Intermission

戦場にて

 サミニア西部、首都から約数十キロ離れた荒野。誰もいないはずの廃村で銃声が響き続けていた。


「ひぎゃ、た、助け――」


 腹ばいになって逃げる治安軍の男を、アイマンは容赦なく蹴り飛ばした。犬がほえるような甲高い悲鳴を上げるその男を眺め、まさに政府のイヌだな、と感想を抱いた。


 面白いくらい見事にひっくり返った男の口に、銃口を押し込む。

「ほあぇ、がぁ、むごぁぐ……!」

「あ? 何言ってんだお前。分かるように喋れ」


 興奮で頭が回らない。ただ急速に血がめぐり、筋肉が痙攣するほどの快感に身を任せ、アイマンはその引き金を引いた。


 ぴちゃりと血液が飛び散った。手についたそれを少しだけ舐め、唾液に混ぜて再び吐き出した。

 

* 

 アイマンは興奮した熱を落ち着かせるかのように、バケツの水を頭からかぶった。着用しているシャツを水が侵食していく。それに構わず、もう一度水をかぶる。頬に手を当てると、固まっていたはずの返り血が、ぬるりとした感触をよみがえらせていた。


「あー、あちぃなぁ~」

 吐き出すような声で、兵士の一人が言った。


「つーか今日、何人死んだよ?」

「えー…と。五人、かな。三人重傷だったような気がする」

「イヌ相手じゃやっぱそんなもんか」


 手で簡単に水をはらって顔を上げると、容赦なく日光が皮膚を照りつけた。


 同世代の兵士たちが、廃墟と化した建物の影に身を寄せるように座り込んでいた。政府の要人の移動中に襲撃を仕掛けたのだが、思いのほかイヌの数が多くて、いつもよりも死人が出てしまった。出発前は十数人いた兵士が、今では指で数えられるほどしかいない。


 会話が途切れ、しばらく無言だった彼らだったが、唐突に誰かが切り出した。

「そういやさ、裏切り者が出たって話、もう知ってっか?」


 初耳である。今まで興味もなかった彼らの話に、アイマンは少しだけ関心を持った。


「なんだそれ」

「よし、話してみろ」

 他の奴らも同じ気持ちであるようで、茶化すような口調で話しの内容をうながした。


「なんかさぁ、昨日のことらしいんだけど、俺らよりも年下のガキどもが政府の武器取引を妨害しに行ったんだと。んで、なんか作業も終わったってころに、ガキが一匹仲間殺しやがったんだってさ」

「……で、どうなったんだ、そいつ」

「テンパった他の奴がそいつから逃げ出しちまって、あとで様子を見に来たら、案の定逃げられていたらしいぜ。今も逃走中だ」

「そいつは…」

「イカレた話だな」

「名前なんだよ」


 アイマンは耳をそばだてて話を聞いていた。囃し立てていた奴らも、いつの間にか真剣に聞き入っている。


「えーと、なんだっけ、ほら、あれだよ。フリークに気に入られてるガキいただろ。結構強いの」

「あーアイツか。……なんだっけ?」

「ラシェッドか」

「ラシェッド、だな」

「そう、ソイツ。そいつらしいぜ」

「マジかっ!」

「フリークって最高責任者だろ⁉ そんな人間に気に入られてんのに何でまた」


 騒ぎ出す彼らの声が、一気に遠のいていくようだった。


 ラシェッド。


 名前を聞き、落ち着いてきたはずの熱が再び体を駆け巡っていく。

「――おい」

「おお?」

「おや、アイマン班長様が興味を持ちましたぜ?」


 ふざける兵士たちを無視して、先ほど話していた奴に問う。


「そいつ、もう裏切ったんなら、別に戦ってもいいんだよな?」

「え、ああ。まあな。そうなるんじゃね?」

「そのガキ、本当に強いのか?」

「五年前から兵士やってるけどまだ死んでねぇしな。ガキにしちゃ結構デキるんじゃねーの」

「へえ……そうなのか」


 口元が吊り上るのを自覚した。心臓が高鳴り、頭の奥がしびれるような快感が湧いた。


「おぉっと? アイマンに火がついちゃった感じ?」

「ラシェッド死亡確定~」

「はい、ドンマーイ!」


 悪ノリする卑しい笑い声も、すべてがアイマンには届いていない。

 ただ、どんな殺し合いをしようか、それだけを考えていた。

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