クレイ8. 少年は仲良くなりたい

 パンを食べている間、ラシェッドはずっと不機嫌だった。アザムの店から出て、少し元の調子に戻ったと思っていたが、また似たような状態になっている気がした。店にいた時と同じ空気を感じて、クレイも何も言えずに数分が過ぎた。


 ――僕、なんかしたかな………?


 ラシェッドが起こっている理由が解からないクレイは、一人思案する。訳を聞こうとも思ったが、やっぱり怖いのでやめた。


 十数分間ふたりは無言だったが、やがてクレイが耐えられなくなり、ラシェッドがタバコを吸い始めた時に話題を振った。


「そ、そういえばさ、センターシティって英語だよね。どうしてか君、知ってる?」

「あー」


 何かを思い出そうとするように、彼女は空を仰いで煙を吐いた。その姿が、どことなく綺麗に見えた。


「確か……そうだ。ホラ、この国がわりと最近独立したってのは知ってるか?」

「うん。第二次世界大戦後だよね」

「なんとか大戦は知らねえけど。まあ、そん時までいろんな国の領土の境界みたいなのがこの国に集中してっから、町のとか都市の名前も言語がバラバラなんだとよ。ここは英語圏が所有してたんじゃねえの?」


 納得のいく答えに、クレイは感嘆した。彼女のたまに見せる知識は、いったいどこで習得してきたものなのだろうか。それについて尋ねてみようと思った矢先、

「つーか、町の名前とかどうでもいいだろ」

 聞くタイミングを逃してしまった。


 というわけで、どうでもよくないような話題に転換してみることにした。


「町を見てまわる、って言ってたけど、どこへ行くの?」

「あてがあるわけじゃねえよ。町のはずれに行ってみたり、イフリートや治安軍がどんくらいうろついてんのか見るだけだ。あと資金調達」


 彼女の資金のもとは通行人のポケットの中にあるのだろう。どういう反応をしていいかいまだに分からないクレイは、とりあえず話を進めた。


「し、資金調達は……うん、置いといて、さ。そうだなぁ、あとどれくらいこの町にいようか」

「さあな。兵士の数による。逃げ切れそうな感じなら、明日にでも出発だ。そんときの車も用意しなきゃなんねえな。よし」


 ふうっと灰色がかった白い気体を空に開放して、彼女は素早く、無駄な動きひとつせずに立ち上がった。隙のないその動きに、クレイは一瞬見とれた。彼女がその視線に気づき、さらに仏頂面になった。


「…何見てんだよ、気色悪ぃ」

「あ、いや。なんか君の動きが素早くてきれいだな、って思って」


 正直に告げると、ラシェッドは面食らったような顔をした。そして戸惑ったように目を逸らした。


「………ただの、癖だ。イフリートにはドラッグとか、ストレスでイカレた人間が多いんだよ。そういうのの中には平気で仲間殺す人間もいるから、いっつも周り警戒してなくちゃならない。だから、勝手に動きに隙がなくなってきたんだよ、たぶん。―――別に、きれいとか、そういうわけじゃねぇし」

「そうかなぁ。僕にはとてもきれいに見えたけど。タバコを吸っているときの横顔なんかもきれいだよ」


 ますます驚いたように、彼女は目を丸くした。

「……お前、言ってて恥ずかしくなんねえの?」

「ん? ならないけど、何で?」

「いや……いいよ、もう」


 ラシェッドが呆れたように顔の横でプラプラと片手を振った。彼女が何でそんなことを聞くのか分からず、クレイは首をかしげた。


「なんにしても、金が必要だな」

 切り替えたようにラシェッドが呟いた。ちょっと嫌な予感がする。特に、どうやってお金を用意するのか、とか。あまり口を挟みたくなくて黙っていると、隣の少女は特になんとも思っていない表情で指示を出した。


「よし。金もってそうなやつがいたらオレに言え。ポケットに財布が入っているヤツでもいい」

 何をたくらんでいるのかは、聞かなかった。


 聞きたくなかったし、聞けなかった。

 

 表通りを見て回りはじめてから一時間ほど経った。アザムの店からどんどん離れているように思えたが、ラシェッドいわく、


「道覚えてるからなんも問題ねえ」


 らしい。


 その間二人とも黙っていて、クレイは何度か話しかけようともした。でも特に続くような話題も見つからず、あまり下手に話しかけようとすると怒られてしまう気がして、結局沈黙を破ることは出来なかった。


 そんな気まずい空気から逃れたかったということもあり、クレイはわりと一生懸命通行人や町の様子を見ていた。


 ――やっぱり、お金持ってそうな人ってあんまりいないなぁ……。


 見つけた後で盗むかどうかはさておき、やはり裕福そうな人は見当たらない。いたと思ったら、すぐに車に乗り込んでしまう人が多い。そうしてみると、貧富の差というものが浮き彫りになっていることがうかがえた。


「…どいつもこいつも余裕ねえ顔しやがって」

 隣を歩いていたラシェッドも同じことを思ったのか、イライラしたように呟いていた。彼女の感情を敏感に感じ取ってしまったクレイは、どうにか機嫌を直してほしくてますます必死になって周囲を探索した。


 その甲斐あって……というべきなのか、クレイはあることに気が付いた。

「ねえ、なんかみんな同じ方向に向かってない?」

「あぁ?」


 全員、というわけではないが、多くの人々が同じ方向へと流れを作っている。

 ラシェッドはクレイと同じように人々を目で追っていたが、彼女もまたその流れの中へと入ってしまった。


「何か分かったの?」

「中央の広場でイフリート派の演説があるんだと。少し聞きに行く」


 すたすたと歩いてゆくラシェッドの隣に追いつき、クレイはいささか心配になった。

「それって……イフリートの兵士に見つかったりしない?」

「これだけ人がいりゃぁうまく立ち回れる。もしかしたらデモの日が分かるかもしんねェからな。不安ならお前一人ジジイんとこに帰ってろ」

「一緒に行くけどさ………」

 邪な理由ではあるが、反政府の演説というものに興味はある。言葉分からずとも、一度それを生で見てみたいという気持ちがあった。


 ……実は、ぼーっと歩いていたから来た道を忘れた、というのも理由に含まれていたりする。


 何はともあれ、クレイはラシェッドについて中央の広場とやらに向かうことに決めた。

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