2nd. WAY AWAY -対岸のふたり-

クレイ5.地下室の武器商人

 部屋の中はクレイが思っていたよりも広く、床がコンクリートで固められているだけで、あとは土肌がむき出しの壁だった。ドアの向かいの壁は、一面引き出しが敷き詰められている。武器らしいものは一切見当たらなかったが、その代わりに大小さまざまな箱や包みが整頓されたように積み上げられていた。英語で何かが記されているものも多く、なかには[危険! 破損厳禁]というラベルが貼ってあるものもあった。


 部屋の隅に業務用と思われる古い机があった。その向こうに誰かが座っている。彼はしばらく資料のような紙の山に目を通していたが、やがて飽きたように持っていた紙を机に投げ、鼻を鳴らした。そしてクレイたちを見ると、口の端を思いっきりあげて笑って見せた。


『おや、誰かと思えば珍しいねえ』


 机の向こうに座る人物は、クレイに奇妙な印象を抱かせた。


 パッと見た感じは、70歳前後といったところか。しかしよく通る声は見た目より随分若い人間のもののように聞こえた。机越しでもわかるくらいに太っている。薄汚れた白いシャツを、裸の上半身に羽織っていた。腕組みをしながら顔中にしわを作ってニヤニヤしている様子は、ランプから出てきた魔人のようでもあった。


『久しぶりだねえ、お嬢ちゃん』


 なんて言っているの? とラシェッドに聞こうとしたが、すんでのところで開きかけた口を閉じた。隣に立っているラシェッドは、顔にこそ出していないが、かなり機嫌が悪そうだった。


 ――どんだけ仲が悪いんだろう。


 そう思ってもう一度目の前の老人を眺める。しかし対する老人は、禿げかけた白髪頭をガシガシと乱暴に掻いて、なれなれしく話しかけてきた。


『そうピリピリしなさんな。お友達を連れてきてくれたのかい? 嬉しいねぇ。――おや、白人さんじゃあないか珍しい。お目にかかるのは何十年ぶりかね』


 クレイを見た老人は少し目を見開いた。そして、目があったとたんに半歩後ろに下がったクレイの反応を見て、ニヤア、と嬉しそうに笑った。クレイも曖昧に笑う。


『いやあ、お嬢ちゃんにこんな面白いお友達がいたとはねぇ。坊ちゃん、いくつだい? 名前は?』


「ああ、あの、僕は」

「英語で話してやれよ」


 オロオロするクレイを見かねたのか、ラシェッドがうんざりしたように言った。


「はははは、わしが話せること、覚えておったのか。さすがだなあ」

「いい加減にしろ。オレたちは客だぞ」

「英語、話せたんですか……」


 流暢に聞きなれた言葉を紡いでいく老人に、クレイは唖然とする。すると老人は楽しそうに笑った。


「意地悪して悪かったね坊ちゃん。でもわしは意地悪が大好きなんだ。わしはアザム。見ての通り、ここで武器を売っている。国に許可はもらっていないがね」

「ぼ、僕はクレイです」


 クレイが名乗ると、カッコイイ名前だね、とアザムはニヤニヤしながら述べて、視線をラシェッドへと変えた。


「で、何を売ってほしいんだね。品ぞろえには自信があるよ」

「…これで買えるだけ弾を売ってくれ」


 まだ機嫌が悪いらしい。ラシェッドはアザムに近づいて、財布を四つ、机の上に放り投げた。


「どこで稼いだんだい。盗みはいけないよ、お嬢ちゃん」

「ラシェッドが女の子って知ってたんですか⁉」


 クレイがつい大きな声を上げると、アザムはよくぞ聞いてくれました、とでも言うようにニヤッと笑った。しかしラシェッドは、余計なこと聞くな、とでも言うようにギロリと無言で睨みつけてきた。


「え、僕…、まずいこと………」


 笑いかけられたり睨まれたりでしどろもどろになるクレイに、アザムは満面の笑みを浮かべた。


「いやいや、何もまずいことはないよ。わしはお嬢ちゃんを数年前から知っていてねえ。今よりもずっと小さかったけど、会ってすぐ分かったよ。でも周りの兵士たちには隠している様子だったから、小さな声で言ったんだ。お嬢ちゃんも大変だね、って。いやあ、あの時のお嬢ちゃんのびっくりした顔といったら忘れられな…」


「これ以上余計なこと喋ってると喉笛切り裂いてやる」


 ラシェッドが場の空気を一瞬で凍らせるような声色で言った。しかしアザムは、表情を変えずに彼女を軽くあしらった。


「そうカッカするもんじゃないよ。女はもっとしとやかに……わかった。わかったからポケットから物騒なものを出そうとするんじゃないよ。どれどれ、持っている銃を見せてみなさい」


 ラシェッドがズボンに入っていた二丁を机の上に乱暴に投げた。


「ジャケットに入っているのはいいのかい?」

 投げ出された二つの銃を手に取りながら、アザムは彼女の方を見ることもせずにそう訊ねた。


「お前が変な気ぃ起こした時の保険だよ。その二つが終わったらこっちも頼む」

「信用されていないねえ。面倒だからそれも見せなさい。お嬢ちゃんが持ったままでいいよ」


 アザムに促されると、ラシェッドは渋々残りの一丁を取り出した。

「ううん、こっちの二つはベレッタM92のコピーだね。お嬢ちゃんが持っているのはマカロフ…の、それもコピーかい? どっちもよくできてるけど、格安の中国製だね。前に持っていたAK47はどうしたんだい?」


「なんとかってのがデカいアサルトライフルのことなら、それは捨てた。あと、知らねえよ、銃の種類なんて。使い方覚えさせられて渡されただけだから」


「イフリート…というより、彼も危ないことするなあ。まあ、どっちも特に珍しいわけでもないし、弾も素人が作った安いのがあったはずだから、ちょっと待ってなさい」


「し、素人って……」

 アザムが何でもないように危ないことを言ったので、クレイは不安になった。しかしアザムはそんなこと問題にしていないようで、

「素人って言っても、正規に製造していないだけで、ほぼ市場に出回っているものと同じようなものだよ。誰かが使ってくれるだけで満足だ、っていうマニアさんがよく店に置いてほしいって持ってくるんだよねえ。それもわりといろんな種類を」

「そ、そうなんですか、はははは……」


 乾いた笑みを浮かべる。弾薬を作って何が楽しいのかクレイにはよく分からなかったが、もうこれ以上深く突っ込みたくなかったので詮索はしなかった。


 アザムが椅子から腰を上げると、資料の山が少し崩れた。彼はそれを気にする風でもなく、引き出しの中を漁り始めた。


 することがなくなったクレイは、狭い部屋を見渡してみた。ラシェッドは[持ち運び厳重注意!!!]と記された木箱に座り、タバコをくゆらせている。グルグルと部屋を歩き回っていると、ふと部屋の隅の暗がりが目に入った。のぞいてみると、地上につながっているらしい階段があった。扉が閉まっているらしく、上の様子は暗くて何も見えない。


「この上はどうなっているんですか?」

「わしの甥夫婦が野菜を売っとるよ」


 ガサゴソと引き出しを漁りながら、アザムは短く答えた。


「甥?」

 子供がいないのだろうかと疑問に思ったが、それを聞いていのかどうかも分からなかったので、クレイは口をつぐんだ。しかしアザムはそれを見透かしたかのように言葉を続けた。


「別に気を遣わなくてもいいよ、坊ちゃん。わしにはせがれが一人いる。あのろくでなしのことだからどこかで生きていそうだけど、もう十数年くらい顔を見ていないねぇ」

「……」


 予想外の理由に驚いたクレイだったが、それよりも、顔も見ていないのに見抜いたアザムにびっくりした。ラシェッドの方を見ると、彼女は忌々しそうにアザムの背中を睨んでいた。


 ――なるほど………。


 彼女はアザムの見透かしたような(実際、見透かしている)態度が苦手なのか。一人納得したクレイだった。


 やがて目的のものが見つかったのか、アザムは机に戻り、銃弾の入ったナイロンを茶色い紙に包んでいった。


「意外と多いな」

「ま、正規の工場で作られていない安物だからなぁ。それにほら、お嬢ちゃんがちゃーんといい子に待っていたから、ちょっとおまけしといたぞぉ」


 ラシェッドの感想をあっさり切り返したアザムだった。頬を引きつらせるラシェッドは、今にもこの老人に銃を突きつけそうな勢いである。


「ラ、ラシェッド、買うものは買ったし、そろそろ……」

「そうそう、お二人さん」


 ラシェッドの一方的に険悪な空気に耐えられず、彼女とアザムを別れさせようと切り出したときだった。アザムがいきなり思いついたように提案した。

 目の前の老人は、かなり悪そうな笑みを浮かべていた。


「君たちって、今夜の予定は決まっているのかな?」

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