咳をすると、彼の口内に溜まった血があふれて頬を流れていった。


『生きるのに卑怯もクソもあるか』


 冷酷に言い放つと、アイマンは少しだけ口元をひきつらせた。笑おうとしているのだろう。


『へへ…ははは。その考え、俺にはできなかった。……つーか、こりゃ本格的にダメだな』

『助けてやろうか?』

『冗談キツイぜ』


 アイマンの声が、どんどん弱くなっていく。彼は眠気を我慢するような小声で呟いた。


『はは、これが死ぬってやつか、へえ』

『だろうな』

『じゃ、俺は…今までちゃんと生きてたってことか』


 なぜか満足そうに、アイマンは呟いた。


『そうじゃねえの、死人に殺されかけてたまるかよ』

『は、はは、悪いな。ふうん、俺は生きていたのか。……なら、いい』

『もっと生きたいか』


 彼が死ぬことは目に見えて明らかであったが、なんとなく聞いた。するとアイマンは彼らしくない清々しい表情をした。


『いいや、生きるのにも…飽きてたとこだよ。最期に楽しかったし、ちょうどいい』


 そのまま目をうつろになったアイマンだったが、再び激痛をこらえるようにささやいた。


『おまえら、さ。こんだけセコいマネして俺殺ったんだから、責任もって…生きろよ』


『……言われなくても』

 返事をしたころには彼はすでに絶命していた。ラシェッドとクレイは少しの間こと切れた死体を見つめた。


 二人を現実に戻したのは、いっそう強くなった熱と炎の渦巻く音だった。もうすでに二階にまで届きそうな勢いで、炎が侵食してきている。


「ラシェッド、行こう」

 クレイに促されラシェッドも一歩踏み出そうとすると、腹部の痛みが増した。


「っつ…!」

「だ、大丈夫⁉ 歩ける?」

「問題、ねぇ」


 話している間にも炎は勢いを増していくのだ。ぐずぐずしていられない。クレイを突き放そうとすると、強引に腕を引き戻された。なすすべもなくふらついてしまい、再び彼に体重をかけることになってしまった。


「こんな時まで強がらないでくれよ」

「な、強がってなんか……っ」

「言ったそばから痛そうにしてるじゃないか」


 何も言い返せずにクレイを睨むと、彼は困ったように眉尻を下げ、外套のフードをラシェッドにかぶせた。


「何すん…!」

「火傷したくないだろう?」

「でもお前は」


 言い返そうとすると、フードの向こう側で、「僕は大丈夫だよ」と声が聞こえた。


「君と違って無傷だし、多少火傷するくらい平気だよ」

「……」

「僕だって、炎から君を守るくらいはできるんだよ?」


 ラシェッドは何か言おうとしたが、かばうように抱き寄せられて言葉が出なかった。フードでクレイの顔が見えないことに、何故かほっとしてしまった。


「ちょっと痛いかもしれないけど、我慢してね」

「………当然」


 観念して返事をすると、クレイの腕に力がこもるのが分かった。そしてそのまま階段を駆け下りていく。下を向いていると、アイマンの顔が見えた。うつろに眼を開いたまま虚空を見つめる死体を視界の端にかすめ、ラシェッドは迫る熱へと飛び込んだ。


 体中の痛みを忘れさせるほどの熱気に、ラシェッドは足が止まりそうになった。辺りはオレンジ一色で、フードの中からでは出口がどこかも分からない。

「――――あっつ……‼」

「おい! 大丈夫か⁉」


クレイが小さく呻くのが聞こえ、ラシェッドは歩を止めようとした。しかしクレイがほとんど抱えるようにしてラシェッドを引き寄せた。


「止まるなよ! 死んじゃうだろ!」


 彼の言葉に、ラシェッドもはっとして踏み出す。灼熱が体中をあぶり、足に激痛が走った。それでも歩いた。


 ――生き延びてやる。


 そのために命まで奪ってきた。今更止まれない。

 クレイに支えられながら、強くそう思った。

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