ラシェッド7. 焦燥と激昂

 中央広場、というからには何かしら町の象徴のようなものがあってもいい気がするが、センターシティのそれには何もない。広さはそれなりにあるが、中央にはとってつけたような背の低い時計台がぽつんと佇んでいるだけの、まさにただの広い場所、広場であった。


「結構人多いね……」

 返事こそ返さなかったが、クレイの言葉には同感だった。

 開けた空間にそこそこ混雑が出来上がっている。そのほとんどは若者、低賃金労働者のようである。


 中央の時計台の前に背の高い台を設置し、その上に中年の商人らしき男が拡声器を片手に立っていた。まだ演説を始める時刻ではないらしく、付き人のような仲間のような人間が彼の足元で拡声器のコードを弄ったり、近づこうとする人だかりを押しのけたりしていた。


 もう少し見やすい場所はないものかと、自分より背の高い人ごみをかき分けていたラシェッドだったが、不意にその足を止めた。


「………チッ」


 やはりいた。銃こそ抱えていないものの、数メートル先の人だかりの中に、顔見知りの少年兵が同僚と思しき青年と話をしていた。くるりと踵を返し、クレイを連れてその場から離れる。


「隅の方に移動するぞ」

「え? …あ、うん」

 彼もまたラシェッドから何を察したのか、何も聞かずに後をついてきた。今更だが、ぼんやりしている割には察しはいいヤツなのか、と思った。


 広場の端に移動すると、目立つといけないのでクレイを路地の入口に立たせる。ラシェッド自身もそのそばの壁に背を預け、演説が始まるのを待った。


『治安軍どもの鎮圧にも怖気づくことのない勇気ある貴君らに、まずはここに足を運んでくれたことに対する礼を言おう』


 少し離れすぎたかと思ったが、拡声器のおかげで聞く分には十分だった。


『われわれ国民は戦後何十年も、この乾燥した味気ない土地で虐げられてきた。植民地支配を抜け、独立を果たしてもなお自由な暮らしを手に入れることはなく――――――』

 何かと思えば、長ったらしい政府に対する愚痴であった。欲求不満をぶちまけるように、壇上の中年は唾を飛ばす勢いで喋り続ける。


 結局国民の代表者ぶったって、自分の不満をぶつけたいだけじゃねえか。


 この手の人間はイフリートの支援者にも多い。国のため、民のためを建前に自分の思い通りにしようとする輩はイフリート内にも少なくなかった。


『―――そもそも、このサミニアを通る水のパイプラインの私有化こそ、国民の高い失業率を下げることにつながり――――』


 しばらく聞き流していたが、結局何も頭に入って来ない。ラシェッドはポケットから煙草を取り出しながら、路地に身をひそめているクレイに声をかけた。

「おい、もう帰る―――」


 いない。


 路地の入口にはクレイどころか、人の影すら見当たらない。

 慌てて路地を覗き込む。奥には裏通りの一角が補細く見えるだけで、人がいる様子はない。


「――――ったく!」

 迂闊だった。少しでも悲鳴らしきものが聞こえようものなら気づけたはずなのに。心内で少年を非難しつつも、気づけなかった自分をラシェッドは責めた。


 どうして気に掛けなかったんだ。

 時折振り返るだけでもよかったのに。


 どうして、自分が求めるものはこうも簡単に離れて行ってしまうのか。


 そこまで考え、ラシェッドは自分の思考にふと疑問を感じた。


 ――オレが、何を、求めているって?


 そうだ。そもそもあの少年を助けたのはもののついでであって、勝手にいなくなったのならそれまでの存在ではないか。焦る必要なんてどこにもないだろう。

だが頭でいくらそう考えても、急ぐ足は彼の姿を探し続ける。


『あれ、こいつ男じゃねえの?』

『は? ……ンだよ面白くねぇなあ』

『んじゃとっとと売ろうぜ。白人なんだからどっかの変態になら高く売りつけられんだろ』


 ふと建物の隙間から漏れてきた会話に、ラシェッドは立ち止まった。姿を隠すこともなく、話し声の主を確認しようと、その路地の前に立った。


『あ? ああ! よぉ、久しぶりだなぁ』

 男の一人は以前朝の市場で殺し損ねた男だったとか、以前と違って仲間が三人に増えていたとか。


 そんなことは、ラシェッドにとってどうでもいい事であった。


 ラシェッドは青年たちが取り囲んでいる少年を凝視する。ひっくり返ったごみ箱のそばで、彼は汚物にまみれてうずくまっていた。


『前はよくもまあ不意を打ってくれたなぁ……が、今日はそうもいか―――』

『――っせえよ』

 長い前髪の隙間から、淀んだ黒い眼光が青年を捉えた。


『もういい。生かすのは止めた』


 殺す。

 それしか考えられなかった。

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